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子爵令嬢、根性だと言い聞かせる

 暖炉の火を見つめながら、ぼんやりとしているフィラント様。スープにパン、それに鮭のムニエルを乗せたお盆を持ったまま、私はいつ声を掛けるか悩んでいます。


 早くしないと温め直した料理が冷めてしまいます。オットーから引き継ぎをした、フィラント様の夕食。しかし、分厚い壁があるみたいに話しかけ辛いです。


 深夜まで仕事とは、大変疲れているでしょう。きっと、そのせいです。


 意を決して談話室に足を踏み入れると、フィラント様が振り返りました。無表情で立ち上がって、視線は床で、私に近寄ってきます。


「勝手が分からず、任せてしまってすみません。あとは、自分でやります。申し訳ないですけれど、朝誰かに片付けさせて下さい」


 私の持つお盆にフィラント様が触れました。


「もう夜更け。疲れているでしょう。早く休んで下さい。謝罪の伝言だけと思ったのに、無遠慮ですみません。ありがとうございます」


 そう告げて、フィラント様は私からお盆を取りました。くるりと背を向けて、元いた位置、暖炉前のソファへ戻っていきます。


 どうしましょう。とても談笑なんて雰囲気ではありません。


——我慢しなくて大丈夫ですエトワール様。無理に慣れなくて良いです。適切な距離を心掛けます


 これが、フィラント様の優しい適切な距離。私を見ませんし、触りませんし、近くに来てもすぐ離れます。


 そこまで気を遣ってもらわなくても大丈夫です。勇気を出してそう伝えないと、私はサシャみたいにフィラント様と談笑を出来ません。


 これだと、結婚式後の生活はどうなってしまうのでしょう?


「つ、つ、疲れていません。フィラント様とお話をと……待って……いました……」


 声が震えて、裏返りました。なんか、泣きそう。拳を握りしめて、さあ歩け、さあフィラント様の隣に行けと足に命令します。行きなさい私の足! とフィラント様の隣へ移動しました。


 次の問題、私が座る隙間がありません。フィラント様、ソファの中央です。


 私を見上げて、パチパチと瞬きをして、フィラント様はスープに視線を移動しました。サシャはうんと褒めてくれましたが、不機嫌そうなフィラント様の表情的に、私の装いは好みではないみたいです。それか、私を嫌がっている……。どうしましょう、また泣きそうです。


 幼少時、殴られ、蹴られ、罵詈雑言を吐かれても泣かない努力をしたので、涙をこぼさないのは得意です。


「話? ああ、何か不足や不満や困っていたりするのですね。改善させるので、何でもどうぞ」


 フィラント様、スープを見つめながら、とても優しい声を出しました。ヒシヒシと感じていますが、フィラント様は私への負い目が相当強いようです。政略結婚なんて貴族の中ではありふれていて、私もお父様からそう言われて育ちました。それなのに、どうしてこんなに気を遣ってくれるのでしょう。


 心根が優しいからですね。初対面からそうでした。


 こんなに優しく、気を遣ってくれる方——更には好きになった人——との縁談は幸運過ぎなのに、フィラント様はそれを理解していないよう。私が伝えていないからです。談笑をして、頃合いをみて「私は幸せ者です」と言いたいのに……心臓が口から出そう。


「いいえ、エトワールは贅沢者です。でも……こ、困って、困ってはいます……」


 黙っていては、何も伝わりません。私は、と言おうと思ったのについ「エトワールは」と発していました。緊張のせいです。


「それは、すみません。何に困っていますか?」


 私を見てくれたフィラント様。悲しそうな表情です。


「あの、式が終わったら一緒に暮らしますので……もう少し仲良くなりたいです……」


 小さな、それはもう小さな声が出ました。


「その、なので、式が終わったら礼拝や食事は一緒にで大丈夫ですか? 寝室は同じでも良いですか? 何か私にして欲しいことはありますか? たまにお茶をしたり……」


 せっかく喋れたと思ったので、意を決して口にしました。ポンポン、聞きたいことがでてきます。視線が泳ぎますが、必死にフィラント様を見つめました。フィラント様は目はまん丸。暗い紫色の瞳がゆらゆら、ゆらゆらと私を見据えています。


「フィラント様の適切な距離は……私には遠いです……。あの、もちろん、私がお気に召さないというか……嫌いなら仕方ありませんけれど……。結婚するなら歩み寄りたいです……」


 必死に話してみたのに、フィラント様は無言です。色々聞いたので、返事を待ちましょう。


 息がつまりそうな沈黙。ドクドク煩い心臓。パチ、パチ、と燃える暖炉の中の薪の音。


 しかめっ面のフィラント様。これは、どう判断するべきなのでしょう?


「私に歩み寄る? そんなことしなくて……」


 困り果てている、という様子のフィラント様。私はハッとしました。私の分かりやすい恋心はフィラント様に届いてしまったようです。


 それで、遠回しに断られているということです。フィラント様には諦めた想い人がいらっしゃいます。それを、自分ばかりウキウキして忘れていました。


「分かりました……私こそ適切な距離を心掛けます……。欲張りですみませんでした……。お休みなさいませ……」


 このままではフィラント様は食事も出来ません。私は数歩後退し、フィラント様に会釈をして談話室を後にしました。


 こんなに胸が痛いと眠れなそうですが、ひとまず寝て、どうやってフィラント様と親しくなれるのかをフローラやレグルス様に相談しましょう。私は駆け足で3階の寝室を目指し、途中で転びました。


 それでも泣きません。人生とは根性。恋は初めてなので、勝手が分かりませんが私の恋は始まったばかり。自分に出来ることを全部してから、諦めようと思います。

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