伯爵夫婦、いちゃいちゃする
すぐに戻ってきた。なのに、エトワールがいない。フィラントはもう一度部屋を見渡した。
「あ、あ、あの……贈り物だそうですので着てみました……これは恥ずかしいです……」
隣室、寝室と繋がる扉影からエトワールがひょこり顔を出した。
着てみました⁈
何で着た! あんなあられもない寝巻きをどうして着ようと思った!
幸いにも、いや不幸にも? 顔と白い肩周りしか見えない。体は見えないが、ヒラヒラとした寝巻きの裾が揺れている。エトワールの顔は赤い。灯りが暗くても分かる。
「肌、肌触りが良くて……あちこちのリボンが可愛いとお伝え下さいませ。特に背中です……。寒いのとあられもないというのは、言わない方が良いですね……」
ああ、ユース王子へ感想を伝えるために着たのか。エトワールは顔を引っ込めて、姿を消した。多分、もう脱ぐのだろう。
「分かりました。寒いなら箪笥の肥やしでも仕方ないですね」
どんな姿なのか想像したら、うっかり本心が漏れた。変態とか罵られたらどうしよう。エトワールって他人を罵るのか? それこそ想像がつかない。嫌です、は言われる。拗ねたような怒り顔。可愛げのない小生意気な表情だが、たまに見たくなる。エトワールが感情露わだと、何もかも本心のように思えて安心する。
「仕方ないとは、見たいということでしょうか……」
何で出てきた! いや、良く出てきてくれた?
自分を抱きしめるような立ち姿。膝上までしかない裾。毎晩見ているが、足がやっぱり長いな……。肩紐しかないので肩や腕も良く見える。
これ、寝巻きではなくて下着じゃないか? 生地が薄くて艶かしい体の線が丸わかり。エトワールの腕が隠している胸元も、多分透けている。ちょっと腕をどかして見せて……いやいやいや。
とりあえず、下に履いているドロワーズは邪魔。普段と違って丈の短いものでも、今の姿には不必要な代物。ではないっ! ドロワーズは邪魔とか脱いで欲しいなどとは絶対に言ってはいけない。
フィラントは唇を固く結んだ。
「ああ……似合わないだろうからしまっておきなさいということで……。私もそう思います。もっと成熟した色気のある女性でないと……」
項垂れたエトワールが、フィラントの前から去った。
沈黙を何でそう解釈した⁈
フィラントは慌ててエトワールのいる寝室へと足を踏み入れた。振り返ったエトワール。青っぽい灰色の目と視線がぶつかった。視界の端で裾がふわふわと誘うように揺れる。フィラントは咄嗟に体を隠そうとしたエトワールの腕を掴んでいた。
やはり、胸元も透けている。これは、なんていう服だ。楽しめって……楽しみたい。
「いえ、似合っています……」
ユース王子の思う壺とはまさにこれ。自己制御とか無理。
フィラントはエトワールを壁の方へ押しやって、唇に唇を重ねた。何度かキスをして少し離れた。力を入れ過ぎたかもと手の力も抜く。嫌だと拒否したり、逃げる隙を常に与えないとならない。そのくらいの理性は保たないといけない。
エトワールはフィラントをぼっーっと見ているだけ。気恥ずかしそうに視線を彷徨わせている。今夜も嫌とは言わなくて、逃げないらしい。何故か、手を繋がれた。
こんな夜、いつまで続いてくれるんだ?
さて、どうしよう。
せっかく、良いものを着てくれている。隣室の方が今いる寝室より明るい。向こうにあるソファはかなり大きかった。
フィラントはエトワールを抱き上げた。以前、玄関ホールに寝ているエトワールを談話室に運んだ時も思ったが軽い。食事、足りないのではないか? 一般的な貴族の食よりもエトワールが食べる量はかなり少ない。長年このくらいの量だったので、沢山は食べられない。そう言っていたが、本当か?
エトワールをソファに下ろして、上から眺めた。これは……絶景。裸よりも良い気さえする。服もあるが、単に明るくて良く見えるからだ。
桃色に染まっている全身に、艶かしい目や唇。留め具がないようで、前面部は本当にあられもない。お臍も見える。細いと思っていたが、腰が折れそうな程くびれている。何度か見ているのに寝巻き——というか下着——で印象が違う。くびれた腰から伸びる……やはりドロワーズは邪魔。
エトワールの肩に触れる手は極楽。非常に滑らかで吸い付くようなこの肌は常に触っていたい。フィラントは反対側の手でドロワーズを脱がそうとした。腰から足までの曲線美を眺めたい。いや、触りたい。
「フィラント様……あの……」
そろそろとエトワールの手が伸びてきた。フィラントの頬にエトワールの手が当てられた瞬間、手を止める。
明るいから嫌だと言われる。困ったような表情。今夜こそ行為自体を嫌がられるか?
「こい、こい、恋人とは別れてくださるのですか?」
はい?
エトワール、不機嫌そうなしかめっ面である。フィラントに横顔を見せている。
恋人? 恋人とは誰の事だ? そんな存在、居たことがない。生きるのに必死だった。ある程度大きくなったら、戦地へ行ってばかり。王都に戻ってくれば、療養とユース王子やレグルスの世話。次の戦に備えて鍛錬や兵法の勉強。ユース王子やレグルスに、マナーやら政治経済学なども叩き込まれていた。
女性と会話することなんて殆どなかった。それが、何でまた恋人がいるなんて事になった。
「ユースめ……」
何を吹き込んだと思ったが、何でまたフィラントに恋人がいるなんて話をした。
「いえ、あの、お好きにしてください。女性を幾人か囲い、全員養えるというのは上流貴族の誉れですもの。口が滑りました……」
身を縮めて、ムスッとした顔をフィラントから背けている心底嫌そうなエトワール。
エトワールはフィラントに恋人がいるのは嫌らしい。嫌と口にしていない……したか。別れてくれと言った。よくもまあエトワールの立場でそこまで言える。フィラントは本当にエトワールの信頼を勝ち取っているらしい。手酷いことをする気なんてさらさらない。それがキチンと伝わっていると実感できて、とても嬉しい。
「何を聞かされたのか知りませんが、恋人なんていたことありません」
目を丸めたエトワールが、フィラントを見上げた。
「追い出されると不安になるでしょうし、外聞もあるので、誰かを囲ったりしません……」
だから、何処にも行かないで欲しい。ずっと傍にいて下さい、とまでは言えなかった。
王都にいる間に、出自や殺人狂みたいな話を耳にしたらエトワールは離れていくだろう。がむしゃらに、生きるために働いたら血塗れ騎士に死神騎士の異名。エトワールが知ったら、そのような卑しい恐ろしい手で触らないで欲しい。そう言われる気がしている。誰だってそうだ。
だから、エトワールに触れられるのは今のうちしかない。近くで見れるのも今だけ。毎度毎度、焦燥感と単に欲望でエトワールに手が伸びる。
エトワールはただ目を丸めて、悩ましい上目遣いでフィラントを見つめている。
「いいえ、お好きにして下さい。エトワールは自分の力でフィラント様の隣を勝ち取ります……」
突然、エトワールは体を少し起こした。フィラントへ手が伸びてくる。癖で咄嗟に払いそうになるのを抑えた。エトワールの腕がフィラントの肩に乗り、頭に手が触れる。
エトワールにキスされた瞬間、フィラントはエトワールを押し倒した。
自分の力でフィラント様の横を勝ち取る? どういう意味だ?
深く考えるよりも、目の前のエトワールに夢中になった。
全身、興奮と幸福感で包まれていて、他のことは考えられない。今だけなら尚更溺れていたい。




