このルートに入るしかねぇ
三人のうちの誰か一人。三人のうちの誰か一人。三人のうちの誰か一人。
仁美。雛子。麗佳。
三人のうちの誰か一人を選んで、嫌われなきゃいけない。
さて、誰にするかな~?
「選べるかああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
仁美が帰って、五時間ほど経っただろうか?
夕飯を食べて風呂からあがり、ジャージ姿になった俺は自室のベッドで跳びはねて自分にツッコんでいた。
例のごとく床にだらしなく寝転がっているボタロウが「どうした坊主?」とでもいうように渋い半目で見てくる。
しばらくデブ猫とにらめっこするが……もちろんなにも起きはしない。
こうやって悩んでても、答えは出ないか。
ベッドから降りると、学習机に腰掛けてノートパソコンを起動させる。
気分転換にネットサーフィンでもしよう。
「おっ、ブログが更新されてるな」
定期的にチェックしているエロゲマスターZという(酷い)ハンドルネームの人のブログを閲覧する。
その名のとおり、ブログの内容はエロゲのことばかり書いてある。
さすがエロゲマスターZ、俺以上にエロゲをやり込んでやがるな。
どんだけエロゲ好きなんだよ。ぜったいキモオタのおっさんだな。ほぼ未来の俺だ。
ブログには、このまえ俺が購入したエロゲのことも書いてあった。
早ぇな。もうクリアしたのか。
ストーリーのネタバレのところは避けつつ、キャラの攻略ルートだけをチェックしよう。
こんなものを確認しなくても狙ったヒロインを攻略できる自信はあるが、変な選択肢を選ばないと個別ルートに入れないとか、そういった意地悪な引っかけでストーリーがつまるのはあまり好きではないので見ておく。
ひと通り攻略内容をチェックしたが、どうやら注意点やひねりのようなものはないみたいだ。定石どおりプレイすれば、コンプリートできる。
「待てよ……」
頭のなかに疑問が浮かぶが……やっぱりやめておく。こんなのは試すべきじゃない。
思考を切り替えると、俺が既にクリアしているエロゲの感想について読む。
そこにはキモイくらいにキャラクターへの愛情や、スタッフへの感謝がつづられていた。
この人がほんとにエロゲが好きなんだってことが、文章から感じとれる。
そしてエロゲマスターZも、俺と同じでヒロインと結ばれないバッドエンドは嫌いみたいだ。
「だよな。やっぱ、ハッピーエンドにしないとな」
口角があがり、笑っていた。どこからともなく、活力がわいてくる。
俺にとって、最高のハッピーエンドはなにかを自問する。
仁美。雛子。麗佳。
三人のうち、誰か一人から嫌われなきゃいけない。
さて誰を選ぶ?
この問いかけ自体が、そもそもまちがいだった。
俺は誰からも嫌われたくない。
三人のヒロインと築きあげてきた時間を、好感度表示なんてわけのわからない能力でぶち壊されてたまるか。
俺にとって、最高のハッピーエンド。
それは、これからもみんなと一緒にいることだ。
そのルートに入って、エンディングを迎えることだ。
そのためには……。
「奏先生のキャンセル能力しかないな」
巷を騒がせている黒い怪獣の能力者を特定して、報酬に好感度表示を消してもらう。
これが俺の進むべきルートだ。
腹を決めると、肩の力を抜いてブログの続きに目を通す。
「あれ? これって……」
そこには、俺を唖然とさせる内容が書かれていた。
◇
先週はちっともあがらなかった雛子と麗佳の好感度だが、翌週からはかなりあげやすくなっていた。二人の過去のことを聞いたのが、功を奏したようだ。
仁美に爆発が起きてほしくないという懸念が働いてか、仁美よりも、雛子と麗佳の好感度を優先的にあげて差を縮めさせた。
時間があれば、意図的に二人を探して会話をした。話しててイラッとくることも多々あったが、楽しかったので良しとしよう。
やっぱりこの二人にも嫌われたくないと、改めて思った。
それから黒い怪獣の件は、俺一人ではどうにもならないので麗佳に相談することにした。
