表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/46

鬼ごっこをやろうじゃないか



 残りカウントが『7』になった木曜日。

 昼休みになると、俺は三人のヒロインとともに静寂につつまれた図書室にやってくる。

 麗佳の予想したとおり、シズクはそこにいた。片隅の席で読書にふけっている。

 室内にいる生徒たちの視線がこちらに向くが、委細かまわずに俺たちはシズクのもとまで向かう。

 さぁ、今日こそは好感度をアップさせてやるぜ。


「よう、シズク」

「……図書室まで来るなんて、ほんとうっとうしいわね」


 声をかけるなり、いきなりボディブローをお見舞いしてきやがった。

 そっか。昨日と違って図書室に来てたのは、俺を避けるためだったのか。はははは、そのくらいじゃくじけないぞ。どこまでも追跡してやる。あっ、べつにストーカーじゃないよ。堀田ちゃんとは違うよ。


「シズク、実は、今度の日曜日に」

「いやよ」

「まだセリフの途中だから。伝えたいことなにも伝えられてないから。せめて最後まで喋らせて」

「最後まで喋っても、結果は変わらないと思うけど?」

「そいつはやってみないとわからないだろ?」

「そう、なら好きにしたら」


 シズクは軽く鼻を鳴らすと、先を促してくる。

 俺はこほんと咳払いをしてから、改めてシズクを誘う。


「シズク、今度の日曜日にアニメや漫画やゲームを扱うイベントがあるんだ。よかったら、俺たちと一緒にいかないか?」

「いやよ」


 やっぱり結果は変わらなかった。最後まで喋っても変わらなかった。


「な、なんでだ? おまえ漫画とかラノベが好きじゃないのか? でないと能力で好きなキャラとか出せないだろ?」

「そうね。一般小説にかぎらず、漫画やラノベは好きよ」

「じゃあなんでイヤなんだよ?」

「あなたと一緒に行くのがイヤなのよ」


 だよね。シズクちゃん俺のこと嫌いだもんね。知ってた。

 くっ、取り付く島がない。こんなんどうやって好感度をあげろってんだ?


「なぁシズク。一回だ。一回だけでいいからさ、俺に付き合ってくれないか? ほんと一回だけでいいから」

「友則さん。なんだか女の子にいやらしいことをする男の人みたいですね」

「雛子、おまえは余計な口をはさむな」


 俺も言ってて、そう思ったから。


「せっかくの休日に、あなたの不快な顔なんて一回でも見たくないわ」

「シズクさん。それはわたし達も同じですよ。だから一緒に我慢しましょうよ」

「それ、どういう意味だ?」

「言ってもいいんですか?」

「いや、やっぱ言わなくていい。俺が傷つくだけだから」

「いえいえ、ぜひ言わせてください」

「言うな!」


 つい大声を出してしまう。

 読書に集中している生徒や受付の司書さんに睨まれる。サーセン。


「友則さん、図書室で大きな声をあげたらメッですよ」


 どの口でほざきやがる。もとはといえば、おまえのせいだろうが。


「で、どうしましょうか? もうこの際、友則さん抜きで遊びに行きます?」

「おい、俺がいなくちゃ意味ねぇだろうが」

「だけど、わりと楽しめそうです」

「わたしはイヤですよ?」


 しらっとした顔で仁美が横槍を入れる。俺なしで、雛子と麗佳の相手をするのはまっぴらごめんのようだ。


「もぉう。ひとみんってば付き合いが悪いんだから」


 クスクスクスと雛子は作り物めいた嘲笑を浮かべる。


「これじゃあ埒が明かないわね。友則、あなたも腹をくくりなさい」

「腹をくくるって、どういうことだよ?」

「リスクを負う覚悟を決めなさい、ということよ」


 麗佳は試すような面持ちで俺を見てくる。

 なにかを失う覚悟もないくせに、なにかを得ることはできないということだ。

 発想は中二だが、それくらいの覚悟がなければシズクの心は動かせない。


「具体的には、どうするんだ?」

「勝負するのよ。友則が勝てば、次の日曜日に一緒に出かける。負けたら……そうね。真宮さんの言うことをなんでも一つ聞きなさい」

「勝負って、おまえ……」


 異能力バトルで勝てる気なんてぜんぜんしないぞ。

 麗佳はシズクの能力をランクCだと評した。ランクEの俺が敵うはずもない。そのランクとか意味不明だけど。


「なによ? その『こいつ余計なことを言いやがって』っていう顔は? 情けないわね」

「ほんのちょっと、そう思ったけどな」

「ふん。勝負といっても、いろいろあるでしょ? なにも真正面から戦うことだけが勝負じゃないわ。少しは頭を使ったらどう?」


 なるほど。ただやりあうってわけじゃないのか。

 いや、すまん。麗佳のことを誤解していた。


「まぁ完璧美少女であるこのわたしは、真正面から堂々と戦うのが好みだけどね」


 うん、おまえはそういう奴だよね。自分の異能力に誇りを持ってるもんね。


「ということだけど、どうかしら? 真宮さん」


 偉そうに破顔した麗佳が問いかけると、シズクは瞑想でもするように両目を閉じて、しばし黙考する。

 やがて答えが出たらしく、まぶたを開けて麗佳を見あげる。


「いいわ。そこの男が勝ったら望みどおり一緒にイベントに行ってあげる。ただし、わたしが勝ったら……」


 シズクは麗佳から俺へと視線を移す。冷気をまとったひんやりとした眼差しが容赦なくあびせられる。矢で心臓を射貫かれたように、呼吸が止まり、胸が苦しくなる。


「今後いっさい、あなたはわたしにつきまとわないでちょうだい」


 俺との関係の断絶を、シズクは口にした。

 敗北すれば、シズクの好感度をあげるチャンスを永遠に失う。そしたら遠からず爆発が起きて、好感度が一番高いヒロインに嫌われる。仁美、雛子、麗佳の三人のなかから、もう一人シズクのような状態の少女が出てきてしまう。

