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四神の役割 協力者

資料室を包んでいた重苦しい空気は、四人の神気によって跡形もなく消え去っていた。


静寂だけが残る部屋。


舞い上がった埃が、窓から差し込む夕陽に照らされてゆっくりと落ちていく。


その光景を、六花はただ呆然と見つめていた。


頭の中が追いつかない。


玲弥や智樹に力があることは、以前から知っていた。


悪霊事件の時に、その力の一端を見ている。


だから驚きは少なかった。


けれど――。


「……なんで。」


ぽつりと漏れた声。


六花の視線は奏多と朱里へ向く。


居酒屋でいつも笑っている常連客。


料理を褒めてくれて、冗談を言って、店長と世間話をしている二人。


そんな二人が、玲弥や智樹と同じような力を持っている。


それが信じられなかった。


「……なんで、ここにいるんですか?」


震える声で尋ねる。


「何者なんですか?」


奏多は困ったように頭を掻いた。


「まぁ、居酒屋でしか会わないし。」


柔らかな笑みを浮かべる。


「ちゃんと自己紹介してなかったね。」


その笑顔は、店で見せるものと何も変わらない。


だからこそ、六花は少しだけ安心する。


朱里も静かに笑った。


「怜弥や智樹と似たような立場だよ。」


その一言に六花は首を傾げる。


「……怜弥と智樹の立場も、私よく知らないんだけど?」


四人は一斉に固まった。


玲弥は額へ手を当てる。


「……説明してなかったのか、俺。」


智樹も思わず苦笑した。


「完全に失念していました。」


奏多は肩を震わせる。


「これは予想外。」


朱里も呆れたように笑う。


「君らしいね。」


四人の反応に、六花だけが取り残されていた。


「えっ、私そんな変なこと言った?」


その時だった。


「……その者達は。」


静かな声が部屋へ響く。


霊亀だった。


小さな亀の姿のまま、本棚の上へゆっくりと歩いていく。


「何代も続く四神の次期後継者じゃ。」


「……亀さん?」


六花は目を丸くする。


「四神って……あの神話の?」


鳳凰も小さく羽ばたき、六花の肩へ降り立った。


「四神とは各地を護る守護神。」


「そして、その力を扱うことを許された人間達がおる。」


静かな声で続ける。


「その力は代々受け継がれ、血筋の中で最も力ある者が後継となる。」


「つまり。」


「ここにおる四人は、その家を継ぐ者達じゃ。」


六花は四人を見つめる。


神宮寺玲弥。


宮原智樹。


西園寺奏多。


紅原朱里。


誰も冗談を言っている顔ではない。


智樹が静かに頷いた。


「鳳凰様のおっしゃる通りです。」


六花は少し考えてから、小さく呟く。


「……私が巫女の子孫だったのと、一緒?」


その問いに朱里が優しく首を横へ振る。


「少し違う。」


穏やかな笑みのまま説明する。


「君は”たまたま”巫女の血を継いでいて、力が目覚めた。」


「でも、僕達は違う。」


「生まれた時から後継者になることを前提に育てられる。」


「家を背負うことが、当たり前なんだ。」


その瞳の奥には、一瞬だけ寂しさが浮かんだ。


「自分の意思なんて、最初からない。」


六花は何も言えなかった。


玲弥も智樹も。


奏多も朱里も。


そんな人生を歩いてきたとは思ってもいなかった。


「……私は。」


六花は苦笑する。


「ただ視えるだけだった。」


「それで、たまたま巫女の子孫だっただけだから。」


その言葉を聞いた瞬間。


霊亀の目が細くなる。


「六花。」


静かな声だった。


しかし、その言葉には揺るがぬ確信があった。


「自分を下げるでない。」


「お主は、こやつらよりも霊力は遥かに強い。」


部屋の空気が止まる。


玲弥達も霊亀を見る。


「ただ。」


「使い方を知らぬだけじゃ。」


六花は思わず目を瞬かせた。


「……そんなに?」


鳳凰が小さく笑う。


「だから我らが傍におる。」


「お主は気付いておらぬが、それほど放っておけぬ力を持っておる。」


