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戦闘準備は万端だぜ



 シズクとの勝負を明日にひかえ、残りカウントが『6』になった金曜日。


「づ、づかれたぁ~」


 俺はぐったりしながら、三人のヒロインたちと夕陽に照らされた商店街を歩いていた。足元がもたついて、やたらと体がふらつく。早く家に帰ってベッドにダイブしたい。


「あれくらいでへばるなんて、情けないわね。もっと体力をつけるべきじゃないかしら?」

「いや、おまえの指導がスパルタなんだって」


 日頃から鍛錬を欠かさないだけあって、他人に対する要求もまた厳しい。


「当然よ。完璧美少女であるこのわたしは、指導も徹底的にやるわ。まったく、あの程度で泣き言を吐いているようでは、いつまで経ってもわたしには追いつけないわよ? ……その、わたしと特別な間柄になりないのなら、早くわたしよりも強くなってみなさい」


 そんなつもりねぇから。おまえに勝つつもりも、特別な間柄になるつもりもないから。俺ちゃんと好きな子いるから。その子も俺のこと好きだから。

 なのにまだ付き合ってないんだぜ? 不思議だろ? ぜんぶ好感度表示のせいさ。


「あれあれ? なんだかひとみん、ふてくされてる?」

「べつに、そんなことありませんが?」


 うちのメインヒロインが、俺と麗佳のやりとりを見て、ご機嫌斜めになったみたいだ。

 やっぱり仁美としては、俺が麗佳と親しげに話しているのはいい気分じゃないだろう。

 さて、なぜ俺がこんな疲労困憊しているのか説明しないといけないな。

 帰りのHRが終わったあと、俺は三人のヒロインたちと一緒に学校にある訓練場へと足を運んだ。イチャコラするためじゃないぞ。明日の勝負に備えて、ヒロインたちの能力の扱い方を理解するためにレクチャーを受けていたんだ。

 実際に仁美のタイラントブレスや、麗佳のソードアルケミーで具現した刀を手に握らせてもらったら、どちらも外見より軽いことに驚いた。

 雛子も笑いながら「わたしのホーリーエナジーも触っていいですよ」と意味不明なことを言って、光の玉をぶつけようとしてきた。頭おかしい。

 それでヒロインたちの能力について、いろいろ教授してもらった。仁美は他の二人よりも能力の数が多いから、とりわけ説明が長かったな。

 今どき修行パートなんて流行らないし、努力しない俺かっこいいと思っていたりするので面倒だったけど……うっかりそう口をすべらせたのが運のつきで、その後は刀を握らされ、麗佳にめっちゃしごかれた。努力家ゆえに、俺の怠惰な発言が聞き捨てならなかったようだ。

 おかげでクタクタになるまで指導を受けることになったが、結果的には良かった。付け焼刃だが、みんなの能力をより深く知ることができたし、麗佳の揺れるおっぱいを間近で見ることができた。いやマジで良かった。

 それにシズクの能力を分析して、弱点なんかも教えてくれた。

 勝率がグンとあがり、もう負ける気がしない。


「友則先輩……あれ」


 仁美に呼ばれたので、その視線を追いかける。


「ん? あれってシズクか?」


 大手漫画専門店の前に立って、シズクはジーッとなにかを眺めている。

 店内に踏み込もうとするが、その前に周囲に視線を巡らせていた。


「あっ……」


 シズクと目が合うと、俺は間抜けな声をもらした。

 えーっと、なんだろう。気まずい。悪いことはしてないのに、シズクは咎めるような眼差しで睨んでくる。

 よう、と手をあげて挨拶なんかをしてみるが……舌打ちでもしかねないほど苦々しい表情をすると、シズクはきびすを返して店の前から立ち去っていった。

 うっわぁ、すげぇショック。せっかくあげたこの手はどうすればいいの?


