伯爵夫婦、新婚旅行をする 2
地味で質素な、伯爵夫婦と分からないような格好で王都朝市へとやってきた。寝不足に朝日は少々目に毒。エトワールに背中を向けないで寝て欲しいと言われてそうしたら、案の定ロクに眠れなかった。
フィラントの視界の先で、エトワールは興味深そうな、楽しげな目をして、ニコニコ笑っている。それに侍女アンナと何やら囁きながらくすくす笑い。
無邪気で可愛い。
常にエトワール達の背後に立って周りを警戒しているが、とりたてて危険はなさそう。帽子で顔を上手く隠せているのか、血塗れ騎士がいるとは気づかれていない。
腹立たしいのは、エトワールとアンナにまとわりついている部下のジェラール小隊長、ライト。護衛なのでエトワールの近くにいるのは良いが、しまりのないだらしのない顔。
「何か欲しい物はありました? アンナも何か気に入れば遠慮なく言ってくれ。珍しい物が多い」
アルタイル王都やアストライア領地には無い、海で取れる貝殻を使った装飾を見ていたエトワールとアンナ。2人で顔を見合わせて、笑顔を引っ込めて、ふるふると顔を横に振った。2人とも、遠慮の塊である。
「エトワール、アンナ」
「はい、何でしょうか?」
フィラントは上着の内ポケットから硬貨入れを出した。先にこうすれば良かった。
エトワールの手を取って金貨5枚、アンナに金貨1枚を渡す。露店商に、声を掛けて白蝶貝の小さなケースを2つ購入した。エトワールの視線が、やたら白蝶貝製品だったので好みなのだろう。買ったケースを金貨同様にエトワールとアンナに渡した。
「これからは自己管理して下さい。毎月渡します。来月分はフォンやルミエルと後で決めましょう。せっかくの王都なのでこれは帰るまでの分です。アンナは特別手当だ。帰ったら渡そうと思っていた」
ザッと周りを見渡して、金貨に目を付けた者がいないか確認。やはり居る。軽く睨んで牽制。
「フィー旦那様! 俺にもお小遣いを! 乳飲み子の弟がっ……痛! 何をするジェラール!」
「お前には妹が2人だけだろう! では、フィー旦那様。忠実なる召使いのジェラールにお願いします。先日の大捕物にて、見事な剣捌きを見せてお役に立ちましたでしょう?」
何でこう、アストライア領地の騎士はお調子者なんだ。しかし、ジェラールはチラッと周りを威嚇している。小隊長が腑抜けでなくて一安心。それにしても、フィラントと呼ばれると困るから「旦那様」と頼んだのに、何故「フィー」旦那様なのか。
「まあな。そこそこ期待しているジェラール。干し肉を手配するつもりだったが、自分達で選ぶか? 言っておくが全員分だぞ。まあ、1人当たりは少ないけどな」
「うええええ! 本気ですか副隊……フィー旦那様! 全員分⁈」
ライトの声は大きかった。周囲観察もしていないし、帰ったら叩き直そう。
「急に日程が増えて穴を開けたし、着任挨拶も特にしてなかったからな」
「全員分とは数が分かりませんので、辞退させていただきます」
流石にジェラール小隊長はしっかりしている。そして、ちゃっかりもしている。押し付けようと思ったのに、体良く買い物を断りやがった。
「こ、こ、こ、このような大金は困ります!」
急に気配がしたので、思わず向かってくる気配の何かを払いそうになった。エトワールの手だったので腕を止める。エトワールがフィラントへ白蝶貝のケースを差し出した。金貨はないので、ケースの中にしまったのだろう。
「俺にお金があるうちに、好きに使って下さい。従者に手土産とか、両親に何か買っておくとか、出入りしている孤児院や病院へなど、自分の為でなくても良いのですよ。持ち帰ってから使っても良い。好きに使って下さい」
エトワールは自分の為にはあまり物を買わない気がする。なので、エトワールに毎月渡すお金は寄付金から少々横流しで良いだろう。
エトワールは少し考えるように俯いたあとに小さく微笑んだ。
「はい、分かりました。ありがとうございます」
そう言うと、エトワールはアンナを手招きして貝殻製品をまた見だした。やはり、自分の物ではないらしい。アンナにヒソヒソ話をしている台詞に、お母様という呼称や侍女の名前が混じっている。
「荷物持ちはお任せください奥様、アンナ様。自宅での食事会を楽しみにしています」
「まあ、荷物を持ったら仕事が出来ません。食事会では魚介類の料理を出そうと思っています。なのでお酒は白ワインです。旦那様が好んでいれば、ビールなど他のお酒も用意します」
「フィー旦那様は歓迎会でラーハルト副……ラーハルト旦那様とビールの飲み比べをしていました。なのでビールもお願いします。アンナ様、これなんてどうでしょう? 美しくも凛としたアンナ様に良くお似合いだと思います」
隙を見てはエトワールとアンナに話しかけるジェラールとライト。ジェラールは職務を忘れていなさそうなので、フィラントは遠目に徹しようと少し離れた。これでジェラールと二重警備になるし、エトワールはフィラントが近くにいると気を遣って買い物出来なさそう。
活気ある王都の朝市。アストライアの交易規模はやはり大きい。王都の朝市と比べてみて、似たような規模である。警備を増やして出掛ければ、アストライアの朝市にもエトワールを連れていけるか? 何かあった時、エトワールの前で暴力を振るいたくない。以前見られた時は酷く怯えられた。あんな表情は見たくない。
この後、礼拝に行って、大聖堂内を見学して、それで正午までどうしようか? 大聖堂周辺には確かいくつか飲食店があるので休憩か? 昼食はユース王子が手配しているかもしれないので、エトワールが休めそうなカフェを探そう。
周りを確認しながら考え事をしていたら、ライトがアンナと共に近寄ってきた。
「フィー旦那様、特別手当をありがとうございます。それに、貴重な白蝶貝の品まで。奥様と朝市を見るのは楽しいのですが、奥様は旦那様と並ぶべきです。それに奥様は旦那様に何か選んで欲しいと思います」
平民服だと浮くアンナの優雅な会釈。自分達は大分目立っている。
「いや、君といると楽しそうなのでそのままで。ほら、呼んでいるような目をしている」
こっちを見ているエトワールを掌で示す。ライトに目配せして、アンナをエトワールの方へと戻した。
エトワールの為に何か選んで買ったら喜んだりするのだろうか?
