02話 図書室
図書室に入ると、すぐ側にあったカウンターに座っている女性と目があった。
彼女が図書室の設備管理の職員だろう。眠た気な目をした美人だ。テオを素早く観察しすると注意する。
「……この図書室はFランクの人は使用できませんよ?」
「いや、俺はEランクだ。ついさっきなったばかりだけど……」
テオは言って彼女にギルドカードを提示する。受け取った彼女は素早く目を通し、改めて細めた目でテオを観察する。
「――そう。あなたが今話題のドラゴンキラー……。こんな若い子だったのね」
そう気がついたのは二つ名のせいだろう。ギルド職員にはドラゴン討伐の顛末は知られているのだろう。ドラゴンキラーの名を出したのは、この図書室に他に人影が無かったからだろう。
「まあ、そうなんだが。Eランクになったばかりの者として扱って欲しい。ついさっきEランクになったばかりだがら、講習会もまだ受けてないんだ」
「そう。ではそうするわ。まず自己紹介しておきますか。私はナタリー。ギルド職員で、主にここの図書室の司書を務めているわ。
図書室の使用の注意点だけど、閲覧は図書室内でのみ可能。図書の持ち出しは全ての図書について禁止されている。
つまり貸出もしていない。ただし、書き写すことは許可されている。その場合、筆記用具の持ち込みは自由です。ペンとインクは図書室内で使用するのなら貸出もしています。ただし書き写す紙は販売となります。
図書室内は火気厳禁。飲食厳禁です。
図書を汚損した場合、事故や不注意ならば修復費用、もしくは弁償金を支払ってもらいます。
しかし、悪質な行為の結果、図書を汚損する。もしくは被害が大きい場合。弁償に加えて、ギルドから制裁もあり得るので図書の扱いには十分に注意を。
また。何か知りたいことがあるのならば、私に尋ねて下さい。それらの情報が記載されているだろう図書の捜索に協力します。
図書室内では静かにお願いします。あまり騒がしくするようでしたら、入室禁止措置も取りますのでご注意を。
以上で、大体の所は説明しましたが、何か質問はありますか?」
「それじゃあ早速だけど、アイテムボックスについて詳しく知りたいんだけど、それに関する本を探して欲しいんだ」
「わかりました」
ナタリーは席を立ち、本棚に向かう。図書室は非常に多くの図書が本棚に並んでいる。図書室自体も広い空間を使用しているようだ。
テオは彼女の後について行きながら、本棚に並ぶ図書の背表紙を見ていく。
「この図書室は普段、どんな目的で来る人が多いんですかね?」
無言で彼女について行くのを気まずいので、テオはそう聞く。
「そうですね。普段は狩場の情報を確認する方が多いですね。モンスターや採取対象の植物を確認することが多いようです。
次に多いのが魔法系スキル持ちが、新たな魔法を覚える為にやって来る事です。ここは魔法使いギルドの図書室に比べると上位魔法の本は少ないのですが、下位、中位の魔法の本はたいてい揃ってます。
ここで下位、中位の魔法を覚えて、更に上を目指して魔法使いギルドに所属するという方もいます。
もっとも早い内から本気で魔法使いとして大成したいと望む方は、ここの図書室を利用する前に魔法使いギルドの門を叩きますが」
「魔法……か……」
テオも魔法を使えない事はないのだ。昔、下位魔法の本を読んで訓練した事がある。
しかしそれなりに努力した結果は、一日に数度、ロウソク程の火を数秒間灯すだけで限界を迎えた。水もコップに一杯が精々だ。
テオには魔法にかんする才能は全く無い。魔法に頼るくらいならばアイテムボックスを使い倒した方が数倍マシだと、早々に見切りをつけた。
それでも魔法に対して憧れの気持ちも残っている事も事実だ。
「――アイテムボックスに関する本はコレくらいね。他にも調べたい事があったのなら聞きに来なさい」
と、ナタリーから数冊の本を渡される。分厚い本もあるがそちらはスキルを全体的に解説した本のようだ。
「正直な所、アイテムボックスに関してならば、それらの本の知識より、テオ君の方が詳しいと思うわ。アイテムボックスに生き物を入れられるなんて、貴方の報告書で初めて知ったもの」
「……俺についての報告書を読んだんですか?」
「ええ。テオ君はギルド職員の中では今、一番の有名人だもの。
できないとされていたことを覆してドラゴンを捕らえた。そればかりか、ドラゴンをも殺害した。
そんな人物の事を記した報告書は、本の虫たる私の、格好の標的よ」
彼女は笑って、カウンターに戻る。
テオは適当な席に陣取り、本を開く。
アイテムボックスのスキルははっきり言って、応用範囲があまりも広い。
それ故にテオは、自分が把握できていない能力がまだあるのではないかと考えていた。
今まではそれらを調べる方法は自分のアイテムボックスをいじくり倒す事だけだった。
他の者のアイテムボックスに対する考察も知りたいと、常々考えていた。
今まではそれらを知る機会などなかったが、冒険者ギルドの図書室ならばそれらを見つける手がかりがあるのはないかとテオは期待していた。
しかし複数の本を読み進める内に、テオは眉根を寄せる。
どの本も『アイテムボックスはマジックバックと同様の能力を持ったスキル』としか記載されていない。
本当にナタリーの言うとおりかと思いかけた頃。ある一文に目が止まった。
『アイテムボックスに、空から落ちてくる物を直接収納する瞬間を目撃した。
器用なものだ。
しかし、そのようなことをしてアイテムボックスが壊れたりしないものかと、私は彼に尋ねた。
彼は笑って答えた。アイテムボックスはスキルだぞ? マジックバックなら壊れるかもしれんがな。と。
確かに。と私はその時納得した。しかし後に思った。
彼はマジックバックなら壊れそうな勢いのある物を収納した事があるのかと。
しかし、その疑問に答えてくれる彼とは、それから会って居ない。
私は考えた。
マジックバックなら破壊してしまう勢いはならば、入り口から入り、中を通過し、底を突き破るのだろう。
ならば、アイテムボックスは入り口から底までどうなっているのだろうか?
