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騎士、怒る

 夕方、レグルスに呼ばれたら世間話というか揶揄いだった。俺は反応してやるものかと、顔の筋肉に力を入れた。談話室に2人きりで、酒を飲まないかと勧められたが断る。

 この後、エトワール様や屋敷の様子を確認する。酔って行くなど言語道断だ。


「生真面目クソ野郎め」


 レグルスが酒の入ったグラスを渡そうしてきたので、手で静止する。


「言葉遣いにはお気をつけ下さい、領主様。壁に耳あり天井に目ありです」


「はいはい。で、フィラント。毎日、毎日、可愛いエトワールちゃんを太らそうとしているらしいな?」


 ()()()()()()()()⁈ 何でそんな馴れ馴れしいんだ。それに、太らせる?


「太らせる? どういう意味ですか?」


「怒るなよフィラント。女に毎日菓子は嫌がらせだ。女とは、太ることを恐れている生物だからな。大切にするのと真逆だぞ」

 

 テキーラをぐいっと飲むと、レグルスは、はぁっと小さなため息をついた。


「怒る? 怒ってなんていません」

「なら表情筋がおかしい」

「いつもです。太ることを恐れる? あんなに痩せているのに……それはエトワール様には当てはまらな……くないんだな。その顔」


 レグルスが思いっきり渋い顔になった。これは、素直に耳を傾けるべき事柄のようだ。


「働いて稼いで、生活環境を整えて、好みのものを与える。俺にはそのくらいしか思いつかない。フォンやルミエル、それに他の従者にも確認しているが、楽しそうに過ごしていると聞いている……。俺は君やフローラ様にも毎日確認するべきだったのか……」


「この阿呆! 俺もフローラも毎日エトワールちゃんに会ったりしてない。まあ、いい。好きにしろ。しかし、たまには聞け。フローラにばっかりコソコソ聞くのはムカつく」


 ベシリと頭を叩かれた。避けられるがわざと避けない。レグルスはこの行為を親しい者にしかしないので、少し嬉しかったりする。

 そんな自分は気持ちが悪いので、そう思っていることは墓場まで持っていく。


「好きにしろ、たまには聞けって、どっちだ? まあ、ありがとうレグルス」


 心配への感謝を示そうと、俺は酒瓶を掴んだ。レグルスが手に持つグラスへ酒を注ぐ。


「そうそう。エトワールちゃんは花が好きらしい」

「花?」

「毎日毎日、伯爵夫人としてのレッスン。屋敷から出れるのは聖堂へのお祈りや慈善活動などの見張り付きの仕事の時だけ。籠の中の小鳥。自由な景色の代わりに季節の花でも用意してやったらどうだ? 庭もまだ殺風景なんだろう?」


 指摘されてみて、目から鱗。甘い物が好きだから、毎日お菓子を買っていたが他にするべき事があった。

 花を愛でるエトワール様を想像したら、素敵だった。花束を抱えているのも……良い。


「確かにその通りだレグルス。何でその発想が無かった」

「まあ、君って他人に興味無かったしな。女性の好みなんて特に」

「花が好きなら、屋敷中飾り付けよう。花屋が閉まる前に行ってくる。それから物見遊山とか、買い物の手配などをフォンと相談しないとならない」


 思わず立ち上がっていた。


「ふーん。エトワールちゃんと一緒に何処に行くんだ? 俺とフローラも連れてってくれ。もう既に黒隼って恐れられてる騎士団副隊長がいれば許可されそう」


 肘掛にもたれかかったレグルスが、愉快そうに肩を揺らした。


「新領主として馴染むまでは物見遊山なんてしない方が良いレグルス」


「まあな。で、エトワールちゃんと一緒に何処に行くんだ?」


 問いかけの意味が理解出来ず、俺は瞬きを繰り返した。


「一緒に? 俺なんかが居たら疲れるだろう。息抜きではなくて仕事になってしまう」


「へえ。1ヶ月もしないのにそんなに嫌われたとはある意味才能だな。まあ、俺なら嫌いな相手が買ってくる菓子を褒めたり、嬉しそうに食べたりしない」


 レグルスが何を言いたいのか、いまいち分からない。エトワール令嬢が気を遣う相手は俺だけではなく、レグルスもだ。レグルスの妻であるフローラ様へも同じだろう。


「あー、もういいや。花屋が閉まるぞ。俺は一先ずフローラと飲む。最近、エトワール、エトワール、エトワールと俺に構ってくれない。お仕置きがてら楽しむから遅く帰って来い」