「幼馴染みだっていうのに、あんな態度はないと思います」


 ぷんすかと仁美は頬をむくれさせる。怒っている顔もかわいい。

 シズクがあんなふうなのは好感度表示が原因だからな、俺の口から文句は言えない。


「まぁ、友則さんを無視したくなる気持ちはわかりますけどね」

「え? なにその気持ち? 俺にはぜんぜんわからないよ?」

「そんなことよりシズクさんが何を見ていたのか気になりますね。行ってみましょう」


 俺にとってはそんなことじゃないけどね? めっちゃ重要なことだけどね?

 ムムムっとうめきながら、書店の前まで行ってみるとそこには……。


「これって……」


 どうしてシズクは、これを見ていたんだ?

 それが瞳に入ると、疑問が急浮上してくる。

 ふむふむと雛子はしきりに頷きながら、機械の点検でもするようにそれを子細に観察する。


「もしかしたら、そういうことなのかもしれませんね」


 ポンと拳で掌を打つと、雛子は一人で得心顔になる。


「ゴミムシさん」

「友則だよ?」

「名前なんてどうでもいいです」

「よくねぇよ。それ一番よくないことだよ」


 やれやれとかぶりを振って、雛子は溜息をもらす。

 なんでおまえが呆れてるの? ていうかさっきから俺の扱いが雑じゃない? いつものことだけど。


「では友則さん」

「ん? なんだ」


 ちゃんと名前を言い直してくれたので、こっちもちゃんと返事をする。


「明日の勝負ですけど……」


 そのあとに続いた言葉に、俺だけでなく、仁美や麗佳も「えっ?」と呆気にとられた。

 それがどういう意味なのか尋ねても、雛子は「内緒です」と意地悪に笑うだけで、教えてはくれなかった。



     ◇



 ついにこの日がやってきた。といっても勝負を持ちかけられたのは二日前のことだから、そんなに待っちゃいないけど。

 残りカウントが『5』になった土曜日。今日はシズクとの決戦の日だ。

 曇り空に覆われた微妙な天気のなか、俺は快適なリムジンに乗せられて、広大な敷地内に建てられた洋風の豪邸前へと連れてこられた。

 事前に麗佳から迎えをよこすとは言われていたが……朝っぱらから一般庶民である我が家の前に縦長のリムジンが停車したときは度肝を抜かれたよ。うちの両親も何事かと騒然としていた。

