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一度でいいからと望んだであろう世界で  作者: すずはっぱ
第0章
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0-6 少し昔の思い出

「やっ」

「ウガァ!?」


しまった、やりすぎたか?

いよいよ危険だと判断し、いざ飛び出たものの、ブラッドウルフは膝蹴りで吹っ飛んでしまった。

とはいえ、あまり力も込めておらず、ただ当てることだけを意識したので、また来るだろう。

その前に。


「……大丈夫ですか?」


僕はそう言うと振り返る。

出来るだけ余裕が無い感じに。

実は僕、演技派なんですよ、ええ。


「……」


ジェームズは僕の顔を見たまま固まっている。

さすがに死を覚悟していたのだ、そうすぐに立ち直れる訳では無いか。

では、後ろの2人に確認を取ろう。


「カイルさんとサリナさんは?」

「え、ええ。」

「……平気。」


カイルさんはともかく、サリナさんは平気ではないだろう。

左腕がだらんと下がっている。

あれは……治るだろうか?


「……早いところ回復魔法を覚えなきゃ」


能力ステータスが上位の僕ならば、それこそ魔法マジックのように治せるだろう。

上位と言うより最高位かもしれないが。


「あなた……今のは……」


カイルさんが説明を求めてくるが、それは後だ。

あの、ブラッドウルフの気配が近づいてきている。

……正直言うと膝が笑っている。

あんな生き物、現代にはいなかったのだ。

痛いのは嫌だし。


「すみません、説明している暇はありません。あいつが来ます」


できるだけ声を震わせず、吹き飛ばした方向を向く。

どうする、能力ステータスにものを言わせて殴り殺すか?

いや、それだと接近しなければいけないため、こちらも怪我する可能性が高い。

……獲物が欲しい。


あ、そうだ。


「すみません、ジェームズさん、これ、借ります」


先程ジェームズの手から弾き飛ばされた剣を掴む。

ただのロングソードだ。

これで。


「ぶった斬る」


剣技もクソもないが、今はリーチが必要だ。

あの長い爪に対抗するための。


草をかき分け、現れるブラッドウルフ。

ブラッドウルフも、アイラを危険視しているのか、先程まではなかった殺意をむき出しにしている。


「全力で!」


思いっきり振りかぶり、全力で近づき、振り下ろす。

それだけで、辺りにカマイタチが飛び、地面は陥没した。

ブラッドウルフは初撃はよけたものの、その後の衝撃で気絶してしまった。


「「「……」」」


とはいえ、ジェームズたち3人も気絶してしまったようだが。

……どうしよう。


「やりすぎた感が否めない……」


まるで強大な敵と激闘を繰り広げたかのような場所と変貌した辺り。

これは伏せたまま帰ることにしよう。

ブラッドウルフを討伐する依頼だったが、どうすればいいのか?

気絶したブラッドウルフにトドメをさして、そこから首でも持っていけばいいのだろうか。


「ん……」

「あ、目が覚めました?」


最初に目を覚ましたのはサリナさん。

肩の痛みで意識が覚醒したようだ。

その肩は早く治療しないと菌が入り込んで大変なことになると思うが。


「……これは一体……」

「すみません、依頼ってどうしたら達成なんですか?」

「あ、あぁ、それは、ハンターカードに狩った魔物の名前が自動で記録されるから、それを提出する感じで……」

「なるほど……」


なんと便利な。

と思ったが、まだ狩ってはいないではないか。

改めて剣を握り、ブラッドウルフ首元に添える。

……できるだけ、一瞬で。


「……ふっ!」


首元を斬り、胴体と頭が分かれた。

これで。


「なるほど、確かに……」


そこには、ブラッドウルフ|《特異種》と書いてあった。

特異種?

これが、ジェームズたちのパーティーが追い込まれた原因か。


……これで達成になるのだろうか?

