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伯爵、趣味を見つける

 街の中心部にある酒場は、昼間から賑わっていた。店内を覗いた感じでは、船乗りが集まっている様子。それで男ばかり。こんな所にエトワールを入店させたくない。


「エトワール、馬で街や周辺を散策しませんか? かなり混んでいるようですし」


 フィラントはエトワールに見えないように、ジェラールに小遣いの銀貨を渡した。目配せして、店に入れと促す。少しくらいエトワールと2人きりになりたい。短い時間なら、多分会話が成り立って、エトワールに迷惑がられない筈。


「馬を手配してきますフィー旦那様」


 手配? それならと、銀貨を追加で渡した。ささっと離れたジェラール。実に気がきく。


「おい、ジェラール。馬の手配? 奥様、船乗り達で満席のようですし別の……奥様?」


「フィラント様、ステラ湖散策の時のようにお出掛けしてくれるのですか?」


 声を掛けてきたビアーではなく、フィラントを見上げたエトワール。とても嬉しそうに見える。


「もちろんです。治安の良さそうな街ですし、その、2人で。部下達も四六時中勤務も大変でしょうから暇を出そうと思っていました」


「そうですね。フィラント様はとても頼もしいと聞いています。皆さん、ゆっくりと休んだり街を楽しんで下さい」


 にこやかなエトワールに、部下3人がデレデレとした顔になった。その後、ビアー、ライト、マルクの部下3人はフィラントに何か言いたげな表情を見せた。ビアーとライトはしかめっ面で、マルクは愉快そう。黙っていろ、という意味を込めて3人を順番に見ておいた。


 あっという間に戻ってきたジェラール。馬は一頭だけである。白に黒い斑点のある、中々力強そうな馬。鞍は立派。これなら、遠くまで行けるかもしれない。ジェラールはかなり気がきく男らしい。王都でもそうだった。何かあったらジェラールに頼もう。


「いってらっしゃいませフィー旦那様、奥様。お屋敷での食事会を楽しみにしています」


 馬の手綱をフィラントに渡すジェラール。ビアー達はようやくピンときたらしい。


「奥様、次回は是非ご一緒に。フィー旦那様の話などをしたいです」


「またの機会を心待ちにしております。お屋敷に呼んでくださる日も楽しみにしています」


「はい。おもてなししますので楽しみにしていてください」


 握手なのかエトワールに手を差し出したビアーとライト。エトワールが少しビクリとしたので、フィラントは間に入った。


「彼女は男に触るのが苦手だ。すまないが挨拶は遠慮してくれ。では、ゆっくりするといい。行こう、エトワール」


 必要なければ男にエトワールを触らせたくない。フィラントはエトワールを馬へ横座りさせて、自分も乗った。


「あの、そうなのです。失礼な態度をとってすみません。次回はご挨拶できるように励んでおきます」


 軽く会釈をしてから、胸の前で小さく手を振り出したエトワール。また惚けた顔になった部下達。マルクはフィラントを見上げて、ニヤついている。これは、なんか、後が怖い。


 フィラントは馬を蹴った。落とさないように、エトワールの体に腕を回す。確か、街の外れに灯台があると聞いた。それからどこかのお店。エトワールは自分の物は何も買わなかったようだが、朝市で品物を眺める眼差しは実にキラキラとしていた。


 エトワールが欲しそうな物があったら買おう。


「あのフィラント様、海は好きです?」


「ええ、気に入りました」


 正確には「エトワールがはしゃぐ海を気に入った」だ。天国かと思った。


「馬は海岸も歩けます?」


「海岸? ええ、問題無いと思います」


「良かった。私も海や海岸を好きになりました。あの美しい海をフィラント様と並んで見たいなと思います」


 期待のこもったエトワールの上目遣い。それも微笑付き。これは破壊的に可愛い。やはり、ここは天国かもしれない。


「海岸沿いを進んで、港の方に行ってみます? この時間なら市がやっているでしょう。それに灯台に入れるそうなので、高いところからの景色を見れます」


「港の市場? 楽しそうですね。灯台に登れるなら夕方か夜に暖かい格好に着替えて、灯台へ行きませんか? 冬は寒いですが夜空はとても綺麗です。夏の夜も良いですけど、私は今の時期の星座が好きです。市場へ行って、街も散策して、少し早い夕食を摂って、休んでから灯台。どうでしょう?」