 リムジンから降りると、他のみんなは先に到着していたみたいだ。

 仁美は、俺と同じでぐったりしている。あんな迎えをよこされたら、そうなるわな。

 雛子はさすがというか何というか、平素と変わらずニコニコ笑ったままだ。一切の動揺が見られない。

 で、春日部は「うひょー」とアホっぽくテンションがアゲアゲになっていた。

 シズクは仏像みたいに黙ったまま立っているが、微妙に苛立っているようで眉間に細かな皴ができている。

 俺も今日は動きやすい服装で来たが、シズクもTシャツにズボンと運動に向いている身軽な服装で来ていた。


「みなさん、おそろいですね」

「うおっ!」


 屋敷の扉が開くと、な、ななななんとなかから、メイドさんが出てきた。

 黒い髪は丁寧に分けられ、後ろで編まれてシニョンになっている。怜悧そうな顔立ちで、細身の体には白と黒を配合させたエプロンドレスを違和感なく着こなしている。

 年齢は二十代にも見えるし、落ち着いた物腰は三十代にも見えた。知的な印象を漂わせたメイドさんだ。

 ……感動だ。実物のメイドさんをこの目で見れる日がくるだなんて。てっきりメイドさんって、エロゲのなかだけの存在だと思ってた。


「友則先輩、どうかしたんですか?」

「いや、ちょっと目にゴミが入ってな」


 目頭を押さえる。いけない、感動のあまり涙が出ちまった。


「立花家の侍従長を務めております、早乙女綾乃さおとめあやのと申します。どうぞ、お見知りおきを」


 可憐な所作でおじぎをするメイドさん。

 ……やべぇ。エロゲのなかに入った気分だぜ。もうずっとここにいたい。ご主人様と呼ばれて奉仕されたい。


「あの、それで麗佳はどこに? 屋敷のなかで待っているんですか?」

「いえ、麗佳さまなら既にみなさまの前にいらっしゃいます」

「え? どこに?」

「視線の問題により、みなさまから麗佳さまは見えていないのでしょう」

「視線の問題?」

「はい。上をご覧になっていただければ疑問は解消されるかと」


 言われたとおり、ゆっくり首の角度をあげていき、視線を上へ上へと向けてみると……。


「全員、そろったようね!」


 なんか、大豪邸の屋根のてっぺんに、仁王立ちしている女がいた。


「って、おまえなんてところに立ってんだ!」


 バカなの? そんなに高いところが好きなの? 普通にあぶないよ。高すぎてもう風になびくスカートのなかとか、ぜんぜん見えないよ。

「ぶっふ!」と雛子が吹き出す。おかしくてたまらないようだ。

 仁美は、ハァ~ッと地の底に届きかねないほど長い嘆息をこぼした。

 シズクと春日部は、麗佳のキテレツな登場に唖然としている。


「これからあなたたちを決闘の地へといざなうわ! 覚悟はいいかしら!」


 遠すぎてよく聞き取れないが、高いところに立って興奮しているらしく、セリフ回しの中二っぽさが増しているようだ。


「え? なんですか、麗佳さん? すみません、ちょっとよく聞こえませんでした。もう一回言ってください」

「え? なんですって? 雛子さん、よく聞こえなかったわ? 喋るのならきちんとわたしの耳に届くように喋りなさい。わたしに対して失礼でしょ」


 おまえも聞こえてないのかよ。聞こえてないのに、なんでそんな偉そうにできるんだ。


「ふん、いいわ。今そっちに行くから、待っていなさい」


 ばさっと長い髪をなであげると、背中を向けて後ろのほうに姿を消した。

 どうやら俺たちは麗佳が屋根から下りて、庭に来るまで待ってないといけないらしい。


「あの人、どうしてわざわざあんな手間のかかるところにいたんでしょう? おかげでいま、わたしたちは人生で最も無駄な時間を過ごしています」

「麗佳はあぁいう奴だからな。演出とか大事にするんだろ」


 見栄っ張りというか、派手好きだ。

 シズクも頭痛をこらえるように、眉間の皴をつまんでほみほぐしている。

 春日部は……目をキラキラさせて「かっこいい」と呟いていた。そっとしておこう。

 で、早乙女さんはというと、停車していたリムジンの運転手にガレージに行くようにと、てきぱき指示を与えている。

 リムジンが発車して門を潜っていくのを見届けると、早乙女さんはひらりとあでやかな身のこなしでスカートをなびかせて振り向き、俺たちのもとに寄ってきた。

 麗佳が来るのを待つのは面倒なことこの上ないが、こうやって生メイドさんをじっくり観賞できるのはいいものだ。

 早乙女さんは固い表情のまま俺を見ると、淡々とした口調で話しかけてきた。


「それでは、麗佳さまがご到着なさるまで、しばしお待ちください」

「あっ、はい」

「準備ができましたら、どうかみなさまで、ごゆるりと乱交パーティをお楽しみになってください」

「……ん?」


 シーンと場が静まりかえり、全員の視線が早乙女さんに集まる。


「どうかなさいましたか? みなさまでそんな、わたしの肉体を舌でねぶるような、いやらしい眼差しでご覧になられて?」

「いや、そんな眼差しで見てないから。ていうか早乙女さんこそ、どうかなさってるから」

「ありがとうございます。ですが罵るのなら、もっと放送コードに引っかかるような強烈なお言葉をちょうだい頂ければ幸いです」

「べつにほめてねぇよ。、てか、あんたさっきからなに言ってんだ?」


 あれれ? もしかしてこのメイドさん、やばいのかな?

