09話 カエル狩りへの出発
依頼の日がやって来た。
テオは朝早くから冒険者ギルドにはよらず、北門の前に直接足を運んだ。
確か、この門の前にギルドの馬車があると聞いているが……。
テオはきょろきょろと周囲を見回し、数台の馬車が停まっている場所に見知った顔を見つける。
「あ、テオさん。こちらですよー」
ギルド受付嬢ヘレンの手招きにテオは小走りに向かう。
「ヘレンさん。受付の仕事はいいんですか?」
「私はギルド職員であって受付専門ではありませんよ?」
彼女は苦笑交じりに否定した。
「私がここに来たのは、馬車の手配や同行する方の出発時の確認です。私が同行する訳ではありませんよ?」
「ああ、なるほど」
それで彼女の服装は受付にいる時と変わらないわけだ。
彼女は馬車のそばで話していた者の一人を呼んだ。
「カールさん。ちょっとこちらに」
「どうしたヘレンさん」
「先程お話をしていた捕獲担当の方が来ましたので紹介を。カールさんこちらがポイズントードの捕獲担当のテオさんです。
テオさん。こちらが、今回のポイズントードの捕獲部隊『蛙狩り隊』の隊長を務めていただくCランク冒険者のカールさんです。蛙狩りの経験豊富な方ですからわからないことがあったら彼に聞いて下さいね」
「カールだ。よろしく頼む」
「テオです。こちらこそよろしくお願いします」
二十代後半だろう男性に手を差し伸べられ、テオは握手を交わす。見た目だけではなく、硬い手のひらに歴戦の冒険者だと想像させた。
「まずはこれがオレのステータスカードだ」
と、カードを見せられる。
本当に冒険者同士はカードを見せ合う習慣があるようだ。テオは諦めて自分のカードも彼に見せる。
ギルドランクC
名前カール
種族人間
性別男
年齢26
ステータス
STR6
VIT7
DEX7
AGI6
INT5
LUK6
スキル
弓術 Lev.8
DEX上昇 Lev.7
剣術 Lev.5
毒耐性
身体強化
「毒耐性? 珍しい……」
珍しいスキルだ。耐性系のスキルは種類が豊富な割に持っている者が少ないスキルだったはずだ。
「話しには聞いては居たが、本当にアイテムボックスしか無いんだな……」
呆れとも感心ともつかない声でカールは言った。侮っている様子は無いのでテオはなんとも思わなかった。
互いにカードを返すと、テオはヘレンから二本の小瓶を渡される。
「テオさんこれをどうぞ」
「? これは?」
「蛙狩りに参加なさる方に二本つづ支給している解毒ポーションです。資料にもあった通り、ポイズントードは粘液に毒を持っています。即効性はありませんが、放置していると呼吸困難で死に至りますので。
粘液に触れてしまったら洗い流した後に一本飲んで下さいね。死にますから」
ニコニコと笑顔で忠告を受けて、テオは頷く。
「分かった。注意する」
やはり危険な依頼なのだとテオは改めて思う。解毒ポーションをアイテムボックスに収納する。
「テオよ。お前さんがモンスターを生きたままアイテムボックスに入れられるって話は聞いてる。だが今回同行する連中の中には、話しに聞いただけじゃ納得できないって奴も多くいる。
だからお前さんにはまず、門を出たら適当なモンスターを一匹、無傷であの檻の中に捕獲してもらう。構わないな?」
カールが指差す馬車の荷台には一辺が一メートル程の鉄の檻が、いくつも積まれていた。その馬車が五台ある。
「それは構わないですけど……。一体何匹のカエルを捕まえる予定なんですか?」
テオの疑問にカールは肩をすくめる。
「檻の数と同じ三十匹だそうだ。これだけの数を捕まえるなら、本当なら今回集まる倍の人数と、人員輸送用の馬車が必要になるんだがな……」
と文句の視線をギルド職員であるヘレンに向ける。
「その大量の人員と輸送馬車が必要になるのは、捕獲の際に多くの方が毒を受けて動けなくなるからです。
今回はテオさんが捕獲を担当するので、他の方々の仕事は行き帰りの護衛と、捕獲の際の彼の補助です。今回は毒を受ける可能性はかなり低くなりますよ?」
「それは彼が、本当に無傷でモンスターを捕獲できたらの話しだろう? それが無理だったら、この部隊は無駄足になるんだ。
テオ。そういう訳だから期待してるぞ」
言って彼は馬車の方に話し合いに戻る。
「……信用されていないようなきがするんだが……」
「それは仕方がありませんよ。テオさんはFランクですから」
「ヘレンさんは……と言うかギルドは俺の事を信用しているんですか?」
「貴方をいうよりも、貴方のスライム狩りに同行したギルド職員と、ストークベアー討伐の際の多く目撃証言を信用しているのですよ。
