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子爵令嬢、少しやらかす

 私がフィラント様に連れて行かれた場所は、街で1番大きそうな屋敷。


 馬から降りる際に、フィラント様がエスコートしてくれました。大きな手で、骨ばっていて硬い。お父様と随分と違います。幼い頃、叔母と共に私を殴った叔父を思い出して、少し怖かったです。しかし、お父様がエトワールを扱うような、優しくて丁寧な手つき。恐怖は即座に吹き飛び、ドキドキが襲ってきました。


 お屋敷の主はレグルス・カンタベリ伯爵様。なんと、アストライア領地の新領主様だそうです。


 レグルス様、サラサラの肩まである金髪に深い緑色の瞳で、優しそうな顔立ち。鼻が少し大きくて目立ちます。フィラント様も格好良いですが、種類が別。レグルス様、絵本の王子様みたいな容姿です。


 フィラント様と共に、応接室へ招かれました。香りの良い紅茶に、美味しそうな匂いのアップルパイを出してくれました。焼きたての香りに誘われますが、ニコニコ笑顔のレグルス様と仏頂面のフィラント様は手をつけません。なので、我慢。耐えるのは得意です。つまみ食いをすると叔父叔母から殴られる生活の中で自制を学びました。


 フィラント様、淡々と昨夜の状況を説明しました。少々、怖い表情です。


「そうかフィラント。こちらの手違いですみませんでしたシュテルン子爵令嬢。明日からあの屋敷で人が暮らせるようになります。本日はフィラントと共にこの屋敷に泊まって下さい」


「いえ、私の確認不足です。ご好意、ありがとうございますレグルス様」


「おいおい、フィラント。伯爵同士気楽に……は来月か。まあ、これでやっと気さくに過ごせるな」


 ん? 伯爵? 今、伯爵同士と聞こえました。


「ああ、シュテルン子爵令嬢と御成婚の祝いに、彼には伯爵位が与えられる」


 衝撃的事実に私は「まあ」と思わず声を出してしまいました。騎士爵から一気に伯爵なんて、大出世です。そのフィラント様は、眉間に皺を寄せています。嬉しくないのでしょうか? 少々、不満げに見えます。


「つまり、貴女は彼に無理矢理伯爵位を与える為の犠牲。もちろん、それなりの謝礼は与える。シュテルン子爵には話をしている。なあ? フィラント」


「私は命令に従うだけです」


 いきなり本題です。今回の縁談において、お父様やお母様は結婚式以外ではアストライア領地に足を踏み入れるのを禁じられたそうです。従者とは屋敷前で別れ、1人ぽっち。私1人なら何もかも言うことを聞かないとならない。それがお父様達の考察。それで、その通りのようです。


 フィラント様が伯爵位についたら、お金を払うからとっとと帰れということでしょうか? お金が手に入って、お父様やお母様と暮らせるのは大変嬉しいですが、それでは困ります。フィラント様と仲良くなれません。


「私に可能な限り、貴女様の望む暮らしを提供致します」


 何故かフィラント様が頭を下げました。直ぐ帰れ、という話ではないようです。お父様達の考え通り、しばらく子爵夫人——ではなくまさかの伯爵夫人——としてフィラント様に奉仕しなさいということのようです。


 でも、可能な限り望む暮らしを提供します?


「まあ、それでは夫婦として暮らしていけるのですか?」


 つい、本音が漏れていました。慌てて頭を下げます。


「いえ、あの、しばらく伯爵夫人としてフィラント様の地位固めに励みなさいということですよね。指示には何でも従います。学んできたことを最大限発揮します。大変失礼致しました」


 引きつった顔で私を見るフィラント様。怒らせたみたいです。顔を背けられました。


「あははははは! そうか、そうか。私の妻から学ぶと良い。式の手配も彼女がしてくれている。やる気があるようで助かるなフィラント。妻を呼んでくるので、2人でゆっくりしていてくれ」


 明るく朗らかなレグルス様が応接室から出て行ったら、一気に不穏な空気。


 ぐううううう。


 なんと、まあ、私のお腹は淑女ではありませんでした。昨日の昼から何も口にしていないとはいえ、これは恥ずかしくてなりません。


 私はお腹を抱え、身を縮めました。

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