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支局に戻ったベアタとサンデルスは、バンデーラの指示で、先に拘束したサローノからの越境者、ルカ・レーリオの尋問に当たった。
尋問室のドアを開いたサンデルスとベアタが狭い部屋に入ると、中央に一つ置かれた椅子に手錠を掛けられ座らされていたレーリオが、様子を窺うように目線を上げてきた。
この時点でレーリオの人権は適切に守られているとは言い難かった。
ベアタが彼の正面に立ち、精一杯の低い声音で訊いた。
「紙幣のことを話して」
「あの紙幣はやましいものじゃない。地球に渡るにはカネがいる。そのための資金だよ」
レーリオは身構えつつも、うんざりとした表情で応じた。
ベアタは一瞬吊り上がりかけた目を細め、抑制した声で改めて訊く。
「チケットを買うのならサイトからオンライン決済するわ。1万FCrもの現金は必要ない。説明がつかないでしょ?」
するとレーリオは反抗的な笑みを浮かべて言ったのだった。
「地球やアイブリーとの決済に使える口座をサローノで作れるかい?」
彼の目の表情の奥に、ベアタはかつての自分を感じた。
それを感じ取ったのか、レーリオは居直った態度に変じて肩をすくめてみせた。
「僕は〝ペンキ爆弾〟なんて酔狂なものを作る連中なんて知らない。無関係だ」
その〝真剣みのない態度〟が、今度こそベアタを豹変させた。
「そう……」
両の手に手錠を嵌められたレーリオの襟首を掴むと、体の線の細い彼を強引に立たせ壁際に突き飛ばした。常の冷静さのない声音でサローノからの越境者を糺す。
「――なら〝高性能プラスチック爆薬〟を使う本物のテロリストとはお付き合いがあるのかしら?」
「なっ……⁉」
レーリオは面食らった表情でベアタを見返した。
「何を言ってるんだ? 何かの冗談か?」
ベアタは、いよいよ目を険しくしてレーリオに詰め寄った。
「とぼけないでっ――」
いま彼女の脳裏には――…バスの爆発の直後には意識から消えていた――〝爆風に飛ばされる解放された人質の女の子〟の影像が甦っていた。影像は、警察車両のドアに叩きつけられ、そのあと地面に頽れて動かなくなった。
「冗談で人は死なないわっ」
甦ったのはそれだけじゃない。最後にバスを見たときの、窓際に並んだ人質の表情も。皆、恐怖に硬直していた。
レーリオの表情が改まった。
「それじゃ、本物の爆弾テロが……」
絞り出すような声になったレーリオがそう訊く。ベアタは、語気を緩めることなく詰め寄った。
「あの紙幣は? 実行グループへの供給資金?」 レーリオの目を覗き込むようにして質す。
「知らない」 ベアタの剣幕にレーリオは目を伏せた。
「答えなさいっ」
「ベアタ……替わろう」
激昂するベアタの背に、今まで黙っていたサンデルスが初めて口を開いた。
振り見やったベアタは、サンデルスの面を見てレーリオの正面を退く。その面には、何らの表情も浮いてなかった。
サンデルスはレーリオを椅子に座らせ直すと、部屋の隅からパイプ椅子をもう一脚引き出してきて向き合うようにして座った。そうしてサンデルスは暫く言葉を発しなかった。
只ならぬ雰囲気に落ち着かな気になったレーリオが口を開いた。
「爆弾のことは何にも知らない。本当だ……」
サンデルスは応えず、上着の懐に手をやるとタバコの箱を引っ張り出した。封を切って1本引き出す。
レーリオの視線が、タバコとサンデルスの顔とを忙しく往復した。サンデルスは、それに気付いていないように口に咥えると、ライターを取り出して火を付けた。
レーリオの息遣いがそれと判るほどに荒くなる。
たっぷりと時間をかけて最初の一口を吐き出してから、サンデルスは、ゆっくりと静かに、低い声で応じた。
「そうかい。それで、あの紙幣は?」
レーリオは、それはもう憐れなほどに落ち着きを失い、パイプ椅子ごと後退った。
「〝知らない〟ものは、本当に知らないんだ――」
哀願するようなその声に、今度はベアタは目を伏せた。