その結果……。
運命が決する金曜日の夜。
俺は亀の甲羅を何十倍にも膨張させたような、巨大なドーム状の建物の前にいた。
「全員そろったわね」
ばさっと優美な仕草で後ろ髪をなであげて、麗佳がここにいるメンツを見回す。
「あの~、どうしてここに来ることになったんですか? 入場料をおごってもらうのはありがたいですけど、説明くらいはしてほしいですね」
雛子がにっこり笑顔を崩さずに、集められた理由を尋ねる。
「えっと、それはだな……」
「黒い怪獣を操る能力者がわかったからよ!」
デデ~ンと擬音がつきそうなほど、麗佳は胸を張って宣言する。
「本当なんですか、先輩?」
仁美は俺に聞いてくる。麗佳にではない。俺に。
「本当よ!」
「あなたには聞いてません」
軽くあしらうと、仁美はこっちに目を向けてくる。
くぅっ、と麗佳は悔しげに下唇を噛みしめていた。
「まだ確定はしてないけどな」
今から四日前、残りカウントが『5』だった月曜日に、黒い怪獣のことで麗佳に相談を持ちかけた。
麗佳は以前から怪しいと目をつけていた生徒に狙いをしぼって調査を進めていたので、その生徒……赤城ほむらが次の金曜に闘技場の試合に出ることを教えたら。
「もし金曜日に闘技場で黒い怪獣が出現したら、赤城さんで決定ね。そのときに彼女を問いつめて、正体を暴いてやるわ」
とかなり決めてかかっていた。
麗佳の調査で最も怪しいと出たのは赤城だ。俺が個人的に調べるよりも、そっちのほうが信頼がおける。なので乗っかることにした。
そういう次第で俺達はドーム状の建物、闘技場の前に集まっている。
ちなみに現在の好感度表示はこうだ。
『カウント:1 氷室仁美:27 近藤雛子:22 立花麗佳:25』
すごくねこれ? 雛子と麗佳の好感度のあがり具合がすごくね。
馬鹿にされたり、凡人と見下されたりした甲斐があったぜ。
振り返ってみれば、どうして俺こんな二人に嫌われたくないんだろうって、何度も首をひねった。それくらい精神が擦り切れた。
「確定してないとはご挨拶ね、友則。うちの使用人たちの調査能力が信じられないとでもいうの?」
「いや、麗佳のところの調査能力は頼りにしてるけど、実際まだ確証はつかめてないだろ?」
「そんなものなくたって、犯人は赤城さんだと状況が示しているわ。違うというなら、どうして赤城さんは黒い怪獣が現れる先々にいたのよ?」
「それはまだわかんないけど。てか、赤城の異能力は漆黒の魔物の具現だろ? 黒い怪獣とは外見もサイズも違うぞ」
「ハッ、これだから凡人は。あのクロキチとかいう魔物はフェイクよ。真の能力は無数に黒い怪獣を具現すること。凡人の目は誤魔化せても、完璧美少女であるこのわたしの目は誤魔化せないわ」
言いたい放題言ってくれやがるな。
おまえだって、内心では自分が完璧じゃないって認めてるくせによ。
「れいか……とものり……」
知らない国の文字でも読むように仁美はつぶやくと、不思議そうに俺と麗佳の顔を交互に見てきた。
そういえば……仁美の前で麗佳の名前を呼ぶのは今夜がはじめてだ。
この五日間、仁美と麗佳が顔を合わせても、麗佳のことは「おまえ」としか呼んでなかった。
「おやおやおや、ここのところやけに距離感が近くなったと思ったら、お二人は互いを名前で呼び合う仲にまで進展してたんですかぁ?」
にんまりして煽ってくる雛子。
こいつ、余計な追及をしやがって。
「そ、そんなんじゃないわ。邪推しないでちょうだい。ただ友達になっただけよ」
「へぇ~、友達ですか。あれれ? でも麗佳さんって、他に男友達はいないですよね? わたしの知る限りでは、女友達ばかりで男性は寄せつけてないような?」
「っ、これからは交友関係を広めて、男性とも仲良くしていくつもりなのよ。決して友則だけが特別じゃないわ。なにか文句があるのかしら?」
「いえいえ、そんなまさか。文句なんてないですよ。ねっ、ひとみん?」
雛子は仁美のほうを向くが、仁美は雛子と目も合わせない。
なぜかって?
