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伯爵、決断する

 アストライア街へ戻ってきて3日後。フィラントはレグルスに岩窟龍国へ外交へ行く旨を伝えた。ユース王子とレグルスの目的を知り、自分も参加したいと思ったからである。その2日後の今日、街を発つ。


 往復、約1ヶ月かかる。岩窟龍国のユタ皇子という人物との交渉次第では、日程は更に伸びるかもしれない。


 エトワールにユース王子やレグルスの為になる事と、交易の仲介で儲けられるという話を軽くした。しかしエトワールは「行ってらっしゃいませ」しか言わなかった。


 夫婦揃って再度街から消えると、妙な噂になるかもしれない。岩窟龍国までの道は険しい。何をするか分からないエトワールから目を離したくないが、対策したので留守を任せることにした。エトワールに帰りを待っていて欲しい旨を伝えた時も、彼女は小さく頷いただけだった。


 王都を出発した翌日から、エトワールはフィラントに対して不機嫌気味である。今朝も、寝室から出てきたエトワールはしかめっ面。彼女は鶏の世話をする為に、早起きをするので部屋の前で待ち構えていた。


 出発までそんなに時間が無いので、出来るだけ長い時間、彼女の姿を見ておきたかった。しかし、エトワールはぶすくれている。


「おはようございます」


「おはようございます」


 何故、エトワールはここ数日こんなに機嫌が悪いのだろう? 仕事が山積みでロクに一緒にいる時間を取れなかったからか? エトワールと共にいるのが気恥ずかしくて、兎に角落ち着こうと仕事に打ち込んでいた。


「あ、あの……」


「フィラント様。私は妻ですからね! 浮気してはいけませんからね! 約束したのだから守って下さいね!」


「へっ? 妻ですからとは……妻で無かったら何なのですか? 浮気?」


「何なのですか? それは私の台詞です! 隣に座らない。寝室は別。キスとかしない。何で急に……」


 涙目になったエトワールがフィラントに近寄ってきた。思わず、後退りしていた。眩しい過ぎて直視出来ない。益々エトワールは眉間の皺を深めた。


 これか、この態度のせいか! 王都からアストライア街までの4日間、エトワールの寝顔に悶絶して不眠になった。それで、帰宅してから寝室を分けた。


 エトワールの立場になって考えてみれば、フィラントの態度は不自然かつ不信感募るものだっただろう。


 旅立つ前にこの誤解を解いておかないとならない。


「いえ、あの、以前より……その……あまりにもエトワールがまぶ……」


 廊下に人が走る靴音が響いて、フィラントは振り返った。ロクサスが駆け寄ってくる。それも、とても不安げな表情で。


「フィラント様! レグルス様が!」


「どうしたロクサス?」


 ロクサスはフィラントの前で腰を折った。どこから走ってきたのか、かなり息が荒い。


「また王宮騎士が現れ……」


 は? また? それにレグルス?


「どういうことだ?」


「フィラント様に続いてレグルス様に出頭命令が出たようなんですが、大通りが大騒ぎなんです! 騎士団と王宮騎士団が一触即発状態です!」


 平穏は戻って来なかったらしい。ロクサスの後ろにダグラスとミネーヴァが現れた。


「エトワール様! 逃げますよ!」


 叫んで駆け寄ってくると、ミネーヴァはロクサスを押し退けてフィラントの隣に並んだ。


「ユース様かレティア様、もしくは両者が何か失敗したようです」


「身動き取れなくなったら革命。領主逮捕に赴いてきた王宮騎士に見知った顔が混じっていたので、わざと市民とぶつかるのでしょう。ユース様、いくつも策を考えている方ですから」


 ミネーヴァ、ダグラスの台詞に立ちくらみがした。やはり、世の中は思い通りになったりしない。


「ロクサス、子供達と従者と一緒に隣街の教会へ避難しろ。エトワール、必ず迎えに行くのでロクサスに従ってくれ。俺は大通りへ行く」


「奥様はお任せ下さい」


 ダグラス、ミネーヴァに騎士挨拶をされたが信用して良いのか判断出来ない。


「ええ。ロクサス、門番の騎士に声を掛けておくので彼等を護衛にしてくれ」


 門番は丁度ベルマーレとマルク。あの2人だけではなく、道すがらに会うだろう部下の誰かにも頼もう。歩き出そうとしたら、エトワールに服の裾を掴まれた。


「行か……行ってらっしゃいませ……」


 エトワールのか細い震え声に胸が痛んだ。行かないで下さい。本当はそう言おうとしたと伝わってくる。


 フィラントはそっとエトワールの額にキスを落とした。


「必ず迎えに行きます」


「額は子供への挨拶ですよ……」


 へっ?


