第八話
あれは確かお店も少しずつ軌道に乗り始め、翌週からアルバイトのスタッフも雇うことになったと柳瀬くんが言ったときでした。忙しくなりつつあっても、ミミが足を運んでいたこの時間はまだ暇だったので、思い切ってミミはその質問を柳瀬くんにぶつけてみたのです。すでにあのころ春夏 冬の話はそれとなく彼にはしていたので、ミミが前置きなく「ずっと以前から思っていたのですが、このお店の名前は春 夏冬にとてもよく似ていますよね」と言っても話は通じました。
柳瀬くんはミミがそう言うと一瞬困った表情を浮かべましたが、すぐに理解したのか「そう言われてみればそうですね」と青きました。
「言われるまで気付きませんでしたけど、確かに読み方でいえば四季とも読めますもんね」
「もちろん発音は少し違いますがね」とミミはガイジンらしい含みを込めながら、笑って言いました。「英語に馴染みのない国からしてみれば「FOR」と「FOUR」の違いなんてわからないでしょうけど、実際はまるで違うんです」
柳瀬くんは同意するように再び肯きました。表情にはもう困った感じはなく、ミミが何を言わんとしようとしているかを、一字一句聞き逃さないようにと次のミミ言葉を待っているように見えました。
「でも、この国の人たちが耳で聞いてもその違いはわからないでしょう」とミミはおどけたように自分の耳に触れながら話を続けました。「それは慣れ親しんだ言葉が違うのだから仕方のないことですし、この国で生きる以上別に問題にはなりません。むしろ日本人にとって音だけでいえば、「FOR」であろうと「FOUR」であろうと関係がないのが面白いとミミは思います」
「というと?」
「春夏 冬の秋がないのと同じに感じたのですよ、ミミは。秋がないのにお店の名前は春夏秋冬と呼ぶのと同じように、喫茶FOR SEASONSも「FOUR」ではなく「FOR」であってもほとんどの日本人にとっては「四季」と捉えるでしょうからね。それをあえて狙っているところが何か柳瀬くんなりのこだわりというか、何か意味をこめているのではないかとミミは思いましてね」
「そんな深い意味なんて何もありませんよ」と柳瀬くんは笑いながら言いました。「別にその居酒屋さんみたいに秋がない。だから商いみたいなダジャレもないし、そもそも僕としてはあえて「FOUR」を「FOR」に変えたつもりさえないんですから。 昔から好きなバンドがいて、その曲名から拝借したんです」
そう言うと柳瀬くんはかけていたCDを止め、CDラックから一枚のCDを取り出し、その曲を聞かせてくれました。音楽に疎いミミはそのバンドも曲も知りませんでしたが、確かに聞いてみればこのお店の雰囲気とも合っていましたし、何より柳瀬くっぽさが感じられたのを今でもよく覚えています。どういったところがと聞かれてしまうと、そういう感受性の欠片もないミミには上手く説明はできません。ただそれでも柳瀬くんという人間と言葉を交わしたことが一度でもある人になら、その気持ちは少しくらいは伝わる気はします。
お店が忙しくなった今では、あんなふうに柳瀬くんと二人で悠長に話してられる時間はもうありません。そう思うとどこか寂しさを感じもしますが、あのときにああいう会話ができていたからこそ、今もミミは喫茶FOR SEASONSに日々足が向いてしまう気がします。どれだけ花町にカフェが増えようとも、カフェ巡りの最後には必ず柳瀬くんが淹れてくれたエスプレッソのダブルが飲みたくなってしまいますし、 仮にその日が柳瀬くんのお休みの日でも喫茶FOR SEASONSに足を運ばずに午前中を終えることがミミにはできる気がしません。なんでもそうですが、節目節目というのを重んじることで、毎日がただの繰り返しではないと思うことができるのだとミミは思っています。まぁ、それもこれもミミが暇な老人だからこそできることなのでしょうけど、それでもまだ誰かの役に立てていると思うと、ミミはそんな日々に遣り甲斐を感じずにはいられません。たかがコーヒー一杯でも、誰かの生活の足しになっている。この大きな世界からすれば小さなことかもしれませんが、それでもミミにとってはなかなかやりがいのあることですし、これからもそういった小さなことを積み重ねていくことが、ミミのようなちっぽけな人間でも生きていると実感する手段なのだと・・・・そんなことを思う、今日この頃です。




