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たとえおまえが俺を嫌いでも



 残りカウントが『4』になった翌日の日曜日。

 アニメ、漫画、ゲームなどのさまざまなコンテンツを扱う『クリエイトユニオン』のイベント会場に俺はやってきていた。

 有名どころから知名度の低いものまで、さまざまな企業ブースが立ち並び、お客さんは若者もいれば中高年もいて、年齢層は幅広い。

 人口密度の高い会場内で、俺の傍らには連れである仁美、雛子、麗佳。

 それから……。


「なんでおまえいんの?」


 こんなところでも歩きながら本を読んでいるシズクは、俺が声をかけると不機嫌そうに睨んでくる。


「理由なら、もう話したはずよ」

「いやまぁ、そうだけどさ……」


 昨日の勝負、俺がイチカを撃っていたら勝っていたが、あえて撃たなかった。勝てたはずなのに、勝ちを逃した。

 シズクはその結果が気に食わなかったらしく、勝負は引き分けということになった。決着は後日またつけることになり、今後いっさいつきまとわないという約束も反故にするそうだ。

 そうして話がまとまると、雛子は用意していたとっておきの切り札を出してきた。


「そういえばシズクさん、知ってましたか? 明日の『クリエイトユニオン』では、マジカルイチカのイベント限定フィギュアが販売されるそうですよ?」


 そう持ちかけると、シズクは抑揚のない口調で、しかし食い気味に「いくわ」と即答した。


「勘違いしないでもらいたいのだけど、わたしが今日来たのは昨日の勝負で本当なら負けていたのに、結果として勝ってしまったからよ。あんな勝ち方では納得できないから、同行しているのよ。決してマジカルイチカのイベント限定フィギュアに釣られたわけじゃないわ」


 なんか淡々と主張しているけど、強がっているようにしか見えないのはどうしてだろう?

 俺と話していて気分が悪くなってきたのか、シズクは本を閉じると先に前へと行ってしまう。


「ね、友則さん。わたしの言ったとおりになったでしょ?」


 物音も立てずに、こっそり背後から寄ってきた雛子が声をかけてくる。

 なにおまえ? 俺にとり憑いてる悪魔かなにか?


「まぁ、そうだな」


 商店街にある漫画専門店でシズクを見かけたあと、雛子は言ってきた。


 ――明日の勝負ですけど、わたしたちの勝ちみたいですね。


 あれは、こういう意味だったんだ。

 あのときシズクが凝視していたのは、店の窓ガラスに貼られていた販売中のマジカルイチカのアニメポスターだった。シズクはポスターを購入しようと店に入ろうとしたが、たまたま俺たちが居合わせたので購入を断念した。

 そして雛子は、シズクがマジカルイチカを好きなことを見抜いていた。

 マジカルイチカほどの人気コンテンツなら、オタクイベントで扱っていてもおかしくはない。あらかじめ『クリエイトユニオン』でマジカルイチカ関連の商品が販売してないかを調べておいたのだろう。


「要は、シズクさんをイベント会場に引っぱってくればいいんですよ。仮に友則さんと一緒に来るのを嫌がったとしても、シズクさんが一人で来たところを偶然を装って合流すればいいわけですし」


 昨日の勝負、勝っても負けても雛子は最初から限定フィギュアというエサでシズクを釣るつもりだったようだ。

 ぷっすすすすす、と雛子は手を口に当てて笑うと、前にいるシズクのもとに歩み寄っていく。なにか声をかけているが、たぶんからかっているのだろう。シズク、すっげぇウザそうにしてるもん。

 体中の空気が抜けるように、盛大な溜息がこぼれる。

 昨日の苦労は一体なんだったのか?


「これじゃあ俺が勝負した意味なかったな……」

「そんなことはないです」


 寄り添うように仁美は隣にくると、口早に否定した。


「雛子はあぁ言ってましたけど、昨日の勝負がなかったら、たぶん真宮先輩は今日ここにはきてません。先輩が最後にマジカルイチカを傷つけなかったから、真宮先輩はきてくれたんです。だから、先輩のがんばりは無意味なんかじゃありません」

「おまえにだけでもそう言ってもらえて、報われたよ」


 仁美と見つめあって互いに微笑すると、前にいる三人の背中を追いかけた。




「あっ、ほら見てください。マジカルイチカの新シリーズのコスプレができるそうですよ」


 マジカルイチカ関連の商品が並ぶブースに入ると、雛子は陳列されている魔法少女たちのふわふわ衣装を指差した。


「ふっ、完璧美少女であるこのわたしがコスプレをしたら、本物を超越した存在になってしまうわね」


 それがどんな存在なのかは知らないが、後ろ髪をなであげる麗佳はノリノリだ。


「マジカルイチカのシリーズは好きですけど、あの手の衣装を着るのはちょっと……」

「えぇ~、ひとみんノリわる~い。シズクさんはどうですか?」


 シズクがマジカルイチカを好きだと知っているからか、雛子は口元に薄ら笑みを浮かべている。ほんと、やな子ね。


「わたしもコスプレをする趣味はないわ。それよりもっと別のものを見にいったらどうかしら? たとえばそう……人形とかね」


 シズクは妙にそわそわしている。人形って言ったけど、早く限定フィギュアがほしいだけだよね? 欲求がポロリと出ちゃってるぞ。


「友則さんはどうです? 昨日は大喜びで女装して、逃げまわるシズクさんを追いかけてましたけど?」

「おい、やめろ。人を犯罪者みたいに言うな」


 せっかくあがったシズクの好感度が下がったらどうする?

 懸念を抱きつつ、シズクを見るが……これといって表情に変化はない。効果音も聞こえてこない。よかった、セーフのようだ。

 これは気のせいかもしれないが、シズクの態度が軟化しているように思える。昨日までだったら、絶対に嫌な顔をされていた。

 もしかして、好感度をあげたことが影響しているのか?