だって仁美はさっきからずぅ~と、俺のことを凝視しているからさ。
「……先輩」
「えっ? あっ、はい」
「立花先輩と、仲良かったんですか?」
「良かったというか、ちょっと前に良くなったっていうか……まぁ、友達ではあるな」
「……わたし、知りませんでした」
ブッブ~という効果音。仁美の好感度が『27→26』に下がった。
アウツ。あがるぶんにはうれしいが、下がるぶんにはツライな。
やはりこういった後ろめたい隠し事は、いけないみたいだ。
「わたしだって……呼び捨てにしたことないのに……」
仁美はふくれっ面になると、ぶつぶつとぼやく。
「ふっ、仁美さん。どうやらわたしの勝ちのようね」
「勝ちって、なにがですか?」
「あら? とぼけるなんて見っともないわよ。わたしはこうしてあなたに気取られることなく、狙いどおり友則と親しくなることに成功したわ。完全な勝利としか言えないわね」
勝ち誇った笑みをたたえる麗佳だが、仁美は「この人なに言ってんだろう?」と眉間を寄せている。あと狙いどおりってのはウソだろ。
「朝倉、おまえこの数日間にずいぶん面倒事をしょい込んだみたいだな」
奏先生は、気の毒そうにこっちを見てくる。
なんだろう? この人にまで同情されたら、人として終わった気になるな。
「赤城さんが犯人なのは確定しているのだから、あとは彼女が異能力を発動させる現場を押さえるだけよ。方針はこれでいいわね? もちろん異論は許さないわ」
独裁者がここにいる。
まぁ俺も赤城が犯人でないと困るけど。
「麗佳さんがそこまで言うなら間違いないですよ。自称完璧美少女である麗佳さんがね。これで外していた、もうね……ぷぷっ。そんなことは万が一にもありえませんけどね」
雛子よ、麗佳を馬鹿にする気まんまんの笑みがあふれちゃってるぞ。
赤城が黒い怪獣を操作しているかどうかは不明だが、念のため戦闘能力が高い仁美と雛子は麗佳に誘われて連れてこられた。
戦うことが嫌いな仁美を巻き込むのは気が進まなかったけど、好感度表示のカウントが『0』に近い。なるべく、三人のヒロインたちには目の届くところにいてほしい。
戦闘では役立たずの奏先生を誘ったのは、いつでもすぐにキャンセル能力を使ってもらうためだ。そのためだけに呼んだ。ほんとそのためだけに呼んだ。それ以外は役に立たない。
あとは……。
「あ、あの、わたしまで一緒に来て、よかったんでしょうか?」
今までずっといたにはいたが、一言も発言できなかった堀田ちゃんが居心地が悪そうに聞いてくる。
「あれれ? 堀田ちゃんいたんだ? いたなら話しかけてくれればよかったのに?」
「は、話そうとしたんですけど……三人の圧がすごくて……ごめんなさい」
謝ることないよ。俺だってヒロイン三人のプレッシャーは怖いもん。口はさめないもんね。
「おまえは意地悪なことを言うな」
シッシッと手で追い払うと、雛子は「ひどぉ~い」と冗談めかして笑ってきた。
「このまえのお祭りは一緒に行けなかったからな、今回は誘おうと思ってさ」
そうですか、と堀田ちゃんは覇気のない返事をする。
このまえゲームショップの駐輪場で話したことを、気に病んでいるようだ。
ま、堀田ちゃんを誘ったのは俺の個人的な興味なんだけどな。
「その、赤城先輩が黒い怪獣を操っている能力者だとして、それが判明したら、みなさんは赤城先輩をどうするつもりなんですか?」
堀田ちゃんは物憂げな面持ちで問いかけてくる。
「そんなの決まっているじゃない。悪は断罪すべきよ。抵抗するようなら、力づくで押さえつけるわ」