 もしそうなれば……俺たちの関係は崩壊する。

 それだけは絶対に防がなきゃいけない。


「で、友則。真宮さんからの了解は得たわよ。あとはあなた次第だけど?」


 どうするのかと、麗佳は問うてくる。

 まったくこいつは……むちゃくちゃ迷う選択肢をふっかけてきやがって。エロゲだったらセーブしなきゃいけないところじゃねぇか。

 けどこれって現実なのよね。セーブはできないし、リセットもできない。どうなるかわからない一発勝負だ。

 じっとりと汗のしみた両手を握りしめる。

 これはチャンスだ。上手くいけば、一緒に遊ぶイベントを発生させて好感度をあげられる。

 でも失敗したときのリスクは大きい。勝負の敗北は即ゲームオーバーを意味する。

 かといってこのままずるずる時を過ごしても、カウントが『0』になる前にシズクの好感度をあげることはできない。

 なにかを失う覚悟もないくせに、なにかを得ることはできない。

 だったら俺の選ぶべき道は、これだ。

 覆いかぶさってくる不安を吹き飛ばすように眉間に力を込めて、シズクを睨み返す。


「いいぜ、やろう、その勝負」


 絶対に負けるわけにはいかない。

 シズクに勝って、好感度をアップさせてやる。


「よく言ったわ、友則。さすがわたしが友と認めた男ね」


 麗佳は誇らしげに相好を崩すと、ばさっと長い髪をなであげる。

 ピコンと音が鳴り、麗佳の好感度が『29→30』にあがった。

 そんなつもりは、なかったんだよ。ほめてくれるのはうれしいけど、好感度はあがってほしくなかった。


「ぷぷっ、その場の勢いとノリで了承したことを、後悔しないといいですね」

「おい、不吉なことを言うな」


 ほんとそうなりそうで怖い。なんであんなこと言っちまったんだぁ~、って叫びながら頭をかかえそうだ。


「先輩、プレッシャーに辛くなったときはいつでも言ってください。わたし、応援してますから」


 仁美ぃ! おまえはなんて包容力のある女なんだ! 胸はないけど! ぺったんこのちっぱいだけど、バブみを感じずにはいられない! オギャりたい!


「それで、二人の勝負ってどういうものにするんですか?」


 雛子が設問すると、みんな悩ましげな顔をする。どうやら麗佳も勝負の内容については考えてなかったようだ。


「鬼ごっこというのはどうかしら?」


 ぽつりとシズクが提案する。


「鬼ごっこ?」

「えぇ、能力を使った鬼ごっこよ。制限時間は……そうね、三十分といったところかしらね。その間に、あなたが一度でもわたしを捕まえたら勝ちよ」


 シズクが逃げて、俺が追いかけるということか。

 能力を使うということは、それなりに妨害はしてくるはずだ。危険だってともなうだろう。

 どうかしら? とシズクが目だけで問いかけてくる。

 さて、どうしたものか。


「それでいいわ。どうせ何をやっても凡人の友則が不利なことに変わりないもの」

「いや、おまえ、そんな簡単に決めていいもんじゃないだろ。もっと慎重に熟慮してだな」

「うじうじうるさいですね。いいじゃないですか、鬼ごっこで。ちっとも追いつけなくて、無様に負けたら、それはそれで笑えます」

「おまえは俺が勝とうが負けようがどうでもいいんだろ? 笑えればそれでいいんだろ? ったく。いいか、こういうのはだな、即答するようなもんじゃねぇの」

「あの、先輩。わたしも鬼ごっこでいいと思います。先輩は奏先生みたいに運動音痴じゃありませんし、向いているんじゃないでしょうか」

「だよな! よぉ~し、鬼ごっこで決まりだ!」

「……なぜかしら、無性に殺意が湧いてきたわ」

「奇遇ですね。わたしも友則さんを撃ち抜きたくなってきました」


 やだ! 二人から不穏な空気が発せられてる!

 いや、だって仁美がいいって言うんだよ? 天使の仁美がいいって言うんだよ? そんなのオッケーに決まってんじゃん。もう考えるのとかやめてマッハでオッケーに決まってんじゃん。だからほんとすみませんでした。


「決まったのかしら?」

「あ、あぁ。おまえの言うとおり、鬼ごっこで勝負しよう」

「そう。なら日取りはイベントがある日曜日の前日、二日後の土曜日でいい?」

「あぁ、わかった」

「場所は……できれば広いところが望ましいのだけれど」

「それならうちの敷地の一部を提供するわ。そこでなら、二人とも遺憾なく全力を出せるはずよ」


 麗佳の家は金持ちだ。住居もかなり面積が広いと聞いている。鬼ごっこをするには最適だな。


「ちょっといいですか?」


 話がまとまりかけたところで、雛子が口を入れてくる。


「このままじゃ結果は見え見えというか、ぶっちゃけ友則さんが負けますよね?」


 キミはにこにこ笑顔で辛辣なこと言ますね。いつものことなのに、ぜんぜん慣れないよ。


「なにが言いたいのかしら?」

「どう考えてもフェアじゃないので、ハンデがあったほうがいいと思うんですよ。勝負内容はシズクさんの提案したものにしたんですから、こっちにだって有利な条件をください」


 確かに鬼ごっこを提案したのはシズクだが、それを飲んだのは俺だ。だというのにさもシズクに従ったかのようにでっちあげるとか……言いがかりもはなはだしいな。

 しかし雛子の言うとおり、このままやりあっても勝敗は火を見るよりも明らか。

 ライアーコントロールで幻影を生み出したところで、たくさんのキャラクターを召喚されて守りを固められたら近づくことはできない。

 良心は咎められるが、勝つためだ。ここは黙って雛子に交渉を任せよう。


「まさかあなた達も鬼ごっこに参加する、なんて言い出さないわよね?」

「いえいえまさか。勝負中にわたし達が手出しすることはありませんよ。ですけど、間接的にならサポートするのを許してください」


 シズクは唇をちょっとだけ曲げると、いぶかしげに雛子を見据えた。


「それから、異能力で相手を直接攻撃するのもやめてください。危ないですから」

「いくつかの例外はあるけど、それは公的にも禁じられているわね。できるだけ怪我はさせないつもりよ」

「助かります。まぁ禁じられていることも、ばれなければ問題ないですけどね。ばれなければ」


 にっこり笑顔の雛子は、完全に社会的ルールを軽視している。

 そういえば闘技場でも、うちのヒロイン三人は普通に異能力でバトってたな。あれ、ばれてたら完全にアウトだ。

 あのときのことを思い出したのか、仁美はきまりが悪そうに目をそらし、麗佳は不機嫌そうに「ふん」と鼻を鳴らしていた。


「それから」

「まだあるの?」

「シズクさん、友則さんの弱さを舐めないでください。ほんとこの人シズクさんの予想をはるかに超えてザコですよ。できればもっとハンデがほしいくらいです」


 俺ってどんだけ低評価なの? こっちが有利になるように交渉してくれているとわかってても、悲しくなるよ。


「だからシズクさんには手加減してほしいなって」


 おねがい、とお菓子でもねだるように雛子は両手を合わせてアマアマな笑顔をつくる。不覚にも、かわいいと思ってしまった。

 シズクは憮然として雛子を見ると、鼻から小さく息をもらす。


「いいわよ。わたしは能力で一体ずつしかキャラクターを召喚しない。それにあなた達が間接的にサポートするのも認めるわ。ただし、勝負が開始してから一度でもあなた達が手出ししたら、そのときは即その男の敗北でいいわね?」