露店を見ながら移動するエトワール達を眺めながら、護衛としての意識を保ちながら、たまにチラリと露店の品物を確認する。
エトワールの欲しい物が思いつかない。星、花、お菓子、他に好きなものは何だ? 色は青系が好きだと言っていた。家具の脚が猫足なのを気に入っているので、猫を好んでいる? 白蝶貝やオパールを見ていたので、ああいう輝きの装飾品が好き?
エトワールの好みを全然知らない。
高価な物は萎縮しそうだが、安い物も与えたくない。
しかし実に良い光景。エトワールは本当にニコニコとしている。とても愛くるしい。
一寸先は闇というが、こんなに幸せなのは恐ろしい。まだ、今朝のエトワールの姿が脳裏に残っている。思い出したら破裂しそうな程心臓が喧しくなった。色々と感極まって、好きにし過ぎた。遠慮が吹き飛んでいた。ほぼ我を忘れ、エトワールに夢中だった。
次の時にあんなの困る、嫌だと言われたら顔が引きつる……それでは済まない。倒れるかもしれない。
気恥ずかしいのと、度々湧いてくる恐怖で、どうもエトワールに近寄れない。
ふと見たら、エトワールの瞳に似た色彩の石のネックレスが売っていた。黒っぽいのに深緑や青色に煌めいている。
「お目が高い旦那。これは大陸中央にある岩窟龍国で発掘してきた石です。太陽に当てるとこの通りより鮮やかに。それで、こう暗くすると赤くも光る。この世に2つと無い輝きだと思いませんか?」
「岩窟龍国? 知らぬ名の国だ」
大陸中央には大国が3つ、小国が多数あって戦を繰り返している。最近、煌国が勢力を伸ばして落ち着きつつあるとかだったか?
「煌国の属国で、間も無く吸収されるとか。岩場でこういう貴金属になりそうな石が結構ありそうなのに、無頓着でして」
「こそこそと盗み採掘してきたのか」
「見つかって採掘料を払わされました。後で知ったら、被害者多数。交易のツテが無いからと小狡いことです。あの国の皇子は抜け目ない」
被害者とは言わないと思うが……。肩を竦めている店主。よく見たら、以前捕まえた宝石泥棒だった。
「その皇子の名は? あと、位置を教えてくれ」
フィラントは金貨を1枚渡して、首飾りを手に取った。やはり、エトワールの目のよう。こんな宝石は見たことがない。
「へっ? こんなに? サー、サー・フィラント! あ、あの、これは盗品では無く……。ルタ皇子と……岩窟龍国は煌国より東、ユルルングル山脈の麓近くにあります」
「盗品だろうが興味無い。俺は王都勤務から外れた。煌国より東とは遠いな……交易仲介者になれば儲かるんじゃ無いか?」
「あの、あの時は見逃していただき……」
「知らん。急いでいるので失礼する。俺の名を口にするなよ」
見逃して? 記憶に無い。休日、鍛錬帰りに見かけたこの宝石泥棒の腹を殴った覚えはある。ああ、そうだ。子供が駆け寄ってきて、休みだったし仕事をしたく無いと路地裏に放り投げた。
血税で買われた宝石が税を払わされた者に戻っただけ。売られた宝飾品で経済も回る。勤務外で、傷害や殺人してまでの強盗以外なら興味無い。皆、生きるのに必死だ。
少し距離が離れてしまったエトワール達を追いかけた。首飾りを上着の内ポケットにしまい込む。
いつ渡そう。夜だな。2人きりの時。
エトワールは感情がすぐ顔に出る。演技派ではない。全部嘘なら、フィラントはこの先女性を誰も信用しない。首飾りを見せて、好みではなさそうなら他の者への物だと主張しよう。




