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伯爵、ハラハラする

 噂を聞かれる前に、話をしておかねばと思って過去の自分の仕事について語ったら、エトワールが抱きついてきた。


 何故?


 想像していた展開と違う。絶対に嫌がられ、怯えられると思っていた。


「中傷があるかもしれない晩餐会や舞踏会からは逃げましょう。城勤めの経歴があるフォンとヴィクトリアが名代なら、多分面目が保てます。買い物も2人に任せれば大丈夫です。優秀ですもの。店員との会話内容まで教えてくれます」


 何だって⁈


「ユース王子様、フィラント様の事が好きなようなので相談しましょう。いえ、私が聞いて参ります」


 はい⁈ 物怖じしないし度胸もある。そう思っていたが、怖いもの知らずの世間知らずか⁈


 驚愕していたせいで、フィラントから離れたエトワールを追いかけそびれた。もう、部屋の扉が閉まっている。


 フィラントは慌ててエトワールを追いかけた。ユース王子が用意した装飾派手な海色のドレス姿で廊下をタタタタタと走っている。ヴィクトリアが「エトワール様には立派な淑女の所作が身に付いてきています」と言っていたのに……。城で走る夫人なんて淑女ではない。


 そう思ったら、エトワールは走るのを止めた。ゆっくりこちらへ戻ってくる。今度は実に伯爵夫人らしい歩き方。


「気がはやってしまいました。男性の部屋へ1人で訪れるなんて妙な噂の種になります。ましてや王子様と2人きりなんて噂は大顰蹙(だいひんしゅく)です。2人で参りましょう。全部、私の我儘で押し通して下さいませフィラント様」


 フィラントと腕を組んだエトワールが歩き出した。ほら、早く行くぞというように。


 フィラントは足を動かさなかった。


「フィラント様?」


「晩餐会にも舞踏会にも出席します」


「しなくて良いことは、しなくて良いと思います。ユース王子様にダメだと言われたら、なるだけ気楽に参加する方法を2人で考えましょう。まず、聞いてみないと分かりませんから行きましょう? ユース王子様はフィラント様のことなら親身になってくれると思います」


 ね? と優しく微笑まれてつい頷いていた。いやいやいや、主にそんなお願い……。人の足音が近寄ってくると、フィラントはつい身構えた。廊下の角から現れたのは、ユース王子だった。


「フィラント伯爵にエトワール夫人。会いに行こうと思っていたのだけど、何処かに出掛けます?」


 やあ、と手を上げながら近寄ってくるユース王子。


「ユース王子様にご挨拶に行こうとしていました」


 しれっと嘘をついたエトワール。ユース王子は感情を隠したような外向き用の笑顔。


「晩餐会まで暇だから、フィラント伯爵とチェスをと思ったのです。それなら良かった」


 ユース王子がフィラント達を目で促す。フィラント達に用意した部屋へ行こうという意味だろう。3人で部屋に戻った。部屋に入った瞬間、ユース王子はソファに座り、エトワールはいそいそと水を用意しだした。


 コップではなくワイングラスを使おうとしている。それが正しいマナー? この辺りはフィラントには分からない。エトワールを観察するユース王子の反応は良いので、合っているのだろう。


「気が利くね。そのままワインにしてくれる?」


「はい、ユース王子様」


 ワインなんてこの部屋に……あったらしい。壁の色が違う場所がワインセラーだった。そんなこと、フィラントは気がついていなかった。白ワインをワイングラス2つに注ぐエトワール。物腰柔らかで実に可憐。お盆にワイングラスを乗せて運んできて、次はワインボトル。その次は棚の中からチェス盤とチェスボックス。


