やっぱり彼女はメインヒロインだ
「マジで、どうすりゃいいんだ……」
残りカウントが『6』になった日曜日。
相変わらず、俺は自室で悶えていた。
エロゲをプレイしたが、好感度表示に対する解決策なんて思いつかなかった。
三人のヒロインのうち誰から嫌われるべきか、決められないでいる。エロゲは楽しかったけど。
しかも今日は仁美がボタロウを見に、うちにやってくる日だ。好感度表示さえなければ、最高の一日だったのに。
祭りの日以降、仁美と顔を合わせたのは木曜日と金曜日の二日だけ。
その間に仁美の好感度は『12→16』と四つもあがった。
今のところぶっちぎりでトップだ。このままいけば、仁美に爆発が起きて嫌われてしまう。
そしたらかつて好意を寄せていた女の子たちのように、仁美からも冷たい目で見られる……やばい、想像したら死にたくなってきた。
かといって、雛子や麗佳から嫌われるのも回避したい。
誰かを一人を犠牲にしなきゃいけないのはわかっている。
わかっているが……選べない。
「うおおおおおおおおおおっ! 俺はなんて優柔不断なんだああああああ!」
高速シャンプーでもするように頭をかきむしっていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。
時計を見る。仁美と約束した午後一時ちょっと前だ。
とういうことは……とうとう来てしまったのか、仁美。
部屋を出るとドタドタと階段を駆けおりて、リビングを通過し、玄関までいって扉を開ける。
「こんにちは、先輩」
そこには天使がいた。
あっ、いや、天使じゃなかった。仁美がいた。
水色のワンピースに、白のカーディガンを羽織った清楚な身なりをしている。あまりの清らかさに、天使と見間違えちまったぜ。
服のこととか、めっちゃ褒めてあげたいけど、まだ三人のうち誰に嫌われるかを選べてないので、うかつに好感度はあげられない。堪えよう。
「おう、よくきたな」
「はい。昨日からわくわくして、なかなか寝つけませんでした」
くっ、なんて曇りのない笑顔だ。本気で楽しみにしていたのが伝わってくる。
俺は雛子や麗佳に目移りして、決断できずにいるのに、それなのに仁美は以前と変わらぬ笑顔を向けてくれる。
こんな意志薄弱な男に、笑いかけてくれる。
俺は、俺は……。
「仁美! 頼みがある!」
「え? た、頼みですか? わたしにできることなら」
「おまえにしかできないことだ! おまえにやってもらわなきゃ意味がないんだ! これはおまえがやるべきことなんだよっ!」
「わたしがやるべきこと? 先輩がそこまで言うならやりますけど……それで、わたしはなにをすれば?」
「俺を、俺を……」
「先輩を?」
「俺を踏んでくれええええええええええええええええええええええ!」
「え? えっと……え?」
よく理解できなかったのか、仁美は二回連続で疑問符を浮かべた。
「すまないが詳しいことは話せない! 話せないが、俺は最低な男だ! だから頼む! おまえの足で、俺を踏んでくれええええええええええええええええええ!」
「せ、先輩、なんだか踏まれたい人みたいになってますよ?」
「あぁ、踏まれたいねっ! おまえの足になら踏まれたっていい! さぁ、思う存分俺を踏んでくれ!」
「わたしは、そういうのはちょっと……」
仁美が引いていた。
ブッブ~という効果音が鳴る。仁美の高感度が『16→15』に下がった。
喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかわからんが、目に見えて仁美の好感度が下がるのはやっぱりショックだ。
「とりあえず、なかに入りましょう。玄関を開けたまま騒ぐのは近所迷惑ですし、その……先輩の沽券にも関わります」
言われてみれば、家の前で年下の後輩に「踏んでくれ」と泣きついている男はまんま危険人物じゃないか。ご近所さんが通りがかったら、百パー悪い噂が立つ。