 我知らず、防衛本能が働いたのか、俺は早乙女さんから距離をとって、愛しい天使である仁美のそばに身を寄せる。


「先ほどまでわたしのことをそれはそれはいやらしい目で視姦なさっていたのに、本性を知るなり一転して汚らわしいものを見るような目つきになりましたね……なんだか下腹部のあたりがうずいてまいりました」


 お堅い表情のまま卑猥なことを言うな。それと、やっぱこの人やばいわ。もしもエロゲのなかから飛び出してきたキャラなら、ソッコーでエロゲのなかに返品したい。


「友則先輩、しかんってなんですか?」

「さ、さぁ、なんだろうな? あんな人の言うことだから、気にしなくていいんじゃないか?」


 早乙女さんは理想的なメイドさんではなく、ただの下ネタ製造マシーンだった。この人のそばにいたら、天使である仁美まで汚される。

 仁美は俺に向けていたいぶかしげな目を、早乙女さんに移した。


「とりあえず、わたしにも早乙女さんが危険人物なのはわかります。極力関わらないでおくべきです」

「ひとみんの言うとおり、この手の輩には何もしないのが一番効果的だよ」


 雛子が提案すると、シズクも同意見らしく口を結んだままこくりと頷いた。


「何もされないならされないで、こちらの期待を裏切られたようでうれしいです。わたしとしては、氷室さまや近藤さま、それに真宮さまのようなかわいらしい少女から、そのように蔑んだ目で見られただけでご褒美です。ありがとうございます」

「先輩……わたし、帰りたくなってきました」

「俺もだ。けど我慢してくれ。まだ本題が済んでない」


 シズクと勝負するためにやってきたのに、なんでこんな変態の相手をしなきゃいけないのか?


「あの~、わたしは?」


 春日部が自分の顔を指差す。さっき早乙女さんが言った、かわいらしい少女のなかにふくまれてなかったのが不服のようだ。


「春日部さまも、大変かわいらしゅうございますよ」

「え? そうですか? そうですよね? えへへ」

「はい。ただ春日部さまには責められるよりも、むしろわたしが責めたいです。手ごめにしてペットにして裸にむいて首輪をつけて飼いたいです」


 ひぃぃぃぃ、と春日部は天敵を前にした小動物のように総毛立つ。質問したのはヤブヘビだったな。


「麗佳さまが到着なされたら、場所を変えてみなさまで乱交パーティをなさるのですよね? 朝倉さまが鬼役となって真宮さまを追いかけ、他のみなさまが朝倉さまに手を貸すとうかがっております。想像するだけでうらやましいです。ぜひわたしも混ざりたいです」

「勝負の内容をどういうふうに聞いてそんな解釈になった?」


 しかも混ざりたいってなんだよ? 俺に協力したいってことじゃないよな、絶対。

 まだ勝負は始まってすらいないのに、精神的な疲労が蓄積されていく。

 肩を落とすと、屋敷の扉がバンと勢いよく開いた。


「待たせたわね」


 威風堂々と麗佳が玄関から飛び出してくる。

 ほんと待った。おまえの登場がこんなにも待ち遠しくなるとは思ってもいなかった。


「おい、麗佳。どうなってるんだ、おまえのところのメイドさんは?」

「どうなっているとは、どういうことかしら? もしかして綾乃のことを言ってるの?」

「そうだよ。他にいないだろ? こんなやばいメイド」

「……理解できないわね。綾乃のどこがやばいというの?」

「は?」


 麗佳は本当に俺の言っていることがわからないらしく、ぶっちょう面をしていた。


「いや、さっきからずっとこのメイドさんが卑猥なことを言ってくるんだよ。他のみんなも聞いてたよな?」


 四人の少女たちがめいめいに首を縦に振る。あっ、いや、シズクだけは俺を無視していた。


「冗談にしては聞き捨てならないわね。綾乃は立花家の侍従長であり、使用人のなかでも最強の能力者よ。戦闘面だけでなく、従者としての礼儀作法も完璧に身につけているわ。その綾乃が、来客に対して卑猥な言葉を口にするはずないでしょ? いくら友則でも、うちの使用人にケチをつけるようならただじゃおかないわ」