「はい、オッケーです」


 言質をとった雛子は、魂と引き替えに契約を迫る悪魔みたいに笑みを深くする。味方ながら恐ろしい。


「いや~、シズクさんが度量の広い人で助かりました。友則さんはヘボですから、そのくらいのハンデがあって、ようやくいい勝負になります」

「いくら友則がヘボだとしても、完璧美少女であるこのわたしのサポートがあれば勝利は確定したも同然ね」

「おまえら、ヘボヘボ言いすぎだから。ヘボだって、ちゃんと生きているから」

「そうです。ヘボだなんて言わないでください。友則先輩は単純に弱いだけです」


 仁美、その言い方が一番傷ついたよ。

 俺は襟足のところをこするように掻くと、照れ臭さを表に出さないようにして雛子を見やる。


「その、なんだ。雛子、俺が有利に戦えるように運んでくれて助かったよ。サンキュウ」

「どういたしまして。だけどそれじゃあ感謝の気持ちがぜんぜん足りませんね。本当に感謝しているのなら、地面に這いつくばってわたしの足を舐めてください」

「どんな感謝の仕方だよ。ただのやべぇ奴じゃねぇか」

「冗談ですよ、冗談」


 俺をからかって楽しいのか、ぷっすすすすと雛子は笑う。


「それと仁美と麗佳も、よろしく頼む。どういう形で協力してくれるのかはわからないけど、おまえ達がいてくれるなら百人力だ」

「はい、先輩のために、全力をつくします」

「ふん、負けたら承知しないわよ」


 ピコンという音が三重奏で響いた。

 雛子の好感度が『25→26』に、仁美の好感度が『30→31』に、麗佳の好感度が『30→31』にとそれぞれあがる。

 し、しまった。ついお礼を言って、ヒロインたちの好感度をあげちまった。これでまた、シズクとの間に差がひらいてしまった。


「用が済んだのなら、さっさと出ていってもらえるかしら? 読書の邪魔よ」


 そしてこの幼馴染みは。大嫌いな俺を追い払ってくる。

 くそ。なにがなんでも勝負に勝って、絶対に好感度をあげてやる。



     ◇



 放課後になると、俺たちは東校舎の三階にある廊下を並んで歩いていた。

 というのも雛子が「HRが終わったらわたしのクラスに集まってください」と言ってきたからだ。言われたとおり俺と仁美と麗佳が集まったら、東校舎へ連れてこられた。

 運動部のハキハキとした掛け声が聞こえてくるグラウンドとは対照的に、文科系の部室が並んでいる東校舎は閉鎖的な集落のように静謐を保っている。


「ほんで、雛子。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」

「教えるってなにをです? わたしのスリーサイズですか? うわっ、キモ。死んでください」

「そうじゃねぇよ。あと冗談でも人に死ねとか言うな。めっちゃヘコむから」


 教えてくれるならスリーサイズを聞くけども。耳をそばだててメモるけども。


「ほら、鬼ごっこには参加しないけど間接的にサポートするって話してただろ。あれってどういうことなのか、ちゃんと説明してくれよ」

「あぁ、そのことですか。ちょうどいま、それについてうってつけの人のところに向かっているところです」


 どういうことだ、と俺たちが眉間をひそめると、雛子はとある一室の前で立ち止まった。


「ここですよ、ここ」


 そこにある扉には、文芸部とプレートが貼られていた。


「文芸部の部室になにかあるのか?」

「部室というより、なかにいる人に用がありますね」


 悪巧みでもするように、雛子はニヤニヤしている。


「なるほど。文芸部のなかに便利な能力者がいるのね」

「そういうことです」


 正答した麗佳は、テストで満点をとったことを自慢する生徒のように微笑んだ。そしてノックもなしにいきなり扉に手をかけて開け放つと、我が物顔で部室に踏み込んでいく。


「お邪魔するわよ」

「ちょっ、なんですかあなたは!」


 奥行きのある長方形の部室には、ツーサイドアップの髪に丸顔な女の子がいた。

 とつぜんの闖入者に、どんぐり眼を見開いて面食らっている。


「人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗りなさい。そもそも明栄の生徒でありながら、完璧美少女であるこのわたしを知らないというの?」

「えっ……あっ、もしかして立花先輩……?」

「そう、このわたしが立花麗佳よ。この名をしっかり肝に銘じておきなさい」


 ビシィと麗佳は女子生徒を指差す。おまえほんと何様なの?

 その傲慢な振る舞いに呆気にとられつつ、俺たちも後に続いて部室にお邪魔する。


「どうも、まひろちゃん」

「げ! ひ、雛ちゃん……!」


 おい、なんか死神にでも遭遇したように青ざめているぞ。

 堀田ちゃんしかり、雛子のやつ、どこに行っても女子生徒から恐れられているな。


「この子は春日部かすかべまひろちゃんって言って、わたしと同じクラスの生徒です。で、有名人のひとみんと麗佳さんのことは知っているだろうからわざわざまひろちゃんに紹介しなくてもいいよね。あとはそこにいる男の人だけど、一学年上の朝倉友則って人だよ。基本的にゴミクズだから、気を使わなくても大丈夫」

「基本的に人間だから。基本的もなにも、全体的に人間だから」


 なんでまともに紹介してくれないの? 俺をディスって楽しいの? 楽しいんだったね。


「雛子には変な紹介されたけど、普通の二年生だ。よろしく」


 は、はぁ、と春日部は身構えたまま頷く。雛子が連れてきた男というだけで、警戒されていた。

 俺は肩をすくめると、なんとなしに室内を見回してみる。文芸部というだけあって、壁に沿って並べられた本棚にはぎっしり本がつめられているが……。


「ここって、文芸部だよな?」

「えっ、あっ、はい。そうですけど」

「そのわりには、本棚にはラノベとか漫画ばかりだけど、太宰とか芥川の小説はおいてないのか?」

「太宰? 芥川?」

「え?」

「え?」


 春日部は、きょとんとしている。超有名な文豪の名前を聞いても、ぜんぜんピンときてないみたいだ。

 もしかして……。


「あ、あ~、太宰くんと芥川くんですね。はいはい、わかりますわかります。なんかいましたよね~。そういう人たちも」


 ぎこちないスマイルを急造すると、春日部はしきりに頷きだした。

 ま、まじかこいつ……。文芸部なのに、あの二人を知らないのか?