「まぁ友則さんにコスプレされたら、そばにいるわたしたちも恥ずかしいですからね。すみませんが、今日は我慢してください」

「いや、別にコスプレしたくねぇから。なにその俺が率先して女装したがっているような言い方?」


 確かに昨日の鬼ごっこで女装には慣れつつあったけど、こんな知らない人ばかりの場所でやれるほどプロじゃねぇよ。


「じゃあ質問を変えますね。わたし達がコスプレした姿は見たいですか?」

「そりゃあ……」


 待て! うかつに口走るな!

 雛子と麗佳はやぶさかではないみたいだが、仁美とシズクは乗り気じゃない。

 今の俺の最優先事項は、ちょっとでもシズクの好感度をあげることだ。

 なら、答えは明白だな。


「ひとみんとか見た目がかわいいから、とっても似合うと思いません?」

「思う! すっごく思う! 仁美のコスプレ見たい!」


 グッと拳を握って同意する。その拳で自分を殴りたくなる。

 なに正直に答えちゃってんだ。いくら仁美のコスプレが見たいからって、ここは我慢するところだろ。我慢できなかったけど! 仁美のコスプレ見たいけど!


「せ、先輩……」


 仁美は桜色に頬をそめる。

 ピコンと音が鳴り、仁美の好感度が『28→29』にあがった。

 なんてこった。これでまたシズクとの差がひらいてしまった。

 そのシズクはといえば……なに言ってんだコイツみたいな目つきをしている。だけど好感度に変動はない。ホッとする。ホッとするが、その目つきはキツいよね。


「友則、当然わたしのコスプレも見たいわよね?」


 麗佳は豊満な胸に手を当てて、目尻をつりあげてくる。ノーは許さない眼力だ。


「あ、あぁ、もちろん見たいよ」


 望みどおりの返答をしてやると、麗佳は満足げな笑みを浮かべて鼻を鳴らした。

 こう答えないと、絶対に怒り出してキーキー騒ぎ立ててただろうな。

 で、今度は仁美がすねたように唇をとがらせる。

 うむ。面倒くさい。エロゲ主人公は常にこの状況を生きているのだから大したものだ。尊敬する。


「というわけで、みんなでコスプレしましょう」

「なにが『というわけ』なのかわかりません。先輩が見たいからって、わたし達がコスプレをする理由にはなりませんよ?」


 仁美がすごくまっとうなことを言う。麗佳をほめたこと、まだ怒ってるのかな?


「同感ね。そこの男の願望を叶える必要性を感じないわ。それよりも他の商品を見て回るべきじゃないかしら? たとえばそう、人形のあたりとか」


 シズクはさらりと俺のことを否定しているけど、さっさと限定フィギュアがほしいだけだよね? 他人の願望じゃなくて、自分の願望を叶えようとしてるよね?


「ひとみん、本当にいいの? 友則さん、あんなにひとみんのコスプレが見たいって鼻息を荒くしているのに? 変な意地を張らないで素直になりなよ」

「べ、べつに意地なんて張ってません」


 仁美は唇を波打たせると、ちらちらとこっちに視線を送ってくる。

 それと俺は鼻息を荒くなんてしていない。


「だったらジャンケンで決めるというのはどう? イチカの新シリーズのメインキャラは三人組だから、わたし、仁美さん、雛子さん、真宮さんの四人でジャンケンをして、勝った三人がコスプレをする。負けた一人はしなくていいというのは」


 勝負事を好む麗佳が折衷案を申し出る。もち、コスプレする人物のなかに俺はふくまれていない。別に不満じゃないぞ。


「四分の三ですか……」


 仁美はどうしようかと迷う素振りを見せるが、俺と目が合うと面映そうに視線をそらした。


「まぁ、それでしたら……」


 渋々ではあるが、了承してくれる。


「真宮さんはどう?」

「なんでもいいから、早くしてほしいわね」


 限定フィギュアのことで頭がいっぱいなシズクは、投げやりだ。


「決まりね。ふふ、仁美さん。今日こそあなたに勝ってみせるわ!」


 今の台詞を訳すとあれかな? コスプレしたいってことかな?


「それじゃあいくわよ。最初はグー!」


 裂帛の気合いがこめられた麗佳の掛け声によって、少女たちの戦いが火ぶたを切った。

 結果からいえば、最強である仁美はここでも最強っぷりを発揮し、真っ先に勝ってコスプレが決定。勝った本人は自分が勝ったことが信じられないようで、右手のチョキをガン見していた。

 仁美に負けたことが悔しい麗佳はグヌヌッとなりながらも二番目に勝ち、「ひとみんすご~い」とケラケラ笑う雛子は三番目に勝った。

 最後まで負け続けて一人だけコスプレを逃れたシズクは、肩の力を抜いてかぶりを振るう。罰ゲームからまぬがれた心境なんだろう。

 コスプレすることになった三人は各々の衣装を手に試着室に入っていく。当たり前だが、聞き耳を立てても衣擦れの音はしないのでドキドキはない。けどそれとは別に、シズクと二人だけの空間になって気まずい。そっちのことでドキドキした。