「えっ? そうなんですか?」
「そうなんですかって……雛子さん、あなた赤城さんをどうするつもりだったのかしら?」
「わたしはなんで黒い怪獣を操って人を脅かしているのかを聞きたいですね。もしかしたら、やむえない事情があるのかも。裁くべきかどうかは、その後にわたしが判断します」
「まさかあなた……赤城さんを調和機構に渡さない、なんて言い出さないでしょうね?」
「さぁ、どうでしょう? 場合によってはそうなっちゃったりして」
うわ~、ぴりついとる。
にやにやとおちゃらけているが、雛子は麗佳ほど調和機構に重きを置いてない。状況次第では本当に赤城を調和機構に引き渡さないかも。
そして父親を調和機構の幹部に持つ麗佳は、切れ味の鋭いナイフのような目つきで雛子を睨んでいる。自分の信じる正義感をコケにされて憤慨していた。
「ひ、氷室さんは、どうするつもりなんですか?」
堀田ちゃんは冷や冷やしながら仁美に話を振る。
ぴりついた空気を察したようだ。グッジョブ。
「わたしですか?」
完全に自分は蚊帳の外だと思い込んでいたらしく、仁美はやる気のない返事をする。
どうやら最初から赤城に関わるつもりすらなかったみたいだ。
俺としては仁美が望まないなら、戦闘には加わらないでほしい。
「わたしは……できれば戦わずに済ませたいですね。話し合いとかで」
ぷっふ! と雛子が吹き出した。
「え? え? それ言ちゃうの? よりにもよってひとみんが? だめだめぇ~。だってひとみん、怪獣さんたちから集中的に狙われていたよね? そのひとみんが話し合いで解決とか無理だよぉ~」
「それは、やっみないとわかりません」
「やる前から結果は火を見るよりも明らかじゃないかしら?」
麗佳は腕組みをして溜息をついていた。
「赤城さんの操る黒い怪獣がどうして仁美さんを狙ったのかは知らないけど、話し合いで解決できるとは到底思えないわね。相手がまた牙を剥いてきたらどうするの? それでも話し合いを続けるつもりかしら?」
「わたしだって、戦わなきゃいけない局面がきたら戦います。でもそれは、やむをえないときです」
三人の意見が噛み合わず、主人公をとりあうエロゲのヒロイン達ばりに火花を散らしている。
「友則先輩はどう思いますか?」
「えっ? 俺?」
「はい。先輩の意見が聞きたいです」
そんな、信じてますからという目で見られても……。
「友則、悪は断罪されるべきでしょ?」
「友則さん、どう裁くかは自分の手で決めたいですよね?」
「いや、それはだな……」
なんてこったい。
今度は俺が、ヒロイン達から迫られるエロゲの主人公みたいになってんじゃん。
これ、どう答えたって誰かの好感度が下がるよね?
「なんでもいいから捕まえればいいだろ、捕まえれば。どうするかは、そのあとでじっくり決めればいい」
年長者である奏先生が仲裁に入った。
ヒロイン達は三者三様の面持ちで、俺へのガン見をやめる。
助かった~。奏先生、あんたいま、はじめて役に立ったぜ。
しかし、これはよくない兆候だ。いざってときに、ヒロイン三人の意見がばらばらになったらやばいな。黒い怪獣よりも、そっちのほうが厄介だ。
まったく、好感度表示の問題もあるってのに。
日付が変わる午前零時まで、あと三時間ちょい。
もう時間がない。今夜中にケリをつけないとバッドエンドだ。
もしも赤城が黒い怪獣を操る能力者じゃなかったら……奏先生にキャンセル能力を使ってもらえない。
そしたら土下座でもするか?