カードをよく見ていると、裏の下の方に依頼受注中と書いてあった。

それと同時に、0/10というものも。


「……つまり、あいつとブラッドウルフは別物扱いってこと……?」


3人の反応を見る限り、特異種を見慣れている様では無かったが。

いや、初めて見た、といった感じだろうか。


「すみません、今のはブラッドウルフなのですか?」


サリナさんが肩の応急処置を終わらせたタイミングで聞いてみる。

相当な痛みなのか、汗を垂らしながら答えてくれた。

……聞くタイミングを間違えたかな。


「……わからない。私たちは、見たことがない」

「ハンターを初めて何年です?」

「……10年ほど」

「なるほど……」


もし今回遭遇した特異種が以前にも存在しているのだとすれば、既にサリナさんたちと出会っていてもおかしくはないはず。

もしくは、別の地域からこちらに移動してきた、か。


「……ともかく、一旦戻りましょうか。皆さんの傷の治療をしなければ」

「……わかった」


とは言っても、僕1人で2人も担げるだろうか。

いや、担ぐしかないんだろうけど。


「ん……っしょ」

ジェームズさんを右肩に、カルラさんを左肩に乗せ、歩き出す。

意外と軽い。

ちなみに、ジェームズさんが着ていた鎧は外してサリナさんが引きづって持ってきている。

……雑であった。


「よし、と」


再び先程の街まで戻ってきて、ギルド内のベッドに横たわらせる。

受付のお姉さんが理解力が高くて助かった。

いや、それぐらいじゃないとやっていけないのだろうか。

ちなみに、やはりここは国ではなく、国が所有している領地であり、割と都市部に近い街なのだそうだ。

この依頼が終われば、都市部に向かうのもいいかもしれない。


「う……ここは……?」


ジェームズさんが目を覚ます。

2人の傷は浅いものばかり(主に僕の余波のせい)で、そのうち治ると思われるが、存外心配性なサリナさんが薬を買いに行っており、今この場には僕を含めた3人しかいない。

ドアの向こうでは今も騒がしくギルドの運営が行われているが。


「ここは医務室です。どこか痛むところはありませんか?」

「あ、あぁ……俺は大丈夫だが」


ちらりと、ジェームズさんはカルラさんを見る。

この2人そういう関係なのか?


「ジェームズさんはカルラさんとお付き合いを?」

「……よくわかったな」


いえあなたがわかりやすいだけかと。

戦闘中もジェームズさんの声に反応するのがすごく早かったし。

いや、比べる対象がサリナさんだし、ただの気のせいだったかもしれなかったけど。


「……実は、もう俺たちは結婚する予定だったんだ」

「えっ」


それだとサリナさんがあまりに不憫……な気がする。

恋愛沙汰な話は無縁だったのだ。

……前世の僕が泣いてる気がする。


「ははっ、まぁお前が言いたいことはわかる。サリナのことだろう?」

「……ええ、まぁ」

「あいつはまだ18だ。物心ついた時からハンターを始めたが、それは仕方がない状況であったからで、俺たちは本当は普通に学校に通って欲しかった……」


サリナさんが生まれたところでは、いじめが多発していたようで、生まれて間もないサリナさんでさえ、その対象になりかけていたという。

そこに、既にハンター稼業を始めていた2人が、通りかかったのだ。

そして、不幸が訪れる。


「ちょうど俺たちが寄った時に、魔物が近くの森から溢れだしてきた。近くにいたサリナを守りながら、街から逃げ出したんだ。」


しかし、魔物がいなくなり、街に戻ると、人がいなくなっていたと。


「それでは……」

「あぁ、あいつは、生きるためには、ハンターになるしかなかった。俺たちがいたから、助けられたのか、俺たちがいたから、街の人が死んだのか、それはわからんがな……」


ジェームズは体を起こすと、寂しげな表情で言葉を続けた。


「サリナに、今更だが、将来を選ばせたい。何不自由なく。俺たちが結婚するのは、それが理由でもある」

「でも、サリナさんはハンター以外の道を知りません」

「そうだ。だから、学校に行かせようかと思う」

「学校へ?」


年齢制限というものはないのか?


「小学校、中学校は義務教育だが、高等学校は自由に行くことができる場所なんだ。それまでに義務教育を受けることができない子も含めて」


なるほど、学校自体の扱いは僕の世界の学校とあまり変わらないようだ。


「実はこの話、1回あの子にしたのよ」


背後から声。

カルラさんだ。

いつの間にか目が覚めたのか、身を起こしてベッドの縁に座っている。


「そうなのか?」


ジェームズさんの知らないうちに、か。


「だけど、拒まれたわ。ハンター稼業を続けると聞かなかった」

「それはなぜ?」

「……私たちとハンターを続けているのが楽しいんでしょうね」


それしか知らないが故に、とジェームズさんは俯く。

カルラさんは、意を決したように僕を見据える。


「あなたの力はさっきの戦闘でわかったわ。その力を見込んで頼みがあるの」

「頼み、とは?」


予想はできている。

この2人は結婚し、ハンター稼業を引退。

その後は蓄えた資金でサリナさんを養うつもりだったのだろう。

だが、先程の話を持ちかけた際に断られ、思いついた、と言ったところか。


「サリナを、あなたのパーティーに入れて欲しいの」


だろうとは思った。

いや察するよ、さすがにこの流れなら。

だが、あまりに不用心過ぎないか?


「……僕を信頼出来るほど一緒にいたわけじゃないでしょう。なぜ僕なのです?」

「あなたがいい人だからよ」


カルラさんは、紅い瞳で僕を見つめる。

……なるほど、嘘はついていないわけだ。

サリナさんが僕のパーティーに加わることは別にいい。

学校に通わせる気だったのなら、尚更都合が良い。

僕も日本人の端くれだ。

期待には応えるとしよう。


「わかりました。……どうなっても責任は取りませんよ」

「ええ、ありがとう」


カルラさんはそう言うと、ジェームズさんの方を向き微笑んだ。

ジェームズさんは苦笑しながら、僕に言った。


「頼んだぜ」

「……頼まれました」


あ、忘れてた。


「すみません、ジェームズさんの剣ボロボロにしちゃいました」


ブラッドウルフに放った一撃で、地面が陥没したが、剣に至っては柄から先が無くなっていた。


「うわぁぁぁあ俺の相棒おおおお」


時刻は既に18時過ぎ。

太陽が世界を紅く照らす夕暮れのキレイな日に、男の声が響いた。

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