 しばらく妙な沈黙が続き、手汗が湿っちゃったよね。

 話しかけようにも、シズクはバッグからまた本を取り出して読書にふける。俺に話しかけてくんなオーラを向けてくる。

 ここで話しかけても、かえって好感度を下げかねない。沈黙は金だ。断じて、ひよったわけじゃないぞ。そこは勘違いすんな。


「おまたせしましたぁ~」


 最初に着替えを終えたのは雛子だった。

 小気味よい音を立てて試着室のカーテンが開くと、ひまわりのような黄色いウィッグと、ふわふわな衣装をまとった魔法少女が出てくる。

 不覚にも舌を巻いてしまう。

 いや、だってぜんぜん期待してなかったから。それがフタを開けてみれば、もといカーテンを開けてみれば、本当に二次元から飛び出してきたような可憐な魔法少女が登場した。


「どうですか、友則さん? 見とれましたか?」


 くるりとあざとく一回転してスカートをなびかせると、左手に握ったステッキを向けて星でも出てきそうなウインクをする。


「あ、あぁ……びっくりしたよ。すげぇ似合ってる」


 思わず感じたままを口にしてしまう。

 雛子は不意打ちでも食らったように目をぱちくりさせたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「まさかそこまで喜んでもらえるとは思いませんでした。今日から友則さんも、大きなお友達の仲間入りですね。キモイです」

「俺のことはディスっていいけど、他の人たちのことまでディスるな」


 いい大人だって子供向けアニメを見ちゃうんだよ。それが日々の癒しになるんだよ。

 ピコンと音が鳴ると、雛子の好感度が『27→28』にあがる。

 本当はほめられてうれしいんじゃねぇか。素直じゃないというか、ほんとひねくれている。

 てか、好感度あげちゃだめなのに、なにほめちゃってるんだ俺は。


「……近藤さん」

「はい、なんです?」


 深刻な面持ちをしたシズクが、スタスタと雛子に近づいていく。熱烈なファンとして、ぜんぜんキャラをわかってないとか物申すつもりか?


「……写真、撮ってもいいかしら?」


 そっちか。シズクも雛子のコスプレの出来栄えにやられちゃったのか。


「はい。いいですよ、どうぞ」

「ありがとう。それと決めポーズはそうじゃないわ。こうよ」


 なんか映画監督みたいに、ポーズについて指導しはじめたよ。

 雛子がポーズを決めると、シズクはかすかに口元をほころばせてケータイで写真撮影をする。さっきまでここにいるのを億劫がってたくせに、もう完全に楽しんでる。


「待たせたわね! さぁ、このわたしをほめ称えなさい!」


 麗佳の高らかな声がすると、勢いよくカーテンが開いた。

 ブドウのような鮮やかな紫色の髪と衣装をまとった魔法少女が出てくる。

 雛子と違って、きれいという言葉がよく似合う。これまた二次元から飛び出してきたのではないかと我が目を疑ってしまうほどの完成度だ。


「どうかしら友則? さぁ、好きなだけわたしをほめていいわよ?」

「……口さえ開かなければ、いいのにな」

「なんですって!」


 ムキーッとうなる麗佳。

 いや、ほんともったいない。


「けど、めちゃくちゃきれいだよ」

「っ……! は、はじめからそう言えばいいのよ!」


 顔を赤くすると、フンとそっぽを向く。

 ピコンと音が鳴り、麗佳の好感度が『24→25』にあがる。

 し、しまった。うっかりほめちまった。

 でも見た目だけなら文句のつけようがないほどバツグンなんだよな。これを前にして賞賛しないでいるなんて無理だ。


「……立花さん」


 忍び寄るようにして、シズクは麗佳に近づいていった。


「写真、いいかしら?」

「かまわないわよ。このわたしの美しい姿を後世に残すため、好きなだけ撮るといいわ」

「ありがとう。それと決めポーズはこうよ」


 シズクはまた映画監督さながらの指導して、パシャパシャと写真を撮る。撮られる側の麗佳はとても上機嫌だ。レイヤーに向いているかもしれない。


「ねぇ、ひとみんまだぁ~?」


 雛子はカーテンが閉まったままの試着室に向かって呼びかける。


「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「ちょっとどころか、もうけっこう待ってるよ? 本当はとっくに着替え終えてるんだよね? 恥ずかしがってないで覚悟を決めたら? あんまり待たせると友則さんがムラムラしすぎて覗きにいっちゃうよ?」

「おいこら、ナチュラルに人を危険人物呼ばわりするな」

「冗談ですよ、冗談。それよりひとみん、早くしないとこっちからカーテンを開けちゃおっかな?」


 雛子が笑いながらせっつくと、カーテンの向こう側から「うぅ」と弱々しい声が聞こえた。


「わ、わかりました……」


 仁美が覚悟を決めると、ゆるやかな音を立てて、こわごわとカーテンがスライドしていく。

 試着室のなかから、スカイブルーの髪に、ひらひらの衣装をまとった魔法少女がゆっくりと出てきた。ウィッグや衣装とは対照的に、顔は羞恥で真っ赤に染まっている。

 きゃ、きゃわいいいいいい! なんてきゃわいいんだ! あまりのきゃわいさに抱きつきたくなった! やらないけど! 怒られるから!


「うっ……」


 俺と目が合うなり、仁美はステッキを両手でむぎゅうと握りしめて、顔をふせる。


「恥ずかしがることなんてないぞ! すげぇ似合ってる! めちゃくちゃかわいい! だから顔をあげろって! ほら、あげるんだ!」


 そして俺と結婚してくれ!

 と言うのは、さすがにこらえる。


「あ、あまり大声で騒がないでください。他のお客さんもこっちを見ちゃいますから……」


 恥ずかしさの限界に達したのか、仁美は手にしたステッキで顔を隠した。

 ピコンと音が鳴り、仁美の好感度が『29→30』にあがる。

 ふっ、またしても仁美の好感度をあげて、シズクとの差が開いちまったぜ。

 なのになぜだろう……悔いはない。仁美のコスプレが見れて、俺は満足している。


「友則さんの食いつきっぷりは傍目からでも引きますね。罪を犯さないか心配です」

「わたしのときよりも興奮しているように見えるのは気のせいかしら?」


 雛子はにこにこしながら失礼なことを言い、麗佳は目尻をとがらせる。二人とも、あまり機嫌がよろしくない。

 一方シズクはといえば、もう被写体に許可をとることもなく、仁美をパシャパシャと撮りまくっている。ほんとマジカルイチカが大好きなんだな。

 その後シズクは、コスプレした三人を横一列に並ばせて決めポーズをとらせると、写真を撮影した。

 俺もケータイで写真を撮ろうとしたが、仁美に「せ、先輩はだめです!」と赤面しながら断られた。ぐぅっ……俺も仁美のコスプレ写真がほしかったぜ。

 さっきの写真あとで俺に送ってくれ、なんてシズクにお願いしたら、好感度が下がりそうなので言い出せない。もどかしい。実にもどかしい。どうにかして仁美のコスプレ写真をゲットしたい。

