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非番のその日、ラファエル・サンデルスはアビレーでの一族の住まいである、富裕層街区でも指折りの高級集合住宅に祖父を訪ねていた。
ベアタの妹エンマの件で彼なりに手を尽くしてみたものの、結局、サンデルスは祖父の政治力を頼るしかなかったのだ。――あの日以来ベアタはオフィスにも姿を見せず、会えないでいる。
玄関の重たい樫の扉が開くと、面識のない執事に迎えられ、少し気まずく感じることとなった。ここを出てからもう4年が経つ。祖父・父の2代に仕えてくれた先代――よく可愛がってくれた…――は、もう引退したのだろう。仕方がない。
ラフの来訪は予め伝えられていて、新しい執事は完璧な対応でラフを迎え入れてくれた。
玄関を兼ねた吹き抜けの階段ホールの右手脇から、居間へと案内される。
掃除の行き届いた邸内は、少しも変っていなかった。
19世紀欧州のタウンハウスを模した古いスタイルの、両隣と外装を持たない構造壁で接続され1棟に連なる〝連続建て住居〟は、ラフの生家であり、大学を卒業するまで…――地球へ留学した1年間を除き――ここで育った。
ミューズハウスの壁の裏に在る〝秘密の抜け道〟――自分が生まれる前の改築で造り出され、その後に忘れ去られた…――も知っている。恐らく、これの存在を知っているのは自分と姉のルイ-ズだけだ。
「ラファエル――」
座卓の上に置かれた小さな花瓶――それは子供時分に、彼が床に落として欠けさせてしまったものだ…――に手を伸ばしたりしてひとり待っていると、祖父ではなく祖母クリステル・マルチェが、満面に親愛の笑みを湛えて現れた。
「ようやく帰ってきた。さぁ、よく顔を見せてちょうだい」
両腕を伸ばすようにして近付いてきた祖母に、ラフは花瓶を元の位置に戻し、苦笑の浮いた顔を向けた。
「大袈裟だな、おばあちゃん。同じアビレーに生きていますよ」
「だってあなた、この4年間、1度も顔を見せにこなかったでしょ。〝あなたの父さま〟も似たようなものだけれど、あなたは唯の一度も、よ……。ずいぶんと悪い子になりましたね」
そう言って、祖母は聞き分けのない子供を諭すように小首を傾げて見せる。
「ごめんなさい。ほんとに忙しかったんです」
孫の方はとりあえず畏まってみせつつも、笑みを浮かべて弁明を試みた。「……特別捜査官なんですよ、これでも」
だがそれは祖母の持論を誘っただけだった。
「それです。あなたには〝犯罪者と向き合う仕事〟は向きません。そんなお仕事、今すぐ辞めるべきです…――」
――これを〝藪蛇〟という……。
4年前、大学卒業を前に「公安調査部捜査官になろうと思う」と打ち明けたとき、さんざん話し合ったことがぶり返されそうな気配に、ラフは、慌てて今日の来訪の趣旨に戻るよう、話題を転じた。
「……あの、それでおじいちゃんは?」
ありがたいことに祖母は、極まり悪そうな孫の表情に小さく溜息は吐いたものの、それ以上我を通すというようなことはしなかった。
「おじいさまは客間に居ます。でもこの後すぐに来客があるから、あなたはその後」
客間は〝ハウスの共有庭園〟の見える2階にある。現在はもう政界から身を引いているが、相変わらず来客が絶えぬ身らしい。
「……待ちます」
ラフは肯いて応じてた。
と、そのとき来客の気配があって、階段ホールの方に視線をやると、先の執事に2階へと案内される客人の姿を見た。
おや、と、ラフの眉根が寄った。
ブルーグレーのスーツを着こなす、小麦色の肌の美貌の女性の横顔には見覚えがある。
「――お知り合いかしら?」
孫の表情の変化にそっとそう訊いた祖母に、ラフは曖昧に応える。
「ええ。……職場で何度か」
吹き抜け空間に伸びる階段を、執事に付いて上がって行くのは、ジーン・ラッピンだった。……いや、今日、前アイブリー準州代表トマ・サンデルスを訪ねてきたのは、シャノン・モーズリーだろうか。