いくら罪悪感に押し潰されそうになっていたとはいえ、TPOをわきまえるべきだった。
「悪かったな。さ、あがってくれ。俺を踏むのは、家のなかでいい」
「踏みませんから」
はっきり断られた。
なるほど、この罪悪感を背負って生きていけということか。
「おじさんとおばさんは、いらっしゃらないんですか?」
スリッパを履いてリビングの前を通りがかると、仁美は親父とおふくろの姿がないことに気づいた。
「今日は二人して出かけてるよ。なんか電化製品を見に行くとか言ってたな」
「そ、そうですか……」
声をつまらせると、仁美の頬が桜色を帯びる。
「それじゃあ家には、わたしと先輩の他に、誰もいないってことですよね?」
「そうなるな……」
ためらいがちに尋ねてくる仁美がかわいくて、ドキリとする。
いや、別に変なことはしないよ。ほんとにしないよ。ほんとのほんとに何もしないから。と、やましいことをする気まんまんの彼氏みたいな言い訳が思い浮かぶ。
ナゴ~、と自分の存在をアピールするように、階段のほうからボタロウがのそりのそりとやってきた。
「ボタロウ!」
感激のあまり両目を星のように輝かせると、仁美はパタパタと駆けていき、うちのデブ猫をむぎゅっと抱きしめる。
「会いたかったよぉ~。また大きくなったんじゃないの?」
仁美は満面の笑顔を花咲かせて、ボタロウに頬ずりをする。
俺が猫だったら空気を読んで、登場を遅らせていたな。もっと仁美といい雰囲気を味わいたかったぜ。
ボタロウのやつ、仁美の腕の中で気持ち良さそうにしやがって。俺も猫になって仁美に抱っこされて、頬をすりすりしてもらいたいよ。
ダイニングで二杯分の麦茶をそそいだコップをお盆に乗せると、二階にある自室に移動する。
お盆を学習机に置くと、俺はベッドに腰掛けた。
仁美は膝を崩して女の子座りをすると、抱っこしていたボタロウを床におろして、太ったお腹をぷにぷと触りだす。
「かわいいですね」
ボタロウを撫でまわす仁美は頬をゆるめて、とろけそうな笑みを浮かべていた。
おまえのほうがかわいいよ! なんて言ったら好感度があがってしまいそうなので、「そうだな」と無難に相槌を打っておく。
あっ、そうそう。部屋にあるエロゲはちゃんと全部クローゼットのなかにしまってあるから問題ない。そこらへんは抜かりないぜ。
ボタロウから手を離すと、仁美はちらちらと恥ずかしそうに俺のことを見てきた。
なんだ? ま、まさか隠し忘れていたエロゲでもあったか!
室内のあちこちに視線を巡らせてみるが、それらしきブツはない。ふぅ、焦ったぜ。
だったらなぜ仁美は恥ずかしそうにしているんだ?
「どうかしたのか?」
「えっ、あっ、その……」
仁美は窓ふきのパントマイムでもするように、せわしなく両手をぐるぐると回転させる。
「わたし、友則先輩に教えてもらいたいことがあって……」
「教えてもらいたいこと?」
先を促してみるが、仁美はなかなか切り出さない。
唇を結んだまま、膝頭をこすりあわせている。
「どうした?」
ビクンと電流が走ったように身をすくめると、うるんだ瞳で見つめてくる。
「あ、あの、先輩は……」
「俺は?」
ごくりと喉を鳴らすと、仁美は声を震わせて尋ねてくる。
「せ、先輩は、お、大きなおっぱいと、小さなおっぱい、ど、どっちが好きなんですか!」
顔を真っ赤にして、とんでもない質問をぶっこんできた。
「き、急にどうした! てか、なんでそんなことを?」
「ち、違うんです! これはその……雛子が男性はみんな胸の大きな女性が好きだって。胸の大きさが女性としての魅力を決めるって。わたしは胸だけが全てじゃないって反論したんですけど、だったら友則先輩に聞いてみればいいって、雛子がにやつきながら言ってきて」
あのおんなぁぁぁぁぁぁぁぁ、余計なことを吹き込みやがってぇぇぇぇぇぇ!
