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伯爵夫婦、新婚旅行をする 4

 王都を後にした次の日。


 王都を追い出されて日程が空いたので、遠回りして海辺の街へ来た。真冬なので宿はガラ空き。幸い、宿泊部屋から直接海岸へ行けるプライベートビーチなるものが付属している部屋を取れた。


 真っ昼間なので寒いが、テラスにある椅子でぼーっとしている。王都は疲れた。


 一方、今は眼福。太陽を乱反射する水面。白い砂浜。風に揺れる少し丈の短い白と水色の花柄ドレス。笑顔溢れるエトワールが、侍女アンナと共に初めての海にはしゃいでいる。波に驚き、笑い、貝殻拾い。ここは極楽浄土だ。


 フォンとヴィクトリアは「幸運なことに休暇が増えた」といそいそと市内へ出掛けて行った。


「美女が2人……。いやあ、目の保養ですね副隊長」


 問題は喧しい部下である。暇を出したのに、フィラントの座る椅子の前に座って、酒盛りをする騎士4人。大人しく酒を飲んでいれば良いのに、話しかけてきてエトワールを見ることを邪魔されている。


 さっき1人消えたので、残りは3人。


「副隊長、俺も結婚したいです」


 振り返ったビアー小隊長に、フィラントは肩を竦めた。


「なら、勝手にしろ」


「2股、3股しているからだビアー。副隊長、ビアーには女性を紹介しないで下さいね」


 ビアー小隊長に睨まれるジェラール小隊長。


「いやあ、寒いんでホットワインを作ってきました副隊長、先輩!」


 1人消えたと思っていたのに、若手騎士マルクが戻ってきた。頼んでないのにフィラントにもグラスを差し出される。しかも、苦手な赤ワイン。


「赤ワインは飲めない」


「そうなんですか⁈ ならこのホット黒ビールをどうぞ」


 マルクが差し出すグラスを変えた。そんな代物、初めて聞いた。赤ワインは嫌なので、素直に受け取る。


「マルク! 何で自分だけビールなんだ! しかもちゃっかり副隊長にゴマスリするな!」


「そうだそうだ! 何故俺達にビールが無い!」


「えええええ……。だってホットワインを作ってきますって言ったら喜んだじゃないですか先輩達。ビールが良いって言えば買ってきました。言わなかったじゃないですか」


 消えたんじゃなかったのか。ホットワインを作りますなんて言っていたか? 他の騎士にやいやい絡まれていた時か。


 先輩、上司に向かって良い度胸のマルク。王宮騎士だと、とんでもない折檻が待っている。なのに、実に和やかな光景。しかし、このせいでどうも生温い。代わりに信頼関係や団結力はありそう。アストライア領地の騎士運営はどうするべきなのか……。


 部下4人を観察していたら、ライトが巨大なため息を零した。


「はあああああ、美人な侍女だと思ったら貴族侍女とは辛い。高嶺の花とはこのことだ。子爵令嬢とは……副隊長。どうやって結婚にこぎつけたんですか⁈ 俺も美人な淑やか令嬢妻が欲しいです! 」


「副隊長はゴルダガ戦線の英雄獅子で、ユース王子ご贔屓の元王宮騎士。アストライアでの仕事も栄転らしい。副隊長に領主補佐官兼任だ。前代未聞の騎士から伯爵! 俺達みたいな、ならず者騎士とは違うんだよ。立ち振る舞いからして別世界の人物だ。容姿も良い。お前の権力に財力、あとその顔じゃ歯牙にもかけられない」


 フィラントは「ゴルダガ戦線英雄獅子の切り込み隊長」である。英雄獅子は別人物。またここでも噂が1人歩きしているのか。それに王宮騎士といっても、汚れ役専任だった。ならず者騎士よりタチが悪い役職。この誤解、そのまま放置しておいた方が気楽なので放置しよう。


「ジェラール、人の事を笑える顔ではないぜ」


「なんだとビアー! お前はちょっと顔が良いからと!」


「目の毒に喧しいので、向こうでやり合って下さい先輩達。あーあ、狡いですよ副隊長。あんな可愛い奥様と毎晩楽しんでいるなんて。おまけにいつも愛妻弁当……。新婚旅行! 世の中不公平だ!」


 ホットワイン一杯で酔っ払ったようなマルク。おいおい、喧しいのはお前だ。


「やっぱり、副隊長はこうあっちも隼ですか?」


 ビアーの発言にフィラントは口に含んだホット黒ビールを吹き出しそうになった。


「どういう意味だ! ビアー! 阿呆な事を考えるな!」


 つい、怒鳴っていた。楽しげなエトワールを眺めていたいのに邪魔者達め。各自好きな事をしろなんて言わなければ良かった。てっきり街に行って、昼間から飲み出すと思っていたのに……。


