"狼"の目的は
(じょ、状況がよく分からないんだけど…!?)
狼に咥えられた状態で宙吊りなままのアレクは混乱した。
自分が寝ている間…正確には夢の中で色々とあったのだが。
その間に何があったのだというのだろう。
それ以前に、この狼は一体何なのだろう。
毛色は暗くて分かりにくいがグレーだろうか、それが月光に照らされて艷やかになびいているようにも見える。
顔は…位置的に見えないが、とにかく普通の狼とは全く違う、大きな狼であるのだけは分かる。
向こうにいる二人に対してずっと威嚇して…。
…と、二人をよく見れば所々服に土がついていて、
(…!ルーア、怪我して…!)
ルーアは腕や足に擦り傷があるのが見える。
この狼と戦ったのだろうか、リオーレの手には剣が。
こちらを、というより…狼を睨みつけ、けれどアレクがいることでその場から動けずにいる様子。
どうにかしなきゃと彼は身じろぐが、深く服を咥えられてるのか全然外れもしない上、グルルルと更に力が強く加わってしまった気がする。
あぁどうしたら…!!
そうこう考えている内に、狼は何を思ったか、もう一度リオーレとルーアに向かって唸ると、
「………へ、」
ぐるんと向きを変え、アレクを咥えたまま森の中へ、
「ぅわぁああああっっ!?!?」
「「アレク!/アレク様…っ!!」」
その場から一気に離脱するかのように、狼はスピードを出して駆け出していく。
宙吊り状態のままでグラグラ不安定な体勢のまま。
その間にもどんどんと二人の声が一気に遠くなっていった。
_____。
(やばいやばいやばい……っ!)
あれからどのくらい経ったのか。
それすら分からないくらいずっと同じ森の中を狼はどんどんと突き進んでいく。
バキバキと木々の間や枝を折りながら尚も進む。
幸いなのか何故かアレク自身に折れた枝等が当たることはないが、当たるかもしてないという恐怖、かなりの速さで進むせいか今何処にいるのかも分からないという不安が自身を支配していった。
この狼は何のために彼を咥えているのだろうか。
……まさか、…食べる為なのか!?
そ、想像するだけで怖いんだけど!?!?
「ちょ、ちょっと待って、止まって…!!」
あぁ怖くてたまらない。
アレクはぎゅっと目を閉じ、必死になって声をあげる。
そんな声は木々にかき消されて……。
「…グル」
「………、………………え?」
…はなかったようだ。
急に狼は先程の走りが嘘のようにゆっくりとした足取りに変わり、そしてその場に止まった。
かと思えば…、ゆっくりとアレクを下ろしたのだ。
急な事でアレクはぽかんとまた状況が掴めないまま、けれど自分を降ろした狼へ視線を向けてみた。
(……あれ…?)
あれだけ大きかったのだ。
どんな顔をしてるかと思えば、……大きな金色の瞳をこちらに向けながらまるで大丈夫?とでも言うかのように首を傾げてそこに座っている。
………人、二人か三人分くらいの大きさをした狼が。
(……でっ………かぁ……)
そう思ってしまったのは仕方がないだろう。
でも気になるのは……、
(…さっきと、同じ狼……なんだよな…?)
先程リオーレとルーアの二人に対して歯を剥き出しにして唸り威嚇していた姿とは反対の、どことなく穏やかそうな……大きいだけの犬のような雰囲気に変わっている。
「…グル…?」
………。
急に可愛い生き物になってるのですが?
本当に同じ狼か…?