 麗佳は腕組みすると、切れ長の目を細めてくる。

 ブッブ~という音が鳴り、麗佳の好感度が『30→29』に下がった。

 ど、どういうことだ? ぜんぜん話が噛み合ってないぞ。俺の話す早乙女さんと、麗佳が話す早乙女さんとでは、まるで人格が違っている。


「朝倉さま」

「うおっ」


 びびった。まったく気配を感じさせずに、いつの間にか下ネタメイド、もとい早乙女さんがそばに来ていた。アサシンかよ。

 早乙女さんは口元に右手を添えると、内緒話でもするようにささやいてくる。


「他の使用人たちはわたしの本性を知っておりますが、麗佳さまや旦那さまは気づいておりません。というのも、わたしは主人たちの前では決して下品な単語を口にしないからです」

「猫を被ってるってことですか? どうしてまたそんなことを」

「クビになるからです」


 うん、まっとうな理由だ。そりゃあね。下ネタばんばん連発するメイドなんて、雇うわけないもんね。


「ですので、麗佳さまはわたしのことを真面目でよく出来た使用人だと信じております。友則さまが百万言をつくしたところで、説得するのは難しいかと」


 言うだけ無駄ってことか。

 わざわざ助言してくれるあたり、言動はアレだが根は良い人のようだ。


「ですが、自ら麗佳さまに真実を暴露して職を失い路頭に迷うというのも、なかなかスリルのある誘惑です」


 一瞬でも見直した俺がバカだった。よし、離れよう。

 下ネタメイドから距離をとると、ブスッとした顔の麗佳に向き直る。


「あ~、悪かったな。どうやら俺の勘違いだったみたいだ」


 こちらから折れて、すまないと謝る。


「ふん、わかればいいのよ、わかればね。うちの使用人に言いがかりをつけるだなんて、まったくどういう神経をしているのかしら? これだから凡人は」


 なんだろう、素直に頭を下げたら下げたで、この女威張り出したぞ。


「麗佳さま。どうか朝倉さまを責めないでください。朝倉さまは何一つ偽りを申しておりません」

「綾乃……こんな凡夫を庇ってそんなことを。さすがは立花家に仕える誇り高き使用人だわ」


 主従の絆に感動するのは結構だが、こんな凡夫って友達に言うセリフじゃないよね? 俺は麗佳との絆が怪しく思えてきたよ?


「ぷっすすすすす。麗佳さんって、つくづくおめでたい人ですね」


 雛子がよくできた喜劇でも見ているように笑っている。ある意味、この主従関係は喜劇だが。

 仁美とシズクと春日部は、複雑な表情をしていたが、差し出口をして状況をややこしくするつもりはないようだ。

 それから麗佳の先導に従い、広大な庭を突っ切って、いくつかの大きな門を潜るとシズクとの勝負のために貸してもらう敷地の一部へと連れてこられた。

 年月を感じさせる古色蒼然とした洋館がいくつか並び立ち、手入れの行き届いた庭は鉄柵に囲まれている。学校のグラウンドよりも遥かに広い。これで私有地の一部だというのだから驚きだ。麗佳の家が金持ちなのは知っていたが、改めてその凄さに圧倒される。