 それとこれは個人的な要望だが、こういった店ではメインキャラの衣装だけでなく、露出度の高い敵キャラの衣装も用意してほしい。そしたら見る側も、より充実した楽しみを味わえる。だめかな? だめだよね。子供とかも来るもんね。

 コスプレした三人は試着室に戻ると、私服姿になって出てきた。

 雛子と麗佳は微笑みを見せているが、仁美だけはボスキャラとの戦闘を終えたばかりの冒険者ばりに疲労している。ある意味、仁美にとっては通常の戦闘よりも苦しかっただろうな。


「次はどこに行きます?」

「そうね。そろそろ人形とか見るのはどうかしら?」


 雛子の問いに、一に二もなく限定フィギュアがほしいと言い出すシズク。ついさっきまで三人のコスプレに夢中だったが、目的は失念していなかった。


「人形は奥のほうにおいてあるみたいね。それよりも近くのゲームコーナーから見ていったほうが効率的よ。そんなに心配しなくても、真宮さんがほしがっている限定フィギュアは大量に販売されているから売り切れたりしないわ」

「と麗佳さんは言ってますけど、どうしますシズクさん? ちなみにゲームコーナーにはマジカルイチカも登場する、いろんな作品のキャラがコラボした格闘ゲームがありますけど?」


 マジカルイチカという単語にシズクのアンテナが反応したらしく、吸い寄せられるように興味津々な視線をゲームコーナーへ向けた。


「どうやら決まりみたいね。行きましょう」


 先導する麗佳に従って、俺たちはゲームコーナーに進んでいった。

 ゲームイベントか。これはシズクの好感度をあげるチャンスだ。

 ゲームコーナーには、いくつものディスプレイとワイヤレスコントローラーが並んでおり、雛子の言っていた格闘ゲームが無料でお試しプレイできるようになっている。家族連れやら、オタ臭のする少年たちやオジさんたちが和気あいあいとプレイしていた。

 俺らも一つのディスプレイの前まで行く。


「選べるキャラ少ねぇな」

「無料のお試しコーナーですからね。テストプレイみたいなものですよ」


 ガチで遊びたいなら金払って買えってことか。

 さて、誰からプレイするか順番決めだが……。

 ここは、エロゲでつちかったテクの見せ所だな。


「俺は最後でいいぜ。シズク、やりたいなら先にプレイしてみたらどうだ?」


 どうよ、このさり気ないレディーファーストは? 謙虚さの鑑だろ。

 シズクは「そう」と素っ気なくつぶやくと、俺を見もせずに二つあるコントローラーの片方を手にとった。

 好感度は……うん、あがんない。レディファーストの意味なかった。イケメンがやらなきゃ効果ないのかな?


「誰がシズクさんと対戦するかですけど、誰からにしましょうか?」

「わたしは何番目でもいいです」

「まずはどういったゲームなのかを確認してからプレイしたいわ。先鋒は譲ってあげるわよ」

「ん~、じゃあわたしも様子見がしたいから、ひとみん先にお願い」


 というわけで、まずはシズクと仁美の対戦になった。

 シズクは予想どおり、ピンクの髪に両目のなかに星マークがあるフリフリ衣装の女の子、マジカルイチカを選択する。

 仁美はイチカを使うかどうか迷っていたが、同じキャラの対戦はつまらないと考えたらしく、ラブコメ作品のヒロインを選択した。

 レディファイトと画面に表示されて、異なる作品のキャラが戦い始めると……ラブコメヒロインが女の子たちの憧れであるイチカを一方的にボコるという、子供が目撃したらトラウマになりかねない光景が繰り広げられる。


「仁美……強いんだな」

「はい。ゲームは家でやりこみますから。このゲームも他の格闘ゲームと感覚的には同じですね」


 仁美の操作するキャラは画面を縦横無尽に動きまわり、地上コンボから空中コンボへと流れるようにつなげていく。おまえ原作じゃそんな人間離れした動きはできないだろとラブコメヒロインにツッコミたくなるほど、いろいろ凄まじい。

 片や、シズクの操作するイチカはというと……技を出したくても出せないようで、いたずらにステッキを振り回しては空振りし、ボコられていた。

 あっという間にライフがゼロになってKOされる。

 惨敗を喫したシズクはコントローラーを握ったまま、無言でディスプレイを睨んでいた。無言なのがゾッとするよね。


「ま、まぁ相手が悪かったな。仁美は普段からゲームをやってるみたいだし」


 すかさずフォローを入れるが……無反応だ。俺の声とどいてないや。こんなときこそ、きみに声をとどけたい。


「はいはぁい、じゃあ次はわたしがシズクさんとやりまぁ~す。いいですよね、シズクさん?」

「えぇ」


 仁美に代わって今度は雛子がコントローラーを握る。

 てっきり次は雛子と麗佳がやるものだと思っていたが……まさかシズクが勝つまでやるつもりか?