何か勢いを和らげる藁でも敷き詰めれられているのだろうか?
しかしその疑問の解消は未だされてはいない。もう一度彼に会って話を聞きたいものだ』
――……。
なんだろう? 何かが引っ掛かる。テオのアイテムボックスの場合、内部は保管世界という広大な空間になっている為、どんな勢いだろうと底を突き破る事はない。
けど、ちがう。この一文のアイテムボックス持ちは、昔のテオのように箱として収納空間を持っていた人物のはずだ。一般的に考えるとその容量は一立方メートル程だろう。なら、底を突き破るのではないか?
しかし、それはないとテオは否定する。テオ自身も保管世界に至る前の頃、勢い良く動いている物を収納した事があったはずだ。その時なにも問題はなかったはずだ。少なくとも何があったという覚えがない。
いや、そもそも容量は関係の無いことなんじゃないか? テオは保管世界に意識を向ける。そこに浮かんでいる物体を観察する。
収納した時に勢いのある物は何だったかと考えて、保管世界内で最も目立つモノに意識の焦点を当てる。
それはドラゴンを排出したことで保管世界内の危険物第一位にランクインしたモノ。三発の火竜の吐息だ。
真っ白に輝く巨大な炎は保管世界の中でピクリともせずに動きを止めている。保管世界の中を移動しているわけでもない。
保管世界の保存の力によって収納した時の、勢いも止まっているのか……。
――いや待て。違うだろう。
納得しかけたテオは否定した。
テオはある実験をして見ることにした。
銅貨を一枚取り出すと、ナタリーに見つからないように、己の身体を目隠しにした場所に銅貨を落とす。
その銅貨が床に落ちる寸前、その先に門を開いて『落ちる勢いのある銅貨』を干渉すること無く収納する。
収納したばかりの銅貨を保管世界側から観察するが、ただの銅貨だ。保管世界内を動いている訳でもない。
その銅貨を再び取り出す。銅貨は手の中に静かに収まった。
――おかしくないか? 今、収納した銅貨は『落ちる勢いのある銅貨』だ。なのに出した銅貨は『落ちる勢いの無い銅貨』になっている。
『落ちる勢い』はドコに行った?
よくよく考えてみると今までも、同じ事を何の疑問も抱かずにやっていた。
けど気がついてみるとおかしい。
収納したはずの『落ちる勢い』がどこかに消えているのだ。
収納した時点で時が止まり、炎すら収納時の姿で排出できるのに、『落ちる勢い』だけが収納時の姿で排出できないのはおかしい。
ならばドコに行ったのか。答えは一つしかない。アイテムボックスの中だ。
目録索の目録全てを開く。あるはずだ。
『スキルとは使い手の認識次第でいくらでも変わる』
今まで気がついて居なかったが、気がついた以上、収納しているモノの記載漏れなど目録索にあるはずがない。
傍目から見ればテオは開いた本に視線をむけたまま動きを止めている。しかし、必死になって目録に記載されている大量の項目に目を通す。
やがてテオは、今まで見た事の無い項目を発見した。
E49083109850291
「鑑定」
その項目に触れてのテオの小さな声に、その謎の項目は内容を明らかにする。
E保管世界の収納存在が保有するエネルギーの総和。
通常排出の際、収納時に保有していた運動エネルギーを0として排出。
当項目を発見の後、任意にて以下が可能となる。
・両方法排出の際、収納時に保有していた熱エネルギーを0としての排出。
・門方式排出の際、現実世界門面に対して垂直に運動エネルギーの付与。
・両方法排出の際、熱エネルギーの付与。
それらの付与の際、エネルギーの上限は当項目の数値。
もう一度、テオは銅貨を落とし、床に当たる寸前で門にて『落ちる勢いのある銅貨』を収納する。
『E』の項目の数値に変化は無い。けれど、ほんの僅かに増えた気がした。
その数値に現れる事のない微小な増加分を運動エネルギーとして付与する。感覚としてしか認識できないが、確かに銅貨の収納時の僅かな増加分だけを付与できた。
収納時と同じ床に開いた門から排出された銅貨は、ひとりでに跳んで出た。
真上に跳んだ銅貨は収納時に落とした高さで、勢いを失う。
テオはまた落ちる前に銅貨を掴んだ。