04話 要求 『――――、亡者の宴の主催者との―――。』
表情が凍りついた二人に、壁に貼り付くことを止めてテオの隣に戻ってきたイーリスは不思議そうに首をかしげた。
「? 何か驚くようなことがあるっすか?」
「入れたモノを凍らせる、熱くするなんて事はどうでもいい。氷魔法か火魔法でなんともでもなる。ギルドのロビーで石を投げれば、その程度のスキル持ちは見つかる。
だが、どんな生き物でも長時間入れても平気だと?
大問題じゃねえか……」
ギルドマスターのうめき声にヴェルナーは深刻な表情で無言で頷く。
しかし、イーリスは何が問題なのか分かっていない。
「えっと? 何が問題なんでやんすか?」
問われて、ヴェルナーが答える。
「生き物の中には人間も含まれると言う事です。そうですよね?テオ君」
「試してないから『多分』って言葉は付きますけど。人間もいけるでしょうね」
「えっと?」
この場でイーリスだけが、その事が可能である問題を理解しきれていない。
見かねたキリクが説明する。
「テオは大量の人間をアイテムボックスに入れて、移動できるんだ。周囲からはたった一人、テオしか居ないように見えても、好きな場所に大量の人間を湧かせる事ができる。
つまりだ。その大量の人間が兵隊で、その好きな場所が敵国首都の中枢だったとしたら?」
「あ」
イーリスは気がついた。テオは頷いた。
「そう言う事。
俺は戦略兵器扱いは勘弁して欲しいから、人間を入れられるかも知れないって事は誤摩化していた。
けど、ドラゴンを殺した方法がアイテムボックスに入れておいての自然死じゃなくて、首の切断だからな。アイテムボックスに長時間入れて置くと死ぬって話は、嘘だと考える者が出てもおかしくない。
それにドラゴン一匹を丸々入れられる容量があることは現在進行系で大々的にバレてる。
オークションの商品で大体のドラゴンの大きさはわかるからね。【竜牢】なんて『竜のを生かしたまま捕らえた』なんて、そのものズバリな二つ名が広がったら、俺のアイテムボックスの容量の大きさは、最低でもこのドラゴン以上だって気がつく。
今、ギルドに教えたのは、俺のことを戦争の道具としか考えない組織から、ちゃんと守って欲しいからです。
ギルドの方が俺の危険性を分かっていないと、ちゃんと守れないと思ったからです」
テオはギルドマスターたるキリクを探るようにジッと見つめる。ギルドとという組織の為に自分を売るか否かを見極めようとする。
「なるほど……。それで先に火竜の吐息なんてモノを収納してるだなんて、厄介事を先に教えたわけか?」
キリクの問に、テオは無言で肩をすくめた。
テオを殺せば、テオのアイテムボックスに収納されていた火竜の吐息は無差別に解き放たれ、周囲は火の海に変わる。その為、危険性の排除の手段として暗殺は使えない。
しかし、ギルドがテオの存在を恐れて、国に引き渡せば戦が起こりかねない。
今は、数年前に終わった隣国との戦争が終わった今。しばらくの間は平和が続くであろうと言われている。
そんな中に、好きな場所に好きなだけの戦力を送り込める戦略兵器を手に入れたら、一つの好機にかけて安易な戦争を引き起こしかねない。
キリクは苦虫を噛み潰したような表情をしてテオに聞く。
「つまりこうか? お前はギルドに『自分の事を国から守って欲しい。国がお前の事を強硬に求めて来たら、他のアイテムボックス持ちにも再現可能だという情報をそっちに流してでも、ギルドは自分を守れと』
……つまりこういう事か?」
「ぶっちゃけるとそうなる。俺としても、ただギルドに守られるだけじゃ、あまりにも虫が良すぎるから、できるだけの貢献はするつもりだけど」
「本当に虫が良すぎる話だぞ。それは。
自分の身を守るためには、世界中を戦乱の世に叩き込んでも構わないっ事だからな」
「え?」
おどろきの声を上げたのはイーリスだけだ。テオは表情を動かすことは無かった。
「確かにそうなるんだろうね。けど、俺一人を生贄に捧げれば戦乱の世を回避できるわけじゃない。
アイテムボックスが戦略兵器として凄まじく有用だと知られれば、誰かが絶対に試し始める。
俺のアイテムボックスの能力は、他のアイテムボックス持ちにも再現可能なんだ。
ほんの少しの認識の違い。それだけでスキルなんてものはいくらでも変わるんだ。俺のアイテムボックスが真紅を身に纏う竜を捕まえる事が可能になるんだからな」