 シズクはキャラ変更をせずに、再びイチカのまま対戦にのぞんだ。

 雛子はVRゲームを題材とした小説の敵キャラを選択する。主人公ではなく敵キャラをチョイスするあたり、雛子の性格が見て取れる。

 レディファイトと表示されると、さっきほどではないが、またしてもシズクのイチカがボコられる。後半になると雛子も操作になれてきたみたいで、イチカのライフをガンガン削っていきKOした。


「わぁ~、このゲームとっても操作しやすいですね。はじめてプレイするわたしでも上手にコマンド入力ができましたよ。はじめてプレイするわたしでもね」


 はじめてプレイ、という言葉を強調するんじゃない。暗にシズクが下手だということを指摘しちゃってるぞ。

 もしやとは思っていたが……やはりシズクには格ゲーのセンスが無い。今回の対戦でも、ぜんぜん技を出せてなかった。

 雛子に小馬鹿にされたシズクは何か言いたそうに唇をもごもごさせている。よっぽど悔しかったんだろうな。


「次はわたしの番ね。どういったゲームなのかは既に把握できたわ。あとは気合いで押し通すだけよ」


 いや、気合いじゃゲームには勝てないんだな、これが。

 麗佳は中二力が満点のファンタジー作品の主人公を選択してくる。うん、それ選ぶと思ってた。

 ほいで、シズクは頑なにイチカを使い続ける。

 レディファイトと表示されると、対戦が開始された。

 麗佳は素人にありがちな、とにかくガチャガチャとボタンを押しまくるプレイをやりだした。そのせいで麗佳のキャラは意味もなく攻撃を繰り出しては空振りする。


「おいおい、そんなんじゃ負けるぞ」


 これはさすがにシズクでも勝てるな。

 勝てると、そう思っていたのだが……麗佳の操作するキャラは、シズクよりもまともで時おり技を出していた。そのおかげか、通常攻撃しかできないイチカより多くのライフを削っていき、僅差で勝利する。


「ふふっ、どうかしら? 完璧美少女であるこのわたしにかかれば、ゲームなんて朝飯前ね」


 勝利に酔いしれる麗佳だが、なかなかギリギリの勝負だったぞ。

 そして三連敗を喫したシズクは小刻みに全身を震わせている。

 もうゲームセンスうんぬんの問題じゃなくて、ゲームの腕自体が壊滅的だ。それこそガチャガチャ操作をする素人に負けてしまうほど。


「さて、あとは友則さんだけですよ」


 やっぱりそうくるか。俺だけプレイしないってわけにはいかないよな。

 とりあえずコントローラーを握る。

 好感度のことをかえりみれば、ここは負けておくべきか?


「わざと負けようだなんて考えないでね。昨日みたいな勝ち方をしても、うれしくないわ」


 感情が顔に出ていたようで、シズクは横目でこちらを一瞥して釘を刺す。

 本気で来いということだ。なら遠慮せずにやるべきだな。手を抜いたら好感度が下がっちまう。

 シズクはまたしてもイチカをセレクトするかと思いきや、今回はなんとSFアニメのデウスマキナというロボットを選び、キャラを変更してきた。


「イチカじゃなくていいのか?」

「このゲームに関しては、わたしとイチカの相性が悪いと気づいたのよ。キャラを変えたほうが勝率があがるわ。それに……もうわたしのせいで、イチカが傷つくところは見たくないもの」


 キャラ変えても勝率はそのままじゃないのか、という忠告はグッと喉元に押しとどめる。

 さて、俺はどのキャラを使おうか……。よし、ここは天に運を任せるとしよう。ランダムセレクトにカーソルを合わせて決定ボタンを押す。

 するとなんの皮肉か……俺の操作キャラはマジカルイチカになってしまった。


「わたしへの当てつけなの?」

「いや、ランダム。ランダムだから。おまえだって見てただろ?」


 両目を薄めて睨んでくるシズクに弁明する。天に見捨てられた気分だぜ。

 バトルステージに切り替わると、シズクの選んだデウスマキナはガタイがデカく、画面に入りきらないサイズだった。別ゲーのラスボスみたいだ。もしかして強キャラだったりするのか?

 レディファイトと表示されると、俺は格ゲーの基本コマンドを入力しつつイチカを操作する。

 ただ普通に技を出しながら操作していた。ただそれだけだった。

 そしたら……勝っちゃったよね。

 シズクのデウスマキナはガタイがデカくてリーチは長いけど、そのぶん攻撃のモーションが遅い。そこはコマンド入力技などで補うのだろうが……通常攻撃しか出せないシズクの操作は先読みがしやすくて、あっさりガードできた。