 並び立つ洋館の一つに入ると、早乙女さんは俺とシズクにA4用紙ほどの大きさの地図を手渡してきた。


「二人には敷地内の地図を渡しておくわ。しっかり頭に叩き込んでおくことね。あぁそれと、ここにある建物なら多少は壊しても問題ないわよ」


 なんでこの子はそうド派手なガチンコバトルになりそうな発言をするかね。やるのはあくまで鬼ごっこであって、相手を倒すことが目的じゃねぇから。


「真宮さま。預かっていた荷物です」


 地図をじっくり見ていたシズクに、早乙女さんが大きめのトートバッグを差し出す。

 どうやら豪邸についたときに、預けていたようだ。

 シズクはトートバッグを受けとると、なかに手を入れて漫画やラノベを取り出し、そばにあったテーブルの上に積んでいく。

 ちゃんとなかみが入っているのか、もしくは細工がしてないかを確かめているようだ。誇りを尊ぶ麗佳がそんな姑息な手段を取るはずがない。雛子じゃないんだから。

 それと麗佳が来てから早乙女さんが完全に大人しくなっている(キャラが死んでいる)。できればいつもこのまま静かなメイドさんでいてほしい。

 ていうか……けっこう多いな。シズクの本はどっさりと小山のように積み上げられている。あの本の数=俺の敵の数だと考えていい。

 でもシズクだって、あれだけの本をバッグにつめて持ち歩くとなると、かなり重いはずだ。そこは能力でカバーするつもりなんだろう。


「うへぇ~、いっぱいありますね。今度わたしにもオススメの漫画を読ませてください」

「えぇ、いいわよ。あなたの頭でも理解できるやさしい内容のものを貸してあげる」


 やったぁ、と春日部は喜色満面に微笑んで跳びはねる。微妙にディスられているが、気づいてないならそれが幸せというものだ。

 文芸部の先輩後輩で仲むつまじくしている様子は、ちょっとだけうらやましい。子供の頃にシズクと当たり前のように話していた時間が懐かしくなる。

 ひととおりチェックを終えると、シズクは積み上げた本をバッグのなかに戻して、肩に下げた。


「敷地内を見てまわりたいのだけど、かまわないわよね?」

「えぇ、もちろんよ。ただし勝負を開始する一時間後には、ちゃんとこの館に戻ってきてちょうだい」


 了承の意味をこめてうなづくと、シズクは一人で館の外へ出ていった。


「さて、それじゃあこっちも準備をしましょうか。ね、まひろちゃん」

「う、うん……」


 にこやかに笑う雛子に肩を叩かれると、春日部は青ざめる。傍から見ていると同情を誘う光景だな。


「それじゃあわたしの能力ゴッドハンドで、三人の能力を朝倉先輩に貸します。三人とも、一人ずつ順番に朝倉先輩と抱き合ってください」

「え……」


 春日部の説明を聞いて、俺も、そして三人のヒロインたちも凝り固まった。


「だ、抱き合うってなんだよ? どうしてそんなこと」

「能力を貸すには、両者の肉体を密着させないといけないんです。そのためには抱き合うのが効率的なんですよ」

「なんだよそれ、聞いてないんだが?」

「はい。言ってませんから」


 こいつはなぜドヤ顔をしている? なにもすごくはないぞ。


「あ、あの、先輩が嫌とかじゃなくてその、ひ、人前で抱き合うというのはちょっと……」

「わ、わたしの肌に触れていいのは、わたしが心を許した相手だけよ!」


 仁美と麗佳が顔を上気させて、猛抗議してくる。


「友則さんと抱き合うだなんて吐き気がします」


 雛子だけは笑ったまま拒否してきた。俺、傷ついた。

 ていうかおまえ、日頃は積極的にボディタッチしてくるじゃん。ひかえめなおっぱいを当ててくれるじゃん。その要領で今回も頼むよ。


「けっ! カマトトぶって恥ずかしがってんじゃねぇよ! そんなラブコメみたいなシーン見せつけられたって、こっちは腹立つだけだっつうの! いいからさっさとしやがれ!」


