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伯爵夫婦、新婚旅行をする 3

 朝市は楽しい場所でした。見たことも聞いたこともない物がうんと沢山。お母様と侍女達に装飾品。それから、異国の料理本と小説を自分用に買いました。アンナが全部持ってくれています。奥様という立場は慣れません。


 フィラント様は、私達の後方で護衛係。フィラント様と並んで、隣にアンナで、護衛騎士がフィラント様の位置の筈なのに……。フィラント様、目的の無い買い物は好きではないのでしょう。


 フィラント様の嫌な事はすぐ終わらせたいのですが、そのフィラント様は私に好きにして欲しいと言います。遠慮しすぎると不機嫌になりますし、でも私は気を遣いますし、困ったことです。


 アルタイル大聖堂で礼拝をして、聖堂内を見学させてもらいました。ここでも、フィラント様は私の後ろ。その後、休憩だとカフェへ。アンナと2人です。フィラント様と騎士2人は店外。何やら雑談しています。羨ましい……。


「私、お邪魔虫ですね奥様」


「いえ、アンナ。途中、私の為に声を掛けにいってくれてありがとう。どうもフィラント様の考えていることは分かりません」


 昼と夜で別人みたい。いえ、今回は今朝でした。あの、私をとても愛おしいというようなフィラント様は何処へいってしまったのでしょう? いえ、それは幻想というか錯覚です。欲情と愛情をごっちゃにしてはいけません。


 トン、とテーブルの上にお皿が置かれました。紅茶以外頼んでいません。


 こ、こ、これはマカロン! 白いお皿の上に桃色のマカロンが2つ置いてあります。一粒でパンをいくつも買えそうなので注文しなかったお菓子。


 店主へフィラント様が計らってくれ……。


 ユース王子……レティア姫様!


 見上げたら、市民服のそれも男装でハンチング帽を被っているレティア姫様がいました。この麗しい顔立ち、間違えようがありません!


「食べれば?」


 低めの乱暴な声を出すと、レティア姫様は勝手に空いている椅子に座りました。


「申し訳ございませんが……」


「アンナ、良いのです。拒否してはなりません」


 何故、アルタイル国唯一のお姫様がこんな格好で私の隣にいるのでしょう。フィラント様は気がつかなかったみたいです。今みたいに下から見上げたら分かりますが、上からだと帽子の影で分かりませんものね……。それか、気がついて無視した?


「食べろよ」


 この話し方、男言葉? オロオロしていたら、店外から私の動揺を察したらしいフィラント様が入店してきました。


「妻に何か用で……」


 言いかけて、フィラント様は唇を結びました。


「やあ、フィラント。昨夜はどうも」


 にこやかに笑ったレティア姫様。目が笑っていません。


「アンナ、席を外してくれ。間者だ」


 しれっと嘘をついたフィラント様。実に冷静なお姿。アンナは「はい」とすぐさま席を立って、店外へ出ました。


「1人です? 何をしているのですか?」


 フィラント様はレティア姫様の隣の席に座りました。囁くような小声です。


「兄の真似。このまま逃げようかなって。婚約とか最悪だし、しばらく匿ってくれよ。拒否したら、夫婦揃って誘拐犯にして斬首刑にするぞ」


 ひえええええ! こ、これは大事件です!


「隠し通路を見つけたんですね? 婚約? 逃げる? 何をバカな事を言って……お待ち下さい」


 ハンチング帽を脱ごうとしたレティア姫様の腕を抑えたフィラント様。その腕を、レティア姫様はグググっと下ろしました。しばらくして、目を丸めたフィラント様。みるみる青ざめていきます。


「こういうこと。俺、男なんだ。そろそろ隠すの限界ってやつ。兄さんも知らない極秘情報。フェンリス兄さんになら教えていいよ。あの人、君の言葉なら信じるだろう。あちこちから聞いただろうけど、ゴルダガ戦線に送ったのは俺じゃない。俺をダシに使った誰か。もうやだあの城。まあ、お帰りフィラント。で、結婚もおめでとう」


