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騎士、ますます困惑する

 怯えた様子のエトワール令嬢。俺は慌てて剣を背中に隠した。


 ぐるぐる回る思考。必死に何て声を掛けるべきか考える。早く、早く何か言わないとならない。


——エトワール様、来週いらっしゃると伺っていましたが行き違いでしょうか?


 よしよし、で続きだ。誰も居ない、いや、俺は知らんが侍女気取りのナタリアがいたのか。エトワール様はナタリアにこの部屋へ案内された? ややこしいのでナタリア婆さんの件は無視。続きはこうか?


——出迎えの居ない屋敷で、さぞ心細く不安だったでしょう。申し訳ございませんでした。


 よし、これだ。


「エトワール様、来週では……」


 震えたし、声が掠れたので俺は口を閉じた。緊張で、考えた言葉が出てこない。


「まあ、手紙の行き違いでしょうか。あの、では、ナタリアさんという侍女の方は? おかえりなさい奥様と……」


 コツコツという足音が近寄ってくる。俺はエトワール令嬢に背を向け、剣を構えた。廊下が薄明かりに照らされ、その光が徐々に強くなる。


「母さん! 母さん! 俺だよオットーだ! 母さん! ナタリア母さん! どこにいるナタリア母さん!」


 男の声。


「ナタリアという者ならここだ!」


 俺が声を出すと、靴音は駆け足になり、灯りも更に強くなった。キイと開かれた扉の向こうに、ランプを持った太めの中年男性が立っている。目が合った瞬間、俺は口を開いた。


「屋敷の主、フィラントだ。貴方は息子さんか? ナタリアという老婆、そこの寝台に寝ている」


 恐怖で引きつった顔になった中年男性。


「フィ、フィラント様⁈」


 素っ頓狂な声で少し耳が痛い。


「た、た、た、た、た、大変失礼致しました! や、や、雇っていただく予定の料理人のオットーでございます! は、母は大昔、ここの主人の従者でして……たまに徘徊してこのような……」


 ランプを床に置いて、平伏したオットー。


「私が鍵を掛け忘れた。凍死せずに布団の中で良かったな。広い寝台だ。2人で寝て朝にでも帰れ。明後日が挨拶予定日だろう。話はその日で良い」


 疲れているのに、疲れる珍事。返事をせず、動きもしないオットー。こいつ、人の話を聞いているのか?


「おい、聞いていたのか?」


「へっ? あ、はい……。も、も、申し訳ございません!」


「歳を取ればボケる者もいる。山や森に捨てないとは殊勝なことだ。親を川に投げ捨てる輩もいるしな」


 もうオットーやナタリアに用はない。大嘘つきの演技派であったなら、襲ってきたら、それなら返り討ちにするだけ。俺はエトワール令嬢へと向き直った。


 オットーが持ってきたランプで、顔が分かった。まだ薄暗いので色は分からないが、ふわふわした胸の高さまである巻き髪。卵型の顔で、目が大きい。それで垂れ目だ。ぷっくりして見える小さくも厚めな唇。


 穏やかそうな雰囲気の顔立ち。そして、可愛い。かなり可愛いように見える。ぼんやりと、困ったように俺を見ている。


 俺は気恥ずかしくてバッと顔を背けた。平常心は飛んでいき、手汗が出てきて、全身熱い。


「さて、と……」


 さて、と。ではない。で、どうする?


 宿へ連れて行くには治安が悪そう。しかも、部屋を確保してあるのは安くて汚い宿。一方、この屋敷は清掃済みのよう。


——他に寝られる部屋を探します


 いや、隣室があるか。さっきナタリアが開けて、似たような感じだった。続きはこうだな。


——寒い中辛かったでしょう?


 よし、そうしよう。


「隣室で寝ろ」


 ま、間違えたあああ! これでは部下への命令だ! こんなの印象最悪。俺はそろそろとエトワール令嬢の様子を確認した。


「まあ、良いのでしょうか?」


 両手を握りしめて、祈るようなエトワール令嬢。笑っている。可愛い顔が更に可愛らしい。そっと歩き出したエトワール令嬢が、机の上の羊皮紙を手に取った。羊皮紙を揃えて、両手で差し出される。実に優雅な仕草。


 俺が羊皮紙を受け取ると、エトワール令嬢が深々と頭を下げた。


「フィラント様がこんなにもお優しい方とは安心しました。父や父の知人の方々と、話し合って色々と考えてきました。私、誠心誠意尽くします。どうかご慈悲をお願い致します」


 ご慈悲をお願い致します? 俺は手元の羊皮紙に目線を落とした。オットーが近寄ってきて、羊皮紙をランプで照らしてくれた。本人は俯いて顔を背けている。こいつ、親想いな上に気が利くな。味方にするように言動に気をつけよう。先程は威張り過ぎたかもしれない。


 羊皮紙に書かれている内容を、サラッと読んでみて俺は戸惑った。


 奉仕提案書と記されている。それはもう俺に都合の良い事しか書いてない。妻として必要な役割を果たし、俺の命令には服従。慈善活動に参加し、夫の良い評判が立つように過ごす。社交場でも常に夫を立てる。許可された物しか購入しない。浮気して良くて、愛人を囲うなら屋敷の離れに住む。そういうような事があれこれ書いてある。


 王の命令で、俺が家を乗っ取る婚姻だから。俺の機嫌1つでエトワール令嬢の人生は変わる。そう思われている。


 自分が考えた「地位を貰う代わりに誠心誠意尽くし、自由も与え、好いた男がいるようなら屋敷に呼ぶ」という案をまんま相手も考えてきた。相手は「生活の保障」を欲している。


 なので、「ご慈悲を」はそのままの意味。爵位だけ手に入れて、ポイ捨てしないで欲しいという嘆願。ジャン・シュテルン子爵を無下にしないで欲しいという懇願。


「フィラント様?」


 半年間、聞きたかった声。そのせいか心臓が煩い。不安そうな表情で小首を傾げたエトワール令嬢。胸が痛くなった。


——安心して下さい。こちらこそ安堵しました。お互い同じ事を考えていたようです。少しずつ歩み寄り本物の夫婦に……


 はああああ⁈ お、俺はいきなり彼女を口説くのか? 今はそういう雰囲気でも無いよな? 口の中が乾燥して張り付いている。


「寝ろ。そうだ、寝ろ。疲れている」


 言葉を絞り出したら、ぶっきらぼうな台詞になった。


——今夜は寝ましょう。お疲れのようですから


 頭の中ではそういう言葉を用意したのに、何故こうなる。


「し、し、失礼致しました。深夜にいきなりこのような不躾な話をしようとして、すみませんでした。り、隣室に下がります」


 エトワール令嬢は慌てた様子ながらも、やはり美しい所作で俺から離れた。鞄を腕に抱えて部屋から出ていく。


 やらかした。歩み寄るどころか、怖がらせた。これは印象悪化だろう。


「貴方も寝ると良いですオットー。まだ住み込みの者はいないし、家具も揃っていないので他の部屋でも良いですよ」


 オットーに軽く会釈をしてから部屋を出た。男相手、ましてや年上なのでスラスラ喋れる。もう、心臓も静か。


 廊下に出て、床に座る。鞘に納めたままの剣を腕に抱えた。十中八九、本当の事を言っていそうなオットー。従者リストの名前に確かに料理人オットーはあったが、どこからか情報が漏れている可能性もある。


 エトワール令嬢が襲われでもしたら最悪。


 俺はうつらうつらしながら、見張りをした。

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