 クズな本性をさらけだして春日部は愚痴りだす。

 さっきまで照れていた仁美と麗佳が真顔になり、雛子は唇をつりあげて笑みを深くした。


「ごめんなさいすみませんもう二度と文句言いません許してくだしゃい!」


 ヒロインたちがめっちゃ怖かったらしく、春日部は超早口で謝罪する。若干泣きが入っていた。

 そんな春日部を遠くから眺めて、早乙女さんがうっとりとしているが……スルーしよう。

 しかしまずいな。このままでは三人の能力を借りること自体が白紙になりかねない。どうにかしないと。


「三人とも聞いてくれ。俺と抱擁を交わすのは、気が進まないと思う」

「はい、ほんと気が進みません」

「まだ話してる途中だから。最後まで聞いてね」


 雛子に話の腰を折られたが、気を取り直して説得を再開。


「俺の実力じゃあ、とてもじゃないがシズクには敵わない。勝つためには三人の協力が必要だ。だから改めて頼む。力を貸してくれ」


 誠心誠意をこめて、胸の内を語る。

 三人の協力があって、はじめて俺のようなザコはシズクに立ち向かえる。

 三人がいてくれなきゃ、勝てないんだ。


「先輩、誰も協力しないだなんて言ってませんよ」

「……仁美」

「その、人前で抱き合うのはやっぱり恥ずかしいですし、抵抗がありますけど、先輩には勝ってほしいですから」


 仁美は頬を桜色に染めて微笑むと、了承してくれた。


「ふん、そこまでわたしの能力が必要だというのなら、今回だけは特別に触れることを許してあげるわ。その代わり、負けたら承知しないわよ」

「麗佳」


 長い髪をなびかせてそっぽを向くと、麗佳は力を貸すことを許可してくれる。

 あとは……


「あっ、友則さんが地べたに這いつくばって額をこすりつけながら土下座してくれたら、わたしもいいですよ」

「雛子……おまえってやつは……」

「冗談ですよ、冗談。友則さんと触れ合うのなんてしょっちゅうやっていることじゃないですか。今さら意識するようなことじゃありませんよ。ですからそんな、振りあげた拳をどこに降ろせばいいのかわからなくなった青春ボーイのような顔はやめてください」


 どうやら協力してくれるみたいだ。それはいいのだが、触れ合うのがしょっちゅうやっていることって、誤解をまねく発言はやめてくれ。なんか端っこに立っている早乙女さんの目が怪しく光ったぞ。

 とりあえず三人とも、能力を貸すことを承認してくれた。

 まったく、春日部め。抱き合わなきゃいけないなら事前にそう言ってくれればいいのに。いきなりだったので驚いた。

 けどまぁ全ては勝つためだ。仕方がない。三人のヒロインたちと抱き合おう。

 ほんと、ありがとうございます。


「えっと、それじゃあわたしの能力、ゴッドハンドについて説明しますね」


 先ほど感じた三人のヒロインへの恐怖心が残っているようで、春日部はびくびくしながら自分の能力について語った。

 能力を貸す側と借りる側、二人が抱き合って春日部が両者に触れることでゴッドハンドは発動する。その際、貸す側だけが能力を発動させないといけない。

 借りる側は、貸してもらった能力を三時間だけ使えるようになる。

 貸した側は、貸した後も能力が消えることなく通常どおりに使えるらしい。貸すといっても、本当に貸すのではなく、コピーして渡すのだ。

 能力はいくつでも借りることができるが、借りた能力は一度に二つまでしか併用できない。つまり俺の本来の能力であるライアーコントロールを合わせれば、最大で三つまで能力を同時に使用できるということだ。

 そしてこれは重要なことだが、春日部のゴッドハンドで一度貸した能力は相手が誰であろうと二度と貸すことができなくなる。ゴッドハンドで仁美、雛子、麗佳の能力を貸す相手は、俺が最初で最後になるわけだ。