この場にいないのに、ぷっすすすすと笑っている姿が目に浮かぶ。
まさか俺が巨乳好きだと知ってて、こんなトラップを仕込んできたのか?
「そ、それで、友則先輩はどうなんですか?」
「どうって、なにがかな?」
「で、ですから……大きなおっぱいと、小さなおっぱい、どっちが好きなんですか?」
仁美は両手を床につけると、ズイッと身を乗り出してくる。
ここは慎重に答えないとな。
「ち、小さいほうだよ」
「ほんとうですか?」
黙ったまま、俺は目をそらした。
「うそつきましたね?」
「……はい。すみません。うそつきました。ほんとは、大きいほうが好きです」
歯切れ悪く、本心を打ち明ける。
あ~ぁ、やっちまったなぁ。
好感度がめちゃくちゃ下がるのを覚悟をするが…………効果音が鳴る気配はない。
「えっと、仁美? 怒ってないのか?」
「怒ってませんよ。怒っては」
頬をむくれさせた仁美はすねている。
確かに、怒ってはいない。
「人の好みは、どうしょうもありません。そこまでは口出しできないです。だったらわたしががんばるしかないじゃないですか」
「がんばるって、なにをだ?」
「ひ、秘密です!」
耳を赤くすると、ぺったんこな胸を両手で押さえて隠す。
……仁美よ。人には生まれながらにして、あるものとないものが存在する。そればかりは努力でどうにかなるものじゃない。
それにがんばらなくたって、俺はおまえのことが大好きだよ。おまえのちっぱいなら喜んで受け入れるよ。
しかし踏んでくれと頼み込むのはダメでも、おっぱいのことは許されるのか。いまいちセーフラインの境目がわからないな。
「次はこっちから質問してもいいか?」
「はい。なんです?」
また寝転がったボタロウを撫ではじめた仁美は、にこにこしながら振り向いてくる。
うっ、そんな純真な笑顔を見せられたら、聞きづらいな。
でもこれだけは聞くって決めていたんだ。好感度が下がることになっても、自分から踏み込むって。
「仁美は、どうしてそんなに異能力が嫌いなんだ?」
ボタロウに触れていた指先が止まる。
浮かべていた笑顔も、一瞬で消えてしまった。
地雷だったか? 聞いちゃまずいことだったか?
それでも、聞かずにはいられない。
俺はこの数日間、雛子や麗佳が異能力とどう向き合っているのか、なぜ戦っているのか、その背景を知った。
三人のうち誰か一人を選ばなきゃいけないなら……ちゃんと仁美のことも知っておきたい。
知った上で、誰を選ぶのか決めたい。
「先輩は、知りたいですか? わたしのこと?」
「あぁ、知りたいな」
生まれ故郷を失ってしまったような、さびしげな表情をした仁美と見つめ合う。
ふぁ~っとボタロウが口を開けて大きなあくびをした。
それを見下ろして、仁美はフッと薄い笑みを浮かべる。
「先輩になら、話してもいいです」
大福みたいにまん丸としたボタロウの体から手を離すと、仁美は救いのない物語でも読むような、静かな声で話し出す。
「わたし小さい頃は、正義の味方とかヒーローとか、そういったものに憧れていたんです。誰かを救える人になりたいって、漠然と夢見ていました。そしてわたしには、夢を実現できる力があった」
男の子のような夢を持っていたんだな。
それはたぶん、生まれながらに授けられた異能力と無関係じゃない。
「あるとき、調和機構から派遣された女の人が教官としてわたしについてくれたんです。その人は、能力の使い方や戦い方を教えてくれました」
そのへんのいきさつは、雛子と同じだ。
