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翌日、3日ぶりに自分の部屋のベッドの上で目を覚ますことのできたベアタは、気の重い出勤の前に熱いシャワーを浴びた。
きっちり3分でシャワールームを出ると、それから20分で身支度を済ませる。ラフ・サンデルスとコンビを組んでからはしばらく袖を通していなかったネイビーのスーツを選んだ。
今日から〝新しい配置〟に就くことになるはずだった。
そうして、フェルタの二つの太陽から目を護るためのサングラスを掛けて部屋を出ると、アパートの正面に停車した車の脇に立つラフ・サンデルスに出迎えられたのだった。
それは思いもよらないことだった。
ベアタは、サンデルスの長身を下から見上げるようにしながら近付いて行き、訊いた。
「なんでここにいるんです」
「対番のメンタルケアを兼ねた送迎のため、かな」
如何にも軽くサンデルスはそう応え、ベアタを手振りで助手席に誘うや運転席へと回った。
先に助手席に収まったベアタは、一拍遅れて運転席に身体を滑り込ませてきた〝対番〟を向くでなく、つんと可愛げのない表情になって言う。
「――コンビは解消じゃないんですか?」
サンデルスはキーを回しながら応じた。
「PSIの対番は〝一生ものの付き合い〟……そう教わったろ」 サングラス越しの目の表情は見えない。
洒脱にそう応じる〝対番〟に、ベアタは複雑な表情となる。
〈サンデルス〉の家の者と〝一生ものの付き合い〟とは――。
それがここアイブリーでは〝成功を約束する手形〟という意味となり、それを得ようと躍起となっている者――その多くはベアタと同じ〝女〟だ…――の、なんと多いことか。ラフ・サンデルスは、それを解っているのだろうか。
幸い、そんなベアタの表情も、小さな顔の半分ほどに被さった大きめのサングラスで見えはしない。
「なら、わたしは〝当たり〟ですね」
ベアタは、感情を乗せず、敢えて〝ぶっきらぼう〟に言った。
その内心ではこう自問する自分がいた。
――わたしにもう少しの〝色気〟があれば、付け入ることができた?
が、そんな妄想は、一年半前、初対面で対番として紹介されたときに雲散霧消していた。
実際、素顔の彼は洗練されていて、隣に並べば、自分が〝どうしようもなく見窄らしい存在〟に思えてきたものだった。
フェルタで最も栄えるアイブリーで政治家や実業家を輩出する名門一族の御曹司と、紛争を抱えるサローノからの避難民でしかない自分。夢の中でも釣り合える気がしない。
「……そうだよ」 衒いなく頷いて見せたサンデルスが、車を発進させた。
そうして、そのときのベアタの心の内を知ってか知らずか、どこまでも気さくな〝対番〟の横顔になって言ったのだった。
「また随分ときめ込んで……〝男〟に会いに行くわけじゃないだろうに」
今日、ベアタの選んだネイビーのスーツのことだ。
彼は時おり、このような〝しようもない軽薄さ〟を装うことで韜晦してみせる。
そんなとき常のベアタは付き合うことはしないのだが、このときは、
「相手が〝女〟だからですよ」
ピシャリと言って黙らせてやった。
それからしばらくサンデルスは黙ってハンドルを繰り、車を〝朝の通勤渋滞〟の主要道路の中へと入れた。今日は比較的〝流れて〟いるので、支部のオフィスのあるダウンタウンまで20分で着きそうだ。
「班長から〝女スパイをスパイしろ〟とでも言われたか?」
指示器を出して車線を移り終えたときにサンデルスは訊いてきた。
「…………」 ベアタは、たっぷり時間を掛けて応じた。「もしそうだとしても、言えません」
「それはそうか」
彼がそう苦笑して応じたのは、〝そういう流れ〟を予期していたからだ。余裕があるとき、それを隠して敢えて謙るのが彼の処世の術だから。
「ま、それはさておき――」
サンデルスが〝何とは無し〟を装って言った。
「……ベアタ、〝何があっても〟君の対番は僕だ。それは忘れずにいてくれ」
ベアタは、サンデルスの声音の微妙な変化に気付いた。
――ああ、そういうことか。
出し抜けに、ベアタは、助手席から身を寄せるようにしてサンデルスの横顔を見上げた。