いや、調和機構の許可なくキャンセル能力を使うのはリスクがあるんだ。俺の土下座くらいじゃ了承してくれないだろう。
こうなったらもう赤城が犯人であることに賭けるしかない。
「それじゃあ、闘技場に行くわよ」
麗佳は仕切って、みんなを先導する。
年長者の奏先生を立てようとか、そういう心づかいは一ミリもなかった。
闘技場に選手として登録している異能者は、試合に出るだけで報酬がもらえる。勝ち続けて人気が出れば、さらにファイトマネーは増えるそうだ。
赤城が選手登録しているように、選手になるのに年齢は関係ない。異能者として強ければ、それだけで資格がもらえる。
異能者同士の試合といっても殺しはタブーだ。ポイント制で、ステージ上で戦うことになっている。
もっとも、過去には試合中にヒートアップして、対戦相手を瀕死に追い込んだ選手もいるそうだが。
そういった経緯もあってか、闘技場は批判の対象にされやすい。
野蛮な連中が集まる場所だと思われているし、実際会場内には野蛮そうな観客ばかりが目についた。
場内の中央にある正方形のステージを四方から囲むように段状の観客席が設置されていて、そこにはアドレナリンがドクドク出て目の血走ったおっちゃんや若者が「やっちまえ!」「死ね!」「殺せぇ!」とか、放送禁止用語をからめた罵声を連発している。
独特の熱気がたぎっており、踏み込んだだけで軽く興奮してきた。
「みんな、あんなに叫んで疲れないんでしょうか?」
仁美は檻のなかで騒ぐ動物園の猿でも見るような、辟易とした視線を観客にそそいでいる。
「もしかして、闘技場はあまり好きじゃないか?」
「はい。異能力で傷つけあったりするのは嫌いなので、娯楽としては楽しめそうにないです。友則先輩が来ないなら、たぶん今夜も来てませんでした」
争いごとを好まない仁美にとって、ここは進んで足を向けるような場所じゃないよな。
「同感ね。異能力を見世物にしている連中なんて、できれば目にしたくもないわ」
異能者としての誇りを持ち、日々の鍛錬で自分を高めている麗佳にとっても心地良い場所ではないらしい。
「そうですか? わたしはわりと好きですよ。どっちが勝つのか、見ててわくわくします」
雛子が二人とは真逆の意見を口にする。
「理解に苦しむわね。こんな卑俗な見世物のなにがいいんだが」
「え~。闘技場での異能力バトルといえば、古い少年マンガのお約束ですよ。おもしろいじゃないですか。ねぇ、友則さん?」
そこでにこにこしながら俺に振るあたり、雛子の性格の悪さがうかがえる。
おかげで仁美と麗佳がそろってこっちを見ちゃってるよ。なに君たち? 実は仲良しなの?
本音を言えば、俺も闘技場での試合は見ててわくわくする。異能力バトルをやるのはごめんだが、見るぶんには大好きだ。
けど、これをまんま口にすれば好感度が下がりそうだな。
「その反応からするに、友則さんも闘技場での試合が好きみたいですね。よかった、わたしと一緒ですね」
「うっ……」
返答に窮していたら、雛子が笑顔で俺の心中を代弁してきた。
ピコンと音がして、雛子の好感度が『22→23』にあがる。
やったぜ! 雛子の好感度があがった! いや、あがっちゃだめなんだけどね。
ここまではいい。ここまでは。問題は残りの二人だが……。
「やっぱり先輩も、こういうところが好きなんですね。男の子だからしょうがないといえば、しょうがないですけど」
ハァと溜息をつかれるが……好感度に変動はない。
さすがひとみん! 理解のある女だぜ!
ということは……これ麗佳もいけんじゃね? 許してもらえんじゃね?
ちらりと麗佳を見ると。
「見損なったわよ、友則。こんな下賎なものを見て高揚するだなんて」
ブッブ~と音が鳴って、麗佳の好感度が『25→24』に下がった。
だめだった。ふつうに麗佳はだめだった。
「そこに正座なさい。友人としてこのわたしがじきじきに、異能力がいかに崇高なものであるか、たっぷり時間をかけて教えてあげるわ」
「たっぷり時間をかけている余裕はないだろ? いまは赤城の件で忙しいんだから」
好感度表示のこともある。
麗佳の長話に付き合っていたら、それだけでタイムリミットが過ぎてしまいそうだ。
「ぐっ……いいわ、説教は次の機会にしてあげる」
いや、そんな機会は永遠に来なくていい。
こいつ、将来は子供にウザがられる母親になるな。
ちなみに堀田ちゃんは会場の熱気に当てられたせいで、ライオンの群れのなかに放り込まれたウサギばりにびくついていた。顔色も悪い。
ここは堀田ちゃんのような子が来ていいところじゃないな。今さらながら、誘ったことを謝りたい。
「ところで奏ちゃんの姿が見当たらないですけど、どこに行ったんでしょうね?」
そういえば、いつの間にか奏先生の姿が消えている。
未成年を放っておいてどこにいったんだ、あの特別顧問は?