 次の瞬間、エトワールにキスされた。結婚式の際、打ち合わせとは異なり本当にキスされた時と同じ……。フィラントはよろめいて、壁に体をぶつけた。


「わおっ、大胆。エトワール様、夫イジメは良くないと思いますよ」


「イジメ? ミネーヴァ、イジメとはどういう意味……きゃぁ」


 言葉の途中で、エトワールはダグラスに抱えられた。


「すみませんが急ぎますよ」


 ダグラスが走り出し、ミネーヴァが後を追う。まさか、このまま誘拐? フィラントは慌てて彼等を追いかけた。


「待て! 俺は妻の安全確保をロクサス卿に命じた!」


「我等の主からの命令です! 可愛い妹を死守。そう命じられています!」


 3階から1階までダグラスとミネーヴァを追いかけ続けたが、追いつけない。ミネーヴァはともかく、エトワールを抱えているのに、ダグラスの足は速すぎる。


 玄関ホールが見えた途端、ダグラスとミネーヴァが戻ってきた。


「窓からそっと脱出に切り替えます」


 フィラントは脇をすり抜けようとしたダグラスの腕を掴んだ。


「だから俺はロクサス卿に……。どうなって……」


 フィラントは目の前の光景に唖然とした。玄関ホールに市民が大挙している。フィラントを見つけた市民が、次々と声を上げた。名を呼ばれ、領主を守れと叫ばれる。


 老若男女が揃って、激怒とも悲鳴ともいえない声を出す。おまけに、手ぶらの者は少ない。


「何が起きて……」


 玄関が開け放たれた。逆光を背に、威風堂々と進み出てきたのはフィラントの部下達。完全武装で、おまけに先頭に立つマルクは国旗を持っている。


「お迎えに上がりました副隊長! 我等アストライア騎士団は、英俊豪傑(えいしゅんごうけつ)なる伯爵騎士不に心臓を捧げます! 真の王と共に生きるには立ち上がり、戦うしかありません!」


 何だって⁈ 何の話だ⁈ 何が起こっている⁈ 真の王⁈


「領主様の訴え通り、尽忠報国の志あるものばかり散ることを神は許されない!」


 レグルス、演説でもして市民を煽ったのか⁈ 多分、そうだ。


「王都で同胞が待っている!」


「見捨てられ、虐げられても、輝きを失わない! 誇り高き大鷲の民こそが王を選ぶ! 強欲にて怠惰な王など拒否しようではないか!」


 誰が叫んだ⁈ 部下の騎士ではない。


 これは火に油。見捨てられ……いつの時代の何の話だ⁈ あれだ、数十年前に大蛇連合国と煌国の諍いの巻き添えになった件だ。虐げられは、王族や貴族優位社会なので当然か。


——市民革命はアストライア街から始まるのですよ。


——この国は破裂寸前。戦争続きで徴兵や重税で民に負担をかけ、更には王位継承者争いのせいで王家や中央政権の醜聞が流れている。何もしなければ血の雨が降る


 ミネーヴァの台詞が脳裏によぎる。レグルスは何をするつもりだ? ユースは今何をしている? ビルマ王子派に捕まったとかか?


——全く。私は身1つで逃げたいね。守りたい家臣が多過ぎて超面倒。私が下手したら、自分達で逃げろよ


 ユース王子は大嘘つきだ。


——王座なんて興味ない。大切なのは、一滴でも血が流れないこと。そう、思わないか? 国とは人である。国が残っていて民がいないんじゃ話にならない


 守りたい家臣ではなく、ユース王子は何もかもを守りたいのだろう。最前線で孤軍、いやレグルスと2人で奮闘していた。


 フィラントはチラリとエトワールを見た。手を繋いで、逃げてしまいたい。ユース王子とレグルスなら、自分のことと最優先の者くらい、どうにか救うだろう。


 しかし、たった数ヶ月でフィラントは新たな世界を手に入れた。やり甲斐のある仕事、喧しくも懐いているような部下。歩けば感謝され、助けろと言われ……。


 一生、戦場に送られて、血塗れ騎士と忌諱され、何処かの兵に殺されると思っていた。


 今の生活を失いたくない。ここまで導いてくれたユース王子とレグルスを裏切りたくない。


 見捨てられないとは、まさにこの事。


「静かにしろ!」


 フィラントは階段の手摺を掴み、身を乗り出して叫んだ。


 水を打ったように静まり返った玄関ホール。自分の鼓動が煩い。足が震える。フィラントは拳を強く握り、なるべくゆっくりと呼吸した。


「迎えとは何だ? 何も知らない。だが必ずや市民、いやこの街全ての者の盾となる。なので、状況説明をしてくれ」


 戦争より厄介な気がする。フィラントは階段を降りながら曲がりそうな背中を伸ばした。


 あちこちから「やはりサー・フィラントは我等の味方だ」そういうような声が飛んできた。


 その信頼があれば、奮い立てる。そんな気がする。全身の血が滾る。生き残りたくて戦場をかけた時はどこか虚しくもあったが、今は違う。


「告げた通りだろう! 我等の親愛なる伯爵騎士は市民の剣であり盾である! 勝手に動かず我等に従え!」


 マルクの声が玄関ホールに響いた。それで、少し状況が分かった。暴徒になりそうな市民を、騎士の誰かが丸め込んだ。マルクの前に立つと、フィラントの隣にラーハルト副隊長が移動してきた。耳打ちされる。


「フィラント様、レグルス様から急いで大通りに来て助けて欲しいと。私達は市民の暴走を抑えるように命じられています」


 恭しいというように、ラーハルトがフィラントへ騎士の上着、外套(マント)を着せた。


 フィラントはもう1度だけ、エトワールを見ておこうと上を見た。しかし、階段の踊り場にもうエトワールの姿は消えていた。


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