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 屋外競技場(スタジアム)の練習施設内に仮設された指揮所の片隅――。

 20分ほど待たされていたサンデルスの視界の中で、肩幅の広い女性下士官は、競技場の備品と思しき安物の作業机の上の情報端末(ワークステーション)の前から離れると、プリンターに手を伸ばして排紙された紙片を手に取り、それからこちらを向いた。ようやく対応する気になったらしい


「…――名前は〝エマ〟ですって?」

「――違う。読み方は〝エンマ〟……エンマ・ヌヴォラーリ!」


 五等特技兵の階級章を付けた彼女は、募った苛々を何とか抑えようと努力するサンデルスに一向に意識を向けず、手許の書類を見ながら言った。

「……サローノからの避難民ね」

 その事務的な言い様の中に潜む〝含むところ〟に、サンデルスの声音が数トーン跳ね上がった。

「姉は警備警察の特別捜査官――この僕の相棒だよ!」


 が、特技兵の彼女は、

「気を付けて。あなたも〝共同謀議〟で逮捕されるわよ」

 眉根を動かすことなく、そう言い退()けた。


「は⁉」

 サンデルスの声音が、いよいよ剣呑さを増すこととなった。

 彼女を正面から見据える。

「言うに事欠いて〝恫喝〟か? 話にならない。上官を呼んでくれ」


「…………」

 黙って見返してきた特技兵に、サンデルスはあらためて、一語一語を噛む含めるように言う。

「…――ラファエル・()()()()()が君の上官に会いたいと、そう言ってるんだ」 ……普段の彼なら決してこのようなことはしない。


 と、特技兵の彼女が背筋を伸ばし、敬礼をした。

 当惑することとなったサンデルスは、直後に、落ち着いて自信に満ちた男性(おとこ)の声――サンデルスにはその声に聞き覚えがあった…――を、背中から投げ掛けられた。


「〝サンデルス〟の名を出すのは君の自由だ。だが私の部下に限り、その護符は効かない」

 その言葉と共に仮設の司令部へと入ってきたのは、オーレリアン・デュフィ上級大佐だった。


「失礼しました。しかし――」

 サンデルスは非礼を詫び、状況を説明しよと言葉を続けようとする。

 デュフィは特技兵に答礼をすると踵を返し、サンデルスの正面に立ってそれを遮った。

「――話は粗方(あらかた)聞いた。間違いと判れば釈放する」

 サンデルスとしても、ここで引き下がる訳にはいかないと声を大にする。

「間違いと判ればですって? 身元は僕が保証しますよ、すぐ釈放を!」

 デュフィは冷然と、有無を言わせぬ口調で応じた。

「調べると言った。一部の人間だけ特別扱いはしない。君は自分の仕事をしたまえ」


 正論だった。

 それはサンデルスにも解っている。

 解った上で〝サンデルス〟の家名を盾にとっての無理押しだったが、オーレリアン・デュフィという男には何らの効果ももたらさなかった。


「いったいエンマは、何をしたんです?」

 自己嫌悪の念を胸中にしまい込みつつ、それでもサンデルスは最後の抵抗を試みる。


 デュフィは、(かたわら)に直立不動のまま控えている特技兵に目線をやり説明を促した。

「禁止された抗議デモに参加し、警備にあたった部隊に投石をした学生を自宅に匿っています」

「証拠は?」

 サンデルスは一応、訊いた。

「彼女の家からデモのビラが見つかっています」

 特技兵が簡潔に回答すると、デュフィはサンデルスに視線を戻した。


 ――万事休す、だった。


「理解したか?」

「はい」

「では、以上だ」

 確認するデュフィにサンデルスは肯き、それで話は終わった。




 競技場建屋を出て駐車場に戻ると、鉄条網の巻かれたフェンスで区切られたエリアの外側に、連行されてきた家族の安否を案じるアールーズの市民を、今度は正面から見た。

 彼らの目の表情にベアタのそれが重なり、サンデルスは思わず足を止めた。

 彼らの前には小銃を手にする防衛軍の兵士の背中が、壁となって並んでいる。

 彼らの表情は見えない。おそらく、訓練された〝何の表情もない〟顔で市民の前に立っているのだろう。

 何人かの市民がその兵士の壁に向かって声を荒げるのを見た。むろん、兵士は一言も返さない。

 その周囲を、報道陣のカメラとマイクが、踊っている。


 何とも名状し難い〝薄ら寒さ〟を胸に、サンデルスは屋外競技場(スタジアム)を後にした。

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