「甲斐甲斐しくて可愛いから見ていたいのも分かるけど、座ればフィラント」


 手招きするユース王子。エトワールに見惚れていたのを見抜かれている。


「きゃあ」


 小さな悲鳴をあげたエトワール。顔を向けると、転びかけたらしいく、よろよろしていた。転ばずに背筋を伸ばしたので安心した。


「粗忽者で失礼致しましたユース王子様。フィラント様」


 恥ずかしそうに頬を染めて歩いてくるエトワール。チェス盤とチェスボックスがソファとソファの間にあるテーブルに置かれた。


「いやいや。ドレスって裾が長くて歩くの大変そうだよね? まあ、中身を覗く楽しみがあるけど。な、フィラント」


 おいこら! エトワールの前でそういう阿呆な事を言うな。同意を求めるな。こういう時のユース王子は無視が1番。フィラントはユース王子の向かいのソファに座って顔を背けた。黙ってチェスの駒を箱から出して、チェス盤に並べる。


「まーた、だんまり。嫌だ嫌だ。都合が悪いとすぐ黙る。エトワールちゃん、結婚祝いは使った?」


 黙れ! と叫びたかった。そしてエトワールは実に分かり易く真っ赤である。最悪。ユース王子に延々と揶揄われ、反応を面白がられ、多分仕事でもこき使われる。


「意外! へえ、どうだった?」


「肌触りが良くて、背中のリボンが可愛らしかったです……」


 フィラントを見ているユース王子。しかし、答えたのはエトワール。赤い顔で俯いている。ユース王子がニヤニヤしだした。エトワールではなくフィラントに向かってにやけているのはまだマシか? エトワールで遊び出したら部屋から追い出してやる。


「でも、あの、この時期には寒くて本日少々気分が……。晩餐会と舞踏会、必ず参加しないとなりませんか? 部屋に1人きりは心細いので……フィラント様についていて欲しいのですけれど……」


 ここでいきなりその話⁈ ニヤニヤ笑いを引っ込めたユース王子。フィラントにチラリと目線を投げてきた。フィラントはぶんぶんと首を横に振った。


「エトワール、その話はしないようにと……」


「ちょっと黙っていてフィラント。エトワール夫人。今口にした意味、分かっている? どうなるか想像つかない?」


 低い、脅すような声を出したユース王子。エトワールはドレスを両手で広げて頭を下げた。


「頂き物で具合が悪くなったなどは、ふ、不敬です! しかし私は嘘が下手でございます。ま、また、な、夏に使います。先程のように粗相をして、フィラント様を貶めたくありません。爵位授与式では緊張で記憶が飛びました。体調万全な時でも不安でしたのに、今の具合でフィラント様の顔を立てる自信がありません。醜態を晒すのが恐ろしいのです」


 つかつかとエトワールに近づいたユース王子。


「嘘、下手だね。とっても顔色が良いよエトワールちゃん。転びそうになったのも、実にわざとらしかった。本当の理由は何? 言わないと割と酷いことになるかもよ?」


 間に入ろうとしたら、ユース王子に睨まれた。これは、大変機嫌が悪い顔だ。


「身を売った卑しい貧乏令嬢などと噂され嘲られるのが死ぬ程恥ずかしいからです」


 止めようとエトワールの隣に立ったら、もう喋っていた。エトワールがさらに頭を下げる。


「あっそ。私がフィラントに苦痛な場を与えると思うなんて不信にも程がある。フィラントを庇ってくれるのは良いけどちょっと頭が足りない。人を見る目も無い。材料、あげたつもりだったけど。私はそんなに頼りない?」


 意外な不機嫌理由。そろそろと面を上げたエトワール。彼女は両手を胸の前で握りしめて、嬉しそうな笑顔を見せた。


「いいえ、ユース王子様。手打ちになんてされないと思っていました。でないと、お願いなんて出来ません。しかし、素直に相談するべきでした。次からそうします」


 心の底からユース王子を信頼していますというような笑みのエトワール。ユース王子の機嫌がころっと治った。


「いやあ、昨日も思ったけど君とは仲良くなれそうだエトワールちゃん。フィラントを庇ってくれてありがとう。料理に席順、それなりに根回ししてあるから心配要らない。エトワールちゃん、チェスとお酒の相手して。フィラント、ワイングラスをもう1つ」


 満足げな笑顔でおいでおいでとエトワールを手招きするユース王子。エトワールは満面の笑顔。大輪の花みたいな、眩しい笑み。


 根回ししてある?


 そしてエトワールの一連の言動。


 なんだこの状況。


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