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魔王の爪痕を封じる老人と、歪みをが見える少年  作者: ふりっぷ


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魔王の爪痕を封じる老人と、歪みが見える少年

村人から魔王と恐れられる老人と、世界の歪みを見る少年。


これは、誰にも理解されなかった二人が出会い、

世界の崩壊に立ち向かう物語です。

 夜明け前、ロイズの足元から音もなく地面が割れた。

 黒く底の見えない裂け目が、大地を走っていく。


(また、来た)


 三年前から見続けてきた光景だ。

 村の誰にも信じてもらえなかったが、今日の裂け目はいつもより大きい。


(もうすぐ、魔王が来る――)


 地面には、巨大な何かが引き裂いたかのような深い溝が走っていた。

 何本も、何十本も。

 まるで大地そのものが、鋭い爪で抉られたようだった。


 村人たちは、それを《魔王の爪痕》と呼んでいる。


 誰が見たわけでもない。誰が証明したわけでもない。

 それでも恐怖だけは噂となり、伝承となり、子供を泣かせる怪談として残っていた。


「……また、広がっておるな」


 溝の前に、一人の老人が立っていた。

 誰にも届かぬほど小さな声で呟き、古びた杖を握り直す。


 背は大きく曲がり、白髪は風に乱れている。

 一歩踏み出すたびに喉が鳴り、荒い息が漏れた。


 老人は杖を立て、荒野の奥――震えの向こう側を見据えている。


 見張り台の若者が老人を見つけ、顔色を変えて叫んだ。


「魔王だ……!」


「魔王が来たぞ!」


 叫び声が響くと、扉が閉まり、窓が塞がれた。

 人々は我先にと家の奥へ逃げ込み、外の様子を窺う者さえいなくなっていく。


 老人は気にした様子もなく、裂け目に向かってゆっくりと杖を掲げる。


「虚無よ、虚無へ還れ」


 低く、しかし確かな声が響く。


「我が声に応じ、裂け目を閉じよ。

 《裂界縫合(れつかいほうごう)》」


 杖の先から、黒い光の糸が無数に迸った。

 それらは生き物のようにうねりながら、空間に生じた裂け目へと絡みついていく。


 ――ごう、と低く唸るような振動が大地を揺らした。


 黒い亀裂が、無理やり引き寄せられるようにゆっくりと閉じていく。


 家々の隙間から様子を窺っていた村人たちには、

 その光景が異様なものにしか見えなかった。


「何をしているんだ……?」


「まさか、何かを呼び出しているんじゃ……」


 黒い糸が蠢くたび、裂け目の奥で何かが動いたように見える。

 魔王が恐ろしい何かを操っているようにしか見えなかった。


 だが、村外れに立つ少年――ロイズには違って見えていた。


 彼の目には、無数の糸が裂け目を縫い合わせていく様子が、

 はっきりと映っている。


 縫い合わされているのは、地面に見える溝ではない。

 その下に存在する、さらに深く歪んだ世界の裂け目だった。


 ミシミシッ。


 閉じることを拒むように、裂け目が荒れ狂う。

 老人が杖を細かく突くたび、黒い糸が張り詰め、裂け目が少しずつ縮んでいった。


「静まれっ!」


 老人の声が荒野に響く。


 次の瞬間、大地の震えが嘘のように止まった。


(まだだ……)


 ロイズには見えていた。閉じていく裂け目の奥で、なお黒い何かが蠢いている。


 ズズ……。


 何かが擦れるような音が、耳の奥に響いた。


 老人の肩が大きく揺れる。

 杖に体重を預けなければ、立っていられないほどだった。

 それでも、黒い糸は裂け目を縫い続けている。


「……すまぬ」


 掠れた声が零れた。


「……抑えきれなんだ。これ以上、この世界の歪みを封じることはできぬ」


 老人の言葉は、誰にも届かない。


 ――ただ一人を除いて。


 ロイズは村人たちの制止を無視し、老人へと近づいていった。


 恐怖はなかった。


 ただ、確認したかったのだ。


 三年間、誰にも信じてもらえなかった自分と同じものを、

 この老人も見えているのか。


 世界が壊れ始めていることを、知っているのか。


 老人も気配に気づき、ゆっくりと振り返った。


「……お前」


 しわだらけの顔が、わずかに歪む。


「見えておるのか。この歪みの、本当の姿が……」


 ロイズは短く息を吸い、小さく、しかし確かに頷いた。


 そのとき、遠くから誰かの叫び声が響いた。


「近づくな、ロイズ! 

 魔王に関われば、村は滅ぶぞ!」


 ロイズは振り返らなかった。


 老人の前に一歩踏み出し、まっすぐにその目を見つめる。


「俺は、爺さんが正しいってわかる」


 一瞬、老人は言葉を失った。


 長い間、誰にも理解されなかった男が、目の前の少年を見つめる。


 やがて、目元の皺が緩み、ほんの少しだけ笑った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

裂け目の正体、老人の過去、そしてロイズの力は、少しずつ明かされていきます。

よろしければブックマークして続きを追っていただけると嬉しいです。


表紙〈AIイラスト〉

挿絵(By みてみん)

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