 いや~、ここまで弱いというのも一種の才能だな。なんの才能だよそれ。


「ぷぷっ。イチカって、ちゃんと使えばあんなに強かったんですね」

「どんな物でもそうよ。武器や異能力だって、使い手の技量がヘボだったら宝の持ち腐れだもの」


 おいこら、おまえら容赦なしにシズクが下手だと言うんじゃない。本人がこめかみをひくつかせてるだろうが。


「友則先輩、基本を押さえたいいプレイでした。真宮先輩は……がんばっていたと思います」


 仁美、それ言ったらあかんやつだから。がんばっていたと思うって、結果がともなわなかったってことだから。

 三人のヒロインの発言にげんなりしつつ、俺はシズクになんと声をかけるべきか頭を痛める。なにを口にしたところで、シズクの心をささくれ立たせるだけかもしれない。

 ……だったら、ゲームの勝敗についてではなく、シズクと一緒にゲームをしたありのままの所感を伝えよう。

 それが、最良の答えのような気がした。


「シズク……俺は、楽しかったよ」

「ずいぶんはっきりと嫌味を言うのね。そんなにわたしに圧勝できたのが楽しいの?」

「いや、そうじゃなくてだな」


 あぶねぇ。好感度を下げるところだった。てか、自分が圧勝されたという自覚はあったんだな。


「こうしておまえと一緒に遊べたことが楽しいんだよ。なんつうか、昔みたいでさ」


 自分で言っててクサいセリフだと思うけど、楽しかったのは偽りのない本心だ。シズクとまたこうして、同じことをすることができた。それは楽しいことだ。


「……わたしは、楽しくなんてないわ」

「そうかい」


 しょうがないよな。だっておまえ、俺のことが嫌いになっちまったんだから。

 自嘲めいた笑みを作って、コントローラーをディスプレイの横に置こうとしたら……。

 ピコンと音がした。

 コントローラーを握っている手が止まる。

 シズクの好感度が『5→6』にあがっている。


「なにかしら?」


 シズクを見ても、ぜんぜんうれしそうじゃない。無表情のままだ。言っていることと感情があべこべだ。


「なんでもない」


 言及はしない。知らないふりをして、コントローラーを置く。だけど口元はゆるんでしまう。

 シズクは感情を伏せたまま、表には見せてくれなかった。

 でも手応えはあった。

 シズクとの、幼馴染みとの距離が、ちぢんだという手応えが。




 仁美、雛子、麗佳の三人は無料お試しのゲームを続けてプレイするそうだが、連敗したシズクはこりたようで、一人でも限定フィギュアを買いに行くと言い出した。

 俺はどうするべきか、シズクとヒロイン三人を交互に見比べる。


「あの、先輩。わたし達に遠慮せず真宮先輩についていってください。一人で迷子になったら大変ですから」


 顔に憂いをにじませながらも、仁美は気づかってくれる。ええ子や。さすが俺のほれたメインヒロイン。雛子と麗佳なんて、ゲームに夢中でこっちを見もしない。だからおまえらはサブヒロインなんだよ。


「悪いな。あの二人が勝手な真似をしないように、手綱を握っておいてくれ」


 はい、と返事をする仁美の声は、やはりどこか元気がない。口ではあぁ言っていたが、俺がシズクを追いかけることは本意ではないんだろう。

 逡巡を振り払うと、好きな女の子を残して、俺は幼馴染みの背中を追いかけた。


「待てよ、シズク」


 足早に歩くシズクのもとまでいき、声をかける。

 ぴたりと立ち止まったシズクは、長い髪をなびかせて振り返ってきた。


「どうして来たの?」


 えぇ~、なにそのわりとマジで一人でよかったって感じの反応。ひょっとしなくても、俺って邪魔だった?


「一人で行動してたら、なにかあったときに面倒だろ? 俺も一緒に行くよ」

「べつに来なくてもいいわよ」


 マジで嫌そうな顔するなよ。心がヤスリで削られるみたいに痛むだろ。


「今日はみんなで遊びに来たわけだからさ、悪いがソロプレイは我慢してくれ」


 どうにか苦笑を浮かべて説得を試みる。

 シズクは肩を上下させると、何も言わずに歩き出した。

 同伴してもいい、ということか? 

 おずおずとついていくが、特に文句をつけられないのを見ると、そう受け取っていいらしい。

 鬼ごっこをする前だったら、絶対に二人っきりになるなんて無理だったな。やっぱりシズクの態度は軟化しつつあるようだ。


「さっきデウスマキナを使ってたけど、もしかしてあれも好きな作品なのか?」


 コスプレコーナーのときみたいに、妙な沈黙の間はつくりたくない。先んじて話題を振っておく。沈黙は金とか、ねぇから。


「もともとあれは漫画が原作よ。漫画のほうは最新刊まで読破しているわ」


 へぇ、と相槌を打つ。

 ……いかん! もう会話が終わりそう!

 なにかこう、もっとお互いの共通点というか、広げやすい話題はないか?

 思考を高速回転させると、前にシズクが口にしていたことが脳裏をよぎった。

 けど、これについては手痛く拒否されたしな。どうしたもんか……。


「そんなに悩ましげな顔をしてどうかしたの? 言いたいことがあるのなら、はっきり言ったら?」

「いや、でも聞いたらおまえ怒るじゃん」

「怒るかどうかは内容によるわね」


 だからさっさと吐けよこの野郎って、半目で睨んでくる。これもう黙ってても怒られるな。


「異能力についてなんだけど……」


 再会を果たした翌日、特別授業のときに異能力について尋ねたらシズクは何も答えはくれなかった。

 今はどうだ? あのときよりも好感度があがった今は、許してくれるだろうか?

 シズクは耳にかかった髪を指先でぬぐうと、辟易としたように眉尻を下げながらも、目をそらすことはしなかった。


「それで、なにが知りたいのかしら?」


 おぉ~、どうやら踏み込んでいいみたいだ。あのときよりもシズクの攻略は進んでいる。こんなふうに考える俺って、エロゲのやりすぎ。


「そうだな。まず異能力には、いつごろ目覚めたんだ?」


 俺と仲良しだったころは、異能者ではなく能力を持たない普通の女の子だった。一体いつからその力を手に入れたのか、特別授業のときには聞き出せなかった情報だ。


「能力に目覚めたのは、中学にあがりたてのころよ。そういうあなたは?」

「えっ? 俺? 俺は……そうだな。おまえが転校したすぐ後にかな」


 本当はシズクに嫌われたときには好感度表示の能力が発動していたが……下手に喋ったら何が起きるかわからないので、適当にごまかしておく。


「歯切れの悪い答えね」


 シズクは怪訝そうにジーッと見てくる。ちょっと怪しまれてるっぽい。


「聞きたいことは、それだけかしら?」

「いや、まだだ」


 むしろここからが本題だ。


「特別授業のとき、他人から漫画や小説のキャラを出してって頼まれるのは嫌だって言ってたよな? あれってどういうことだ?」

「どうもなにも、そのままの意味よ。他人に指図されて能力を使うのが嫌なのよ」


 シズクは視線を切ると、前に向かって歩いていく人々の背中を見つめる。

 うそは言ってない。けど、本当のことを言っているようには思えない。

 ほどなくすると、シズクは観念したように肩を落として視線を向けてくる。


「べつに大した話ではないわ。中学のときに、クラスメイトだった女子からいろいろキャラを出してほしいと注文されたのよ。わたしは彼女が口にしたキャラはどれも好きじゃないから、出せないと断ったの。そしたらものすごく不愉な顔をされたわ。自分の好きなキャラを、わたしが好きじゃないことが気に入らなかったんでしょうね」