「いました」
仁美の視線を追いかけてみると、通路口から奏先生が出てきた。
俺たちを見つけるとスタスタと歩み寄ってくる。
「どこに行ってたんですか? 生徒を放置して?」
「すまんな。ちょっと賭け金を突っ込んできた」
賭け金と聞いて、仁美、麗佳、堀田ちゃんが怪訝そうにする。
「もしかして先生……」
俺が目を細めると、奏先生はとりすました表情で眼鏡のブリッジをくいっと押しあげる。
「あの、先輩。賭け金ってどういうことですか?」
「いや、客の間では非公式に賭博が行われてるんだよ。どの試合で、どっちの選手が勝つかな。もちろん運営は禁止しているが、ぶっちゃけ見て見ぬふりをしている。それで来場者が増えるなら、ってことでな」
「……わたし、ますますここが好きになれそうにありません」
「右に同じね」
仁美と麗佳は、そろって不味いものでも食べたような渋面になる。やっぱりおまえら仲良しだろ。
「それで奏ちゃんはいくら賭けてきたんですか? まさかせこい金額じゃないですよね?」
「ふっ、近藤。わたしをなめるなよ」
キランと眼鏡を光らせると、奏先生は物々しく掌を突き出して、賭けた金額を言い放つ。
「わたしは、今月の生活費の半分を突っ込んできたぞ!」
「おぉ~、さすが奏ちゃん。破滅を恐れない勇者。まともじゃないですね」
パチパチと小さく拍手する雛子は、おもしろそうに嘲笑していた。
というか今月の生活費の半分って……マジかこの人? 外したらどうすんだ? 破滅を恐れない勇者だが、恐れないだけであって破滅しないとは限らないぞ。
「先輩……わたし、こういう大人にだけはならないようにします」
「そうだな。奏先生は教師は教師でも、いい反面教師だな」
先生が合流したので、なるべくステージが見やすい前列の座席に腰をかける。
「ここからだと、試合の臨場感がダイレクトに伝わってきますね」
雛子は手で庇をつくって現在ステージで行われている試合を眺めながら、俺の右隣に座ってきた。
「ふん。しょせん低俗な連中の試合ね。実戦に臨む調和機構のメンバーに比べれば、力量は足下にもおよばないわ」
ステージ上で繰り広げられる試合に文句をたれつつ、麗佳は腕組みをしてどっかりと俺の左隣に座り、すらりとした長い脚を組んだ。
麗佳の左隣には奏先生が、奏先生の左隣には堀田ちゃんが座った。
で……なぜか仁美は、カカシみたいに突っ立ったまま座ろうとしない。
「どうしたのひとみん? わたしの隣に座っていいよ」
「いえ、わたしは……」
仁美はどこか物欲しそうな目で、俺を見てくる。
どうしたんだ?
「あっ、そういうこと」
にやりと雛子の唇が邪悪につりあがった。
嫌な予感がすると、雛子は俺の右腕に両腕をからめてしなだれかかってくる。
おう、ひかえめなおっぱいの感触が当たるぜ。
なっ、と仁美は面食らう。ぐっ、と左隣にいる麗佳からは殺意の波動が感じられた。
「ひとみん、友則さんの隣に座れなかったのが残念なんだよね? わたしと麗佳さんが先に取っちゃったから」
「そんなんじゃありません。というか、ひっつかれて先輩が困ってます。離れてください」
「そうよ、離れなさい」
「……立花先輩。離れなさいと言いつつ、先輩の左腕をつかまないでください」
麗佳はハッとすると、俺の左腕から慌てて手を離す。
頬を桜色にそめると恨めしそうに睨んできた。どうやら無意識の行動だったらしい。
「雛子も先輩から離れてください。そうやって先輩に迷惑をかけるなら、そこからどくべきです」
「ほらぁ、やっぱりひとみんこのゴミム……友則さんの隣に座りたいんだ」
いまこの子、ナチュラルに俺のことゴミムシって言おうとしたよね?
いつも心のなかで俺をどう呼んでいるのかな?
「もしかして、ひとみんって……」
「なんですか?」
「わたしの勘違いならいいんだけど、友則さんのことが好きなのかなぁ~って」
こ、こいつ、まだ好感度表示の問題が解決してないのに、とんでもない質問をぶっこんできやがった!