テオとキリクはにらみ合い、やがて先に溜息をついたのはキリクだった。
「はあ……。分かった。いいだろう。ギルドとしてお前を守ってやる。ギルド員を他の組織から守るのもギルドの仕事だがらな。
その代わり、お前もしっかりと働いてもらうぞ?」
「理不尽じゃない程度にならね」
テオも苦笑するかのかように、安堵の溜息を漏らした。
ほっとした空気が流れる中、イーリスは一人、どういうことかよく分からない表情をしていた。
「えっと? どうして、世界中を戦乱の世に叩き込む事になるんすか?」
イーリスの疑問に、テオが応える。
「俺が戦争で自国の兵隊を敵国の首都に連れて行くとするだろう? 初めは俺の事を隠すだろうが、何時まで隠しきれるモノじゃない。
バレれば隣国の多くは、俺を確保する事を目指すようになる。
俺が他の国に居たら、何時自分の国の首都が、他国の兵隊に陥落させられるか分かったもんじゃないからな。
俺はそんなモテ方はお断りだ。
で、俺はそんな事は嫌だから。俺一人が国に確保されるくらいなら、他のアイテムボックス持ちを育てれば、俺と同じ事ができるようになりますよって言ったんだ。
そうなると、俺と同じ能力を持ったアイテムボックス持ちが各国で育てられることになる。
中には実際に、敵国の首都を落とす国も出てくるだろう。一つの国だけじゃなくて、複数の国でそうなる可能性がある。
そうなったら、各国の信頼関係はズタボロ。
小競り合いを繰り返している国同士なら、互いに敵国の首都を落として、互いに国家の統治機能を崩壊させるかもしれない。
――ほら、世界中を戦乱の世に叩き込む事になるだろう?」
テオの言葉にイーリスは顔色を青くする。
「……テオさんはいずれ、大陸を揺るがすような存在になるかもしれないって言ったっすけど……。
そんな形でそうなるとは思っても居なかったっすよ……」
「俺としてもそうあって欲しくはないんだがな……」
テオはギルドマスターに視線を向ける。
「俺のアイテムボックスは、生き物を長時間入れる事はできないって事を公式見解にしてほしい。
ドラゴンの首を落としてワザワザ殺したのは、ドラゴンの生命力は有り余っていた為に仕方なくって形にすれば、ある程度は納得できる理由になるはずだ」
「それで人間の場合は『何時死ぬか分からないから、長時間は入れられない』という事にするわけですね?」
ヴェルナーの言葉にテオは頷く。
「ええ。そもそも俺は、人間をアイテムボックスに入れた事は無いし、これから先も入れる気はないです。
だから『どれくらいの時間、人間はアイテムボックスの中に入れられて、無事であるか』という証明はできないわけです」
テオの言葉にキリクは不満げに、鼻を鳴らす。
「ふん……。初めにお前が誤摩化した路線でギルドにも貫けという事か。
だがまあ、それが一番無難か……。
お前の容量のデカさは問題になるだろうが、兵隊を運べる事に比べたら遥かにマシだ。
だが、ギルドマスターとして一つ言っておく。他のアイテムボックス持ちに、お前の能力を教える事は禁ずるぞ。
生き物も収納できる事と、その容量のデカさ。その二つを、お前以外の者が兼ね備えるようになったら、いずれ、生きた人間を長時間入れておいても大丈夫だと証明されかねん」
「ま、それは仕方ないですね」
アイテムボックスの地位を向上させる為には、自分のアイテムボックスの育て方を教えるのが一番有効だと考えていたが、あまりにも地位が高くなり過ぎてしまう。残念だけど諦めざるをえない。
「それと。今の禁止に反するようだが、お前がどうやってその能力を得たのか、文書でギルドに提出しろ。
ギルドとしても、どうやってその能力を得たのか知っておかねば、対処ができん。
その文書はお前の身柄を守る交渉カードにもなる。
安心しろ。その文書は今から機密指定の文書になる。書き上がったら俺かヴェルナーに直接手渡せ。他の者にはギルド職員であろうと見せるなよ? ギルドとしてもその文書は俺が信用できると思う相手にしか見せない。存在している事すら、扱いには注意する」
「わかった。ちゃんと書くし、他の者には見せないようにする」
テオの了承に彼は満足げに頷く。そしてほぼ無関係であるのに、一部始終を聞いてしまったイーリスに視線を向ける。
「それから、今この部屋で話した事も機密指定だ。いいな?」
