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子爵令嬢、夢の中

 

 10年前


 ☆★


 埃臭くて狭い屋根裏がわたしの部屋。窓はないけれど、拳くらいの大きさの穴が空いた壁から外が見える。秋が訪れ、すすきがサラサラと風に揺れ、満天の星空に満月。流れ星に祈りと願いを伝えると叶うらしいので、ずっと探している。でも、ちっとも流星なんて現れない。


「誕生日おめでとう、わたし」


 今日で10歳。自分で自分にお祝いを告げても返事なんてなし。物心ついたときには、宿屋の叔父と叔母の家で小間使い。朝から晩までクタクタに疲れるまで働き、食事は宿屋の客が残したもの。残り物がなければ食事無し。運の悪いことに、昨日と今日は何も口に出来ていない。井戸水でお腹を一杯にしたけれど、ぐううううと鳴るお腹。盗むと殴られ、蹴られるから我慢。捨てるぞと脅されるので叔父や叔母に逆らってはいけない。わたしを虐める従姉妹にも、絶対服従。


 学校というところに行ってみたいし、綺麗な服や可愛いぬいぐるみが欲しい。お腹一杯食べたいし、欲を言えばお菓子というものを食べてみたい。神様に祈っても、運良く見つけた流星に祈っても、叶わない夢。時折届く、顔もおぼろげなお母さんからの手紙だけを楽しみにする日々。世界で唯一わたしに優しいお母さん。ぼんやりとした記憶の中の優しい微笑みや温もり。手紙につづられた、わたしへの愛情。それに謝罪の言葉。今日、毎年必ず送られてきた母からの誕生日祝いの手紙が無かった。涙が止まらなくて、胸が押し潰されそう。お母さんに何かあったら、わたしは世界にひとりぽっち。


【お金を貯めて、2人で生きていけるようになったら必ず迎えに行くわ。ごめんなさい、エトワール。愛しているわエトワール】


 それが、いつもお決まりの、お母さんからの手紙の最後の一文。


 私を身ごもったことで、母は恋人に捨てられたらしい。わたしの祖父母はもう亡くなっている。女1人で子供を育てられないと、母は自分の妹——叔母さん——にわたしを預けて、出稼ぎ中。お金を貯めて迎えに来る。必ず迎えに来る。そうらしい。手紙にもいつもそう書いてある。先月の手紙に、もうすぐって書いてあった。


「流れ星……ないなあ……」


 明日、何も食べられなくても良いので、お母さんからの手紙が届きますように。わたしの願いはそれ。


「エ、ト、ワール! エトワール!」


 叔母さんの声にビクリ! と体が震える。また何か怒られるのだろうか? もう夜遅い時間なので、酔った叔母や叔父の機嫌が悪いと呼ばれてガミガミ怒られる。小間使いならともかく、殴るのに呼ばれたのなら嫌だ。行かないとひどくなるので、行くしかない。屋根裏から下の階に続く階段を急いで降りる。にこにこ顔の叔母さんが立っていた。こんな笑顔、わたしに向けたことなんてない。


 何だろう?


 今日は誕生日ね、と叔母さんがお風呂を使わせてくれた。毎日、井戸水を使うことしか許してくれないのに。しかも、優しく体を洗われた。お風呂ってこんなに良いものなのか。おまけに叔母さん、お風呂あがりに従姉妹ミーシェの服を着させてくれた。


「今日は誕生日だものね」


 ついに、流星に願いが届いた? 信じられない事態に、わたしはずっとぼんやりしていた。叔母さんに「ふわふわな布団で寝ると良いわ」と客室へ入れられた。それまで優しかったのに、凄く乱暴だった。


「おおお! これはこれは可愛らしいなあ」


 目の前に、色白の太った金髪の男の人。叔父さんよりかなり若い。そばかすが多い顔が赤らんでいる。勢いよく伸びてきた腕に、わたしは悲鳴をあげた。掴まれた腕が痛い。とても嫌な予感がする。


「こ、来ないで! シャリー叔母さん! 叔母さん!」


 バチン! と男に頬を叩かれて、わたしは床に転がった。


「うるせえなあ。しかし、声が良い」


 どうしてだか、男はシャツを脱ぎ出した。毛むくじゃらの胸に、ぶよぶよのお腹。近寄ってくるのが怖くて、わたしはまた叫ぼうとして、自分の口を手で抑えた。この人は叔父さんや叔母さんと同じように、騒げば騒ぐ程怒るに違いない。声を出してはいけない。また頬か、それとも頭を殴られるのか? それともお腹を蹴られるのか?


 怖い。怖い。


 誰か助け——……。


 バーン! と背中に大きな音がぶつかった。振り返ると、扉が開いていて、見慣れない服を着た男が立っていた。スラリとしていて、白髪と白い口髭が目につく人。叔父さんより、この店に来る客やこの部屋にいる太った男の人よりも、うんと年寄り。白髪の男は手に剣を持っていた。反対側の手には袋。白髪の男は床にその袋を投げた。バラバラバラ、と金貨が床に散らばる。見たこともない量の金貨。


「この娘は私が買った。で、お前の取り分だ。さあ、行こう。大丈夫だよ」


 私は白髪の男性に、いきなりヒョイっと持ち上げられた。抱っこなんて、記憶にある限りは初めて。背中を撫でる大きな温かい手。あまりにも優しい声色に、キラキラした緑色の瞳。何だか分からないけれど、わたしは大泣きしながら、男にしがみついた。


「エトワール!」


 廊下で、白髪の男の人ごと抱きしめてきたのは、プラチナブロンドの髪の美女。 


「 遅くなってごめんなさい! こんな酷い目に合っていたなんて知らなくて……」


 わたしには彼女が誰なのかすぐに分かった。わたしを白髪の男性からそっと奪い、ぎゅうと抱きしめてくれたからだ。優しく優しく頭を撫でてくれたので分かった。


「お母さん……」


 3人で宿屋の外に出ると、夜空には光の雨が降っていた。嬉しくて、胸が一杯で泣くのはその日が始めてだった。



 ☆★



 流星群の夜、私を助けてくれたのは、年の離れた母と恋仲になり、私を引き取りに来てくれた貴族。名はジャン。お母様の王子様。ジャン・シュテルン子爵の養女となり8年。貧乏貴族で、ロクに従者もいないけれど、それはもう幸せで、笑わない日は無かったです。

 

 なのに……。


——私に可能な限り、貴女様の望む暮らしを提供致します


 新しいお友達、可愛い猫足の家具に、なにより優しいフィラント様が現れました。フィラント様、あの夜のお父様やお母様のような、とても温かい目をしています。今、世界で1番幸せなのは私でしょう。幸福は分け与えないとなりません。欲張りなので、流れ星を見たら、フィラント様の本物のお姫様になれますようにと祈ります。良い人でいたら、きっとまた叶えてもらえるでしょう。

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