「すみません、ちょっとでいいので出ていってもらえますか? その隙にネットで調べ……じゃなかった、所用を片付けたくて」


 春日部はスカートのポケットからケータイを取り出そうとする。ネットの力を行使する気まんまんじゃねぇか。


「まひろちゃん。無駄な見栄は張らなくていいよ。まひろちゃんがアホなのは、クラスのみんなが知っていることだから」

「ア、アホじゃないよ! わたしは勉強してないだけで、やればできる子だよ!」


 ぷくりと頬をふくらませる春日部。

 勉強してないって、それはアホじゃないのか? というかやっぱりアホだったのか。さっきの会話で薄々感じてたけど、アホの子なんだな。


「まひろちゃんがアホなのはこの際どうでもいいよ。それよりも、お願いがあってきたんだ。聞いてくれるかな?」

「いやっ!」

「えっ~、なんで?」


 そりゃおまえ、アホアホ言ったてら願いも聞いちゃくれないだろ。


「いいのかな、まひろちゃん? ブラックノートのこと、ばらしちゃっても」

「ブラックノート? なんだそれ?」

「わあああああああああああああああ! だめだめだめだめだめぇぇぇぇ~!」


 スピーカーでも使っているみたいに春日部は大声を張りあげると、猛スピードで両手を振りまわす。いきなりだったので、ちょっとびっくりした。


「あ、あれは! あれだけは! 絶対にばらしちゃだめっ!」


 両目をうるませて懇願してくる。そんな春日部を、雛子はほっこりと微笑みながら見ていた。悪魔だ。

 どうやら雛子は春日部の弱みを握っているらしい。それをネタに協力を強制しようとしている。そのことを仁美も察したみたいで、ジト目になって雛子を睨んでいる。

 俺は溜息をつきたい衝動をこらえると、雛子の耳元に顔を寄せて小声でささやく。


「おい、なにもそんなふうに脅さなくてもいいだろ? 春日部はアホみたいだけど、悪い子には見えない。純情ないい子なら、誠意をこめてお願いすれば聞いてくれるんじゃないか?」

「顔が近いです。不愉快なので離れてください」


 ひどい! ちょっと泣きそうになった!

 うぐぐと唸りながら顔を離す。

 雛子は唇をもにゅもにゅさせて、頬をわずかに色づかせていたが、すぐに仮面の笑顔を被った。


「友則さんの目は節穴ですね。これまで何を見て生きてきたんですか?」


 これまでの人生を全否定されちゃったよ。


「ん~、しょうがないね。まひろちゃんがイヤなら大人しく引き下がるよ。ノートのことは伏せておくから、安心して」

「え? おい、そんなあっさり諦めていいのかよ?」


 春日部の能力が目的で来たんじゃないのか?

 雛子は目尻を丸めたまま、意味ありげな視線をよこしてくる。あっ、これは何か考えがあってのことだな。へっ、まさか雛子と目と目で会話ができる日が来るなんて思いもしなかったぜ。

 春日部はふぃ~っと長い息をついて安堵していた。


「それじゃあお邪魔しました。ほらほら、みんなも外に出て」


 雛子が促すと、いまいち状況を把握しきれてない仁美と麗佳は怪訝そうな顔で入り口に足を向ける。

 俺も雛子の思惑はわからないままだが、とりあえず一旦部室の外に出る。

 扉が閉まると、俺たちの視線は雛子に集中した。


「で、どういうつもりだ?」


 質問を投げかけると、雛子は鼻に指を当てて「しーっ」とあざといポーズをとってくる。ニヤついたまま扉を指差すと、声のボリュームを落としてつぶやいた。


「扉に耳を当ててください。おもしろいものが聞けますよ?」


 ぷっくくくく、と雛子は笑いをこらえたまま体を小刻みに震わせる。

 なんだよ、おもしろいものって?

 仁美や麗佳と顔を見合わせると、俺たち三人はこそこそと泥棒みたいに文芸部のプレートが貼られた扉に耳を当ててみる。

 ひんやりとした扉の向こう側から、何かが聞こえてきた。


「クソが! クソが! 調子に乗りやがってあのブスッ! 死ねっ! 死ねっ! いつもニヤニヤしやがって、ムカつくんだよクソがっ!」


 ……あれ? なんだろうこれ? 幻聴かな?

 でも仁美や麗佳もびっくりしているみたいだし、幻聴じゃないな。

 この声……だれの声だ? 部室には春日部しかいないはずなのに、さっき聞いた春日部の声よりも低い。春日部の声はもっとこう、アニメっぽいというか、エロゲのヒロインっぽいというか、かわいくて高い声だ。

 じゃあこれはだれだ?


「あ~っ、クソ。マジでノート取り返さねぇとまじぃな。でもあいつ強ぇえからな。どうすっかな~。……待てよ。さっきの冴えない男を人質にすれば、あのクソ女も従うんじゃね? やっべ、わたしってば天才。ふひひひひひひひひ」


 春日部だな。これ春日部だな。ノートのこと言ってるし。しかも俺をディスって物騒なことを企んでいる。あと笑い方が気持ち悪い。


「……先輩、今すぐこの扉を蹴破りましょう」

「そうね。叩き斬ってやるわ」

「ちょっ、待ておまえら。落ち着け」


 フツフツと怒りの炎を燃やす仁美と麗佳は、今にも殴り込みに行きそうだ。

 慌てふためく俺の背中を、ちょんちょんと雛子が指先で突いてくる。


「ね? おもしろいものが聞けたでしょ?」

「むしろ悲しい気持ちになったよ」


 できれば部室を訪れたところからロードしてやりなおしたい。アホなだけの春日部を知っていたかった。

 仁美と麗佳が耳を離すと、雛子はにこにこしたまま扉に手をかけて、勢いよく開けた。

 春日部はビクンと背筋をのばして、わなわなとこっちに顔を向ける。


「あ、あれ~? 雛ちゃんどうしたの? 戻ってきたりして? も、もしかして忘れ物とかしたの?」


 春日部の声はきゃぴきゃぴしたアニメボイスに戻っていた。めちゃどもっているが。


「うん。まひろちゃんの命をとるのを忘れてた」

「うぃぃっ!」

「冗談だよ、冗談」


 ぷっすすすすす、と雛子は笑っているが、春日部には冗談に聞こえなかったらしく、表情をこわばらせている。おしっこチビってなければいいが。


「それと戻ってきたわけじゃないよ。だってわたしたち、ずっと部室の前にいたから」

「部室の前にって…………ま、まさか!」


 さっきまでの発言が聞かれていたことに気づいたらしい。それと仁美と麗佳が漂わせている殺意も察知したようだ。


「ち、ちがうんだよ! みんなだって腹が立ったときとか、相手のいないところでつい陰口を叩いちゃうことってあるでしょ? ね? あるよね? わたしはなにも本気で死ねだなんて思ってないよ」

