子爵令嬢、揶揄われる
フィラント様はやはり慈悲深い方のようです。私はとても感心し、尊敬の念を抱いております。あんなに大勢の悪漢に襲われたのに、情けをかけて、誰の命も奪いませんでした。形骸化している司法による罰則に重きを置いているようです。強くて、あっという間に暴漢を捕まえて、堂々と市民へ挨拶。フィラント様は大変ご立派な男性。私は、昨日よりも、もっとフィラント様を好きになったようです。
しかし、大変困りました。フィラント様のお仕事はとても危険が伴うようです。いつかフィラント様の身に何かあると考えると、とても怖いです。それに、私はフィラント様に何をしてあげられるのでしょう? これから、お屋敷で共にフィラント様を支える従者達と会います。彼等とうんと考えないとなりません。
「エトワール、大丈夫?」
フローラが私の肩を抱いて、腕をさすってくれました。
「来て早々に恐ろしい目に遭わせてすみませんでした、エトワール令嬢」
向かいに座るレグルス様がハンカチを差し出してくれました。私、フィラント様の今後が心配過ぎて泣いていたみたいです。レグルス様からハンカチを受け取り、そっと涙を拭きました。
「ありがとうございますレグルス様。大丈夫ですフローラ。私、フィラント様のお仕事が心配です……。家を守り、フィラント様を支援しないとなりませんが、右も左も分かりません。レグルス様、フローラ、どうか御指南よろしくお願いします」
精一杯の嘆願の気持ちを込めて、会釈をします。顔を上げるとレグルス様はジッと私を見つめていました。
「へえ、さっきのフィラントが怖かったのかと思ったけど違うのか。そうかそうか、是非フィラントを頼むエトワールちゃん。いやあ、良かった」
エトワールちゃん? 急に気さくな口調。それに、屈託無い笑顔。私はパチパチと瞬きをしました。
「レグルス様、お戯れや揶揄いは止めて下さいね。それから、フィラント様にも無下にしないように、重々お伝え下さい」
フローラは膨れっ面になりました。レグルス様を軽く睨んでいます。レグルス様は、くすくす笑い。その後はニヤニヤ笑い。レグルス様が何を察したのか分かって、体がカァッと熱くなりました。フローラに続いて、レグルス様にも、私の恋心が伝わってしまったようです。
「あ、あ、あの! どうかフィラント様にはご内密に……」
「ん? 何を秘密になのかな? エトワールちゃん」
レグルス様は、愉快そうに私の顔を覗き込みました。私、感情が顔に出やすいので、何を思っているのか、バレバレなのでしょう。多分、顔が赤いので、見られないように顔を背けました。
「レグルス様! 怒りますよ! 寝室を別にしますからね」
「フローラ、なあフローラ。分かっている。それは止めてくれ。こんな純情そうなエトワールちゃんを揶揄ったりなんてしない。君は幸運だねエトワールちゃん。惚れた男に嫁げるとは。いや、嫁ぐ男に惚れることが出来たの方か」
明け透けない発言に、私は益々熱くなりました。ハンカチを握りしめて、俯きます。返事をするべきですが、唇が震えるだけで、声が出ません。恥ずかし過ぎて、体から湯気が出るのではないでしょうか。
「あ、あの……あの……」
「フィラント、半年前に入院していたんだ」
え? 私はレグルス様を見ました。
「戦場で大怪我して、熱発した。その時、熱心に働いていた女性に惹かれたようだ」
真面目な表情のレグルス様が、ジッと私を見つめています。どうしましょう。諦めなさいと言われているようです。私、フィラント様に爵位を与えたら追い出されるみたい。昨日、違うと思った分、泣きそう。しかし、この場で泣いてはいけません。お父様の立場があります。
「俺はフィラントを右腕にしたくて、権力振りかざして縛り付けた。君との政略結婚に伯爵位の件だ」
私は手をきつく握りしめ、大きく頷きました。理解していると伝えないとなりませんが、言葉が出てきません。なので、仕草で伝える努力です。
「今までの実績を踏まえると、好きにのほほんと暮らさせてやれるのだが、俺にもユース王子にもあいつが必要」
「えっ?」
「俺は領地改革を足掛かりにして、中央政権に入り込む。フィラントはずっと俺の側近。だから、フィラントの妻だとずっと贅沢三昧で豊かに暮らせるぞエトワールちゃん」
「へっ?」
間抜けな声が出ました。あれ、フィラント様の想い人を呼ぶとか、妻の座は仮初めとか、そういう話ではないのでしょうか?
「可愛いし、調査したから人柄や教養に問題無いのは知っている。是非、フィラントを誘惑して本物の夫婦になると良い」
レグルス様、あははははは! と笑い出しました。
「フローラと共に応援してやろう。高熱で顔も覚えてない女性より、身近の女性。手を出してもいない女性より、毎晩抱く女性。男は単細胞なので大丈夫。それにフィラントは生真面目だから、ちゃんと妻を大事にしてくれるぞ」
誘惑して⁈ 毎晩抱く女性⁈ 何て事を口にするのですか! 熱くて倒れそうです。フィラント様と普通に政略結婚なのは、私にとって素晴らしい事です。でも、フィラント様のお気持ちを考えると胸が痛みます。嫌々、私と結婚。でも、男性は権力や仕事の為に割り切る生き物だとは、誰の言葉でしたっけ? 何かの小説の台詞だった気がします。割り切る……レグルス様の言う通り、フィラント様にこちらを向いてもらう努力が必要です。
「レグルス様! フローラは3日間エトワールと寝食を共にします! 戯れは止めてくださいと頼んだのに!」
フローラが私の隣でぷりぷり怒り出しました。レグルス様は腹を抱えて、大笑いをしたままです。
「いやあ、だって、フローラ。可愛いからさあ。顔に出過ぎだよエトワールちゃん。傷ついた顔から一気に茹でタコみたいに真っ赤。あははははは! かわゆい、かわゆい」
レグルス様の手が私に伸びてきて、フローラがレグルス様の手の甲をぺちんと叩きました。瞬間、レグルス様はフローラの手首を掴み、引っ張り、キス。ええええええ! 人前でキスとは……王都流かもしれません。レグルス様は伯爵ですから、礼儀を大切にする筈です。多分……。
「足りないが3日分だフローラ。まあ、フィラント関係で忙しくなって寂しい思いをさせるから丁度良い。3日で済んで良かった」
「図ったんですね? 私が何を言うか分かっていて……」
「もちろんだともフローラ。その愛くるしい拗ねた顔も見たかった。フローラは飴と鞭が上手いから、学ぶと良いぞエトワールちゃん。フィラントが喜ぶ」
レグルス様は、また大笑い。険しい顔とか、無表情気味のフィラント様とは真逆の方のようです。でも、フィラント様を随分好きみたい。私はフィラント様の妻として励んで良いそうで、これは大変喜ばしいことです! フィラント様の想い人は気になりますが、というか胸が軋みますが……私は私で頑張るだけです。選ぶのはフィラント様なので、相手の女性を気にしても仕方ありません。
「はい! 頑張ります!」
「誘惑や夜をかい?」
「へっ?」
「品の無い発言はお控え下さいレグルス様!」
フローラがレグルス様にお説教を始めました。レグルス様、シュンと項垂れて聞いています。なのに、フィラント様と私が暮らすお屋敷に到着して馬車を降りる際に、私へウインクをしてきました。反省した振りだったようです。
揶揄い屋で食わせ者のレグルス様は、ちょっと苦手です。