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ジーン・ラッピンは、もうかれこれ数分の間ウィングチェアの上で押し黙っているアイブリー準州前代表に対面し、緊張の面差しで彼の口が開くのを待っていた。
前代表の手には、既に目を通し終えた〝現準州代表エヴェリーナ・ノヴォトナーの親書〟がある。親書は現代表が手づからラッピンに託したもので、直接、前代表に手渡した。
親書に目を通した前代表は〝現代表の使者〟であるラッピンに幾つかを質問した。
ラッピンは質問に応える形で、中部都市圏における防衛軍の活動の実態とそれに因って顕在化した〝地球・統監府とアイブリー政府、それに防衛軍、それぞれの間の隙〟について、自分の知ることを包み隠さず伝えている。
それは、先に現代表に面会した際に伝えた内容であったが、前代表にとっては〝自身の持つ情報との照合〟に過ぎない様子だった。
だからもう伝えるべきことは伝え終えており――彼女の伝えた内容は、前代表も委細承知していた様子であったが…――、前代表トマ・サンデルスは十分に判断が可能で、〝決断しようと思えば〟決断することが出来るはずだった。
ラッピンは〝決断〟を待っていた。
「君が私のところにきた真意がわからない」 トマ・サンデルスは漸く口を開いた。「君は連邦国務省の職員で、私は政界を引退した身だ」
トマの語り口はいっそ洒脱だったが、その目は笑っていなかった。
ラッピンは真っ直ぐに前代表を見返した。
「私はアイブリーの市民でもあります。閣下は〈前代表〉で、保守党の内外にいまだ影響力をお持ちでしょう」
トマは「それは買い被りだ」などと言わなかった。
彼は安楽椅子の上で姿勢を直すと、両手の指を組み、身を乗り出すようにして訊いた。
「エヴェリーナ・ノヴォトナーは進歩党を纏め切れるか?」
「必ず」 ラッピンは肯く。
「オーレリアン・デュフィの解任に踏み切る?」
「ええ」 これにも肯き、キッパリとした口調で返す。「彼女は軍の政治への介入を望んでいません」
卓上の『親書』にはオーレリアン・デュフィの司令官解任と戒厳司令部の刷新の意が認められており、準州代表のこの決断に、前代表であり保守党の重鎮であるトマ・サンデルスの理解と賛同を期待する旨が記されている。つまり、超党派の強力な政治主導による事態の収拾に、保守党の領袖として党勢を主導することへの打診である。
元々アイブリー防衛軍は、地球追従で内政志向の進歩党政権よりもフェルタにおける独自の軍事的影響力の必要性を認める保守党に親和的だった。伝統的に軍上層部は保守党と強く結びついており――所謂〈守旧派〉と呼ばれる存在がそれ…――、無論、トマは旧知である。
一方、現政権を担う進歩党は、サローノ・ファテュ郡への部隊派遣を機に発言力を増した中部都市圏司令部の若手幕僚らを積極的に政権に登用していた。――これは、派遣部隊が当該軍管区の諸隊から選抜されたことが大きい。彼らを〈新知派〉という。
エヴェリーナ・ノヴォトナーは防衛軍内における守旧派の影響力を嫌って新知派を重用したが、中部都市圏に非常事態が宣言されて以降、彼らは状況を収めるどころか、むしろ悪化させている。政府も進歩党も、現在の新知派のこのような状況は、誤算だったろう。
それで進歩党指導部は、筋書きは変えずに配役を変えることにしたわけだ。
舞台はミスキャストで溢れている。誰もその役を望んだわけではないにも関わらず。
救いのない話である。これが〝我が邦〟の文民統制ならば、お寒い限りといえよう……。
とはいえ、混乱する現下において、軍守旧派へのチャネルを期待できる人選がトマ・サンデルスというのは妥当であった。
一つ息を吐いたトマは『親書』を封筒に戻すと、それをサイドテーブルの上に置いた。
「――しかしこれは、統監は与り知らないのだろう?」 ラッピンの目を覗き込む。
ラッピンは平静を装い、敢えて真っ直ぐ見返した。
「私は連邦国務省の職員で、統監府の〝プロパー〟ではありませんので」
トマは鼻を鳴らすと、小さく身を起こした。
「では、これは明らかな越権ということになる」




