騎士、従者に会議から逃げられる
会議室に従者をズラリと並べた。フィラントの右側に女使用人、左側に男使用人。住み込み者は全員で7人。今、会議室にはもう少し人数がいる。
執事フォン、執事ルミエル、庭師セドリック、教育係のヴィトリア、侍女頭ミレー、侍女アンナ、侍女サシャ。ついでなので夕食準備をしていた料理長オットー、料理人ダニエルとドナも呼んだ。
自分でも相当腹が立っているのが分かる。腕組みを止める気になれない。
「集まってもらった理由は1つだ。何故、エトワール様が玄関ホールの隅で丸まって寝ている。全員で放置とはどういうことだ?」
これ、拷問時の低音声ではないか? という低い、呻るような声が出た。
凍りついている会議室内。沈黙を破ったのは、まさかの下っ端侍女サシャだった。
「奥様が旦那様の帰宅を心待ちにしていたので無下に出来ませんでした。挨拶しかしてもらえないのに、その挨拶の練習をしきりにして必死です。可哀想だと思います」
サシャは無表情で、俺から目を逸らしている。挨拶しか? 可哀想?
「ク、クビにするならエ、エトワール様に言いつけます! 真面目に働いていたらクビにはしないと言われています。私、真面目ですしエトワール様をとても慕っています」
サシャはビクビクしているのに、実に反抗的な台詞。レグルスから、根性のあるお転婆侍女と引き継ぎを受けたがこういうところか?
俺の怒りはシュルシュルと消えていった。サシャの唇は真っ青。余程、俺が恐ろしいのだろう。
「すまないサシャ」
サシャがそろそろと俺を見つめた。
「知っての通り血塗れ騎士なので、怒ると勝手に殺気を放ってしまうらしい。気をつける。それで、エトワール様が可哀想? 何故そう思う」
なるべく優しい声を出すように心掛ける。サシャはグッと胸を張った。かなり短い艶やかなブラウンの髪のせいか少年みたい。気の強そうな猫目は、ジッと俺を見据えている。しかし、眉毛はハの字。
「挨拶しかしてもらえないですし……毎日、毎日、エトワール様は朝から晩まで励んでいます。なのに、お茶もしてもらえ……ませ……ん……」
俺が全員を順番に見ていたら、サシャの声が消えていった。
「エトワール様、私達とは楽しく過ごしています。つい先日、エトワール様はフィラント様をお茶にお誘いしました。その際は仕事で大変忙しかったようですが、昨日や一昨日は違うようなので落ち込んでいるのです」
冷ややかな声はヴィトリア。1番涼しい表情。それでも青ざめてみえる。俺は余程強い殺気を放っていたらしい。反省しないとならない。
大きく深呼吸をして、落ち着け自分と言い聞かせる。
「すまないヴィトリア。怯えさせるつもりは無かった。皆もだ。君達を害そうと思っているのではないので安心して欲しい。あー、ヴィクトリア、エトワール様が落ち込んでいる?」
この指摘は、エトワール令嬢は俺とお茶をしたいという事か?
「結婚相手なのに会話拒否って酷いと思います」
震え声はまたサシャ。お転婆というより怖いもの知らずか?
「フィラント様は優しいとお墨付きなので、クビにされないし、殴られないと想定して話しています」
サシャが悪戯する子供みたいな表情になった。おまけに、許可していないのに、ミレーとアンナに声を掛けて会議室から出て行ってしまった。しかし、ミレーとアンナは真っ青な顔色に涙目だったので、とても気の毒な事をしたと感じた。謝って許されるのか?
サシャの態度は予想外で、止める暇もなかった。それに、サシャの一言に気が動転している。
「俺が会話拒否? エトワール様が俺と話したいなど……そんなことは……」
エトワール令嬢は、この屋敷での生活が始まってから、一度だって俺と目を合わせた事がない。それに、挨拶の声も悲しげで小さな声である。
「フィラント様、あの様子だとエトワール様はレッスンにちっとも身が入らなそうなので放置致しました。サシャ同様、無下にするのは可哀想だと判断したまで。まさかあんな所で眠ってしまうとは思いませんでした。直ぐ気がつかなかったことは反省しておきます。では、結婚式の準備関連で打ち合わせがあるので失礼致します」
ヴィクトリアはそう言い残すと、サシャ達の後を追って部屋を後にした。
レッスンに身が入らない? 無下にするのは可哀想?
エトワール令嬢は俺を待っていた……? サシャはそう言っていた……。
「夕食を一緒に摂るのも拒否ですしな。下がれオットー、ダニエル、ドナ。今夜はエトワール様に気を遣っても叱責されんので覚えておきなさい。私が留まらせる。セドリックは残るように」
ヴィトリア同様、割と涼しい顔のフォンがオットー達を会議室から追い出した。まだ40歳代と若い方なのに、白髪ばかりの庭師セドリックも俺を一切見ないで、少し震えている。
「謝って済むとは思わないが、殺気など放ってすまなかったセドリック」
「いえ、それは大丈夫です。ふふふ、あはは。無理ですフォン様。この方、面白いですね。エトワール様と庭の図案を考えていますが、この屋敷の主はフィラント様です。今度、奥様と一緒にご確認下さい」
セドリックは何故かクスクス笑いながら、失礼します、と部屋を出て行ってしまった。もう、フォンとルミエルしかいない。
「従者にあんな殺気を放つなフィラント。この加減知らずめ。今までの生活からくるもので、無意識みたいなので以後気をつけるように。エトワール様に本当に怯えられますからね」
「全く、勘違いで激怒なんて今回だけにして下さい。ご自分の胸によーく聞いてみた方が良いですよフィラント様」
「いやルミエル。フィラントは今までが今までなので卑下が過ぎるだけだ。おい、フィラント。言われた通り、エトワール様とお茶をして、雑談して、夕食も摂っていけ。この時間に来たということは、今日はもう暇なんだろう? 今夜のレッスンは無しだ」
フォンが立ち上がると、ルミエルも続いた。俺も慌てて立つ。
「待てフォン。何を言っているのか分からない。エトワール様が俺と……」
「週末は衣装合わせですから、忘れないで下さい。エトワール様が好きだという海鮮料理の美味しいレストランも手配してあるので、仕事は入れないように。まあ、レグルス様に頼んでありますけどね」
待て、と言ったのにフォンとルミエルは会議室を出てパタンと扉を閉じてしまった。
仕事は入れないように? 入れてある。何故って、エトワール令嬢がせっかく外に出られて美味しい物を食べられるから。週末、エトワール様の両親が来て家族水入らずの食事会。なのに、俺も? レグルスに頼んである?
そこまで仕事を入れるなとは、何か大事な事をさせられるのだろう。レグルスに頼んであるというが、誰かに市内巡回の代行を頼まないとならない。会議室を出て、1階に向かった。
自分の代理となると小隊長以上。夜勤者なら捕まえやすいので、ジェラール小隊長を探そう。
俺は玄関ホールで上着を羽織った。
従者達の残した言葉と、俺に怯えるエトワール令嬢の姿は乖離していて、ちっとも繋がらない。