そして左隣の麗佳がゲホッゲホッとむせている。
「ちがいますよ」
「え? あっ、ちがうの?」
「はい。ちがいます」
きっぱりと仁美が切り返してきたので、雛子は目を白黒させる。
「友則先輩のことは、兄みたいに思ってますから」
屈託のない笑顔で、仁美は自らの想いを吐露する。
その笑顔がまぶしすぎて、俺はハートブレイクしそうだ。
ちょっとくらいは恋人になりたいとか言ってほしかったぜ。
「な、なるほど、兄か。そっか、うん、わたしの予想どおりだよ」
うそつけ。
「そうそう、じつはぁ、わたしも友則さんを兄みたいに思ってたんだよね。ずっと友則さんの妹になりたいなって」
重ねてうそをつくなよ。
「ねぇ友則さん。わたし、友則さんの妹になってもいいですか?」
「おまえみたいな妹はいらん」
「えぇ~、ひどぉ~い」
にこにこしながら小柄な体を揺さぶると、さらに身を寄せて密着してくる。
そして甘えるような上目づかいで、ささやいてきた。
「ほんとうに、わたしのこといらないの? 友則おにいちゃん」
あざとい! なんてあざといんだ! この小悪魔系妹は! 困ったことに超かわいい! 窒息しそうなほどに心臓がとびはねたぜ!
それと仁美と麗佳から送られてくる空間をゆがめそうなほどの凄まじい視線が恐ろしい。こいつら、眼力だけで人を殺せるな。
誰か助けてほしいが、奏先生も堀田ちゃんもなるべくこっちに関わりたくないようで、ステージ上の試合を見るのに夢中で気づいてないよ、という演技を貫いている。
「あれ~、おにいちゃん? 顔を真っ赤にしてどうしたの? もしかして照れてるの? かわいい~、つんつん」
つんつんと言いながら、本当に俺の頬を指先でつんつんしてくる。
これで二人っきりだったら、最高に幸せだったのにな。
「先輩……」
「友則っ!」
ブッブ~という音が二重奏で鳴った。
仁美の好感度が『27→26』に、麗佳の好感度が『24→23』に下がった。
「ち、違うぞ! 今のは雛子が勝手につんつんしてきたのであって、俺からつんつんを要求したわけじゃない! おまえもいい加減に離れろ!」
「えぇ~。もうちょっと遊んでいたかったのに」
ひかえめなおっぱいの感触と一緒に、雛子の体が離れていく。
俺ももうちょっとくっついていたかったよ。もっとおにいちゃんと呼ばれたかったよ。
やれやれだぜ、と困ったふうを装ってかぶりを振るうと、左側にいる麗佳と目が合った。
麗佳はびくりとすると、自分の体を抱きしめて身を引いた。
「ま、まさかわたしにも妹になれと言うつもり? くっ、なんて妹好き……」
「ちげぇよ。俺を誰でも彼でも妹にしたがる変態みたいに言うな」
「どうかしらね? このわたしに、お、おにいちゃんとか、そういうことを言わせて、楽しむつもりだったんじゃないのかしら?」
いまおにいちゃんと呼ばれて不覚にもドキッとしたけど、それを口にしたらややこしいことになりそうなので、やめておく。
「んなわけあるか。第一おまえは俺と同い年だろ」
「そうですよ、麗佳さん。同い年の妹なんて、そんなの真の妹じゃありません」
「あなたも真の妹ではないでしょ?」
「あっ、そうでした」
軽めにこつんと頭を叩いて、てへと舌を出す。
こういう仕草って、男から見たらかわいいけど、女からすれば相当イラッとくるんだろうな。だって仁美と麗佳がイラッとしてるもん。
「それより、仁美がどこに座るかだけど」
「あぁ、そうでしたね。では友則さん、そこからどいてください」
「え? 俺がどくのか?」
「はい。友則さんはそこからどいて、わたしの目の前で四つん這いになってください。わたし、その上に座りますから」
「俺が椅子になってんじゃねぇか!」
「え? 人間椅子になりたいんじゃないんですか?」
「んなもんになりたかねぇよ!」
どちらかといえば、おにいちゃんになりたいよ!
