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〝シャノン・モーズリー〟ことジーン・ラッピンは、アビレー湾上の人工の島〈アースポート〉の埠頭地区に並べられたベンチから対岸に広がるアビレー市の夜景を何とはなしに見やっていた。人を待っているのだ。
海風を頬に感じ、11月の肌寒さにコートの胸元で腕を組み直したそのとき、待ち人の声を聴いた。
「悪い。待たせてしまったね」
顔を向けたラッピンの視線の先で、典型的なアングロ・サクソン的といっていい金髪碧眼の精悍な顔立ちが、悪びれたふうもなく笑っていた。
その彼の顔が、戒厳令の前後から連日トアイトン入りしている地球連邦統監府の渉外スタッフの中にあるという事実を知る人間は少ない。ジーン・ラッピンは、その数少ない人間の1人だった。
「軍は引き上げさせるべきよ」
ラッピンはベンチに並んで座った金髪の男――ニコラス・マッケナ――にさっそく言った。
そんな硬い表情のラッピンに比べれば、屈託を感じさせない表情のマッケナが応じる。
「アイブリーの軍隊だ、連邦の軍じゃない。彼らが〝脅威は拭い去られた〟と判断するまではダメだろうね」
それは表面的な、如何にも〝他人事〟といった態の理屈だったが、地球連邦政府の職員であるマッケナがそう言うしかないことは、同じく連邦政府職員の彼女にも判っている。
だがそれでも、もう言わずにはいられなくなっていたラッピンは続けた。
「軍そのものが脅威になってるわ。軍は暴走し、デュフィは罪のない人を捕えて回ってる。彼を舞台から降ろすべきよ」
マッケナはゆっくりと首を巡らせラッピンを見返した。
ラッピンは少し思案して、それから胸元で小さく人差し指と親指とで〝○〟を作って見せた。――〝隠しマイク〟の有無を確認する符牒だ。
「大丈夫だよ」
マッケナの、その乗り気でない表情を忖度せず、ラッピンは続けた。
「最初にロマン・リシュカを拉致したのはデュフィよ」
「…………」
マッケナは夜空を仰ぎ、天空に伸びる軌道エレベーターのテザーを目で追った。それかを一つ息を吐き、意を決したように言継いだ。「――知ってる」
じつは彼は、それ以上のことも知っていた。拉致を実行したのはオーレリアン・デュフィだったが、そうするように嗾けたのは他ならぬ統監府であったことを。
そんなことは露知らず、ラッピンがマッケナから視線を外し、恐い声音で言った。
「このままでは、ここも〝サローノの二の舞〟になる」
「……かもしれない」
マッケナは慎重に〝空気を読んで〟応じた。
「こうなると、今回のテロリスト狩りもデュフィの深謀遠慮と言っていいかもしれない」
2人はしばらく押し黙った。
「どうすればいい?」
やがて口を開いたラッピンに、マッケナは視線を向けなかった。
「いまボールを持ってるのは〝我々の側〟じゃない。だろ? アイブリーこそどう振る舞うかを決める必要がある」
「正論だけど〝杓子定規〟ね。……いまに私たち、酷い目に遭うわ」
そんな同僚の横顔に、ラッピンは鼻白んでみせたが、マッケナは慎重な物言いを崩さなかった。
「エヴェリーナ・ノヴォトナーは〈進歩党〉をまとめられる。だがデュフィら〈中部都市圏管区〉の若手幕僚の掌握する軍中枢は面従腹背だ。――それはそうだ。我々が時間を掛けてそのように仕立てたんだからね」
マッケナは嗤い、淡々と続ける。
「〈保守党〉は結局は〝サンデルス〟だが、トマ・アルセーヌが健康不安で政界を引退して以来、党内がまとまらない。直系子息が政界進出を忌避したことでトマの復帰を望む声すら上がってる……」
トマ・アルセーヌ・サンデルスは前アイブリー準州代表で保守党の重鎮だった。ラファエルの祖父である。その長子アルベール――ラフの父親――は、自身のあまりに強すぎる財界との結びつきを理由に政治との関わりを避け、結果、保守党は挙党一致の体制を作れずにいる。
「――〝分断し統治せよ〟は地球の常套だ。内患を繕えなければ、それはつけ込まれるだけだ」
マッケナは、そう突き放すように話を結び終えても、ラッピンへ顔を向けなかった。




