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「彼の名はDr.ロマン・リシュカ。〝サローノ人〟で分離独立を謳うグループの精神的支柱よ」
どうやらこれで、先日、FAXで要求してきた〝釈放させたい人物〟の名が判明したようだった。
確認のためバンデーラは慎重な声で訊いた。
「熱狂的な信奉者のいる?」
「ええ」
ラッピンが肯いたのでバンデーラはコーヒーのカップに口を付ける気が失せてしまい、それをテーブルに置いた。
「事情はよくわかったわ。〝アイブリーの軍〟が誘拐事件に関わっているなんてこと、公にしたくないのは当然ね」
これまでの会話からバンデーラが理解したことはこうだ。
本格的な内戦状態に陥りつつあるファテュ情勢の打開のため、アイブリー政府は秘密裏に反体制派指導者の拘束・逮捕を画策したのだ。
ファテュに対するサローノの対応について、アイブリー政府は地球連邦諸州とともに現地政府を支持しており、さらには部隊を派遣して支援すら行っていた。
にも拘わらず事態は収束するどころか悪化し、結果、荒廃したサローノから大量の避難民と過激分子が、州境を超えて流入し続けている。
純軍事的に成果が出ないのならば謀略に依って事態の打開を図ろうという者は、現地の参謀の中にだっていたろう。
バンデーラの表情の変化を横目に、ラッピンは二口目のホットドッグを飲み込むと、指先に付いたソースを紙ナプキンで拭った。
バンデーラはコーヒーカップから手を放しラッピンに訊いた。
「そのリシュカ博士のシンパは?」
「〝渡りに船〟ね」
その比喩に対する説明を求めて眉を上げたバンデーラに、ラッピンはナプキンを丸めると、テーブルの上の皿に放って彼女に向いた。
「彼らにとって〝テロ〟とは〝手段〟であると同時に〝目的〟よ。彼らはこう考える」 ラッピンの言い方は、やはり、どこか投げ遣りだった。「――〝誰かが血を流すことで皆が立ち上がる〟って」
バンデーラは溜息を吐いた。
恐らくそれは正しく、そうなるだろう。
憮然となった彼女が極低アルコールのビールの小瓶を注文しようと店の者に声をあげ掛けたとき、トゥイガーが店に現れて耳打ちしてきた。
「ジェンマ…――いいかな?」
ここでトゥイガーは傍らのラッピンを気にして見せたのだが、バンデーラが〝構わない〟と肯いてみせたので言葉を継いだ。
「いくつか進展があった」
それでバンデーラはビールをオーダーするのを止め、3人で店を出るとオフィスの入るシティプラザビルへと駆け戻った。
その夜のPSIアビレー支部は〝満足のいく仕事〟をしたと言えるだろう。
先ず、犯行グループの主な資金繰りを現金と見当し、アールーズ中の安宿やアパートの家主を当たり、現金で決済した借主をピックアップした。同時に一帯のATM、コンビニ、銀行から防犯カメラの映像と現金の引き出し記録を取り寄せている。
次に、バスの爆破に使われた高性能プラスチック爆薬の成分を分析し、それが3年前のアンディユ鉱山での兵舎爆破事件に使われたものと一致していることを突き止めた。
そうして日を跨いだころには、爆破されたバスの残骸から採取した指紋を警察局のデータバンクに照会し、犯人グループの一人と思しき人物を特定していた。
浮かび上がった人物はヒルダ・ケンナ――。
サローノ州中部の都市ウティカ生まれの25歳。リストに名の載る〝筋金入り〟の活動家で活動の拠点はファテュだった。
IDカードのバックアップ――…保管記憶の在るサローノのDCに協力を仰いだ――を当たって彼女の移動履歴を洗い出すと、アイブリーには犯行の3日前に海側から船で入っていた。
この後、到着してから事件当日までの彼女の足取りを追い、その間に接触した組織と人物の名前・住所をリストアップしていく、という地道な作業に入る。
各部署から上がってきたヒルダ・ケンナの情報に目を通していたバンデーラは、ふと添付の顔写真の中に身近な人物の面差しを見た気がして目線を上げた。
部屋の片隅に立つベアタの顔をチラと見る。
顔容に似た要素はない。それでも、どこか似ている。
……目の表情が、二人に似た印象を与えていた。