「冗談ですよ、冗談」
こいつなら本気でやりかねないので、冗談には聞こえなかった。
結局、仁美には俺が腰かけていた雛子と麗佳の間に座ってもらうことにした。
仁美はかなり不服そうだ。なんてったって、両サイドには雛子と麗佳というウザさでは人後に落ちないツートップにはさまれているからね。そりゃあ嫌だよ。
で、俺は危険地帯であるヒロイン三人から離れて端のほう、堀田ちゃんの隣に座った。
好感度表示が発動した状態でイチャコラするのは気苦労が絶えない。
ヒロインたちから距離をとって、ようやく人心地がついた。
「あっ、そういえば正式なタイトルは知らないんだけどさ、『いせ恋』っていうおもしろい映画があるってクラスメイトから教えてもらったんだが、誰か知ってるか?」
「いえ、聞いたことありません」
雛子と麗佳にはさまれて、げんなりしている仁美が首を振った。
「そうか。まぁマイナーな作品らしいからな」
全員の反応を横目で確認すると、視線を正面に戻してステージ上の異能力バトルを眺める。
しばらく試合を観戦するが、一向に何かが起きる気配はない。
ていうか日付が変わる深夜零時まで、残り二時間を切った。
おいおい、大丈夫なのかこれ? このままなんのイベントも発生せずにカウントが『0』になったら最悪だぞ。今日までの苦労がぜんぶ水の泡だ。
「あ、朝倉先輩……なんだか目つきが、飢えた獣みたいになってますけど」
「え? あぁ、悪い。気になることがあってな」
いかんいかん。
焦燥が顔に出て、隣にいる堀田ちゃんを引かせてしまった。
「ふむ、少し喉がかわいてきたな。どれ、飲み物でも買ってくるとするか」
奏先生が席から立ちあがった。
「わたし、きっつい炭酸でお願いします」
「わたしは紅茶ね」
なんの遠慮もなく、雛子と麗佳が先生をパシリにしようとする。
「貴様ら、わたしをなんだと思っている? 飲み物がほしいなら自分の足で買ってこい」
「お金はこれで払っておいてちょうだい。おつりは先生の好きにしてかまわないわよ」
麗佳は指にはさんだ万札を奏先生に差し出す。
さすがは金持ち、太っ腹だ。
「立花、大人を馬鹿にするのも大概にしろよ。そんな金で、特別顧問であるわたしが従うとでも思ったか?」
厳しく教え子に注意すると、奏先生は万札をひったくるようにつかみ、ズボンのポケットにねじこんだ。
うん。わかってたけどね。この人が、こういう人だってことはわかってたけど、がっかりだよ。
「俺もついていきます。仁美と堀田ちゃんはなにがいい?」
「わたしたちのぶんも、いいんですか?」
「どうせ麗佳のおごりだ。好きなのを頼め」
「べつにおごるのはかまわないけど、なぜあなたが許可しているのかしら?」
麗佳はブスッとするが、ちゃんとおごるあたり懐がひろい。
「では、わたしはスポーツドリングを」
「わ、わたしは麦茶とかでいいです」
オーダーを聞くと、奏先生と一緒に通路口をくぐる。
電灯が青々と照らしている廊下を進み、自販機のところまで歩いていく。
「奏先生。赤城が黒い怪獣の能力者だと判明したら、すぐに頼みますよ?」
「ん? あぁ、おまえにゼロオリジンを使うことか。任せておけ」
ずいぶんと投げやりな返事だ。
本当に大丈夫なのか? 不安になったところで、もう遅いけど。
「なんにしても、さっさと赤城の試合が始まってほしいものだな」
「やっぱ、気になりますか?」
「当たり前だろ」
ダメな点ばかり目につくけど、なんだかんだでこの人も調和機構のメンバーだ。
黒い怪獣の件を危惧している。
「赤城の勝敗によって、わたしの賭け金が何倍にもなって返ってくるか、それともおじゃんになるのかが決定するからな。気にならないわけがないだろ」
「ってあんた、教え子の試合に賭けたのかよ!」
「そうだが、文句あるか?」
ないよ、ないけど見損なったよ。
「つまり、先生は赤城に勝ってもらわないと困るんですね?」
「いや、負けてもらわないと困る」
しかも負けるほうに賭けたらしい。
教え子を信じないとか、教師失格だな。
それから俺達が注文された飲み物を観客席に持っていくと、まもなく赤城の試合が開始されるというアナウンスが流れてきた。




