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伯爵夫婦、新婚旅行をする 5

 白馬に2人乗りで海岸を散策。港で開かれている市場を観光。昼食はエトワールが好む海鮮料理の店。白身魚と貝類の煮込み料理を美味しいと思った。無味では無かったし、血や砂の味も感じなかった。


 まともな感覚が戻ってきているのは、多分エトワールがいるからだ。


 幸運と至福続きに目眩がする。


 海に沈む夕陽を眺めながら海岸を歩き、宿に向かっている。明日も使うので右手で馬の手綱を引いて、反対側左腕にはエトワールが寄り添う。小さな手と人の温もり。動悸や高揚感で落ち着かない。


「夕焼けの海は綺麗ですね」


 眩しそうに目を細めて、橙色に染まる煌めく大海原を見つめるエトワール。はっきり言って、そのエトワール自身の方が美麗だと感じる。


「ええ、まあ……」


「夕陽も赤っぽいので苦手です?」


「いや、あの……エトワールの方が美しいと……」


 どうしよう。無性にエトワールを腕の中に閉じ込めたい。こんな幸せで穏やかな日は、2度と来ないかもしれない。


「へ?」


 帽子で顔がよく見えないので、フィラントはエトワールの顔を覗き込んだ。大きな目を見開いて、パチパチと瞬きをしている。美しいと褒めても、嬉しくはないのか。フィラントは腰を伸ばして、砂浜に視線を落とした。


 珊瑚という海の植物に満ちた白い砂。エトワールの肌の色のよう。そこまで歯の浮いた言葉は、気恥ずかしくて口に出来ない。


「まあエトワールにはどちらかというと、可愛いという形容が似合いますけど……」


 何度か「可愛い」と言ったことがある。それで、嬉しそうな照れ笑いをしていたから、これなら喜んで笑って……嬉しい素ぶりはなかった。


 女性と接してこなかったので、褒めるタイミングが分からない。エトワールは難しい。ゼロース隊長辺りにそれとなく相談してみよう。ユース王子やレグルスや部下は却下。ロクな解答が無さそう。


「灯台……明日にしましたが楽しみですね。それに街中の散策」


 フィラントの腕に添えられるエトワールの小さな手にギュッと力が入った。それにしても華奢な腕に小さな手。エトワールがキョロキョロして足を止めた。何だろう?


「エトワール、疲れました? それなら……」


 フィラントの方を向いて、ピッタリとくっついたエトワール。


「誰も居ませんね。2人だけの海岸みたいです」


 これは……なんだ? まるで甘えて……甘えられているのか? 胸にすりっと寄せられたエトワールの頬。ゆっくりとエトワールが顔を上げた。困り笑いをしている。いや、照れ笑いか? 物凄く愛くるしい。


「冷えてきたので、風邪をひいては困ります。帰りましょう」


 フィラントはエトワールを持ち上げて馬へと乗せた。自分も飛び乗り、馬の胴を足で軽く蹴る。


 とっとと帰ろう。それで、このエトワールを抱きしめる。嫌がられなければそのまま、この可愛らしいエトワールを堪能する。夕焼けや海なんてどうでも良い。


 いや、とフィラントは馬の速度を落として海に沈む紅色の太陽を見つめた。ゴルダガ戦線にて怪我をして運ばれた際も夕暮れだった。


 この世の何もかもが血染めだ。激痛で朦朧とする意識の中、そんなことを思った。しかし、今の景色には胸が弾む。夕焼けを血のようだとは感じない。


 馬だと宿はかなり近かった。従業員に馬を任せて、エトワールと部屋に向かう。入室と同時にエトワールを抱き竦めようとしたら、エトワールはタタタッと走り出した。


 スカッと腕が空を切る。エトワールは隣室へ行こうとしている。


「あまりにも楽しくて忘れていましたが、フォンが夕食の手配をすると言っていました。日没から一刻後くらいでしたよね? 砂と埃まみれなので、支度し直します。失礼します」


 そう言うと、エトワールは隣室のさらに隣、室内からも続く部屋へと消えていった。侍女アンナに与えた宿泊部屋である。エトワールの世話に話し相手なのでそうしてみた。あと、エトワールがフィラントを嫌になったら逃げ込める場所でもある。


 夕食の事なんてすっかり忘却の彼方。そうだ。エトワールの為に質の良い店を手配して欲しいとフォンに頼んだ。

 

