伯爵夫婦、初の夜 1
昼間に挙式、その後ジャン・シュテルン子爵邸改めフィラント・シュテルン子爵邸にてパーティ。フィラントやエトワールの招待客をもてなすのではなく、カンタベリ一族をもてなす会。
フィラントとエトワールではなく仲人のレグルスとフローラ様がパーティを切り盛りする。というより、フローラ様が取り仕切っている。
フィラントとエトワール令嬢——ではなくエトワール夫人——はレグルスと共にひたすら挨拶回り。ひたすら愛想笑い。相手に質問されれば、レグルスにでっち上げられた2人の馴れ初めを話す。
来週、フィラントは王都へと呼ばれている。アルタイル城にて、半年前のゴルダガ戦線を始めとした戦争での功績に対して伯爵位が授与される。
フィラントが率いた軍、守った官僚や貴族騎士、それに市民の多くが王とカンタベリ公爵派となる算段。それに対するフィラントへの褒賞は出世、金、女。世の中というのはとても単純。欲しいものは自由だと言える立場ではない。
敵対派閥に属するジャン・シュテルン子爵は、妻と共にレグルスの叔父であるヘンリ・カンタベリ公爵に捕まっている。2重密偵とかさせられるかもしれない。常に相談して欲しいと告げて、護衛兼フィラントへの伝達係として従者をつけた。どうにか気楽な暮らしをしてもらえるように、根回ししないとならない。
「フィラント、エトワール夫人、別室にて特別な来賓がお待ちです」
レグルスに耳打ちされて、案内を受ける。フィラントはエトワール夫人——慣れないからエトワールと呼ぶことにする——をエスコートしながら3階へと向かった。
「朝からずっと愛想笑いで疲れたでしょう」
触れられている腕がくすぐったい気分。エトワールは「ええ」と小さく頷いた。
「疲れていますけど、うんと祝福されているので嬉しいです」
ニコリ、と柔らかな笑みのエトワール。友人の招待がない結婚式にパーティ。彼女にとって、楽しいことなんて1つもない。
「こういう時くらい気を遣わなくて良いですよ。すみません」
「フィラント様、これから先の生活ですみませんはなるべく使わないようにしましょう。ありがとう、その方が気分が良いです。では、もう1度」
ちょんちょん、とエトワールの人差し指がフィラントの鼻に触れた。次は、まるで甘えるように寄り添われた。もう、レグルスしかいないので演技は必要ないのだが、念には念をということか?
「疲れているのに、ありがとうございます」
「はい、フィラント様」
エトワールはとても楽しそう。フィラントが作り上げたエトワール令嬢像は虚像で、エトワールは中々の野心家にして演技派らしい。貧しいと、他人に取り入らないと生きていけない。そのせいか。
無邪気でどちらかというと子供っぽく見えていたのに、野心家で大人びている? エトワールという女性は実に謎だ。
しかし、少し親近感。嘘で固められた談笑ではなく、いつか愚痴を言い合えるかもしれない。そのうち遠慮せずに、あれこれ望まれるのなら気が楽だ。エトワール令嬢は何も欲しいと言わなかったが、エトワール夫人には要求されるだろう。大出世に仕事を掛け持ちなので、基本的に何でも買い与えられる。
前を歩くレグルスは何も言わないし、振り返らない。3階の東側1番奥の部屋、客間として用意した部屋の前まで来た。フィラントには、ここに誰がいるか分かる。レグルスが振り返った。
「俺はホストとして、パーティへ戻る。エトワール夫人、粗相のないように。まあ、気にする相手ではないしフィラントがついてるから問題ないけどな。こちらの来賓で挨拶回りは終わり。自由時間というか、もう休める。2人とも戻って来なくて良い」
不思議そうにしているエトワール。ヒラヒラと手を振って、去っていくレグルス。フィラントはゆっくりと深呼吸をした。客間の扉を開ける。
「フィラント! いやあ、良い式だった。報告は受けていたが、元気そうで何より」
結婚式には、伸ばしている前髪で目元を隠し、質素で地味な貴族服だったユース王子が、同じ格好でソファに腰掛けていた。但し、前髪を全部後ろへ上げている。なので見る人が見れば、素性が分かる。それなのに1人で……ではなかった。部屋の隅に王室騎士が控えている。3人。少ないな。お忍びなのでそのせいだ。
エトワールは見えていないよう。
レグルスが「俺が手配させられるから気にするな」と言っていた、ユース王子の参列。まさか、パーティにまで潜り込むとは。レグルスに呼ばれた時点で、予想はしていたが実際に見て、やはり驚く。まさかと思いながらも、屋敷周りの護衛騎士を増やしておいて良かった。
「ユ……」
「フィラント! このように美しい妻を娶るとは兄として嬉しい限りだ。おまけに店が傾いているセルウス一家の希望の星。いやあ、傭兵からここまで良くやった」
新しい嘘が指示された。ユース王子、このアストライア領地に出入りする気満々という事だろう。立ち上がって、近寄ってくるユース王子。実に庶民くさい動きである。この人には、毎度困らされる。
今回の目的は何だ? 聞いても無駄だろう。ユース王子は遠くを見過ぎているから、ちっとも目的が読めない。
「遠方から呼ばれて、結婚前の挨拶に参加出来ず申し訳ありませんでした。初めましてエトワールさん、フィラントの兄フェンリスです。しがない料理人。いやあ、こんな屋敷で暮らすなんてお前の人生は奇妙だな。気を遣ったレグルス様が呼んでくれた。しかし、下のパーティに俺なんかは顔を出せん。そうしたらここを用意してくれた。とても良い友人だな」
「まあ、フィラント様にお兄様がいらっしゃたなんて存じ上げませんでした。初めましてフェンリス様。エトワールと申します。どうぞよろしくお願い致します」
初対面の頃より、実に伯爵夫人らしい動きになったエトワール。
「フィラントをよろしくエトワールさん」
会釈をしたエトワールを、ユース王子は鋭い眼光で確認している。エトワールが顔を上げた時には、もう平民フェンリスの顔付き。フィラントへ目で指示したのも、一瞬だった。
「疲れたでしょうエトワール様。どうぞ休んで下さい。兄とは久々の再会で、積もる話があります。一応、招待状を送ったのですがまさか遠路遥々来てくれるとは思っていませんでした」
送ります、とフィラントはエトワールを寝室へと移動させた。
ユース王子、レグルス、今度は何だ? 平穏が欲しいとは言えないが、今日くらいもう休みたい。