 マカロンを摘んだレティア姫様——王子様⁈——はマカロンを私の口に放り投げました。


「まあ、信じるものは自分で見抜け。自ら選べ。どう? 姉さん。マカロンを気に入ったんでしょう? 美味しい? 昨日の顔、可愛かったよ」


 爽やか笑顔のレティア姫様——王子様?——に私はコクコク頷きました。口に入ったので、食べるしかありません。それで、やっぱりマカロンは美味しいです。


「姉さん、すぐ毒殺とかされそう」


 ひえっ。何ですって⁈ ど、毒⁈ 何ともありません。口に入れられたのは、単に美味しいお菓子です。


「どこから何を聞かされたのか知りませんが、俺は……」


「姉さんというのは、君がフェンリス兄さんの弟分で俺との間にいるからってだけ。阿呆な噂は信じてないぜ。気難し屋の顔だけ姫って得だよ。色々耳に入る。それで俺はフェンリス兄さんを1番信頼してる。それを教えておきたかった。まっ、疑ってもいいよ。じゃあ帰るから、アストライアに戻ったらしばらく王都に来るな。なんかこの奥さん間抜けだから、追加の忠告。それだけ言いにきたからこれで帰るよ」


 混乱に次ぐ混乱です。逃げようかなという話は? 何が本当で嘘なのかサッパリ分かりません。間抜けな奥さん……私、低評価みたいです……。


 立ち上がったレティア姫様——王子様?——は私のほっぺたにキスしました。


 ええええええええ! 何ですか急に! 全身ぞわぞわして鳥肌。怖くて椅子から落ちそうになりました。


「一晩貸さ……ないよな。ぷぷっ。冷酷無慈悲な仮面男も人の子か。お熱いことで。あーあ、俺も普通の結婚したい。フェンリス兄さんが怒って本気を出したから、頑張ってもらお。じゃあねフィラント、エトワール。ついて来るなよフィラント」


 くしゃりと笑うと、レティア様は私にウインクを飛ばして、その後首を指差しました。なんでしょう?


 レティア様、店員に何やら話しかけました。それで、支払いらしき事をしてお店から去っていきました。レティア様が男なら、フィラント様と結婚したかった話は嘘です。


「あの……フィラント様……」


「フェンリスに話しておきます。今の話、他言無用です」


 頭を抱えて項垂れたフィラント様。


「なんなんだ……平穏には暮らせないのか……」


 ボソリと呟くと、フィラント様は表を上げて私を見ました。苦笑いしています。


「最悪の事態の時は一緒に逃げてくれるんですよね?」


 手を握られたので、握り返します。私が頷いた時、ニコニコ笑顔の店員に紙袋を差し出されました。


「おまたせ致しました。弟様から頼まれた品です。本日中にお召し上がりください」


 受け取った袋の中身はマカロンでした。桃色、黄色、白、黄緑、茶色。3つずつ入っています。もう1つ袋を渡されました。そっちは紅茶缶です。やはり3つ入っています。フィラント様が代わりに持ってくれました。


 2人でお店を出ました。気難しい表情のフィラント様。かなり、周囲を確認しています。


「何かありました?」


 サー・ライトの問い掛けにフィラント様は首を横に振りました。


「ライト、こういう場合は質問をするな。下手に首を突っ込むとロクな目に合わない。ジェラールのように知らんぷりしておけ」


 低い声を出すと、フィラント様は私とアンナを騎士2人の間に移動させました。


「宿へ行く。葉巻と香水を仕入れたらアストライアに帰るのでそのつもりで」


 耳元で「すまないエトワール」と告げられました。


「途中の街で散策をしたいと我儘言ってすみません。しかし、王都はもう嫌です。フィラント様、引き継ぎをしたと言っていたのにお仕事ばかりなのですもの」


 この嘘、どうでしょう? 使えます?


「と、いう訳だ。次からは部下の前で言うのは止めてくれエトワール。本当にすまなかった。ヴィクトリアやアンナとマカロンを食べて機嫌を直して欲しい」


 私の嘘は使えたみたいです。夫婦共同作業は嬉しいです。


 私達はユース王子様が手配してくれた宿へと向かいました。フォンとヴィクトリア、2人の騎士が荷運びをしてくれています。


 私、政略結婚で波瀾万丈な人生の予感。私は大聖堂の方角へ体を向けました。


 どうか、鷲と風の神様。フィラント様をお守り下さい。



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