 え? 長い。そんなに長く一緒にいてくれるのか? それに、とても機嫌良さそう。


 ふいっとエトワールがフィラントを見るのを止めた。


「新婚旅行ですから、そういうお出掛けをすると思います。夫婦の真似事は私達に必要なことですよね。フィラント様も提案して下さい。好きな事も教えて下さい」


 エトワールの耳が赤い。うなじも紅潮している。何だこれ。何故、俺の人生にこんな奇跡的な状況が訪れた。無性にエトワールの表情を確認したい。


 夜もそうだが、エトワールが友好的なうちにしたいことをしておこう。とにかく、エトワールといる時間を増やす。どうにかして笑ってもらって、可愛い笑顔を眺める。


 しばらく無言だった。何を提案すれば良いのか考えているが、出てこない。


 白い砂浜を港に向かっていく。エトワールは寄せては返す海の波を、ぼんやりと眺めている。楽しくはなさそう。


 会話、何か会話が必要。悩んで口を噤んでいてはいけない。とにかく話そう。


「あの、エトワール。提案も好きな事も思いつかなくて……すみません。俺には取り立てて好きな事は無いです。今まで趣味とか、そういう余裕は無かったので。ただ、エトワールの話は聞いていて楽しいです」


 趣味は1つだけみつけた。エトワールを眺めること。昼間の無邪気さ、夜の色っぽさ。喜怒哀楽で1日中くるくる変わる表情。フィラントの想像もつかない言葉の数々。楽しくて、嬉しくてたまらない。


「それなら、2人で色々としてみましょうフィラント様。今晩、色々書き出してみませんか? 物は試しと言います。あれこれすればきっと好きな事が見つかります」


 振り返ったエトワールは、頬を桃色にさせた、はにかみ笑いだった。


 無性にキスしたい。抱きしめたい。


「ありがとう、エトワール。そうだ、ピクニックというのは良かった。今からするのもピクニックに入ります?」


「いえ、そんな……ありがとうだなんて……。ピクニックは散歩に食事が付きます」


「ああ、そうなのですか。最近、食べ物の味が分かる時があります。エトワールが美味しそうと思う物があれば買いましょう。あの、せっかくの新婚旅行なので欲しいものは何でも遠慮なく言って下さい」


 そうだ、とフィラントは上着の内ポケットに手を伸ばした。王都の朝市で買った首飾りを忍ばしてある。エトワールの瞳に似た石で作られているので、これはと思って買った。しかし、好みではないかもと考え出して渡せていない。


 脈が速くなっていく。食器を買った時のように、とても喜んでくれたら嬉しくて仕方ないだろう。物は試しとエトワールが言った通り、渡さないと嫌かそうではないか知ることは出来ない。


「俺もこういうものを買いました。嫌で無かったら、使ってくれないかなと……」


 フィラントは意を決して馬を止めた。手綱から手を離す。エトワールの手を取って、反対側の手で首飾りをエトワールの掌に置く。


 心臓が口から出そうとは今の状態の事だ。


 陽の光を浴びて、七色に輝くような首飾り。フィラントを見上げたエトワールは、険しい表情だった。眉間に深い皺。これは、相当好みではないかフィラントから装飾品を贈られるのが嫌だということ。


 吐きそうな程苦しい。


「フィラント様……これは私への贈り物で合っています? そうですよね。私の手に乗せてくれましたもの。どうしましょう。嬉し過ぎて少し震えます。落ちそうで怖い……」


 そう言うと、エトワールはぎゅううっとフィラントに抱きついてきた。本人が言う通り、エトワールは震えている。


「ありがとうございますフィラント様……。こんな素敵な宝石、見たことありません……」


 フィラントを見上げて、花が咲いたように笑ったエトワール。渡した宝石と良く似た瞳が、うるうると滲んで、煌めいている。可憐かつ美しくて、フィラントの息が止まった。


 益々、ぎゅっと抱きつかれてフィラントは動揺した。そのせいなのか、馬が駆け出した。慌ててエトワールの肩を抱く。落下させたら最悪。


 エトワールはこういう宝石が好きなのか。貝殻やオパールを見ていたので、虹色を好むかもと思ったが正解だったらしい。もしくは装飾品のうち、首飾りをとても好んでいる。それが分かったので、また買おう。


 宝石はいざという時に売れる。小さくて金貨より価値があるものばかり。いくらあっても困らないだろう。よし、また買おう。


 定期的にエトワールに首飾りを贈る。


 エトワールを眺める以外の趣味はそれだ。

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