戸惑い…何がなんだか分からなくなってく一方で。
「……君は、…何がしたかったのさ」
思わず出た言葉。
…目の前の狼が答える訳がないとは思っていても、その疑問は拭えない。
先程の土まみれで擦り傷まであった二人の姿を見てしまったから。
思い出すと先程の恐怖が嘘のように、今は沸々と怒りが湧いてくる。
いや、相手は狼だ。
一見犬のように雰囲気が変わったとはいえ自分にも牙を剥く可能性も無い訳ではないのだ。
一旦落ち着こう。
アレクはふぅ…と息を吸って、ゆっくりと吐く。
「……ごめん」
「…!?」
ハッとした。
何処からか誰かの声がしたのだ。
彼は周りをキョロキョロと警戒しながら見回す。
…けれど人影らしきものはない。
夜だからとはいえ、所々月光が入ってる森。
近くから聞こえたのだから誰がいれば分からないはずないのに…。
「…急に連れてくる形になってごめん」
「……、」
「…こっちも必死だったから」
…………………え?
アレクは固まった。
今の声は何処から?
…明らかに目の前、そこから声が聞こえた。
けれど目の前にいるのは狼だけのはず、…で。
………。
…………………………。
………………………………………………。
「って君喋れたのっっ!?」
「…え?…う、うん」
なんということだろうか。
この狼、人の言葉を喋ることができるようだ。
アレクはまたぽかんと口を開けたまま驚く。
いやもちろん元の世界とは違うから何もかも違うのかもしれないけれど、
(この世界の動物って話せるの!?)
それは流石に驚く。
体が大きいこと自体驚きだと言うのに。
「君に、」
「え?」
「君に、力を貸してほしいんだ」
「力を貸してほしい…って…」
狼の顔は分かりにくいが、雰囲気は何処となく悲しそうで。
耳もしょぼんと垂れてしまっている。
「俺についてきて」
そしてゆっくりと立ち上がると、少し先に見える今いる場所よりも月光が明るく輝く場所へ進んでいく。
アレクは困ったように狼へ視線を向けたままその場にいたけれど、狼はこっちだよと言うように振り向いて彼の様子を伺ってくるものだから、アレクは一呼吸してから後ろをついて行った。
開けたその場所は明るい月と月光にも負けない星々の輝きがよく見える場所だった。
中央の方へは目を向けると、切り株とそこに不自然に刺さっている大きな斧が1本。
それ以外は森の中にできた広場のような所だ。
「……ここに、何があるっていうの…?」
「……」
狼はちらっとアレクを見た後無言で大きな斧がある切り株へ歩いていく。
そして、
「……シャロン、遅くなってごめん。
戻ってきたよ」
…"シャロン"?
狼は誰かの名前を呼んだ………と。
狼が急に淡く光り出した。
その光は一歩一歩進む度に狼をどんどんと包み姿隠していき、…やがて一つの形に変わっていく。
その形は人に変わっていく。
「…ライ?」
微かに聞こえた女の子の声。
アレクはえ?とキョロキョロと周りを見るがこの広々とした場所にその声の主は見当たらない。
光を纏い人の形となった狼はゆっくりと切り株の前でゆっくりと跪く。
そして、
「ただいま、シャロン」
「ライ…!おかえり!」
光はばぁっと弾けるとそこには狼ではなく獣の耳と尻尾を持った少年の姿。
その人はゆっくりと手のひらを切り株へ降ろし、そしてゆっくり上げる…と。
(……小さな、…人?)
赤いフードをした小さな女の子が、狼…"彼"の手のひらの上に立っていたのだ。
全く状況も分からないままのアレクの傍に"彼"は小さな女の子と一緒に近づくと、
「ごめん、ちゃんと話さないまま連れてきてしまって」
「…え、…と」
アレクの様子に申し訳なさそうにしながら、
「……俺はライ。こっちはシャロン。
うさぎの国に雇われた傭兵なんだ」
「…ラビニスの?」
うん、とライと名乗った少年は頷いた。
手のひらの上にいるシャロンという名の彼女はもしかして?とライへ聞きながら、視線はアレクに向いている。
「君をここに連れてきたのは理由があって、」
……ガサッ
「!」
切り株の方から小さくガサガサと音がする。
そこに小さな影が見えた。
「シャロンの…、」
「彼らの体を、元に戻す為に、……力を貸して欲しいんだ」
そこにはシャロンのように小さな、数人の男女が不安げな顔をしてこちらを見ていた。




