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第七話 大坂の陣 ― 戦国最後の炎と木曽家の選択 一

慶長十年。

徳川家康が江戸に幕府を開いてから数年。日本は表面上、平和になっていた。

しかし、俺には分かっていた。まだ完全な平和ではない。戦国という時代の亡霊が残っている。

その中心。大坂城。豊臣家。

「秀頼様は、まだ健在」

家臣が報告する。

俺は頷いた。

「そうだ」

豊臣秀吉が築いた巨大な権威。多くの大名にとって豊臣家はまだ特別な存在だった。

特に関ヶ原で敗れた西軍側の者たち。彼らにとって、大坂城は最後の希望になり得る。

俺は江戸屋敷で考えていた。前世の歴史では大坂の陣で豊臣家は滅亡する。

徳川幕府の支配は完全になる。

しかし、問題はそこではない。木曽家がどう見られるかだった。

大坂方につけば徳川から敵と見なされる。

徳川方で大きな功績を上げれば、今度は豊臣恩顧の大名から警戒される。

「目立たず、しかし必要とされる」

それが俺の基本戦略だった。


慶長十九年。

ついに事件が起きた。方広寺鐘銘問題。豊臣家と徳川家の関係が悪化。

家康は動いた。大坂攻め。戦国最後の大戦。多くの武将が覚悟を決める。

「殿」

家臣が尋ねる。

「我らも出陣でしょうか」

俺はしばらく黙った。年齢を重ねた身体。だが頭はまだ動く。

「出る」

家臣たちは頷く。俺は言った。

「しかし、功名を求めるな。勝つためではない。徳川の世を支えるためだ」


大坂冬の陣。徳川軍。圧倒的兵力。豊臣軍。浪人衆を中心とした精鋭。

真田幸村。後藤又兵衛。長宗我部盛親。歴戦の武将たち。

俺は彼らを見ていた。

「最後の戦国武士たちか」

胸の奥が少し痛む。前世ではテレビや本でしか知らなかった英雄たち。今、同じ時代にいる。敵として。

俺は戦場で真田幸村と直接戦うことは避けた。理由は単純。危険だから。尊敬していたから。

「優れた武将ほど、正面から戦う必要はない」

それが俺の考えだった。


冬の陣。大きな決戦は避けられた。大坂城の堅固さ。豊臣軍の士気。

徳川軍も簡単には攻め落とせない。家康は和睦を選ぶ。俺は知っていた。

これは終わりではない。時間稼ぎだ。家康は必ず次を考える。

「城をどうするか」

それが問題だった。


江戸。戦の合間。俺は家康と面会した。家康は老いていた。しかし、目の鋭さは変わらない。

「木曽殿」

「はい」

「大坂はどう見る」

試されている。俺は答えた。

「豊臣家は、もう天下を争う力はございません。しかし」

家康が見る。

「人心は残っております」

俺は続ける。

「城を残せば、再び旗印になる可能性がある」

家康は黙った。

「だから滅ぼすべきか」

「……はい」

俺は静かに答えた。

「ただし」

「?」

「豊臣を憎む形ではなく、時代の終わりとして処理すべきかと」

家康は長く沈黙した。そして「やはり貴殿は面白い」と言った。


慶長二十年。

大坂夏の陣。最後の決戦。豊臣軍は必死だった。

真田幸村 彼の最後の突撃。徳川本陣への猛攻。歴史に残る戦い。

俺は遠くから見ていた。

「見事だ」

敵ながらそう思う。しかし、時代は変わる。個人の武勇で天下を動かす時代は終わった。

組織。制度。政治。それを作った者が勝つ。徳川家康は戦国最後の勝者だった。


大坂城落城。豊臣家滅亡。戦国時代 完全終了。多くの武将が消えた。

しかし、木曽家は残った。義昌は木曽福島城へ戻った。

城下を見る。平和。農民が田を耕す。商人が道を歩く。戦のない日常。前世の自分が求めていたもの。

普通の暮らし。それが今、領地に存在している。


その夜、俺は家臣たちを集めた。

「これからの戦いは刀ではない」

家臣たちは不思議そうに見る。

「では何で戦うのでしょうか」

俺は答えた。

「信用。政治。領民の暮らしだ」

江戸時代。武士の役割は変わる。戦うだけではない。治める者になる。


数年後。木曽義昌は正式に徳川幕府の中で地位を確立した。家康は亡くなった。

二代将軍秀忠の時代へ。幕府は安定へ向かう。

俺は思う。

長い旅だった。

58歳で孤独死した男。誰にも看取られず終わった人生。

しかし、今 自分の周りには家臣がいる。領民がいる。家族がいる。未来がある。

「俺の勝ちだな」

誰にも聞こえない声で呟く。天下を取ったわけではない。日本史に名を刻んだわけでもない。

だが最も大切なものを守った。

家。土地。人。

しかし、俺の本当の最後の仕事はまだ残っていた。

江戸幕府という巨大な制度の中で木曽家が何代も続く仕組みを作ること。

戦国武将から江戸時代の大名へ。

木曽義昌 最後の戦いが始まる。

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