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騎士、勘違いする

 アストライア領地で暮らすようになって2週間。目が回るくらい忙しい。

 俺の1日は早朝鍛錬から始まり、午前中は騎士としての公務。午後からはレグルスと共に領地運営関係の公務。途中からは社交場への顔出しになり、気がつけばエトワール令嬢の元へ行く時間。その後にまた鍛錬の時間を作っている。毎日毎日、時間が足りない。


 屋敷運営や従者の働き振りを執事兼監視役のフォンとルミエルに聞き、新しい指示を出す。その後はフォンと共にレグルス・カンタベリ領主邸へ移動。

 領主邸では伯爵教育を受ける。レグルスの第3側近セルバートとフォンに延々とあらゆるレッスンをされている。


 今日も似たような日。俺は応接室で執事のフォン、ルミエルと定例報告会を終えた。


 いつもと異なるのは、メルビル・ボンモート伯爵邸の晩餐会に呼ばれているということ。前領主にして、レグルスの政敵。王都にてカンタベリ一族とボンモート一族も政敵だ。実に面倒な場所に招待されたものである。


「レグルス様から報告を受けております。秘書官としてお供い致します」


「フォン、よろしくお願いします。あと、何度も頼んでいますが、屋敷内では……いやせめてこういう閉ざされた場では以前の扱いをして下さい。疲れてなりません。ルミエルも頼みます」


 フォン様と「様」を付けそうになるが、付けてはいけない。俺は丸まりそうな背中を、懸命に伸ばした。


「しかしですなあ。まあ、良いか。相当、精神的に堪えていそうだからな。晩餐会、大丈夫か?」


「……大丈夫ではないです。ごま擦り成り上がり野郎と非難される。こう、ネチネチと遠回しに。フォン、是非助けて下さい」


 まだ正式には騎士爵なので、レグルスの側近兼護衛として顔を出す。しかし実際は伯爵として扱われる。と、レグルスに言われた。


 政敵の主催する晩餐会とは気が重い。数々の社交場に、護衛や毒味役、密偵(スパイ)活動で参加してきたが、貴族として参加するのとは全然違う。俺は素直に頭を下げた。机に頭がつくぐらい下げる。


「そのような姿、疾風の黒隼騎士の名が廃るぞフィラント。望み通りに扱うが、自分の口調は元に戻すな。従者に舐められては困る」


 ベシベシ、と強く肩を叩かれてホッとする。俺はゆっくりと体を起こした。


「はい、フォン。あー、疾風の黒隼騎士? 俺の異名は血塗れ騎士とか死神騎士です」

「俺だけではなく、ルミエルも知っているよな?」

「ええ、市民がそう呼んでいるそうです。事件があると疾風の如く、颯爽と現れる。華麗な馬術に巧みな剣捌き。特に隼のような素早い突き。私も見てみたいです」


 ワクワクしたようなルミエルに、俺は小首を傾げた。そんな噂、耳にしていない。ああ、と思い至る。


「レグルスさ……レグルスが流しているのか,まあ、領主の側近にして治安維持の要として招聘したということになっている俺が血塗れ騎士、死神騎士では困りますもんね」

 

「口調! 困るからな、が妥当だフィラント」


「はい、フォン。敬語が使えなくて殴られていた俺なのに……。毒味係に王子の影武者、次々と戦場に送られ……伯爵……。俺の人生は奇妙過ぎる。何故、伯爵なんだユース王子にレグルスめ。俺はもう少し低い立場で、身の丈に合った生活をしたい……社交場とか怖い……」


 昔から知っているフォンに、父親より——といっても父親なんて知らないが——年上のルミエルの前なので、本音ばかり口から出てくる。


 コンコン、とノック音がした。入れと声を掛けるとヴィクトリアが入室してきた。実に優雅な動き。レグルスを厳しく躾けたフォンをぺちゃんこに尻に敷く恐妻。ユース王子の妹レティア姫の元教育係。この夫婦が世話係兼監視役とは、ユース王子とレグルスは本気で俺を側近にするつもりだと分かる。


「フィラント様、奥様のエトワール様がご一緒にお茶をしませんか? と。エトワール様、手土産のマドレーヌに感激しておりました。それで、ウキウキとレッスンを受けてくれています」


「お茶? ああ、私に気を遣ってくれたのか。エトワール様は女使用人と食事を摂っているのだろう? 食後にと思って人数分買ってきた。男性はフォンが酒などを選んでくれている。そうか、エトワール様はマドレーヌがお好きなのか……」


 エトワール令嬢が甘い物を好むのは、フローラ様から聞いた。何が好きか分からないので、毎日品を変えていたが「マドレーヌは感激する品」と胸に刻む。また買おう。


 マドレーヌだけでウキウキとレッスンを受けるとは、無邪気な子供みたいだな。天使のような姿と笑顔を思い浮かべたら、元気が出た。働いて稼げば、マドレーヌくらい、いくらでも買える。晩餐会に行きたくない気持ちも消えた。


「皆と楽しく過ごして下さいと伝えてくれ。俺が居ない方が息抜きになるだろう。レグルスの所へ戻って、支度をしないとならない」


 ヴィクトリアに会釈をして、応接室から出ようとしたのに、ヴィクトリアが扉前に立ち塞がった。


「そうですか。エトワール様、落ち込まれるかもしれません。あれこれドレスを選んでいました。まあ、時間が無いと伝えます」


「落ち込む? ドレス選び?」


 フッとヴィクトリアが鼻を鳴らして口角を上げた。


「侍女のミレーを呼んで化粧をしたり、髪型を悩んだり、大変可愛らしいですよ」


 ドレス選びにお洒落? 俺は振り返り、フォンを見つめた。


「晩餐会、もしやエトワール様も?」


 何故か目を丸めたフォン。首を横に振られた。


「そうだよな。俺もそんな話は聞いていない。噂でも耳に入れてそう思い込んでいるのか。軟禁状態だから楽しみにして当然か……。レグルスにフローラ様の侍女として晩餐会に顔を出させてやれないか頼んでみよう」


 俺はヴィクトリアと向き合った。恭しさと感謝を込めて礼をする。


「気遣いありがとうございますヴィクトリア。不安だろうから支えてあげて欲しいです。フローラ様も貴女が一緒だと喜ぶでしょう」


 身支度もあるしな、と俺はヴィクトリアの脇をすり抜けて応接室を出た。フォンが付いてくる。


「おいフィラント ……」


「レグルスやフローラ様と話すなら身支度もあるし、時間が足りなそう。行こうフォン」


 老体に急げというのも何だが、フォンに問題なさそうな最大速度で足を進めた。


 フォンと2人乗りで馬に乗り、領主邸へ向かう。


 相談したレグルスに「お前は阿呆だな。それに伯爵夫人を伯爵夫人の侍女として連れていけるか。そもそもシュテルン子爵令嬢は招かれてないだろう」と却下された。


 それに、という接続詞が気になったが支度を急かされたので深く考える余裕はなかった。

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