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騎士、改める

 街の中央、サン=ガリル聖堂にて行われるフィラントとエトワール令嬢の結婚式。太陽が最も高い位置にある時間で、よく晴れているのでステンドグラスを通した光が床を煌めかせる。


 通常の礼拝室の更に奥、特別礼拝室が挙式会場。宗教画のスタンドグラスの絵の細やかさや額の美麗さは礼拝室の比ではない。


「式まであと1週間だなフィラント。で、お前は何をしている。というか、何をした。1ヶ月も経過していないのに、喧嘩とはどういうことだ?」


 ぼんやりと正面の正円十字架を眺めていたら、レグルスに肩を叩かれた。


「喧嘩?」


 俺は首を傾げた。自分とエトワール令嬢の間に、喧嘩をするような親密さはない。そう答えると、レグルスは腑に落ちてないという表情をした。


「ふーん。最近、エトワールちゃんの様子はどうだ?」


「塞ぎ込んでいると報告を受けた。しかし、やたらレッスンには励んでいると。軟禁で、不自由過ぎるのだろう……。なあレグルス、この婚姻は……」


「それは却下。ジャン・シュテルン子爵はグラフトン公爵派の末端。お前ならきっと調べたよな? なので、お前は密偵(スパイ)予定者でもある。エトワールちゃんを選んでやったのは、褒賞の1つだけど、なら他の娘なら良いのか?」


 やはりそんなところか。俺にもエトワール令嬢にも自由なんてない。先週、エトワール令嬢の様子が変だった。彼女も俺と似たようなことを親かグラフトン公爵派の誰かしらに言われているのだろう。


 フィラントに近寄り、カンタベリ公爵派について探れ。生活に慣れてきたので、決意した。そういう覚悟を決めたというような表情だった。


「良いじゃないかフィラント。エトワールちゃんは落ちぶれ貧乏貴族の令嬢だぜ? お前の財産で贅沢三昧。カンタベリ公爵派へ入り込むという話にすれば親の為にもなるので、家族を含めて安泰。お前ならジャン・シュテルン子爵と夫人ごと背負うだろう?」


 レグルスの指摘は、フィラント自身の囁きでもある。


「だんまりで反抗か? 俺はお前をもう部下とか捨て駒扱いしなくて済むのは嬉しい。よって、結婚させる。で、お相手はお前が探していたエトワールちゃんが良い。調査結果に、実際会ってみてもそう思った。嫌なら抵抗しろよ。何か言えよフィラント。奴隷身分は騎士爵授与の際に抹消されただろう?」


「すまないレグルス。好意を無下にしたいんじゃない。ユース王子や君からの期待に、自分の立場も分かっているさ。仕事なら何でも受け入れられる。でもな、エトワール様と顔を合わせる度に可哀想で、胸が痛くなる……」


 バシン、とレグルスに背中を叩かれた。


「可哀想じゃなくて、単に自分が好かれていないから辛いだけだろう。人のせいにするなフィラント。お前、好かれる努力をしたのか? 自分もエトワールちゃんもこの結婚から逃げられないと自覚しているなら、嫌悪を抱かれる自分を改善するんだな」


 自分の眉間を指差したレグルス。言われてみれば、そうかもしれない。エトワール令嬢の気持ちを盾にして、自己防衛しているのか? 何せ、俺はエトワール令嬢へ歩み寄る努力を何もしていない。


「確かに君の言う通りだレグルス。怯えられないように、なるべく会わないようにというのは現実逃避だ。会っても怯えられないように、それが必要だった。しかし、何から改めれば良いだろうか……。そもそも、俺は好かれる人間じゃない」


 レグルスに軽く睨まれた。


「俺、お前のそういう所は嫌い」


「そういう所?」


「まあ、育ちが育ちだしな。とりあえず、その眉間の皺を何とかすれば良い。ただでさえ冷徹そうな顔つきなんだから愛想笑いくらい覚えろ。社交場で出来ることが何で出来ない。嫌な相手にごま擦りするのは大変そう、と可哀想そうに思うなら擦り寄る必要がないようにお前自ら近寄って、情報提供してやったらどうだ?」


 レグルスが顎でエトワール令嬢を示した。視界に入れないように、入らないようにしていた姿。チラリと見てみる。両親とフローラ様と一緒に、神父と何やら話している。


 久々に両親と会えたからか、とても楽しそうな笑顔。


 不意に、エトワール令嬢がこちらを見た。不思議な色の瞳と視線がぶつかる。今のエトワール令嬢の目は深い青色に見える。彼女から笑顔は消えて、眉根が下がる。俺はレグルスに肘で小突かれた。


「ほれ、ニッコリ笑って手を振るとかしろ。手招きとか。あれは擦り寄らなければならないボンモート伯爵夫人だとでも思え」


「ああ……」


 エトワール令嬢だと思うと、彼女の境遇に胸が痛んで上手く笑えないが、レグルスの言う通りなら笑えるか? 俺は眉間の皺を伸ばし、口角を上げるように努めた。


 きょとん、というようにエトワール令嬢が目を丸めた。次はポンッと弾けるように笑った。胸の前まで手を上げて、小さく横に振っている。


 俺は思わず振り返った。誰も居ない。誰も見当たらないので、フィラントはレグルスに視線を移した。


「いや、お前だから」


「俺? 何がだ?」


「重症だなお前は……あーあ……。よしフィラント、やり直せ。実に面倒臭いが仕方ない。笑って、手を振るか手招きしろ」


 重症? レグルスの腕が俺の方に回った。避けたくなるが我慢。条件反射で背負い投げをするとかしてはいけない。もう、戦場の兵士ではない。むやみやたらに自己防衛しないように気をつけている。


 俺はエトワール令嬢に目線を戻した。顔色が悪くなっている。笑って、どうして具合が悪くなったのだろうか? 伯爵夫人教育で疲れているのかもしれない。


「エトワールちゃん!」


 レグルスが大声でエトワール令嬢の名を呼んだ。レグルスが笑顔のまま「やれ」と囁く。フィラントは笑顔——多分笑顔——を浮かべてエトワール令嬢に手を振った。

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