「だとしても、友則先輩を巻き込もうとした発言は聞き捨てなりません」

「友人Aに過ぎないとはいえ、わたしの友達に手を出そうとしたのは許せないわね」


 二人とも、俺のために怒ってくれていたのか。感動で泣きそうだ。

 ちなみに春日部は俺とは違う意味でガチ泣きしそうだ。


「そ、それも冗談だよ。えっと……ほら、その~、そこの人に何かしようだなんて、そんな度胸わたしにはないよ」


 いまこいつ、俺の名前を忘れてつっかえたな。


「じゃあ、わたしへの憎しみも冗談だったのかな?」

「う、うん。もちろん冗談だよ。本気で雛ちゃんを憎んだりするわけないじゃん」

「正直に答えたら、ノート返してあげるよ」

「テメェに対する憎悪だけは本物に決まってんだろうが! いつか絶対にギャフンと言わせてやるからな! マジで首を洗って待ってろよボケが!」


 言い終えたあとに、そそのかされたと理解したらしく、春日部はハッとする。

 アホだな。性格とか口とか悪いみたいだけど、アホだな。


「正直に答えてくれてありがとう。じゃあ約束どおり、今度ノートを返してあげるね」

「ほ、ほんとぉ!」

「うん。といってもブラックノートじゃなくて、この前まひろちゃんに借りた数学のノートだけど」

「ちくしょうめっ!」


 月に向かって吠える狼みたいに、天井を振り仰いで叫ぶ。喉だけは強いみたいだ。

 俺は呆れながら春日部を睨む。仁美と麗佳も、半目になって春日部を見ていた。雛子だけはおもしろそうに微笑んでいるが。

 四人の視線を一身にあびせられた春日部は、ひるんだように上半身を反らせると、


「~っ! あぁ、そうだよ! これがわたしの本性だよ! 文句あっか、こらああああああああああああ!」


 追い詰められた挙げ句に居直りやがった。もうやられる寸前の敵キャラみたいだ。


「ぜんぜん文句なんてないよ。わたしはそのままのまひろちゃんが大好きだよ」

「うっ……そ、そうなの?」

「うん。だって見てて笑えるもん。サイコーのオモチャだよね」

「一瞬でもテメェに友情を感じたわたしがアホだったよ!」


 ついに自分でもアホだと認めたな、この女。


「ところで話は変わるけど、ここ文芸部なのにどうして本棚には漫画やラノベばかりなの?」

「あん? もともとここの本棚はほとんど空だったんだよ。そんで好きにしていいって言われたから、うちにあった漫画とかラノベを持ってきた」

「一般小説とかは持ってこなかったの?」

「わたし小説とか読まねぇし。興味ないつうか、活字って見てたら眠くなるんだよ」


 文芸部としてあるまじき発言だな。そもそも活字見てたら眠くなるって、まともに授業すら受けられないだろ。アホじゃねぇのか? アホだったな、そういえば。


「春日部、おまえなんで文芸部に入ったんだ?」

「そんなんモテそうだからに決まってんじゃん」

「モテそう?」

「ほら、知的な女ってモテるだろ? だからわたしも文芸部に入って、知的に見られてモテモテになろうとしたんだよ。だっていうのによ、ぜんぜんモテねぇよ! どういうことだよ! 話が違うじゃねぇか!」


 それはおまえが知的に見られるどころか、アホだと露呈しているからじゃないのか? それと先輩の俺に対してタメ口を聞いてきたことにイラッとした。


「ほんとモテる女とかうらやましくて、ムカつくぜ。文芸部でもないくせによぉ。なんでモテるんだよ、クソが」


 私怨のこもったやっかみを口にしながら、春日部は仁美と麗佳を睨みつける。モテる二人が妬ましいようだ。ちなみに雛子は入ってない。こいつの場合、外見は愛らしいけど、いかんせん性格がね。みんな怖くて手が出せないよね。


「ふっ、容姿性格ともに優れているこのわたしが、男子のみならず女子からも憧憬の念を抱かれるのは当然のことね」


 春日部に睨まれた麗佳は、自画自賛して威張り出した。


「麗佳さん。容姿性格ともにって、自分の性格が優れていると思ってるんですか。ぷぷっ」

「どういう意味かしら? 性格について、あなたにだけはとやかく言われたくないのだけど?」


 麗佳は腕組みをして、ジロリと雛子を睨めつける。

 仲間割れが起きるんじゃないかって冷や冷やしたが、麗佳は鼻を鳴らすだけにとどめてくれた。成長したな。

 まったく雛子のやつ、迂闊な指摘はしないでほしい。俺も同じこと思ったけど、好感度のこととか睨まれたら怖いとか、そういう複雑な事情があって聞き流したんだよ。


「あの、立花先輩はともかく、わたしはそんなに人気ありませんよ?」

「はぁぁぁぁぁ? なにカマトトぶったこと言ってんだ? 舐めてんのか、このアマ」

「いいえ、舐めてません。もうあなたのことは、いようがいまいがどちらでもいいです」

「もっとひでぇことになってんじゃねぇか!」


 どうでもいい存在だって、はっきり言ったな。

 仁美はルックスが良くて、天使だからな。マジで天使だからな。校内最強の能力者ということもあいまって、想いを寄せる生徒は多い。

 でも仁美本人は、自分のコピー能力を周りの生徒たちが警戒して遠ざけていると勘違いしているから、春日部の言ってることがしっくりこないんだろう。


「なぁ春日部。おまえ、どうしてそんなにモテたいんだ?」

「だってモテたら最強じゃん? 男どもを手足のように使ってなんだって出来るし、喧嘩とかになっても強い奴を助っ人に呼べるだろ。つうかわたし、ちやほやされたいんだよね。めちゃくちゃ甘えさせてもらって、なにもしなくてもなんでも手に入る人生を送りたいんだよ。男どもが勝手にみついでくれんの。んでもって、周りの女どもにうらやましがられて優越感にひたるの。ヒャーッ、もう想像しただけで最高だね!」