「フィー旦那様! 助けて下さい! 帰ってきたのを見かけました! いらっしゃいますよね?」


 ノックと同時にマルクの声がした。助けろ? 何だ? フィラントは扉を開けた。どどどっと部下4人が部屋に入ってきた。


「副隊長! ビアーの野郎は酷い! 解雇して下さい! この三股野郎!」


「お前のミーナには近寄っていないって言っているだろう?」


「もっとやれマルク! こいつは調子に乗り過ぎだ!」


「いや、この小生意気なマルクこそ叩き潰せ!」


 完全に酔っ払いという様子の4人。あれからずっと飲んでいたのだろう。


「喧しい。痴話喧嘩は店か自分達の部屋でしろ。大体、俺はエトワールと違ってお前達と交流なんてするつもり……」


 全員に一斉に見られた。


「副隊長! 副隊長、副隊長、副隊長! その話をしましょう」


「一目惚れして毎日通いつめて、何とか結婚してもらったと聞きましたよ。仕事ぶりや見た目とは違って情熱的ですねえ」


「どうやって口説き落としたんです? 求婚の台詞は?」


「おっ! ライト。お前は気がきくな。ウィスキーを持っているとは素晴らしい」


「如何にも、俺は騎士中の騎士なのでウィスキーくらい事前に準備している。ささっ、副隊長。飲みましょう」


 何なんだこいつらは! 睨んでも無駄。無視をしても無駄。軽く蹴り飛ばそうとするとヒラリと避ける。少数精鋭を選んできたせいだ。フィラントはソファへ向かって背中を押された。


「何が新婚旅行だ! 今夜は俺達に付き合ってもらいますよ!」


「可愛い奥様に部下へのお酌すら許さないなんて、心が狭過ぎです」


「妻帯者を許すな!」


「妖精を口説く隙も無かったこと、俺は怒っているんですよ副隊長」


「えええ……。ビアー先輩にエトワール夫人は絶対に無理。姫とじゃがいも。ビアー先輩に貢がせている女性達はともかくエトワール夫人には歯牙にも掛けられないです」


「そっ、だからマルクよカリカリするな。パン屋のミーナはとても気立てが良い。笑顔も素敵。男に貢がせようなんて悪女ではない。よって俺が目をつけている。お前は俺に勝てないから諦めろ」


「おいライト! ミーナは直にに俺の恋人になる女性だ。ひよっこマルクや軟弱ライトには無理」


 バチバチと睨み合うジェラール、ライト、マルク。パン屋のミーナとは誰だ? 魔性の女なのか? そう思ったら今度は酒場のリリーという女性の話題になった。似たような内容の話をしている。それで、また次。次。次。よくもまあそんな種類の女性を知っている。


 自分達の部屋に帰れと怒鳴り散らすと、エトワールやアンナに聞こえるかもしれない。フィラントはグラスに注がれるウィスキーを飲みながら、黙って話を聞いた。


「副隊長、飲んで飲んで」


「そうです、そうです。歓迎会の時みたいに飲んで俺達の未来を熱く語って下さい」


「そうっすよ。可愛い奥さんは毎日いるけど、可愛い部下と交流出来る日は少ないですよ」


 熱く語った? 着任前にゼロース隊長と飲んだ時の話か? そういえば酒場には大勢の客がいた。彼等か?


「いやあ、ドブネズミは這いずり回っていろ! ああいう領主が転落したのは愉快」


「っていうか、どうやって伯爵になったんですか? 金ですか? その金はゴルダガ戦線の報奨金ですか?」


「そういう話は酒が不味くなるジェラール。それよりこの鉄仮面みたいな鬼の副隊長がデレデレ顔になることについてだ」


「いやあ、エトワール令嬢は副隊長の情熱に折れたって聞きました。俺も毎日通い続ければ良かった」


「だからビアー先輩だと何もかもが劣るから無理ですって!」


 いがみ合うビアーとマルク。飲んでくださいとウィスキーを勧めてくるジェラールとライト。いや、もうかなり飲んだ。


 女の口説き方を教えろと喧しい。三股しているビアーなど不必要そうなのに煩い。


「そんなの知っていたら苦労しない……。褒めることすらままらない。可愛い、綺麗ではダメとは女性とは難し過ぎる」


 あまりに煩いので、ついそう口にしていた。酒の酩酊感のせいだ。


「副隊長! その話をどうぞどうぞ」


 絶対話すか!



 ☆★



 気がついたらエトワールとのことを愚痴っていた。かなり気を遣わせている。顔を見て寝ようとなって眠れない。遠慮しないで欲しいのに逆になる。あと、無趣味について。一緒に色々してみようというが、そもそもその色々が思いつかない。


「副隊長————! 俺達を殺す気ですか!」


「この自慢野郎! 何が伯爵! 酷いですよ! 地位に名誉に美人妻までってどれか寄越せ!」


「勝手にいちゃついていろ!」


「俺達の夢と希望を返せ! 俺だって毎朝礼拝に行って口説いていたのに!」


 フィラントは酔っ払いに絡まれ続けた。


 腕相撲してフィラントに勝った者は、女性を紹介してもらえる。何故かそんな話まで始まった。知人女性なんていない。そう言っても聞いていない。


 もう何が何だか分からない。


 こいつらを働かせるのに、女性に褒めてもらうとかそういう案を考えよう。フィラントは騒がしい部下4人を眺めながら、そんなことを思った。



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