 当時のことを思い出してアンニュイになったのか、シズクはうつむきがちになる。


「その女子は能力者じゃなかったから、わたしの言うことが聞き入れ難かったみたいね。異能力があるからって見下している、そう言われたわ。そんなつもりはなかったのに」


 能力者を差別してはいけないように、能力を持たない人間も差別してはいけない。シズクはそのルールを忠実に守っていたようだが、相手はそう受け取ってはくれなかった。


「その女子とは、それ以降もなにかと対立して、最後までわかりあうことはできなかったわ。仕方のないことだけどね」


 シズクとは、価値観が合わなかったんだろう。

 どうかその女子には、異能者を嫌いにならないでほしい。そしていつの日か、シズクへの誤解もなくしてもらいたい。


「悪いな。思い出したくないことを、思い出させちまって」

「まったくよ。どうしてくれるの?」


 えぇ~、ちゃんと謝ったじゃん。エロゲのヒロインならそこは許してくれるよ? なんで許してくれないの? あっ、エロゲのヒロインじゃないからか。


「異能力を手にして、他人がどれだけ身勝手な生き物なのかよくわかったわ。こちらの都合をくみとってくれない人間もいたりするってことがね」


 こいつはこいつで、自分の能力に手を焼いてるみたいだ。


「異能力のこと、あまり好きじゃないのか?」


 俺や仁美みたいに、という言葉は飲み込んだ。


「少なくとも、面倒事はつきまとうようになったわ」


 けれど……とシズクは付け加える。


「悪いことばかりじゃない。身を守る術を得たのは良いことよ。何かの力や権力を手にするとは、そういうことでしょ? プラスとマイナスの両方の面が伴う。わたしにとって異能力とは、そういうものね」


 好きでもなければ、嫌いでもない。執着はしてないが、簡単に手放すこともできない。面倒なところもふくめて、自分の一部だとして認めている。

 俺とは違うな。

 俺の場合は、能力がマイナス面に振り切れちゃってて、ぜんぜんプラスが追いついてない。捨てられるなら、さっさと捨てたい。


「こんな珍しくもない話を聞いて、あなたはおもしろいの?」

「あぁ、俺の知らないシズクを知ることができた」


 それだけで、以前よりも身近に感じられる。

 シズクはちょっとだけ目を大きくしたが……なにも言わずに顔をそむける。

 ピコンと音が鳴った。シズクの好感度が『6→7』にあがる。

 おっし! 内心でガッツポーズをとる。

 他のヒロイン三人に比べたらまだまだ少ないけど、この調子であげていって、全員の好感度をフラットにしてやる。そうすれば誰にも爆発が起きずにハッピーエンドを迎えられる。

 もう昔みたいに、シズクから嫌われるのはごめんだ。

 それからしばらく歩いてフィギュアコーナーにたどり着くと、小さな子供やオタクにまぎれて、シズクもお目当ての限定フィギュアを購入した。

 フィギュアの入った袋を手にしたシズクは、無表情を装おうとしているが、こみあげてくる感情を隠せずに頬がたまにゆるんでいる。ちょっと萌えたぜ。


「なにかしら?」


 ムッとして睨んできた。やべっ、ちょっとじろじろ見すぎたな。


「ほしがってた限定フィギュアを買えてよかったなと思ってさ」

「べつにわたしは……」


 弁明しようとするシズクだが、唇をあまく噛んで黙り込んだ。改めて俺に向き直ると、大儀そうに目を合わせてくる。


「……もう鬼ごっこのときにバレてしまったから打ち明けるけど、わたしマジカルイチカのことが好きよ。子供の頃からずっとね。新シリーズがコミカライズされたら、毎回わたしの能力で具現して観賞しているわ。これも異能力を得た特権の一つね」


 そんなことしてるのかよ……。女の子がぬいぐるみを眺めて楽しむのと同じ感覚か? 


「だけど、そのたびにあなたのことを思い出して、嫌な気持ちになるわ」

「俺のことって……なんで?」


 ハァと溜息をこぼしてくる。

 おい、なんで俺が悪いみたいになってんだ?


「マジカルイチカとの思い出には、どうしてもあなたがついてまわるのよ」


 沈むようなシズクの声音に、鋭く胸を切り込まれる。

 シズクは大好きなマジカルイチカを見るたびに、大嫌いな俺のことを想起する。好きなものを見て喜んでいても、嫌いなものまで混じりこんで純粋には楽しめない。

 それほどシズクにとって、マジカルイチカと朝倉友則は分かち難い関係なんだ。


「……悪いな」

「どうしてあなたが謝るの? 確かにあなたの存在は不愉快だけど、不愉快なあなたを思い出して勝手に不愉快になっているのはわたしよ」


 一人の人間からこんな連続で不愉快という単語をあびせられたの初めて。かなりヘコんだ。


「理由はない。ただ謝りたかっただけだ」


 おまえが俺を嫌いになったのは、俺の異能力のせいだから。

 シズクの顔を見ていたら、幼かった頃のことを思い出して、うっかりその真実を口にしそうになる。危ない。もっと気を引きしめないと。


「シズク、これだけは覚えててほしい。おまえは俺のことをずっと嫌いだったみたいだけど、俺はおまえのことを嫌いになったことは一度もない」


 シズクには、俺を嫌いになる理由がある。

 だけど俺には、シズクを嫌いになる理由がない。

 だからこれからもずっと、シズクのことは嫌いにならない。


「よくそんなセリフをすらすらと言えるわね……。漫画やアニメの見すぎじゃないかしら?」


 それを言うなら、エロゲのやりすぎだけどな。

 ピコピコピコンと音が鳴った。シズクの好感度が『7→10』にあがる。

 そして……。

 トットットゥ~、と初めて耳にする効果音も立て続けに響いた。

 な、なんだ? 今のRPGの戦闘勝利時に流れるような音楽は? 

