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騎士子爵、理性が揺れる

 ヘンリ・カンタベリ公爵邸から、今度はレグルスの屋敷へ挨拶。レグルスは予想外にそっけなかった。挙式から今までの事を、根掘り葉掘り聞かれると思っていた。


 お礼なんていいから早く帰れ。用事があって忙しい、らしい。フローラ様とエトワールが、明日一緒に病院と学校へ奉仕活動に行くのもあり、レグルスに早く帰宅しろと言われた。


 こうしてフィラントとエトワールは予想より早く屋敷へ帰り、2人で遅めの夕食を摂った。


 料理長のオットーが野菜スープの人参を星型に切ってくれていた。型抜きという器具があるらしい。エトワールがニコニコとフィラントに笑いかけ、オットーを褒めるので、朝食や昼食同様に食事が苦ではなかった。むしろ、楽しい。


 食後、フィラントは書斎で結婚式の招待客へのお礼の手紙を認めた。執事フォンの指示通りの、定型文を繰り返す単純作業。記憶を呼び覚まして、招待客に合わせた一言文を付け足す。フォンが確認して、何通かは相手と一言文の内容が違うと突っ返された。


「血の色が苦手で、食事も苦痛。早々に話せて良かったなフィラント」


 ソファで、フィラントが書き終わった手紙に封蝋をしてくれているフォン。


「エトワールは俺に歩み寄ってくれるそうです……。フォン、ジャン・シュテルン子爵や彼女自身について何か困り事を耳にしていませんか?」


「取り立てて何も。ご両親、オペラ観劇の手配に感激しておりました。明日の朝、エトワール様とお見送りして下さい」


 フォンはいつになく柔らかい笑顔を浮かべている。なんだか全部腑に落ちない。


「分かりました」


 しばらく無言。その後、しばらくしてフィラントが手紙を書く作業が終わった。フォンから封蝋作業を引き継ぎ、書斎に1人きり。


 フォンの手伝いもあり、手紙作成と封蝋作業は2時間程度で終わった。今日のフィラントの仕事はもう無い。


 庭に向かい、窓から漏れる明かりがギリギリ届くところで鍛錬。無心で素振りをしようと思うのだが、この後の事を考えずにはいられない。


 エトワールと同じ部屋で眠る。それで、手を出して良いという。嫌そうな素振りを見せられたら、直ぐに止めようと思っている。しかし、昨夜のようになりそう。絶対に自制なんてきかない。


 エトワールが全く嫌そうに見えないから、つい調子に乗ってしまう。勘違いや自分に都合の良い解釈ならどうしよう。この世で1番大切にしようと思っているのに、肝心のその方法が分からない。


 昨夜から怒涛のように襲ってくる幸福な事柄。何だこの状況。俺は明日死ぬのか? 目を閉じて開いたら、戦場にいて多くの死体が転がって……いない。やはり大きな屋敷に、広い庭。


 自分で決めている鍛錬内容をこなすと、フィラントは屋敷へ戻った。


 風呂を済ませ、3階へ上がる。


 フィラントの寝室は1階に用意してある。広くて豪華な部屋など落ち着かないので、1階の隅。本来は従者用だが、侵入者などがいた場合に直ぐ対応できるので自分の部屋として確保した。


 住み込み従者の部屋は2階の空いている客間にしてある。ヘンリ・カンタベリ公爵にレグルスの選定した従者は優秀。逃げられたら困るので、手厚く扱っておかないとならない。


 昨夜、エトワールと今後の暮らしについての話をしたら、1階の寝室で寝ようと思っていた。それが、あんな事になった。


「本当に良いのか? いや、あれだ。無理をして……」


——お互い嫌な相手と結婚ではなくて良かったです。運命かもしれません。鉄は熱いうちに打ちましょう


 赤い顔で照れ笑いしていたエトワールを思い出し、フィラントはエトワールの私室——これからは夫婦の私室?——のドアノブに手を掛けた。一応、反対側の手でノックをする。ゴクリ、と喉が鳴った。動悸が激しい。


 応答なし。これは入るなということか? そうだろう。


「まあ、やはりフィラント様。こんな夜更けに従者は来ないと思いました。ご自分の部屋をノックするなんて変ですよ」


 後退りした時、部屋の扉が開いてエトワールがひょっこりと顔を出した。はにかみ笑いをしている。


「いや、昨日までエトワールの私室だったので……」


 昨夜とはまた別の寝巻き。1ヶ月前、レグルス邸で着ていた白くて胸元にレースが付いている可愛らしいもの。酔っ払っていたが、とても眩しい姿だったので鮮明に覚えている。昨日の夜のものは色っぽかったが、今日の方がエトワールらしいし似合っている。


 寝巻きのせいか、横流しの三つ編みという髪型のせいか、昨夜と違って幼く見える。可愛い笑顔。やはり天使……。


「気遣いありがとうございます。フィラント様の1日は長いのですね。私、普段はもう寝ています」 


 フィラントの寝巻き、袖の端を掴んだエトワールに部屋の中へと招かれた。彼女と一緒の部屋で寝るなど無理。睡眠なんて出来ない。エトワールは夫婦の営みについて毎日から始めようと、割ととんでもない事を言い出した。あれはさすがに本心ではないだろう。


 嫌なら1日ずつ減らす、その為の布石。最初は我慢するから、減らしてもらう。そういう意味に違いない。でないと、フィラントに好都合過ぎて説明がつかない。それなら、2度と手を出してはいけない。そうだ。そもそも1度だって手を出さないと思っていたのだ。それなのに、昨夜はエトワールの言葉を自分に都合良く解釈して、やりたい放題。


 いや、違う。


——昨夜は素敵な夜でした。嫌ではなかったので、きっと恋の第1歩です


 あの台詞を口にしたエトワールの言動は嘘には思えなかった。今日のフィラントへの親しげな、好ましそうな態度もそう。第1歩が2歩目になるにはどうするべきなんだ?


「オイルランプというのは素晴らしいですね。私、昨夜はドキドキし過ぎて眠れなくなってしまって贅沢だと思いつつも本を読む為に使ってしまいました。でも、やはり贅沢ばかりは気が引けるので……フィラント様?」


 考え込んでいたら、エトワールはランプ近くに移動していた。


 昨夜はドキドキし過ぎて眠れなかった?


 今、そう聞こえた。良い意味のような響きだった。


 エトワールは部屋の四隅にある照明の灯りを弱くしている。というか、多分消そうとしている。照明の最後の1つが消える寸前。


「え? ああ、うんと稼ぐのでこの部屋のオイルランプくらい好きに使って下さい。今夜はそのままで……」


 フィラントはエトワールに近寄った。オイルランプを使用した照明器具の前に立つエトワールがきょとん目を丸める。やはり、嫌そうではない。


「そのまま? 真っ暗が苦手なんですか?」


「いえ、なるべく見たいので……」


 見れるうちにあれこれ見たい。嫌そうだったら止める。嫌だと言われたらもう触らない。フィラントはそっとエトワールの頬に手を当てた。みずみずしくて、もちもちしている、自分とは全く違う肌質。やっぱり触り心地が最高に良い。


 フッと灯りが消えた。


「苦手でないなら露わなど恥ずかしいので明るいのは嫌です……。昨日、炭になるかと思いました……」


——私、優しいフィラント様になら遠慮なく嫌と言えます


 嫌ですと本当に言えるのか。


 フィラントはそっとエトワールを抱き寄せた。


 

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