 行動原理が欲望にまみれていた。

 なんだろう。この子、すっごくどこかの特別顧問と重なって見えるぞ。クズさ加減がそっくりだ。


「なぁ雛子、本当にこんなやつが役に立つのか?」

「はい。こんなやつですけど役には立ちます」


 人間としてはともかく、能力者としては使えるみたいだ。


「そういや、さっきからおまえが春日部を脅すために口にしていたブラックノートって、結局なんなんだ?」

「まひろちゃんが他の生徒の悪口を書きまくったノートです。今のところ全十三巻あります」


 どんだけ人の悪口書いてんだよ。ラノベ一シリーズぶんはあるじゃねぇか。

 春日部の本性を知らなければとても信じられなかったが、もう今ではすんなりとそのノートの存在を受け入れられる。


「そのブラックノート全十三巻が、なぜかたまたまわたしの手元に転がりこんできたんですよ。偶然ってあるんですね」


 それたまたまじゃないよね? 偶然で全十三巻も転がりこまないよね? どういった経緯で転がりこんできたのかは怖いからツッコまないけど。


「友則さんはブラックノートでまひろちゃんを脅すことを反対してましたけど、まだ気持ちは変わりませんか?」

「ん? いや、ぜんぜんやってくれていいぞ?」

「ひどっ! わたしを見捨てる気か!」


 だってもうね、庇ってやりたいって気持ちが米一粒ぶんも残ってないんだよね。雛子には容赦なく、ばんばんやってほしい。


「というわけで、まひろちゃん。ノートの存在をばらされたくなかったら、わたしたちに力を貸してちょうだい」


 キツネのお面みたいにニッタリと笑ったまま、じりじりと雛子は詰め寄っていく。

 春日部は「うぅ」と泣きそうな顔になって後ずさるが、逃げ場をふさがれるように背中が窓にぶつかった。


「そんなにおびえなくても大丈夫だよ。約束さえ守ってくれれば、誰も傷つくことはないから。ね? おねがい。わたしたち友達でしょ?」


 そっと相手をねぎらうように、雛子は春日部の肩に手をおいた。

 心の均衡を失ったみたいに、春日部はがっくりとうなだれる。


「わ、わかったよ……」

「ん? なに? よく聞こえなかった? もう一回言ってくれるかな?」

「わ、わかったから! 雛ちゃんの言うとおり協力するから! だから、おねがい、ひっぐ、ノートのことは黙っててくだしゃい!」

「わぁ~、ありがとう。やっぱりまひろちゃんは頼りになるね。持つべきものは友達だよ」


 小躍りしかねないほど声を弾ませる雛子は、春日部の手をとってぶんぶん振り回す。

 春日部は「ぶえぇぇん」と顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。ついでに感情もぐちゃぐちゃになっていた。

 友達という言葉が、こんなにも残酷に響いて聞こえたのは初めてだ。


「先輩、なんだか春日部さんが、とても哀れな存在に思えてきました。これからもあぁやって雛子に脅されるんでしょうね。アホですし」


 アホだから同情してやるのはやめてあげろ。マジでかわいそうになってくるから。


「完全に身から出た錆ね。品性が劣っているのは、下民なら仕方のないことよ。さっき友則を人質にとるとか物騒なことを言っていたけれど、あれなら放っておいても問題なかったわね。だって取るに足らない存在だもの」


 麗佳は横柄な目つきで春日部を眺めながら、失礼なことをあけすけに口にする。


「くっ、み、見るなぁ! そんな目で、わたしを見るなぁ!」


 カメラのフラッシュをたかれるのを嫌がる芸能人よろしく、春日部は二人から注がれる視線を防ごうと両手で顔を隠そうとする。


「なぁ雛子。肝心の春日部の能力って?」

「あぁ、まひろちゃんのゴッドハンドですか」

「ゴ、ゴッドハンドですって……」


 中二好きな麗佳が、ごくりと喉を鳴らした。

 俺もつい胸の奥にある中二心がうずいちまったぜ。なんだよ、そのめちゃくちゃかっこいい名前の能力は? 

 しかし俺も麗佳も、特別授業で春日部と同じ組になったことがないので、詳細は知らない。


「それって……どんな力なんだ?」

「誰かの能力を他の誰かに貸せる能力ですよ。それがまひろちゃんの『両者の器ゴッドハンド』です」


 能力の説明を聞くと、俺と麗佳はさっきまでの期待と興奮が一気に冷めてしまい、顔から表情が消えた。

 名前のわりには……サポート系の能力だな。

 RPGの上級職みたいなのとか、十一回死んでも蘇るとか、使徒に転生するとか、そういったのを期待していたよ。


「能力の名前と内容が合致してないな。そんなケレンミのある名前をつけたのって」

「わたしが自分でつけたんだよ」


 やっぱりそうか。


「なんでそんな名前にしたんだ?」

「モテそうだから!」


 やっぱりそうか。

 つうか、モテねぇよ。名前を聞いたときは「おぉ~」って盛りあがるけど、能力の内容を知ったら盛り下がったよ。マイナスまで盛り下がったよ。モテるわけねぇよ。


「まひろちゃんそのものは残念ですけど、異能力は大いに役立つと思いますよ」

「まぁ、そうだな」


 春日部の能力を使えば、仁美、雛子、麗佳の能力を借りることができる。これなら鬼ごっこに参加しないで、三人は俺に協力することが可能だ。

 てか、これもう勝ちじゃね? 最強クラスの三人の能力を借りれるとか、チートじゃんね。ハードモードな戦いになるのを覚悟していたけど、イージーモードになってしまった。油断は禁物だとわかっちゃいるが、勝利の未来しか見えない。


「友則さん、なにニタついてるんですか? もしかして調子に乗ってます? そんなんだと足元をすくわれますよ?」


 にっこりしながら雛子は釘を刺してくる。悦に浸るのも許しちゃくれない。

 へいへい、と俺は生返事をしておく。


「用も済んだし、そろそろ」


 おいとましようとしたときだった。

 がしゃりと、部室の扉が開いて新たな来訪者が入ってくる。


「なっ……シズク?」


 扉を開けて入ってきたのは、俺が勝たなきゃいけない相手、シズクだった。

 シズクは俺を見るなり、眉根を寄せる。

 なんでシズクが文芸部に……。


「真宮せんぱあああああああい!」


 春日部はきゃぴきゃぴしたアニメ声に戻ると、え~んえんえんと泣きまねをしながらシズクのもとに駆け寄っていく。


「なんかこの人たちがいきなりやってきて、わたしのこといじめるんですよぅ! 助けてくださぁ~い!」


 このアホ女! わざとらしく涙目になってシズクに助けを求めやがって!

 一瞬まずいと焦ったが……シズクの春日部を見る面持ちが、そこまで真剣じゃないというか、かなりおざなりなものだった。

 もしかして春日部は、シズクにも本性がばれちゃってるのか?