 混乱しつつ、隣を見やる。

 シズクは……頬を色づかせて黙りこみ、まるでこれから好きな人に告白をする少女のようにうつむいていた。

 どうしたんだ? 明らかにさっきまでとは様子が異なる。まさか、好感度表示がまたしてもよからぬ影響を与えたのか?


「あの……友則先輩」


 あくせくしていると、声をかけられる。

 横を向けば、戸惑っている仁美と、仮面のようなにっこり笑顔の雛子と、腕組みをしたぶっちょう面の麗佳が立っていた。


「お、おまえら、もうゲームはいいのか?」

「は、はい。あんまり先輩たちを待たせるのも悪いなと思って……」

「あれあれ? もしかしてまだ来なかったほうがよかったですか? なんだか二人とも、とってもいい雰囲気みたいですし、わたしたち邪魔かなぁ?」

「ずいぶん親しげに話していたじゃない。わたしが手を貸さなくても、あとは自力で真宮さんと仲良くできるんじゃないかしら?」


 うぅ、三人の視線が痛い。俺はただシズクの好感度をあげることに苦心していただけなのに。


「三人とも勘違いしないでほしいのだけど、わたしはコレを買えたのがうれしかっただけで、そこの男なんてどうでもいいわ」


 ずいっとシズクは限定フィギュアの入っている袋を突き出した。けど頬の色づきはまだ落ちてない。

 三人のヒロインたちの「なにがあったのか?」という疑惑の眼差しが俺に突き刺さる。

 俺もそれを知りたいよ。


「わたしの用件は済んだわ。他のブースが見たいのなら、早くしたらどうかしら?」


 この場から逃げたがっているように、シズクは催促してくる。

 俺は三人のヒロインたちと目を合わせると、とりあえず別のブースに向かうことにした。

 さっきの気になる効果音は一体なんだったのか? シズクの身に何が起きたのか? わからないことだらけだ。

 どうか、事態が好転していることを祈る。




 それからいろんな作品のブースを見てまわったが、あれ以降シズクは、俺と話してはくれなかった。意図的に会話を避けられている。

 シズクがお手洗いに行くと、雛子と麗佳も同行していった。

 俺は仁美と二人でベンチに腰掛けて待機することになったが……なんだろう、さっきから仁美がそわそわしている。もしかしてトイレに行きたかったのかな?


「仁美、どうかしたのか?」

「べ、べつにどうもしてないです……」


 わたわたと両手を振るう。うむ、キョドっておる。

 あっ、うっ……と口ごもると、仁美は上目づかいになった。


「すみません。その、実は一つだけ気になることがあって……」

「ん? なんだ?」

「せ、先輩は……」


 仁美は顔を紅潮させると、スカートから覗く二つの膝頭をもじもじとこすりあわせた。


「先輩は、わたしのこと……好き、なんですよね?」


 数秒ほど質問の内容が理解できなくて、頭が空っぽになる。理解したらしたで、一気に顔が火照りだした。


「き、急にどうした? それは言わなくたって、わかってるだろ?」


 もうお互いの気持ちは伝えあったんだ。

 ならなんでまだ付き合ってないんだよ、というツッコミはなしだ。好感度表示が発動した状態では仁美ルートに入れない。


「先輩の気持ちはわかってますけど……言葉にしてもらったほうが安心できます。さっき友則先輩と真宮先輩が話していたところを見てたら、なんだか不安になって……。すみません、面倒くさいこと言ってますよね」

「いや、まぁ気持ちはわからんでもない」


 そりゃあ告白してきた男が、他の女と楽しそうに話していたら不安にもなる。その相手が数年ぶりに再会した幼馴染みともなれば、なおさらだ。


「不安にさせてすまなかった。シズクとは仲直りしたいけど、それはあくまで幼馴染みとしてだ。それ以上の関係になりたいわけじゃない」


 こほんと咳払いをすると、腰をひねって仁美のほうを向いた。

 体温が熱くなって、背中から汗が流れてくるが、ちゃんと正面から仁美と見つめあう。

 仁美は両目をうるませたまま、固まっている。

 やっぱ、好きな女の子に気持ちを伝えることほど、照れくさいことはない。


「安心してくれ、仁美。俺が好きなのはおまえだけだ」

「は、はひぃ」


 シュボッと湯気が出そうなほど赤面すると、仁美は顔を伏せて肩をすぼめた。

 俺も視線を下げて、膝の上で握りしめた拳を見つめる。

 二人して目をそらすとか、個別ルートに入って付き合いだしたばかりの主人公とヒロインばりに初々しい。俺らはまだ付き合ってないけど。

 ピコピコンと音が鳴ると、仁美の好感度が『30→32』にあがった。

 いや、だってこれはさ、しょうがないじゃん。曖昧に答えたり、否定したりしたら、好感度以前に仁美との関係にヒビが入るじゃん。好感度をあげる以外の選択肢なんてなかったじゃん。どうしろってんだよ、まったく。

 そうして俺と仁美は微妙に距離をおいたまま同じベンチに座りつづけた。

 幸いにも、三人が戻ってくる頃には、俺も仁美も顔の火照りはおさまっていた。赤いままだったら、確実に雛子にからかわれていたな。

 三人と合流したら会場内を散策し、夕方頃になると解散となった。

 シズクとの仲は、マジカルイチカのブースを出て以降は進展がなかった。

 少なくとも、この日は……。



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