少なくともモンスターを生きたまま捕らえ、好きな場所に出す事はできるだろうとギルドは見ていますから」
「なるほど」
なかなかシビアな見解だ。
「信頼は積み重ねるしかありませんから、その証がランクです。がんばってくださいね」
「……了解した」
ヘレンの激励を受けて、テオは蛙狩りの部隊に合流する。
今回同行する冒険者たちと挨拶を交わしていく。彼らのランクはDもしくはEランクで、Eランクの方が多い。
と。テオは声を掛けられた。
「あ。やっぱりテオさん」
振り返ると、三下口調のハーフエルフ少女のイーリスがいた。
「あれ? イーリスもこの仕事か?」
「そうでやんす……。
いや、仕事と言うよりも、懲罰なんでやんが……」
「懲罰?」
少女は肩を落として頷く。
「今回、ほぼタダ働きなんでやんすよ。毒ガエルの捕獲はキッツイので勘弁して欲しかったっす……」
「ああ、ストークベアーのか。
けど今回は俺が捕獲担当になるから、毒にかかる可能性は低いと思うが?」
「話は聞いてるっす。けど、捕獲の補助で檻の上げ下ろしとかは私達の仕事になるらしいんすよ。私は足の速さには自信があるっすけど、力の仕事は役立たずっすよ?」
「? 檻の上げ下ろし?」
「そうっす。カエルを入れる為に檻を地面に下ろして、蓋開けて、カエルを入れて、蓋閉じて。その後また荷台に積み込むっす。檻だけでかなり重いのに、カエルを入れたらもっと重くなるっす。しかも毒に掛かる可能性もあるし……。今から憂鬱っすよ……」
「いや、檻の上げ下ろしなんで必要ないだろ? 荷台に載ってる檻の中に直接カエルを出すんだから」
「――あ。あー。そうっすね。それならこのお仕事は結構ラクチン?
流石、テオさんでやんす!」
曇っていた表情は晴れ渡り、イーリスは笑顔でヨイショする。
何故流石と言われるのかよく分からかったが、楽しそうな彼女に水を差すのは止めておいた。
蛙狩り部隊は人数が揃ったようで、出発する。
しかしそれはまず一台だけだ。テオはカールと一緒に檻を載せた馬車より先行して、北門を出る。一台しか馬車が出ないのは、モンスターの捕獲を実演するためだ。
もしもテオがモンスターの捕獲ができないとなれば、わざわざ多くの馬車を街から出す必要が無い。
テオのモンスター捕獲に疑念を持つ多くの冒険者たちも、一緒に北門から出てきた。
北門の外にも、他の門よりは少ないとはいえ、スライムとキラーラビットが湧いている。
「キラーラビットでいいんですかね? スライムだと檻の隙間から出てきそうで嫌なんで」
「ああ。兎で構わん」
腰の剣に手をのせたままのカールは頷く。
テオは近づいてくるキラーラビットに手を伸ばす。
「収納!」
その瞬間。キラーラビットは姿を消す。
「っ!」
驚きに息を呑むカールを無視して、テオは付いてくる馬車の檻に手を向ける。
目標地点は檻の中。門を檻の中央に位置させた。
「排出!」
テオの言葉と同時に完全に閉じられている檻の中に、キラーラビットが出現した。キラーラビットは己の状況が理解できなかった様だが、囚われたと気がつくと錯乱して檻に体当たりを始める。
「――とまあ、こんなもんなんですけど……。捕獲担当には十分ですよね?」
「……あ、ああ。十分だ。十分すぎる」
驚きから意識を取り戻したカールは頷いた。
「うわー。マジで鮮やかっすね……」
知り合いと言う事で、テオと組む事になったイーリスは暴れるキラーラビットを見ながら声を上げる。
他の面々も、唐突に檻の中に現れたキラーラビットにあっけに取れられている。
「よし。では改めて出発する!」
カールの宣言に六台の馬車がゲディックの街を出発する。馬車の内一台は檻ではなく、馬の大量の飼い葉と、人間用の食料と野営道具を載せている。
ゲディックの街の北門から出て、山と森を超える道の先、馬車で片道丸一日の沼地。そこが目的地だ。
テオは馬車列の中ほどのに位置する馬車の後部に腰掛けている。テオの仕事はポイズントードの住処である沼地についてからだ。それまではのんびりしていられる。
道中の護衛担当として期待されているのであろうイーリスも何故か隣でノンビリしている。
「なんでお前さんも俺の隣に乗ってるんだ? 護衛担当じゃないのか?」
「まあまあ。私は馬車の全体の護衛じゃなくて、テオさん個人の護衛担当だと思えばいいんすよ。
何せテオさんに何かあったら他は全部無事に辿り着けても、何もできずに引き返す事になるんすから」
「俺担当の護衛ねぇ」
確かに彼女の屁理屈には一理ある。しかし、疑問がある。