「シズク、なんでおまえがここに?」

「先日、文芸部に入部したからよ」


 事務的な口調で答えが返ってくる。

 つまりシズクも文芸部員ということだ。春日部に比べたら、本好きのシズクのほうがぜんぜん文芸部っぽい。


「ば、ばかな……! 真宮さんが文芸部ですって? くっ、完璧美少女であるこのわたしが、クラスメイトの情報を見落としていたなんて……!」

「立花先輩がミスをするのは、そんなに珍しいことじゃないです。あなたちょいちょいやらかしています」


 自分の失敗が信じられずに愕然する麗佳を、仁美はぬるま湯に浸かっているような目で見ている。仁美の麗佳に対する評価がまるわかりだな。


「そういうあなた達は、どうしてここに……」


 言いかけてから、シズクは傍らにいる春日部に改めて視線を向ける。


「なるほど、わたしとの勝負に春日部さんを利用するつもりなのね」


「勝負? なんですかそれ?」


 シズクは昼休みの経緯を、かいつまんで春日部に説明した。


「ええええええ! そ、そんなことになってたんですかぁ! ぜんぜん知りませんでしたぁ! わたしの敬愛する真宮先輩に盾つこうこうだなんて! これは許しておけませんね!」

「ずいぶんわたしを持ち上げているけど、あなたとはまだ知り合ったばかりでそこまで親しい間柄ではないはずよ?」

「うぐっ……」


 春日部が思いっきり『しまった』って顔をする。


「た、たとえ過ごした時間は短くても、同じ文芸部の仲間じゃないですか! だからわたしは真宮先輩の味方でいたいんです! 真宮先輩と敵対する雛ちゃんに与するのは、どうかなって思うんですよ、これが!」


 たらたらと汗を流しながら、必死こいて耳触りのよい美辞麗句を並べ立てる。よっぽど雛子に協力したくないんだな。


「べつにかまわないわよ。そこの男があなたの能力を利用しても」

「えぇぇぇ! 許しちゃうんですか! ここは許さないでおきましょうよ! わたしのためにも許さないでおきましょうよ!」

「ま・ひ・ろ・ちゃん」


 雛子に名前を呼ばれると、春日部はびくりとカカシみたいに直立不動になった。


「ぜ、全力で雛ちゃんたちに協力するよ! 任せておいて!」

「うんうん、わたしは素直なまひろちゃんが好きだよ」


 記号的なニッコリ笑顔を浮かべる雛子は超おっかない。覆すことのできない力関係に春日部は「うぅ」と涙を流していた。

 にしてもシズクのやつ、春日部の能力を使うことを許可するだなんて、よっぽど自信があるのか、それとも俺が舐められているのか。たぶん後者だけど、後者でないことを祈りたい。


「一応言っておくけど、春日部さんがどういう子なのかは文芸部員にはバレているわよ。それでもみんな受け入れているみたいね。わたしも春日部さんのことはなぜか嫌いにはなれないわ。その子がなにかやらかしても、春日部さんだからしょうがないって気持ちになってしまうの。どうしてかはわからないけど」


 それってアレじゃないの? 自分よりも知能の低い動物……犬や猫なんかに向けるものと同じ感情じゃないの? うわっ、人間とすら思われてねぇ。てか、やっぱ本性バレてたのかよ。


「用件が終わったなら、さっさと出ていってもらえるかしら? これ以上そこの男と同じ空気を吸っていたら吐き気がしてくるわ」


 シズクはこちらを見もせずに、毒舌をあびせてくる。人と話すときは、ちゃんと目を合わせようね。


「まったく友則さんもシズクさんも、罵ったり罵られたり、そういったプレイはよそでやってください。聞いてるこっちはいい迷惑です」

「いつ俺がそんなプレイをやったよ?」

「えぇ~、だって友則さん罵られるの大好きじゃないですか? 口汚く侮辱されればされるほど、興奮を覚えて気持ちいいんですよね?」


 気持ちよくないですよ? おにいちゃんって呼ばれたらときめくけど、罵られたら辛いよ。

 雛子が根も葉もないことを言ったせいで、シズクはさっきよりも嫌悪感を高めて片方の眉をひくつかせている。春日部は「うっわぁ~」ってドン引きしていた。

 ここはきちんと訂正せねば。


「友則」

「ん? なんだよ?」


 訂正しようとしたら、とつぜん麗佳に呼ばれたので顔を向ける。

 麗佳は芝居を始める前の女優のように「んっ、ん」と軽く喉の具合を確かめると、蔑むような表情になった。


「ふん、あなた凡人の分際でよく生きていられるわね? そのうえ変態だなんて、救いようがないわ。あなたに比べたら、そこらに転がっている石ころのほうがまだ価値があるわよ。生まれ変わって出直してきたらどう? なんの役にも立たないド変態さん」


 言い終えると、なぜか麗佳は頬をポッとさせて、体を上下に揺すりながらそわそわしだす。


「え? なにおまえ? 急にどうしたの?」

「だ、だって、こういうのが好きなんでしょ?」


 喜んでもらえたかしら、と頭をなでてもらいたがっている子供みたいに期待に満ちた上目づかいをしてきた。

 えっとね、ぜんぜんうれしくなかったよ。麗佳の演技がうますぎて、なんか体の内側をナイフでブズブズ刺されてるみたいだった。


「友則さん友則さん」

「あん? なんだよ?」


 今度は雛子に呼ばれたので、そっちを振り向く。


「ゴミクズはちゃんと相応しい場所に帰るべきだと思うんですよ。だから今すぐゴミ集積所に行ってください。あっ、もうわたし達の前に現れなくても結構ですよ」

「麗佳みたいに罵っているつもりなんだろうが、おまえに関してはいつもどおりだな」


 いつもどおりだけど、ちゃんと傷つけられた。ケタケタ笑う雛子は、安定の残酷さだ。


「あの、友則先輩」


 まさか仁美まで俺を罵るつもりか?

 嫌だな。すごく嫌だけど、まぁここは甘んじて受けようじゃないか。

 意を決すると、自分でもびっくりするくらいなめらかな動きで仁美のほうに向き直る。


「あっ……うっ……」


 仁美はちっちゃな唇をぱくぱくさせて、熱湯にでも浸かっているように顔を朱色にすると、キュッと下唇を噛んでうつむいた。


「す、すみません。やっぱりわたしには無理です……」

「無理って……なんでだ! どうしてそこで諦めるんだ!」

「だ、だって恥ずかしいですし、先輩を傷つけちゃうし……」

「恥ずかしがってちゃなにもできないだろっ! 俺なら傷つく覚悟はできている! さぁ、勇気を出すんだ! 一体なんて言って俺を罵ろうとしたんだ! ほら、言ってみろ! 言うんだっ!」

「え、えっと、この…………って、言おうとしました」

「声が小さいよっ! ぜんぜん聞こえねぇよ! もっと本気で叫べよ! 吠えろよ! さぁ全力で来い! おまえの魂からの叫びで、俺を罵倒してみせろっ!」

「あの……先輩、目つきが怖いです」


 ブッブ~と音が鳴ると、仁美の好感度が『31→30』に下がった。

 しおらしい仁美がかわいくて、ついつい指導に熱が入ってしまった。その小さなお口から、普段なら絶対に耳にできない下品なワードを引き出して背徳的な快楽を得ようとしたが、失敗に終わった。

 それと好感度が下がったのはいいことだが、やっぱうれしくない。


「というかだな、そもそも俺は罵られて喜ぶ変態じゃない。そこは誤解するな」

「……あなた、今さらなにを言ってるの? さっき氷室さんに罵声をあびせてもらおうと躍起になってたじゃない?」


 わぁ、ほんとだ! 自分でも知らないうちに手遅れになってた!

