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騎士、政略結婚させられることを知る

完結後指摘していただき一人称修正中です。(牛歩)

 夕刻過ぎに届けられた手紙を見て、俺は眉根を寄せた。


 封蝋で閉じられた封筒。赤い蝋に浮かぶのはアルタイル王国の紋章。円に十字、そして鷲を組み合わせた絵柄。つまり、これは王家関連からの直々の命令か何か。


「おおお! 届いたか。フィラント、それは私からだ」


 ソファに腰掛け、優雅な手つきで紅茶を飲むユース王子が、満面の笑みを浮かべる。隣に座るレグルスがクスクス笑いだしていた。


 また結託して、何かよからぬ事を実行したのか? 俺は来年度財政予算案の確認を止めて、手紙を開封した。それにしても何故ユース王子の執務室で、護衛の俺だけが働いている。しかし、下僕なので仕方がない。出征が無いので、主であるユース王子の役に立つのが仕事。


 取り出した封筒に書かれた内容に、ざっと目を通す。


「俺がジャン・シュテルン子爵の娘と結婚? 理由は何です? あと、この方は誰です?」


 ジャン・シュテルン子爵とは誰だ? 知らない名前。おまけに結婚。今の自分の立場と、この話を繋げてみる。ユース王子とレグルスは笑顔を引っ込めて、澄まし顔。返事無し。


「どこぞの没落貴族ですよね。自分で調べます。騎士の俺に子爵位を与えて、更に働かせるつもりですか。既に仕事を押し付けている癖に……」


 仕える主人にやや不敬な口調になってしまったが……怒っていなそうで安心した。20年もの間共に育ち、気さくに接してもらっていて、友人のように思われているのは理解している。しかし今のような態度が公の場で出ないように、こういう時から気をつけないとならない。


「いいやフィラント。真面目で勤勉かつ優秀な君に父上からの褒賞だ」


 ウインクを飛ばしてきたユース王子。別に何かが飛んでくる訳でもないが、俺は思わず避けた。嫌な予感がする。褒賞という名の、重労働な気がしてならない。


「政略結婚で子爵。戦場での功績に、私の暗殺阻止。長年の忠義や仕事振りに対する正当な評価として伯爵位が与えられるということだ」


 ユース王子から予想外の言葉。俺はポトリと机の上に手紙を落とした。伯爵? 捨て子から運良くユース王子の毒味係、そこから騎士になっただけでも奇跡。それに、半年前の隣国との大戦争にて死ななかったのも幸運。それが伯爵?


「俺と同じ伯爵位だフィラント。アストライア領地で治安維持を担ってもらう。来月から君はアストライア領地騎士団副隊長だ。隊長のゼロース様は父と懇意。他にも父の関係者や部下に支援してもらう。是非、俺を支えてくれ」


 レグルスの発言に、俺は口をあんぐりと開けた。アストライア領地は、この王都からみて東にある、交易で栄え始めている領地。


「領主になるのかレグルス様。おめでとうございます。だけど俺が副隊長?」


「そっ。俺、この歳で領主とか怖いんで父やユース王子に泣きついちゃった」


 毎度、言い方が腹立つが今は驚きが優っている。全く恐怖なんてない、自信満々な表情のレグルス。国王宰相である公爵を父に持ち、自らは伯爵位を与えられた王子側近。


 領地を貰って君臨したい、俺ってかなり領地運営が上手いと思う。それがレグルスの口癖だった。あと5年くらいしたら領主になると思っていたが、まさか25歳で領主になるとは思っていなかった。


「えっと、あの、ユース王子の護衛や影武者役はどうなるんです?」


「だって君、もう私に似ていないし色々優秀だから捨て駒から駒にすることにしたって。父上と官僚達が決めたから、期待に応えてくれ」


「俺は安心したよフィラント。君はこれからも俺を支えてくれる」


 立ち上がったユース王子が近寄ってきた。レグルスも続く。2人に肩を叩かれた。俺は深いため息を吐いた。肩の荷が増えた。騎士団副隊長? 任されたのならやるしかない。


「ユース様、レグルス様、私は騎士ですので死ぬまで仕えます。あー、この俺に位を与えるために捧げられるシュテルン子爵令嬢は逃してあげて下さい。成り上がり騎士の妻なんて屈辱でしょう」


 ユース王子とレグルスの2人が、同時に俺の背中をバシンと叩いた。結構痛い。


「この嘘つきめ! 野戦病院の白い天使を探しているからだろう!」


「大嘘つきが! 野戦病院の白天使を探しているからだろう!」


 似たような台詞を同時に言うな。俺の手に一気に汗が噴き出てきた。


 戦場で足を骨折し、発熱し、運ばれた場所で天使に会った。高熱で朦朧として顔は薄ぼんやりとしているが、美しい声をよく覚えている。彼女はそれはもう甲斐甲斐しく看病してくれた。小さく歌いながら。うっかり話してから、ユース王子とレグルスに揶揄われ続けている。


 もちろん、彼女が甲斐甲斐しく世話をした兵士が俺だけではないのは分かっている。いや、だからこそ忘れられない。


 良くなった時に、彼女は居なかった。礼も言えていないので、仕事の合間に探しているが見つからない。多分、王都には居ないのだろう。


「残念だったなフィラント。初恋というのは叶わないものだ。結婚式は来月。来週から君の家はここ。必要な従者も雇ってある。明日にでも父上が君に話をするよ」


 レグルスが上着の内ポケットから羊皮紙を取り出した。アストライア領地の地図に、赤い丸が書いてある。


「来月には結婚式だフィラント。変装して参加するつもりなのでよろしく」


 ニシシッと悪戯っぽく歯を見せたユース王子。この腕白王子め。また手回しで疲れる。


「自分に対してそこまで……ありがとうございますユース王子」


 面倒事は嫌だが、主であるユース王子に祝ってもらえるとは嬉しくてならない。


「王族や貴族社会では政治的婚姻が溢れている。フィラント、励め」


 レグルスの発言に、まあその通りかと俺は小さく頷いた。


「大丈夫ですレグルス様。地位を貰う代わりに誠心誠意尽くし、自由も与えます。好いた男がいるようなら屋敷に呼び、私は離れにでも引っ込みます。可能な限り、相手が暮らしやすくするように努めないとなりません」


「おいおいおいフィラント。いくら23年間、女性と触れ合いが無いからと、いきなり夫の立場を放棄か?」


 肩を揺らすレグルス。


「フィラント、君はもう少し自分の事を気にすると良い。無理矢理結婚させるのは私達や国だけど、不自由の中にも自由はあるものだ。まずは相手と向き合え。君自身の幸せのためにだ」


 ユース王子がポンポンと俺の頭を割と優しく叩いた。その後、髪の毛をぐしゃぐしゃにされ、額を指で弾かれる。いつもこれ。


 気にかけてくれる事に対する感謝が湧き上がる。俺は立ち上がり、それはもう恭しい気持ちを込めて礼をした。

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[気になる点] >このお転婆王子め。  「お転婆」は、「少女・娘が、周囲に気おくれせず、活発に元気よく動き回ること。そういう人。おはね。」という意味では?  ということで、「お転婆王女」か「腕白王子…
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