キリクの念押しに、イーリスはコクコクと壊れた人形のように頷いた。
◇ ◇ ◇
一度休憩を取ろうと言う事で、ヴェルナーの淹れてくれた紅茶を口にする。
傍に控えるように立っていたイーリスも、疲れ切った様子で勝手にソファに座り、カップを傾けている。
その場の者は誰も彼女を咎めようとしなかった。
劇場の控室に備え付けの紅茶は、この場所に相応しい高級品らしい。その場の者全員が、芳醇な香りを立てる紅茶を無言で味わっていたが、やがてキリクが口を開く。
「いくつか用があるといったが、実際にはこれから話す事が本題だったんだ。……何故かしらんが、世界の平和を守る重大な密談になってしまったがな……」
キリクは思わずぼやく。
「ギルドマスター……」
労るヴェルナーに彼は気を取り直すため、一つ咳払いをする。
「ともかくだ。テオよ。ギルドマスターたる俺が、ギルドの方ではなく、臨時オークション会場である劇場の方でお前と初顔合わせをしたのはな。
【竜牢】たるお前に会いたいと、希望している者がいるからだ」
「会いたいって……」
そんな事で……。と言いかけて言葉が止まる。ギルドマスターが面会を調整するような相手が、普通の者な訳が無い。
テオは表情を固くする。
「……相手は誰です?」
キリクは疲れたため息つきながら言う。
「……クリスタ・フォン・ゲディック様だ。
この街、ゲディックの街の領主であるゲディック伯爵の一人娘であらせられる」
「……なんで?」
テオは思わず間の抜けた様子で問い返した。
「知るか、俺の方が聞きたいわ。どうせお姫様のワガママだろう」
「ギルドマスター」
ヴェルナーのたしなめる声にキリクは、面白くなさそうに視線をそらす。
「ギルマスさんはそのお姫様と会った事、無いんすか?」
「あるにはある。だが伯爵様に会った時についでに挨拶する程度にしか知らん。今回の事もクリスタ様の使いがお前とここで会いたいと伝えてきただけだ」
「……ここでって? この劇場で? 自分の館に招待するとかじゃなくて?」
テオの疑問にキリクは頷く。
「ああ、オークションの後にでも直接お会いしてお話ししたいんだそうだ」
「……なんか、厄介事のような気がするんですが……?」
「厄介事だろうな。相手はこのゲディックの街で一番の権力者であるゲディック伯爵の娘だ」
テオは頭を抱える。
「何で、ドラゴンを倒したと思ったら、ドラゴン以上の相手が出て来るんだ……?」
「逃げると言う事もできんからな。ある意味ではドラゴン以上の強敵だろう。
だが、無礼な行いはできん。
何を期待しているのだろうな……。ドラゴンを倒したとはいえ、冒険者は所詮食い詰めものに毛が生えたようなものだろうに」
「ギルドマスターが言っていい事では……」
「は。俺だから言える事だろうが。ギルドマスターとなったからには多少はお行儀よくはしているが、俺だってただの荒くれ者とかわらんよ。
それをお偉いさん方は……。多少見栄えのいい肩書がついたからって、その肩書に相応しい素晴らしい人格者だと思っているのかね……」
ヴェルナーのたしなめに、キリクは肩を住めて嘆いて見せる。
テオにとっても他人事ではない。ドラゴンキラーという勇名がついたからと言って、人格者になる訳でもない。テオは自分の身を守るなら、世界を戦乱の世に叩き込んでも構わないと暗に言った人間だ。
テオはため息を一つ付いて、意識を切り替える。
「……まあ、会わないって選択が取れない以上、前向きに考えるしかないか。
それでそのクリスタ様っていうのはどんな人なんです?」
「そうだな、一言で言えば、深窓の令嬢。だな」
「……なんでそんな人がドラゴンキラーなんて、野蛮の象徴みたいな存在と会おうとしてるんだ?」
「だから分からんと言っているだろう!」
テオの疑問に苛立ち気味にキリクは言う。
「まあ、どうでもいい。クリスタ様にお前が会う時は俺も同席するし、ヴェルナーも側に控えている。
テオは、失礼が無いように気をつけていればいい。
多少マナー違反があったとしても、しっかり敬意を示しておけば問題無い。向こうもそこまでは期待してないからな」
「わかった。できるかどうかは分からないけど、借りてきた猫みたいに大人しくしていればいいんだな?」
「ちゃんと受け答えをしていればな」
最後の注意に、テオは神妙に頷いた。