「なあ。イーリスのスキル構成は速さで相手を撹乱して、その隙きに倒すって構成だろう? 他の人を護衛できるのか?」
「あー……それは……」
視線を空に向け、彼女は口ごもる。
「うん。なんとかなるっすよ!」
「なんとかならなかったら、被害を受けるのはそんな護衛を頼った方になるんだが?」
半眼で見てやると、イーリスは下手くそな口笛を吹いてごまかす。
テオはため息をついた。
「まあ、いいさ。俺の場合は大抵の相手なら、なんとかなると思うし」
「……テオさん。ものすごい自信ですね……」
呆気にとられるイーリスだが、言われるテオにしてみれば不思議な気分になってくる。
「いやそう言われてもな。俺個人からしてみると、たいていのモンスターはアイテムボックスに入れてしまえばなんとかなるモノばっかりだし。
まだ試した事は無いけど、人間だろうとアイテムボックスに入らないとは思えないし。
となると、俺にとって脅威となる相手っていうのは、一体どういう相手なんだって話しにまずならないか?」
「あー……。例えばとっても素早い相手でアイテムボックスに入れられない相手とかでやんすか?」
「ま、そうだな。すばしっこい奴にまとわりつかれると結構マズい。けど、そういう相手ならイーリスが得意だろう? イーリスがすばしっこい奴を撹乱してくれれば本当に大抵の相手なら、なんとかなるんだよ。
そういう意味では俺にとってはありがたい話しなんだがな」
言われた言葉を理解できなかったようでイーリスはぽかんとテオの顔を見た。しかし、理解するにつれてニンマリと笑顔になっていく。
「イヤー。わかってるでやんすよ。はじめからそのつもりだったでやんす。
いやー、適材適所というやつでやんすなー」
調子のいい彼女はバシバシとテオの背を叩く。
「まあ、私は冒険者としてはテオさんの先輩に当たるわけっすから?いろいろと頼りにしてくれていいんすよ?」
「先輩ねえ……」
確かに一度はDランクにまで登ったイーリスは冒険者の先輩だ。年上でもあるので、先輩である事には一切偽りは無い。
しかし、本当に頼りにして良いのか、不安に思ってしまう相手であることも確かだ。
背を叩かれて痛かったので、仕返しがでらに、テオはイーリスに聞く。
「そうじゃあ、その先輩に聞きたい事があるんだけど、
前に聞こうとして忘れてたんだけど、どうしてストークベアーに追いかけられていたんだ?」
「うっ……。ソレは忘れていてくれた方が良かったっす……」
「頼りにしていいんだろう?先輩?」
「う。テオさんは意地悪っすね。
まあ、いいっす。とはいえ、そんな大した理由では無いんすよ?
依頼で森の中にある薬草を探しに行ったら、ストークベアーに鉢合わせたってだけっす」
「なんだ。本当に大した理由じゃ無いんだな……」
「いままあそうなんすけど……。
ちょっとおかしいっすよ。あの森には結構な頻度で入ってるでやんすが、ストークベアーがあんな森の浅い場所に居るなんて聞いた事も無かったっすから」
「? ギルドから昔、ストークベアーを狩る事が流行ったとか聞いたから、森の浅い場所に居ると思ってたけど、違うのか?」
「違うっすよ。あんな街の近くにはストークベアーも近寄らんでやんす。
それにストークベアーが居るって知ってたら、熊よけの道具を用意してたでやんすよ!
正直、あの時はマジで死ぬかと思っていたでやんす……」
「あれには俺もびびったよ……」
お互い、ため息を付く。
「まあ、話しを変えるでやんす。
テオさんはどうして冒険者になろうとしたんでやんすか?
正直、アイテムボックス持ちは行商人とかになるのが多いと聞いた事があるんすけど、テオさんはそっちの方は考えなかったんでやんすか?」
テオは肩をすくめる。
「残念ながら。そっちの方のツテは無かったよ。
俺は親兄弟とは折り合いが悪くてね。農家の三男坊だし、畑は長男が継いだ。
仲の悪いクソ兄貴にこき使われる一生を送る位なら、冒険者になった方がまともな生活が送れると思ってね。村からゲディックの街にやって来たんだ。
そういうイーリスはどうして冒険者に?」
「私はこの街ではないでやんすが、孤児院出身でやんすから。孤児にはまともな仕事なんて無いんでやんす。孤児院出身の小娘にできる仕事なんて、娼婦か冒険者ぐらいなもんで。
さすがに娼婦になるのは勘弁なので、冒険者になったでやんす。冒険者になれば、取りあえずは食いつなげたでやんすから」
あっけらかんとイーリスは言う。ドコにでもある話だ。
「ドコも世知辛いもんだな……」
「全くでやんす……」
二人は揃って暗いため息を漏らした。