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伯爵夫人、睨まれる

 晩餐会はつつがなく終了しました。大きな問題無し。マナーの失態なし。会話良好。そして、フィラント様や私への中傷もありませんでした。


 むしろ、飛ぶ鳥を落とす勢いのようなフィラント様に擦り寄りたそうな方が多いです。しかし、ユース王子様やカンタベリ公爵派の伯爵達に阻まれている様子。


 王都の社交場は難しそうなので、取り敢えず知識を総動員して愛想を振りまいています。褒められて嬉しくない方はいないと思います。なので、フィラント様のためにも会話相手を的確に褒め、自慢話を聞き出す事に集中しました。


 晩餐会後は舞踏会です。これにはヴィクトリアと侍女アンナも参加します。子爵令嬢のアンナは私の元で教養を深めながら、同伴する社交場で婚姻相手探し。預かっている貴族侍女への世話は伯爵夫人の仕事の1つだそうです。


 私の交友関係は、アンナの未来にも関わります。今の私には何のツテもなくて役立たず。しかし、今夜はヴィクトリアがついていてくれるので大丈夫。


 フォンとヴィクトリアと親しいツェッペリ子爵の長男ミケ様とアンナが一緒に踊ります。挨拶とアンナの紹介は問題無く終了。一安心です。


 私は勿論、1番最初はフィラント様と踊ります。他の方と踊る気はないです。ユース王子様がいらっしゃるので、ユース王子様に誘われたら考えます。しかしユース王子様は美人なご令嬢、ご婦人に取り囲まれているので、私と踊ることはなさそうです。他の王子様は見当たりません。


 踊り終わって、フィラント様にご婦人達が群がったらどうしましょう……。上流貴族は結婚してからが、恋愛の本番と言います。舞踏会会場のホールに移動してから、フィラント様に向けられる女性の視線が気になっています。


「あの、エトワール。踊るのは好きですか?」


「好きも嫌いもないです。舞踏会は初めてです。男性が苦手ですし、看護師従事にも行っていたからです。家でお父様やお爺様と踊るのは好きでした」


 本当なら、フィラント様と踊るのを楽しみにしていました。と続けたいです。それは我慢。アピールより、フィラント様が優先。踊りたいのか、恋人に会いたいのか、部屋に帰って寝たいのか、確認出来ていません。フィラント様と踊れると浮かれてはいけません。恋人がいる、いない論争は今夜解決するはず。今のところ、見当たりません。


「あの、嫌でなければ……その……1、2曲踊って部屋に戻りませんか? アンナはフォンとヴィクトリアに任せられます。疲れているように見えますし……」


 煌めくシャンデリアの下、ホールの中央よりやや端の方。フィラント様は私の方は見ていません。早々に下がれ、と言われました……。


 視線の先に恋人? と思ったけれど誰もいない壁でした。このホール内の誰でしょう? 美しくて雅な女性がうんといます。踊るために私の手に回されたフィラント様の腕。握られた手。この位置、他の女性に渡したくないです。


「1日疲れたので……2人でのんびり出来たらと……」


 フィラント様、私を見ました。君はとっとと部屋に帰りなさい、ではありませんでした。2人で一緒に戻りませんか? という意味。


 渋い顔のフィラント様。これは、照れ顔? フィラント様の表情から気持ちを察するのは中々難しいのです。私、やっぱり期待して良いですか? 恋人なんていないというフィラント様の言葉を心の支えにしようと思います。フィラント様の心の中、空白の座にいつか座りたいです。


「は、はい。はいフィラント様。ありがとうございます。そうましょう」


 楽団が音楽を奏で始めました。生まれて初めての舞踏会が、王都の大鷲ホール。それで、踊る相手は好きな人。どうしましょう。胸のトキメキで呼吸が難しいです。


 男の人と踊るなんて……と気乗りしなかった踊りの練習。いつかお父様の後ろ盾になりそうな方に嫁ぐのだと思って、うんと練習してきましたが、思わぬ所で成果を発揮できました。


 楽しい。胸が踊るとはこのことです。足取りが軽やか。音楽は好きですし、相手がフィラント様だからでしょう。フィラント様は無表情でつまらなそう。踊るのは好きではないと覚えておきます。

 

 1曲目が終わり、私達は自然とフォンとヴィクトリアの元へ向かいました。2人とも2つ返事で退席を了承し、アンナの事も頼まれてくれました。


 フィラント様にエスコートされて、大鷲ホールを去ろうとしたその時です。フィラント様の名前を呼ばれました。女性の声。2人で振り返ると、絶世の美女が立っていました。身に纏う真紅のドレスは……レティア姫様……。


 大きな瞳に長い睫毛。サファイアのような輝きの瞳をしています。真珠のような肌に、赤い口紅が良く映えています。顔立ちはユース王子様に似ていて、キリリと凛々しめの眉が印象的。それにしても、完璧なまでに美しいとはレティア姫様のことです。


「フィラント卿、もう退席です?」


「今夜も大変麗しゅうございますレティア姫様。お変わりなく息災のようで何よりです。少々疲れましたので、私と妻は失礼します」


 ええええええ! フィラント様、レティア姫様の誘いを断りました。今のはお誘いです。絶対にそうです。私をチラッと見たレティア姫様。冷ややかな視線が怖いです。敵意に満ちています。


 会釈をして、私にも会釈を促してレティア姫様に背を向けたフィラント様。


「あの、フィラント様……レティア姫様とも親しいのですか?」


「殆ど話したことありません。それなのにレティア姫様に手を出そうとしたとゴルダガ戦線へ送られました。王宮では嘘がすぐ本当になる。会話しているところを見られたくありません」


 真冬の水のように冷たい声。この声色は怒っている時の声だともう知っています。罠に嵌めた相手への怒りでしょう。この怒り、私に向けられたら、腰を抜かす自信があります。


「お待ち下さいエトワール夫人。少々お話ししましょうという約束、お忘れですか?」


 ひええええ! レティア姫様、嘘をついて私を引き止めました! これは、これは、無視してはいけません。私、レティア姫様と社交辞令の挨拶しか口を聞いていません。少々お話ししましょうなんて約束は知りません!


「ああ、そうだったのですか? それなら妻をどうぞ宜しくお願い致します。向こうの部屋が良いでしょう。護衛として、入り口に立っています」


 フィ、フィラント様! 私のような田舎の貧乏子爵令嬢あがりの夫人がレティア姫様に呼び止められるなんて奇妙だと気がついて下さい! 気がついていても、レティア姫様を無視なんて出来ませんね……。


「た、大変、大変失礼致しましたレティア姫様。このエトワールは田舎者でして……礼儀作法を磨いてはいるのですが……」


「そう。参りましょう」


 ピシャリという冷徹な声。さあ、隣に来なさいというようなレティア姫様。私は黙ってレティア姫様の隣に並びました。フィラント様は私達の背後です。


 フィラント様と2人で部屋でのんびりが……。ベランダから星を眺めたり出来たかもしれないのに……。ユース王子様からの結婚祝い、フィラント様は気に入ったようだったので、恥じらいをゴミ箱に捨ててまた着ようとまで思っていました。


 これから、レティア姫様に何を言われるのでしょう。フィラント様の妻の座から追放かもしれません……。


 良い事続きだった反動でしょう。人生とは無情。一昨日読んだ小説のタイトルは真実みたいです。

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