「副隊長、奥様とアンナさんを呼んで下さい。せめてお酌をして貰いたいです。署で自慢します」


「そうです。干からびている哀れな先輩達に微かな潤いを恵んであげて下さい。独占していると馬に蹴られて怪我しますよ」


「おいマルク。恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるって(ことわざ)だぞ」


「何、知識人ぶっているんですか? ライト先輩。そのくらい知っていますよ。ちょっと捻っただけです」


「その嫌味な顔……今日という今日は許さんマルク! ちょっと強くて人脈があるからと!」


 喧嘩になりそう。とりあえず間に入って、マルクとライトを引き離す。ビアーがジェラールに「あの無垢なのが乱れるとか絶対に楽しい。副隊長は絶対にあれこれ仕込んでいそう」などと下衆な話をしたのが耳に飛び込んできた。


 真っ昼間から止めろ! エトワールでそういう事を考えるな! フィラントは立ち上がってビアーの背中を軽く蹴飛ばした。


「で、実際どうなんです? 副隊長」


「今後の参考に副隊長の口説き文句とか知りたいです!」


「女の悦ばせ方を指南して下さい」


「おいおいお前達、副隊長はお困りだ。ここは、奥様に聞こう! エトワール様!」


 こいつ等、全員海に投げ捨ててやる! エトワールの名を呼んだジェラールの首を掴む。


「ひいいいいっ! そんな殺気だった目は止めて下さい! 酒の席の冗談ですよ副隊長! お、お酌をして貰いたいだけです! ほ、ほら、奥様も見てますから可愛い部下を殴り飛ばしたりなんて……」


 小さな悲鳴を上げたジェラールが前方を顎で示した。エトワールが駆け寄ってきている。また走っているエトワール。砂浜というのは足元が覚束ない。フィラントはジェラールをビアーに向かって投げると、エトワールに駆け寄った。


 案の定、転びかけたエトワールを受け止めた。


「エトワールはいつも走ってきますね。転んで怪我をするから止めて下さい」


「つい、気持ちがはやってしまいまして……。ありがとうございます……」


 寒いのか頬の赤いエトワールはフィラントに困り笑いを向けた。


「出掛けてきたいので、アンナと部屋に戻ってもらっても良いです? 少し冷えてきましたし……」


 もう煩くてならないので、部下4人を酒場で酔い潰す。それで、帰ってきたらエトワールとアンナを散策に連れて行こう。


「お出掛けですか? そうですか……いってらっしゃいませ……」


 しょんぼりしたエトワール。護衛がいないとエトワールとアンナは街に出掛けられない。言葉足らずだった。


「少ししたら戻ってくるので、そうしたらアンナと出掛けられるようにします」


 パァっと明るい笑顔になったエトワールに胸が弾んだ。本当に可愛い。


「私、読書をしたいので夫婦水入らずでどうぞ旦那様」


 ゆっくりと歩いてきたアンナが、エトワールの隣に並んだ。手の上にハンカチに広げ、貝殻を乗せている。エトワールが拾っていたものだろう。色とりどりで美しい。


「ん? 俺と2人よりアンナもいた方が楽しいだろう。しかし、読書をしたいのなら付き合わせるのもな……」


「わ、私はフィラント様と2人で、とても楽しいです……」


 か細い小さな声を出したエトワール。はにかみ笑いをしている。やはり、自分で思っているよりもエトワールに慕われていそう。信じ難い。エトワールと2人で街を散策は、とても幸せな時間である。問題は会話が持たない。そのせいで、エトワールは割とつまらなそうにしている。なのに、フィラントと2人で楽しい? エトワールの本心はどこにあるのだろうか?


「見せつけるな副隊長!」


「部下を殺す気か!」


「エトワール様、アンナさん、平民の酒場に興味ありますか? この街はアストライアよりうんと治安が良さそうですし、我等は精鋭。そして副隊長がついています」


 勝手に誘うなと怒鳴りたかった。しかし、エトワールの前で罵声を出したくない。


「副隊長が俺達への労いに酒場に連れて行ってくれるそうで、是非奥様達もどうでしょうか?」


 酒場に行くとまだ言っていないのに、何故見抜かれた。それにエトワールを酒場なんかに……エトワールの目がキラキラしている。アンナは嫌そうな苦笑い。


「奥様、私は先程述べたように読書をします。この海を眺めながらなんて滅多にない贅沢です」


「私の相手ばかりで疲れたでしょう? ゆっくりしていてアンナ。私はフィラント様達とお出掛けしてきます」


 すごぶる機嫌の良さそうなエトワールに、フィラントは否と言えなかった。

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