その言葉に、奏多が小さくため息をつく。


「……本当に巫女には甘いんだから。」


ぼそっと漏らした独り言。


次の瞬間。


霊亀の瞳が鋭く光る。


「……お主。」


「殺られたいのか?」


空気が一気に張り詰める。


奏多の背筋を冷たい汗が流れた。


「ちょっ!」


智樹が慌てて間へ入る。


「そんな怒気を出さないでください!」


奏多は真顔のまま両手を上げる。


「冗談です。」


「本当に冗談です。」


その必死さが可笑しくて、六花は思わず吹き出した。


「ふふっ。」


緊張していた空気が一気に和らぐ。



しかし。


六花の頭の中には、まだ一番知りたいことが残っていた。


「結局。」


皆を見回しながら尋ねる。


「どういう立場で、この悪霊事件は何だったの?」


朱里が一歩前へ出る。


「俺達は、悪霊や邪気を祓う専門機関に所属している。」


「科学では解決できない現象。」


「神や妖怪に関わる事件。」


「そういう案件を担当している。」


「国から正式に認められている組織なんだ。」


六花は目を丸くする。


「そんな組織があるの?」


玲弥が続ける。


「青龍を守護神とする神宮寺家。」


「玄武を守護神とする宮原家。」


「白虎を守護神とする西園寺家。」


「朱雀を守護神とする紅原家。」


「この四家が、その組織の中心だ。」


「大きな事件が起これば、必ず俺達が動く。」


「つまり。」


奏多が肩をすくめる。


「君みたいな一般人がやる仕事じゃないってこと。」


六花の顔色が変わる。


「えっ!」


「じゃあ私、今まで勝手に悪霊祓ってたのって……。」


「違反!?」


「捕まる!?」


あまりにも六花らしい反応だった。


四人は思わず顔を見合わせる。


智樹が優しく笑う。


「大丈夫。」


「君のしたことは罪にはならない。」


「むしろ助かっている。」


「四霊の皆様に守られている時点で、問題にはなりません。」


「えっ?」


六花は嬉しそうに鳳凰と霊亀を抱き寄せる。


「鳳ちゃん!」


「亀さん!」


「ありがとう!」


鳳凰は少し照れ臭そうに咳払いをする。


「……お主が頑張った結果じゃ。」


「我らは知恵を授けただけ。」


霊亀も静かに頷く。


「胸を張れ。」


その言葉に六花は安心したように笑った。


だが、その穏やかな空気は長く続かなかった。


霊亀はふっと遠くを見つめる。


その瞳が、一瞬だけ未来を映したように揺れる。


「……だが。」


部屋の空気が静まり返る。


「これで終わりではない。」


全員の視線が霊亀へ集まる。


「近いうちに。」


「さらに大きな災いが来る。」


玲弥の表情が引き締まる。


「まだ何かあるんですか?」


「はっきりとは視えぬ。」


霊亀はゆっくり首を振った。


「だが。」


「良からぬ者が動いておる。」


鳳凰も低い声で続ける。


「必ず六花を狙う。」


そして四人を真っ直ぐ見据えた。


「四神よ。」


「その時は六花へ力を貸せ。」


四人は迷わなかった。


「承知しました。」


朱里が真っ先に答える。


玲弥、智樹、奏多も静かに頷く。


六花だけが苦笑した。


「えぇ……。」


「何も起きないでほしいよ。」


その一言に、皆が思わず笑った。


重かった空気が少しだけ軽くなる。


しかし、その笑顔を、大学の廊下の陰から静かに見つめる者がいた。


天王寺遥。


その隣には、誰にも見えない黒い影――朧。


遥は六花の笑顔を見つめ、静かに目を細める。


「……桜。」


その名を心の中で呼ぶ。


朧は、そんな遥の横顔を見て、ゆっくりと笑みを深めた。


「そうだ……。」


「もっと守りたいと思え。」


「もっと手に入れたいと願え。」


「その想いこそが、お前を千年前より深い闇へ導く。」


夕日が廊下を赤く染める。


誰もまだ知らない。


この穏やかな笑い声が、やがて大きな運命の渦へ飲み込まれていくことを。

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