「最初は強くなることが、うれしかった。これで悪者から誰かを救える。正義の味方になれる。夢が叶う。そうやって、無邪気にはしゃいでいたんです」
自分のやろうとしていることは素敵なことだと、当時の仁美は信じて疑わなかったんだろう。
「教官と一緒に臨んだ初めての実戦で、わたしは思い描いていたとおり、異能力で敵に傷を負わせることができました。……でも」
かつての自分を恨むように、仁美はギリッと前歯を噛みしめて、その続きを口にする。
「すごく……嫌だったんです。みんなに迷惑をかける悪者を倒したはずなのに、正義の味方は悪者を倒さなきゃいけないのに、ずっと倒したかったはずなのに。……わたしの手には、べっとりと嫌な感触がこびりついていた」
心根の優しい仁美にとって、たとえ相手が悪者であっても、人を傷つけることは抵抗のあることだったんだ。
きっと知らなかったんだろう。
悪者の正体が、自分と同じ人間だということに。
「それから実戦を重ねて、そのたびにこびりついた感触は濃くなってきて、なんでこんなことをしているのか、わからなくなったんです」
正義の味方になるなら、自分と同じ人間を、悪者を倒し続けなきゃいけない。
だとしたら……仁美には向いていない。
良心を眠らせることができない仁美は、正義の味方にはなれない。
それなのに、優しい仁美は困っている人がいたら放っておけないんだ。
矛盾している。
「いつからか、わたしは戦うことが大嫌いになってて、人を傷つけることも大嫌いになってて、異能力も……大嫌いになってました」
そのことに気づけたのは、いいことだ。
気づかないフリをして突っ走っていたら、心が壊れていた。
そこまで仁美の精神は頑丈にはできていない。
「だから調和機構の誘いを断って、師である教官とも別れたんです。そのときにはもう、夢を見ていた頃の情熱は冷めてましたから」
卓越した仁美の才能を惜しみ、引きとめられたりもしただろう。
それでも仁美は、己の意思で正義の味方であることをやめた。
夢を見ていた自分と、決別したんだ。
「できればもう異能力とは関係のない、ゆるやかな人生を歩んでいきたいです。その……誰かと結婚して、幸せな家庭を築いたりとかして」
仁美は頬を火照らせて、上目づかいになる。
反射的に「俺が結婚してやんよ!」と言いそうになったが、我慢した俺は偉い。
もうね、ほんとこの子をぎゅっとしたいよね。
けれど仁美自身が平凡を望んでも、仁美の強力な異能力は雛子や麗佳みたいな強い異能者を引きつけてしまう。
周囲からの憧憬や期待、嫉妬や憎悪、数多の感情を集めてしまう。
能力が最強だとしても、仁美の心は人並みに脆いのに、周りは放っておいてくれない。
「異能力を使うのが嫌いなのは、そのせいなんだな」
「はい。わたしはもう二度と、自分の異能力で他人の能力をコピーしないと決めています。もともとコピー能力って、人の能力を盗むみたいで好きじゃなかったんです。自分なりのオリジナリティとか皆無ですし」
その気になれば、学校中にいる異能者の能力をすべてコピーできるのに、もったいない。
俺だったら絶対にコピーしまくっているな。まぁそれをやったら確実に人間関係に支障が出るけど。
「ですからわたし、能力名のわりには所持している異能力があまり多くないんです。見境なくコピーしていたら、もっとたくさんの力を蓄えていたでしょうけど、今では少なくてよかったと思ってます。わたしが持っている能力の数は、それだけ他人から力を奪ったってことですから」
俺や仁美と違って、自分の異能力を大切にしている能力者だっている。
