子爵令嬢、張り切る
今日は素晴らしい日です。もうすぐ夕食ですが、何とフィラント様が食事の予定を合わせてくださいました。
談話室のソファで昼寝をしてしまったので、大急ぎでヴィトリアの課題をこなしました。玄関ホールからいつ移動したのでしょう? そして、何故か髪に白いデイジーが乗っていました。従者の誰も知らないようです。不思議。この家には小人が住んでいるのでしょうか?
詩集の書き写し——という名の暗記——に花や香水の勉強。王都の料理やアストライア地域の料理も頭に叩き込もうと頑張りました。
社交界ではどんな話題が出るか分かりません。それがヴィトリアの口癖。
課題が終わったので、夕食に向けて準備です。
「フィラント様は倹約家なのだから、派手なものは好まないでしょう。紺色は可愛げがないし、桃色は子供っぽいし……」
鏡の前で持っているドレスを体に合わせます。ドレスより、ミレーの魔法化粧が必要ですが、ミレーは不在。ドレスで誤魔化します。幸いなことに、私はお母様に少し似ているので不細工ではないです。フローラのような特別中の特別な美人ではありませんが、そこそこの可愛らしさはあると自負しています。
「はあ、やはりミレーからあの化粧を学んでおくべきでした」
「そのままでもお綺麗ですよエトワール様」
「お世辞は良いのよサシャ。私に必要なのは客観的な意見。それからフィラント様に可愛いと思われるドレスよ」
サシャが先程まで着ていた水色のドレスを差し出してきました。
「それなら、エトワール様はこの街でフローラ様と並べる程お綺麗ですよ。社交場の奥様やご令嬢達にやっかみで虐められるかもしれません。可愛く見えるドレスはこれです。髪は、特別感ということで下ろしておきましょう」
「フローラと並べる?」
「そういうトボけた感じ、男性には好かれても女性には嫌われたりしますよ。自覚して控えた方が良いです。で、ほらほら早く着て下さい。髪を編み込んだりする時間がなくなります」
サシャに急かされてドレスを着ながら、考察をします。お父様やお母様、女学校の皆に可愛いと褒められて育てられましたが、フィラント様にはちっとも褒められません。
いえ、天使。天使と言ってもらえ……あれはミレーの化粧が上手だったからです。あの日の私は確かに中々の美人でした。
今は、顔がテカテカしているし、勉強に必死だったので疲れた顔。血色が悪いです。
「サシャ、貴女の意見を胸に刻んでおくわ。卑下は時に他人を不愉快にさせるというもの。お母様にも、社交場で褒められたらお礼を言って笑いなさい。余計な事を口にしない。そう教わっています」
「教えられているなら安心です。口が過ぎました」
「いいえ、お母様とはもう離れ離れだからこうして教えてもらえるのは嬉しいし助かるわ。ありがとう」
「なら、また言います」
さあさあ、早くとサシャに椅子に座らされました。髪を次々と分けて、編み込んでいくサシャ。とても器用。
「サシャは器用ね。私、どちらかというと不器用なの。サシャが休みの日に髪を綺麗にまとめられるようにしたいから……」
「アンナかミレーがいますエトワール様。心配ありません。でも、今度教えますね。フィラント様と就寝前とか、侍女が不在の時もありますからね」
鏡に映る私、ボッと火がついたように真っ赤になりました。フィラント様と就寝。あと2週間もしないうちに、その日が来ます。それで、裸にされて、抱きしめられるらしいのです。
ボボボボボッと私の全身はさらに赤くなりました。鏡を通して目が合ったサシャがニヤニヤ笑いだしました。
「な、な、な、何も考えていませんよ」
「そうですか。そうでしょう。ふふふっ」
クスクス、ニヤニヤ笑うサシャ。
まあ、これは可愛いのではないでしょうか! という髪型に加えてサシャはミレーの化粧とは少し違いますが、割と可愛らしい化粧もしてくれました。
さすが伯爵夫人フローラのところで働いていた侍女。大変、優秀。逃げられないようにしましょう。
「サシャ、週末にお父様やお母様が来てフィラント様と食事会です。少し自由に街へ出られるのです。何か欲しいものはありますか?」
「何ですってエトワール様! これだけでご褒美をくれるのですか? まあ、当然です。このサシャがフィラント様との夕食会を進言しました。もちろん、フォン様経由でフィラント様とは親しくしてませんよ。チョコレートが良いです」
期待の眼差しのサシャ。褒められたい子供みたいな表情です。私は本当に分かりやすい人間みたいです。みっともないヤキモチに対する気配りまでしてくれるサシャ。侍女の鏡だと思います。
「チョコレート、あの茶色くて甘いお菓子ね。あれは、美味しかったわ。フィラント様が買ってきてくださったお菓子で1番好き。でも、フィラント様はマドレーヌがお好きみたい。昨日も一昨日もマドレーヌでしたもの」
「はい、そのチョコレートをお願いしたいです。マドレーヌがあったらもっと嬉しいです」
心底嬉しそうなサシャを見ていたら、私も幸せな気分です。
「太るから、昨日のマドレーヌは取ってあるの。サシャに譲ります。代わりに髪型講義をして下さいね」
「はい! 楽しみですねエトワール様。うんと、あれこれお喋りして下さい」
一礼して、私の私室から出て行ったサシャ。私はソファに移動して、聞いてみたいことをあれこれと考えることにしました。ドキドキ、ワクワクして胸がいっぱい。夕食、喉を通らないかもしれません。