 立ち上がったレグルスがグラス2つと酒瓶を持った。俺に「ほら行け」と玄関ホールを顎で示す。


「それなら騎士宿舎に泊まる」


「却下。伯爵がそんなとこに泊まるな。ここかシュテルン子爵邸で寝ろ」


「エトワール様の所に泊まる訳が……人の話は最後まで聞けよ」


 言い終わる前に、レグルスは部屋から出ていった。どこかで時間を潰して帰ってくれば良いか、と領主邸を後にする。


 すっかり市内を馬で移動する癖がついている。冬なので、日没が早い。レグルスの言う通り、早くしないと花屋が閉まる。聖堂近くにある花屋が1番近い。アストライア領地首都であるこの街の地図は、もう完全に頭の中に入っている。大抵の店も把握済み。


 花屋に到着した時、もう店仕舞いするところだった。しかし、客が俺だと分かるとサッと店を開いてくれた。こういう特別扱いにはまだ全然慣れない。店主の夫婦に「フィラント副隊長様」と呼ばれるのも痒い。


「あれ、フィラント様」


 どの花が良いのか分からず、いっそ花を全部買い占めて、屋敷中を飾ろうと考えていたら、名前を呼ばれた。声の主はゼロース隊長。振り返ると、やはりそうだった。私服なので、帰る途中だろう。今日は早く帰ると言っていた。


「今晩は。へえ、花ですか」


 興味深げなゼロース隊長の表情に、俺は苦笑いをした。


「ロクに景色が見えない生活。殺風景な屋敷内は退屈だろうと今更気がつきまして……」


「噂は本当なんですね。部下がこぞって落胆していますよ。星の妖精エトワール令嬢はフィラント副隊長が目を付けていると。黒隼とは敵対出来ないですからねえ」


 なんか、レグルスを想起させるニヤニヤ笑い。


 そういうのではない! と言い返したくなったが違う。そういう筋書きをなぞらないといけないことになっている。成功しているらしい。しかし、星の妖精?


「あー、まあ。そう……。色々、まあ、少し……。しかし、星の妖精? エトワール令嬢はそう呼ばれているのですか?」


「まさか、親しくしていて知らないんです? いや、親しいから知らないんですね。名前が古い言葉で星ですし、子供達への読み聞かせも星座の話が多いからですよ。妖精は、まあ分かる通り、あの儚げで可憐な見た目です」


 ゼロース隊長にポンポンと肩を叩かれた。


「昔、妻が大きな花束1回より、毎日1本の方が嬉しいと言っていました。百夜通いに挑戦中なんですよね? 失敗したら、ビアー小隊長が次の挑戦者らしいです。まあ、頑張って下さい」


 百夜通い? どういうことだ? どんな噂が広がっているんだ。


 まあ、噂というのは尾鰭がついて真実なんて消え去ってしまうもの。深く考えても無駄。なので、去っていくゼロース隊長に、特に反論はしなかった。


 俺はゼロース隊長に言われた事が胸につかえて、白いデイジーを1本だけ購入した。花屋に明日は別の花を買う、と告げる。

 花束1回より、毎日1本。エトワール令嬢はどちらが嬉しいのだろう?


 ジャン・シュテルン子爵邸へ着いて、屋敷に入ると玄関ホールの隅で、とんでもないことに、エトワール令嬢が眠っていた。


 何故こんなところに?


 ちょこんと座り、すやすや、と眠っている。実に可愛い寝顔……。無防備であどけない。それにしても、まつ毛が長い。


 やはり天使みたいだなあ……。


 俺はつい購入したデイジーをエトワール令嬢の髪にそっと飾った。似合うが青色の方が良かったかもしれない。もっと似合っただろう。


 しかし、何故エトワール様がこんなところで寝ている?


 どうして放置している!


 少し迷ってからエトワール令嬢を抱き上げ、苛々しながら談話室を目指した。一先ずソファに彼女を寝かせる。談話室のソファはかなり大きくて、座り心地良さそうに見えるので大丈夫だろう。


 これはどういうことだ。


 フォン、ルミエルめ、何をしている!


 珍しく、制御し難い程の怒りを感じた。

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