伯爵夫婦、新婚旅行をする 6
昨夜、フィラント様は酔っ払いでした。少しお酒臭いな、なんて思っていても、レストランでの態度はいつも通り。
それなのに、宿に帰ってきたら別人みたいでした。始終、ニコニコとご機嫌。それで私を猫可愛がり。私を膝の上に乗せて頭を撫で続け、ぽっぺたをむにむに。頬を寄せてスリスリ。裸じゃないのにイチャイチャ、イチャイチャ。
あんなフィラント様は初めてでした。私とフィラント様はもう恋人になったみたい。そう感じるくらい、蜂蜜並みに甘ったるい夜。
その後は、かなり激しかったです。それにも驚き。
なので今朝は気恥ずかしくて、フィラント様の顔を直視出来ません。
私は先に目を覚ましたので、ソファに座って読書をしています。ほどなくして、フィラント様が起きました。
チラッと見たら、フィラント様は不機嫌そう。昨日の上機嫌は何処へいってしまったのでしょうか? こめかみを揉んでいるので頭が痛い?
「おはようございますエトワール。あの俺、何か粗相をしませんでした? 部屋に帰ってきてからの記憶が無いです」
ええええええ……。昨夜の記憶がない。酔って、たまたま私が目の前にいただけとは……まだ恋人にはなれないようです。フィラント様のお酒の席や、酔った時に女性を近寄らせるのは禁止しないとなりません。いつ、どう頼みましょう?
「おはようございます。いえ、特に何も。お水を用意しますね」
粗相はしていませんが、私を恋人みたいに扱いましたよ! 覚えてない相手に伝えても無駄。私はため息混じりで席を立ち、フィラント様へお水を用意しました。
「昨日は約束を守らず、すみません。趣味探しを一緒に考えてくれると言っていたのに。昨日分、走って素振りしてきます。戻ってきたらお願いしたいです。今後、酒は自粛します」
早朝から鍛錬に行くみたいです。フィラント様、私に向かって心底申し訳なさそうな顔。おまけにお酒を控える宣言。
「いえ、好きなら節度を持って飲んでくださいませ」
女性とは飲まないように、と続けたいのですがそこまで言って良いのでしょうか?
「好きでも嫌いでもないです。いえ、酩酊感は良いなと思う時があります。しかし、酒に呑まれるなんて恥。ここのところ、浮かれていたようで気が緩みました……」
フィラント様、耳を赤くして、会釈をしてから部屋を出て行きました。
浮かれていた⁈
それって新婚旅行だからですか⁈
聞きそびれました。それに、女性と飲まないようにと頼めませんでした。
フィラント様と朝からお出掛け出来るのか不明なので、とりあえず部屋着のままでいましょう。それで、また読書です。王都の市場で買った、紅葉草子なる煌国の小説を読みます。
異国文化を知ることは、亡命先を探す助けになるかもと思って買いました。煌国は中々豊かな大国らしいので、働き口があるかもしれません。
ソファに座って本のページをめくります。この小説は面白いと夢中になっていたら、フィラント様が戻ってきました。柔らかい猫っ毛の黒髪が濡れています。
「フィラント様、髪が濡れています」
「ええ、突然雨に降られまして。ついでなのであちこち洗いました」
雨? 窓の向こう、雨が降っています。読書に集中していて気がつきませんでした。私は浴室へタオルを取りに行き、急いで戻りました。
洗いました? 浴室があるのに……。気持ちは分かります。私もフィラント様も育ちからして貧乏性ですもの。戻って来たときには、フィラント様は新しい服に着替えていました。
「ありがとうございます」
タオルを受け取ろうと手を差し出したフィラント様。私はタオルではなく、自分の手を出しました。手を握って、フィラント様をソファへと移動させて座らせます。
「拭きますのでゆっくりして下さい」
お世話をさせてくれないというか、遠慮している様子のフィラント様。こうして何かしてみたかった。タオルでフィラント様の濡れた髪の毛を拭きます。
フィラント様の耳、また少し赤いです。これは私の猛アピールが届きつつあるということでしょうか? 寒さで赤くなっているだけかもしれません。
「ありがとうエトワール。それで、あの2人で色々としてみようという件なのですが……」
低くて小さな声。これは……まさかの却下ですか?
「はい、何でしょうか?」
嫌な動悸がします。雰囲気もそう。
「時折味覚が戻るようなので、いっそ料理とかしてみたいです。エトワールが美味しそうに食べる姿も楽しみになりますし……」
今、何て言いました?
「慣れるまで肉は扱いたくないですけれど……。騎士を続けない場合に料理なら仕事に出来るかもしれません。何か作ればピクニックにも行けます」
フィラント様から提案があるとは予想外。おまけにまたピクニックに行こうだなんて! 今よりもっと私に歩み寄ってくれるなんて……。恥を捨てて誘惑し続けた結果?
よし、ここは押しましょう。先程読んだ紅葉草子にも、心の中に閉じ込めている想いは消えるだけ。そう書いてありました。
「ええ、ええ、フィラント様。2人でオットーに教えてもらいながら、美味しい食事やお菓子を作りましょう。ピクニック用品も一緒に買いに行きたいです」
私は意を決してフィラント様の首に腕を回しました。後ろから抱きつき。振り返ったフィラント様と目が合いました。
フィラント様、渋い顔。私は慌てて離れました。
「いえ、あの、少しは歩み寄れたのかと……。恋の第2歩とか、最初より夫婦みたいだなんて……そう思ったのですが嫌ならもうしません」
これは胸が痛いです。私は両手を胸の前に上げて、触りませんというポーズを取りました。
「嫌? まさか……」
手招きされたので、そろそろとフィラント様に近寄りました。ポンポン、と隣の空きスペースを掌で示されたので、私は移動してフィラント様の隣に腰掛けました。
「夜までに雨が止んで灯台に星空を見に行けると良いですね」
そう言いながら、フィラント様はズボンのポケットに手を入れました。ポケットから現れた白と桃色の巻貝。それから小さな青い貝。
「昨日、貝殻を集めていたようなので。良かったら。雨の日の夫婦は何をするものです?」
しかめっ面のフィラント様。言葉と表情が合っていません。そうでした。フィラント様は照れでも、こういう険しい顔になります。感情を見抜くのが難しいのです。でも、向き合って話を聞くと分かります。
つまり、これは抱きついても良いということです。恋は第2歩目に踏み出しているみたい。そう思って、もう1度勇気を出しましょう。私は貝殻を受け取って、片手で握りしめました。
「ありがとうございます。貝殻は孤児院の飾り付けに使おうと思っているのです。でも、これは部屋の飾りにします」
えいっ! とフィラント様に抱きつきました。心臓が口から出そう……。
「雨の日、お父様やお母様は寄り添ってお茶を飲んだり、読書をしたり、2人でボードゲームをしていました。あと、美術館とか室内のお出掛け先にも行っていましたよ」
「そうなんですね。朝食が済んだら今言ってくれたことを何かしてみましょうか……」
そっと抱きしめ返されました。
これは……朝から幸せ♡