これは自分だけの個性だと、拠り所にしている者もいるだろう。
その宝物をあっさりと奪いとることは、相手の心を踏みにじる行為に等しい。
「戦闘は極力避けてますけど、戦うことになったら本気は出さないように常に自分を戒めています。本気になったら、相手がただじゃ済みませんから」
「本気は出さないって……祭りのときも、本気じゃなかったっていうのか?」
「わたしだけじゃなくて、たぶん雛子や立花先輩も本気は出してませんよ」
三人ともまだ奥の手を隠し持っているのか。
もう黒い怪獣よりも、ヒロインたちのほうが脅威だな。
「強い力を持ったせいで、わたしも、それに雛子や立花先輩も、異能力を前提として人から見られます。あの二人はどうか知りませんけど、わたしはそういうの好きじゃないです。だからつい、他人とは一定の距離をとってしまうんですけど」
クラスに馴染めてないのは、やはり異能力の影響が強いみたいだ。
「ボタロウを見つけたあの雨の日に、先輩が話しかけてきたときは驚きました。先輩、わたしが異能者だって知りませんでしたから」
新一年生のなかにズバ抜けて凄い子がいると耳にはしていたが、まさかそれが仁美だとは思いもしなかった。
強い能力を持っているというからもっとこう……麗佳みたいに偉そうな感じの奴をイメージしていた。
「あれはたまたまだぞ? 俺がたまたまおまえを異能者だって知らなかっただけだ。おまえの能力の強さを知ったときは、びっくりしたし」
「偶然でもいいんです。みんなが異能力を通してわたしを見てくるなかで、普通の女の子として先輩に声をかけてもらえたことが、うれしかったから。それに先輩は今でもこうして、あのときと変わらずに接してくれています」
過去のことを話していた陰りはかすみ、もう仁美の顔は明るさを取り戻していた。
「友則先輩には、わたしのことを普通の女の子として見てほしいです。だって先輩は……」
俺は……なんだ?
ま、まさか告白か? 告白されちゃうのか?
ど、どうしよう? 心の準備ができてないよぅ!
仁美は純情な乙女のような顔になると、まっすぐ俺を見つめてきた。
そして胸中の想いを告げてくる。
「先輩は……兄みたいですから」
「兄?」
「は、はい。わたし一人っ子だから、兄妹とか憧れてて、兄がいたら友則先輩みたいな感じなのかなって」
兄……兄ねぇ。
兄妹か……そうか……。
なんだよ、もぉう! 超期待しちゃったじゃん!
てっきり恋人とか言われると思ってたのにぃ~!
それを言われたら言われたで困ってたけどさ、ここは言ってほしかったよね。
「……先輩。なんか、がっかりしてません?」
「してない、してない」
「本当ですか?」
怪しいです、とジト目で睨まれる。
あっ、やばい。なんかまた好感度が下がりそうな予感。
「いや、仁美の気持ちはよくわかるぞ。俺も一人っ子だからな。兄妹とか憧れるし、妹とかほしいよ。そうだ、試しに俺のことを兄貴と呼んでみるか?」
「先輩をですか?」
「あぁ、俺のこと兄貴みたいに思ってるんだろ? だったら呼んでみろよ」
「えっと、それじゃあ……」
両手の指をからめると、仁美は照れ臭そうに見上げてくる。
「に、兄さん」
おうっ。いいね。兄というのも、なかなか悪くない。
仁美は頬を朱色にそめると、口元を拳で隠して、今度はさっきよりもせつなげに呼んでくる。
「と、友則おにいちゃん……」
ズッキューーーーーン!
心臓を撃ち抜かれた。
な、なんだ、これは! とんでもない破壊力じゃないかっ!