 とりあえずシズクには、その正気じゃない人間を見る目はやめてほしい。軽く死にたくなっちゃったぞ。


「友則さん、ひとみんに対しては本当に変態さんでしたね」

「わたしのときよりも、ずいぶんと積極的だったように思えるわ」


 ブッブ~という音が二回連続で鳴った。

 雛子の好感度が『26→25』に、麗佳の好感度が『31→30』に、それぞれ下がる。

 いや、おまえら結構ノリノリだったじゃん。なんで怒ってんだ?


「それより、いい加減出ていってもらってもいいかしら? あなた達がいたら、読書に集中できないのだけど?」


 雛子と麗佳よりも数倍は不機嫌そうなシズクが、退室を求めてくる。

 そーだ、そーだ、と便乗してきた春日部には非常にムカついたが。雛子が笑いかけたら一発で黙った。



     ◇



「失礼します」


 がらりと扉を開けて、足を入れる。

 文芸部から追い出されると、俺は三人のヒロインたちと別れて職員室にやってきた。

 というのも閃いたからだ。

 奏先生は俺にキャンセル能力を使うことを拒んだ。だが、春日部の能力を使えば奏先生のキャンセル能力を俺もしくは、他の誰かに貸すことができる。

 ネックなのは奏先生が自分の能力を他人に貸すことを嫌がることだが、そこは騙して……じゃない、うまい具合に誤魔化してセッティングしよう。

 くっくくくく、これで好感度表示を消せばクリアだ。ついでにゼロオリジンをシズクに使えば、爆発によって植えつけられた俺への嫌悪感も消せる。

 よっしゃあ、万事解決だ! シズクとの鬼ごっこをやるまでもなかったぜ! いきなりのエンディングに、漫画だったら打ち切りじゃないかと勘違いしちゃうレベルだな。

 なぁ~んて浮かれていたのも束の間、職員室のどこを探しても奏先生は見当たらなかった。

 その代わりに、ここにはいないはずの人物を発見する。

 ショートカットの髪に、タイトにスーツを着こなしたデカイ……じゃなかった背の高い女性。堀田ちゃんの担当教官である、伊藤麻耶さんだ。

 伊藤さんはいかにも仕事中という感じで他の教員と真面目に話し込んでいたが、ちょうど会話を終えたらしく、入り口のほうに顔を向けると、俺の存在に気づいた。

 訓練された軍人よろしく、整然とした歩調でこっちに近づいてくる。そばで見ると、改めて大きいなって思いました。ちょっと萎縮しちゃうよね。


「どうも朝倉さん。職員室になにか用ですか?」

「あっ、えっ~と、ちょっとした野暮用で。そういう伊藤さんはどうして学校に?」

「堀田さんの件です」


 なるべく周りには聞かれないように配慮したんだろう、伊藤さんは声のボリュームを落としていた。

 そういえば堀田ちゃん、近々復学するとか言ってたな。なるほど、その手続きやら報告やらで来たのか。


「あの、堀田ちゃんの様子はどうです?」


 俺も伊藤さんにならって、スパイみたいに声のボリュームを落とす。


「安定していますよ。能力も制御できていますし、正常な状態であるレベルグリーンに回復しました。もう能力が暴走することはないでしょうが、念のためしばらくは訓練を続けてもらいます」


 堀田ちゃんのことを語る伊藤さんは、教え子のがんばりを喜ぶ先生のように穏やかだった。堅物な印象だったけど、もしかしたら心優しい人かもしれない。デカイけど、心優しい人かもしれない。デカイけど。

 同じ調和機構のメンバーなのに、どうしてこうも違うのか? どっかの特別顧問とチェンジしたい。

 って、そうだ。その特別顧問に用があったんだ。改めて職員室のすみずみまで視線をめぐらせるが、やはり見当たらない。どこに行ったんだ、あのポンコツ教師。


「先ほどからきょろきょろしていますが、なにかあったんですか?」

「いや、無式奏っていう、うちの学校の特別顧問の一人なんですけど、その人の姿が見当たらないなって」

「無式さんならいませんよ」

「えっ? 職員室にはいないんですか?」


 どうやら伊藤さんは奏先生を知っているようだ。同じ調和機構のメンバーだから、顔見知りだとしてもおかしくはない。


「職員室にいないというより、学校にいません。もっと正確に言えば、もうこの町にはいませんね」


 え? なに? なに言ってるの、この人?


「すみません、困惑させてしまいましたね。詳しい内容は説明できませんが、いわゆる調和機構のお仕事です。あぁ、呼び出されたのは戦闘が目的ではなく、彼女の能力が必要になったからですよ。彼女の身に危険がおよぶことはないのでご安心を」


 な、なんだってえええええええ! 要するに、いなくなったってことか! しかもやっぱ戦闘では役立たずだと認定されちゃってるよ、あのザコ教師!


「ど、どこに! 奏先生はどこに行ったんですか!」

「申し訳ないですが、所在地を明かすことはできません。問題の起きた場所を秘匿するのも任務のうちですから」


 ま、守りがかてぇ。さすが世界の秩序を司っている組織だ。けど今は俺の精神の秩序をどうにかしてほしい。


「い、いつですか! 一体いつになったら奏先生は帰ってくるんですか!」

「残念ながら、そこまではわかりかねます。ただ……」

「ただ?」

「任地におもむく際、ずいぶんはりきっていたようです。臨時収入をもらえるのがそんなにうれしかったんでしょうか?」


 あ、あのポンコツ教師ぃぃぃ! 借金をチャラにできるからって、飛びつきやがったな! ほんと肝心なときに役立たず!


「それで、朝倉さんの用件というのは?」

「いやいや! ほんとただの野暮用ですから! いないなら別にいいです!」


 事情を話すことはできない。奏先生のキャンセル能力を利用したいだなんて、それは調和機構としては見過ごせないだろう。

 俺は笑ってはぐらかすと、職員室を後にした。

 やはり奏先生のキャンセル能力は当てにできなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 春日部、活字は無理なのにラノベ読めるとかマジかこいつ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