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第六話 関ヶ原 ― 小さな木曽家、大きな決断 ―

慶長三年。

豊臣秀吉、死去。天下を支配していた男が消えた。

その瞬間。日本は再び不安定になった。

大坂城。伏見城。各地の大名屋敷。

そこでは毎日のように密談が行われていた。

誰につくか。誰を敵とするか。誰が次の天下を握るか。


俺は木曽福島城で静かにその報告を聞いていた。

「ついに来たか」

家臣が尋ねる。

「殿……徳川様が動かれますか?」

俺は頷いた。

「動く。しかし、まだ天下を取りに行く姿は見せぬ」

家康は慎重だ。焦らない。敵が動くまで待つ。

それが徳川家康という男だった。


俺は知っている。関ヶ原は避けられない。豊臣政権は、秀吉という柱を失った。

残ったのは、巨大な組織とそれを支えるには弱すぎる後継者。

時代は変わる。


しかし、木曽家にとって問題は別だった。

「どちらにつくか」ではない。

「どう生き残るか」だった。

東軍。徳川家康。

西軍。石田三成。

どちらも巨大な力。

小大名が正面から選択を誤れば、家は終わる。


俺は家臣を集めた。

「我らは徳川様につく」

家臣たちがざわめく。理由は分かっている。しかし不安もある。

「もし西軍が勝てば?」

その問いに俺は答えた。

「勝つ側を予測するだけでは足りぬ。勝った後、誰が大名を残す世を作るかを見るのだ」

家康は大名を完全に消す男ではない。秩序を作る男。

木曽家に必要なのは、その秩序だった。


慶長五年。

家康、会津征伐へ。

上杉景勝。直江兼続。豊臣政権への反抗とも取れる動き。家康は軍を東へ向けた。

そして石田三成が動く。

「今こそ徳川を討つ」

西軍決起。天下分け目の戦いが始まった。

俺は決断した。普通の武将とは違う動きをする。

「全軍を出すな」

家臣が驚く。

「殿!徳川様に逆らうつもりですか!」

俺は首を振る。

「違う。我らの役目は勝利を決めることではない。勝った後、木曽家が残ることだ」


俺は少数の兵を率いて東軍に合流した。

大軍ではない。派手な武功も狙わない。しかし、重要な役割を果たした。

信州木曽谷。中山道。そこは東軍にとって重要な経路だった。

補給。移動。情報。俺は地理を利用した。

「戦場ではなく、道を制する」

それが俺の戦いだった。


家康は報告を受けた。

「木曽殿、兵数は少ないですが、動きは的確です」

家康は頷く。

「やはりな」

側近が尋ねる。

「以前から何か感じておられたのですか?」

家康は答える。

「木曽殿は勝利を求めておらぬ」

「では?」

「存続を求めておる」

家康は笑った。

「だから信用できる」


関ヶ原。

慶長五年九月十五日。

天下を決める戦い。霧の中。東軍と西軍が激突した。

石田三成。小西行長。宇喜多秀家。大谷吉継。小早川秀秋。そして徳川家康。

歴史通り。戦いは東軍優勢へ傾く。

しかし、俺は違う場所にいた。戦場の中央ではない。後方。補給と情報管理。

「戦は前線だけではない」

前世で会社員だった経験。組織では現場だけでは勝てない。

管理。補給。情報。それが勝敗を決める。


昼過ぎ。小早川秀秋の裏切り。西軍崩壊。勝敗は決した。徳川家康 勝利。


戦後、家康は諸大名を評価した。俺も呼ばれる。

「木曽殿」

「はっ」

「此度の働き、見事であった」

俺は頭を下げる。

「恐れ入ります」

家康は続けた。

「何か望みはあるか」

普通なら領地拡大。加増。官位。名誉。

しかし、俺の答えは違った。

「木曽谷を守らせていただきたい」

家康は少し驚いた。

「それだけか」

「それが全てにございます」

家康はしばらく黙った。そして「よい」と言った。


慶長八年。

徳川家康。征夷大将軍。江戸幕府成立。新しい時代が始まった。

戦国の終わり。江戸時代。俺は江戸へ向かった。そこで見たもの。新しい政治の形。

大名を完全に滅ぼすのではなく幕府の秩序の中で管理する。

「これなら」

俺は思った。

「木曽家は残せる」

しかし、まだ安心はできない。

徳川幕府は始まったばかり。外様大名への監視。領地替え。政治的な駆け引き。まだまだ危険はある。

そして、俺も年齢を重ねていた。前世では58歳で死んだ。今の自分はその年齢を超えている。

「人生は延長戦だな」

俺は笑った。


江戸城。家康との面会。家康は言った。

「木曽殿」

「はい」

「貴殿は不思議な武将だ」

俺は微笑む。

「そうでしょうか」

「多くの者は天下を見た」

家康は続ける。

「しかし、貴殿は百年後を見ていた」

俺は黙った。未来を知っていること。それを家康は知らない。だが、この男には何か見抜かれている気がした。

「家を残す」

それだけを考えた男。それは結果として最も長く続く道を選んでいた。しかし、物語はまだ終わらない。


江戸幕府は始まった。だが、木曽家が本当に生き残るには、大坂の陣。徳川家康の死後。幕府成立後の政治。江戸時代という新しい社会への適応が必要だった。

木曽義昌 最後の戦いは戦場ではなく平和な時代の政治だった。



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