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伯爵夫婦、初めてのお出掛け 1

 街から東へ馬で半刻程。エトワール希望のステラ湖へとやってきた。小一時間で一周できそうな大きさ。緩やかな丘の間にある、透明度の高い美しい湖。鳥が沢山いる。近くの森は落葉が終わっていて無残だが、春や夏など緑豊かで見ものだろう。


 馬から降りたエトワールは、水辺の白い鳥に夢中。あと、花を摘んでいる。無邪気で可愛い。ずっと眺めていたい。一方、狙われ難い場所を探して、ユース王子と並んで座っているフィラント。


 エトワールは「お兄様もどうぞ」と誘ってくれたらしく、ユース王子がついてきた。その代わりに、エトワールの両親を誘ってやりたかったが、彼等はフォンが手配していたオペラを観に行く。何故、エトワールのチケットが無いのか問いただしたら「挙式後で疲れていて休みたいだろうと思い配慮しました」と淡々と反論された。


「久々の兄弟の再会に気遣いとは、良い娘だなフィラント。で、昨夜はどうした?」


 表情が面白がっているユース王子。ニヤニヤ笑いから、フィラントは顔を背けた。


「ふーん。得意のだんまりか。まっ、彼女の歩き方で分かるけどな。伯爵位の授与式、他の爵位授与者と合同での式だ。その後舞踏会もある。あの可愛い妻と一緒に来い」


「仕事があるので、とんぼ帰りということになっていましたよね?」


「それ、レグルスと変更。というか、レグルスは来ない。だって君さ、この1月1回も城に帰って来ないんだもん。レグルスは2回も来たし、今回は爵位授与と関係ないから君の代わりに働いておいてもらうんだもん」


 だもん、って子供か! いい年した大人が可愛い少年みたいなフリをするな。しかも、2回目のだもんはふざけ過ぎていて気持ち悪い。


「ユー……フェンリス。色男が台無しになるのでその口調は止めて下さい」

 

 ユース王子からの返答は、満面の笑みのウインクだった。


「言うこと聞かないと愛しい妻と共に絞首刑だもん!」


 立ち上がって、あははははと大笑いしながら駆け出したユース王子。堅苦しい、息がつまる王宮から解放されている反動だろう。だもんって、本当に気持ち悪い。ユース王子は時々ネジが外れる。


「エ、ト、ワールちゃん! 弟が虐める! 助けてくれ! 王都に行きたいって言ってるのに、日程が伸びて新婚旅行にするからと俺が共に行くのを嫌がるんだ!」


 エトワール()()()⁈ レグルスに続いて、どうしてこう馴れ馴れしいんだ。護衛される身なのに、勝手に移動するな。フィラントはユース王子の後を追った。密かに護衛に来ている王宮騎士も一苦労だろう。


 名も分からない白い鳥を撫でていたエトワールがゆっくりと立ち上がった。


「新婚旅行? お兄様、今新婚旅行と言いました?」


「お兄様……。ああ、お兄様だエトワールちゃん。もう1回言ってくれ」


 ユース王子がエトワールに抱きつこうとした。レグルスと共に、女好きなのは困ったもの。第3王子だから、急がなくて問題ない。そのうち結婚するとのらくら独身。こそこそと遊びたい放題。


 フィラントはユース王子の首根っこの服を掴んだ。ほぼ同時に、エトワールはビクリと怯え、青白い顔で小さな悲鳴を上げた。それを見たユース王子は、渋い顔になった。どうみても、単に驚いたという様子ではなく恐怖したというようなエトワール。


「も、も、申し訳ございませんお兄様。私、男性が苦手でして……」


「へえ。それは、すまなかった。フィラントは平気かい? まあ、恋仲になって結婚したと聞いているから、弟は特別なのか」


 違うと知っているのに、何故その質問をする。ユース王子がチラリとフィラントに流し目をした。エトワールは、すまなそうにユース王子の靴を見つめている。


「はい……。そうなんです……。フィラント様のことだけは大丈夫です」


 はにかみ笑いをした後、エトワールは頬を赤らめて、手に持つ青い花で顔を半分隠した。上目遣いでフィラントを見つめてくる。


 可愛い……。


 嬉しい……。


 幸せ過ぎる……。


 しかし、なんでまたフィラントだけは大丈夫なのだろう? 歩み寄りたいと思ってくれたのだろう?


「うわっ、痒い。全身痒くて死ぬかもしれない。俺は帰る。このままじゃ掻痒感で倒れて、のたうち回る。家に帰る。多分この土地の空気がダメだ。じゃあな、フィラント。また」


 ユース王子にバシンと背中を叩かれた。


「死ぬかもしれない? それなら、馬になんて乗れません。フィラント様、お兄様を送ってさしあげてください」


「あはははエトワールちゃん、あとは2人きりでどうぞって意味だ。そのうちお兄様の事も大丈夫になってくれ。俺、成り上がった弟をあてにして貧乏な店をアストライア街に移転させるから、仲良くしてくれ」


 慣れたウインクに爽やか笑顔を残して、ユース王子は馬の方へと駆け出した。フィラントにはさり気なく指で静止の合図。


 ユース王子、本気でちょこちょこアストライア街へ来るつもりらしい。何を企んでいるのだろう。それで、ユース王子の計画の中にあるフィラントの立ち位置は何だ?


「フィラント様のお兄様は、顔立ちはフィラント様に良く似ているのにレグルス様みたいですね……」


 エトワールがポツリ、と呟いた。ユース王子とレグルスは乳兄弟で一緒に育った。双子みたいなもの。その話は出来ない。


 それしても、もう似てなくなってきたと思っていたが、まだ自分とユース王子は似ているのか。


「それにしてもフィラント様。急に仕事やお金が無くなってもこの辺りだと飢え死にはしなそうですね。冬なのに食べられる植物が結構ありますし、渡り鳥も沢山います」


 え? はい? 今、エトワールは何て言った? 白い鳥を撫でる天使みたいなエトワールは、心の中で鳥を食べることを考えていたのか。えええええ……。


「待て、エトワール。君はここに食料確認に来たのか?」


 つい、口調が砕けた。エトワールという娘は奇想天外。特定の女性と交流が無かったので知らなかっただけで、皆こんな風なのか?


「いえ、エトワールは貧乏でもフィラント様について行きますと言いたかっただけです。食事は苦手なようですが、お散歩は好きですか? フィラント様の趣味は何です? 」


 出た、エトワールの質問。フィラントの悩みの種。これ以上嫌われてなるものかと、いつも回答に悩んでいたが、もう気が楽。奴隷や食事の件で不審がられたり、嫌悪されなかったので、割と何を言っても平気そう。


「散歩をしたことがありません。無趣味です。いえ、趣味と言えるか分かりませんが、たまにぼんやり夜空を見ています」


 手を繋いでこの辺りを散歩してみたいです。貴女と会ってからは、夜空以外に見たいものが出来ました。そう言うか迷って止めた。調子に乗り過ぎだろう。


 この不思議な娘エトワールは、フィラントの発言にどう返すのだろう。


「私、星が好きです。今夜、2人で並んで夜空を見れますね。趣味になるかもしれないので、散歩をしてみましょう」


 エトワールはそう言って、少し頬を赤らめてフィラントの手を握り、歩き出した。


 私、星が好きです。


 つい脳内変換して「私、フィラント様が好きです」と再生していた。いつか、そう言ってもらえたら、その日に死んでも良い。

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