「も、もう一度だ! もう一度呼んでくれっ!」
「い、いえ、恥ずかしいので、もういいです!」
「なにを恥ずかしがってるんだ! 俺のことを兄貴みたいに思ってんだろ! 兄妹になりたいんだろ! だったらなろうぜ、兄弟に! ほら呼べ! 俺のことを兄と呼べよ! ほらほら、友則おにいちゃんだよぉ~!」
「そ、そんな積極的な兄はいりません!」
ぐっ……全力で拒否られてしまった。
おにいちゃんなんて大キライ! と妹から言われた兄貴はこんな気持ちなのか。つらいぜ。
ぶっちゃけ、リアル妹とか面倒で生意気なものだという偏見を持っていたが、仁美ならぜひとも我が家の妹として迎え入れたい。
仁美は両腕をクロスさせて二の腕を握ると、真っ赤になった顔を冷やすように繰り返し何度も熱い呼気をもらしていた。
俺も浮いていた腰をベッドに沈めて、おかしくなったテンションをクールダウンさせる。
危ない危ない。あのまま暴走していたら、勢いに任せて「好きだ!」と告白していたかもしれない。
それでフラれたらダメージがでかい。仮に恋人同士になれたとしても、好感度表示の能力で仁美に爆発が起きて嫌われたら、もっと凄まじいダメージを受ける。
というか、俺は告白そのものを恐れている。
過去にことごとく告白に失敗しているせいで、目の前に好きな女の子がいても、どうしても想いを伝えることにストップをかけてしまう。
もしも今回の好感度表示の問題を乗り越えたとしても、いつかまた好感度表示の能力が発動して危機に直面するだろう。
俺は一生、自分の能力に苦しめられる運命にある。
だとしたら、俺が人を好きになることに意味はない。
最初から誰も好きにならなければいい。それがわかっていたから、仁美に出会うまではリアル女子とは親密にならないように注意してきた。
でもあの雨の日、仁美に声をかけずにはいられなかった。どうしても抑えることができなかった。
誰かを好きになってしまうことは、自分の意思では止められない。
「友則先輩?」
仁美は不安そうに俺の顔を覗きこんでくる。
もしかして、まださっきのことで警戒されているのか?
もうおにいちゃんとは呼ばせないから大丈夫だぞ。……たぶん。
「やっぱり、なにか思い悩んでますね」
「え?」
「お祭りのときから気になってましたけど、このところ先輩はおかしいです。どこか無理しています。さっきだってわたしに……変なことを言わせようとしてたし」
うん、あのね。それは好感度表示とは関係ないんだよね。ただおまえがかわいかっただけなんだよね。
「悪いな、心配かけちまって。それと……話せなくて」
仁美はやさしく微笑むと、おもむろにかぶりを振った。
「いいんです。話せないのは、きっと事情があるんだと思います」
仁美からは過去のことを聞いておきながら、自分は何も話さないとか、どう考えても不公平すぎる。
なのに仁美は、無条件で俺のことを信じてくれた。
俺と知り合ってから過ごしたこの一ヶ月という時間を、信じてくれていた。
「でも、本当に参ったときは言ってください。そのときは力になります。わたし……」
仁美は凛とした、それこそ本物の正義の味方のように、強い眼差しで見つめてくる。
「わたし、友則先輩のためなら、本気になれますから」
かっこよく言いきったあとに恥ずかしくなったのか、仁美は頬を赤らめると握った拳を膝に乗せてうつむく。
まったく、かわいいやつだ。
「あぁ、そのときは遠慮なく頼りにさせてもらうよ」
っ、とかぼそい声をもらすと仁美は赤いままの顔をあげる。
「はい。任せてください」
胸に拳を当てて、せいいっぱい強がるように笑ってくれた。
ピコピコピコピコピコン! 頭の中で激しい効果音が鳴り響く。
仁美の好感度が『15→20』にあがる。
えっと、もう大騒ぎする気力もないというか、誰に爆発を起こさせるのか答えを決めかねているので、どういう感情表現をすればいいのかすらわからない。
いやまぁ微妙に焦ってはいるんだけどね。
「今日は先輩の家に遊びに来てよかったです。ボタロウに会えましたし、それに……昔のことを話せて、いろいろすっきりしました」
こっちこそ、仁美の笑顔がいっぱい見れて幸せだった。
俺は仁美のことが好きだって。嫌われたくないって再確認できた。
……だとしたら、やっぱり仁美の好感度がぶっちぎりでダントツなのはやばいな。
ほんと、どうしよう?