 チャンスは一回きり。シズクに敗れたら、再戦があったとしても三人の協力は望めない。今日勝たなければ次はない。

 ちなみに春日部自身は、他人の能力を借りることはできないし、自分の能力を貸すこともできないそうだ。つくづく名前のわりにサポート系の能力だな。

 説明を聞き終えて総じて思ったことは……。


「まひろちゃんの能力って、ひとみんのコピー能力をヘボくしたみたいだね」

「みたいというより、ヘボくしたものよ。面倒な制約が多いわ」

「ひ、ひどい! わたしが気にしていることを!」


 雛子と麗佳が、俺の心の感想を口にして春日部を傷つけていた。遠慮がねぇな。


「春日部さん、大丈夫ですよ。ヘボいってことは誰からも恐れられないってことですから、いいことです。頭の出来もふくめて、あなたは他人から利用されるのがせいぜいです」


 仁美。はげましているつもりなんだろうが、それは一生かかってもおまえは下っ端のままだと言っているようなものだぞ。あと相手が春日部だからか、俺や堀田ちゃんにかけるときよりも声に熱がこもってない。


「うぅ、それじゃあ誰からやるの?」


 春日部は半泣きになりながら、能力の受け渡しを促してくる。

 仁美と麗佳はちらちらと視線を交わして、誰から行くべきか迷っていた。


「はい。一番手は友則さんとの触れ合いになれているわたしが最適だと思います」


 雛子が挙手をして名乗り出る。

 それはいいが、触れ合いになれているって表現はやめてね。なんか俺が軟派な男みたいじゃん。

 仁美と麗佳は何か言いたそうな顔をしていたが、照れ臭いのか異論を挟むことはなかった。


「二人ともオッケーみたいだね。というわけで友則さん、どうぞ」


 雛子は大きく両手をひろげてくる。お母さんか。

 そばまで歩いていき、小柄な雛子と正面から向き合う。相変わらず仮面のようなニコニコ笑顔で見上げてきていた。


「それじゃあ、いくぞ」

「はい、いいですよ」


 雛子の肩に手を乗せると、わずかにびくりと震えた。


「雛子、おまえ……」

「なんですか?」


 にっこり笑顔のままだが……もしかしたら、こいつなりに緊張しているのかもしれない。

 それは言わぬが花だな。

 細いうなじと、小さな背中に手をまわして、ゆっくり胸元に引き寄せると、つつみこむように抱きしめる。

 こいつ……なんでこんないい匂いしてんだよ。口を開けば毒ばかり吐いてくるくせに、甘い柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。肉体そのものが男とは別物というか、女の子ならではのやわらかさがある。それと慎ましくも弾力のあるふくらみが当たってうれしいです。

 い、いかん……。相手は雛子だというのに、ずっとこのままでいたいと願ってしまいそうだ。


「じゃあ雛ちゃん、能力を発動して。朝倉先輩に雛ちゃんの力を渡すから」

「まひろちゃん、なるべく早めに終わらせてね。この状態はわたしにとって苦痛以外のなにものでもないよ」


 こんなときでも安定した毒を吐いてくるね。でも離れたくないって思っちゃうから不思議。

 春日部が俺と雛子の肩に手を伸ばして触れてくる。

 雛子は右手のなかに、蛍火のような小さな光の玉を生み出した。


「では、やりますよ」


 春日部が合図を口にした瞬間――外部から何かが流れ込んでくるのを感じた。それが俺の内側へと浸透していき、手足を循環する血液のように馴染んでいく。

 これは……雛子から流れ込んでくるもの。雛子の異能力だ。


「はい、完了。もう離れていいよ」


 春日部は俺と雛子から手を離すと、能力の貸与が済んだことを告げてくる。意外に早く終わるんだな。


「友則さん。わたしから手を離してもらえませんか? 汚らわしいです」

「おまえはもっと俺を傷つけない言い方はできないのか?」

「もうわたしに触らないでください」

「それも傷つくから。まともな言い方をしたつもりだろうけど、俺傷ついたから」

「え~、だって友則さんキツイこと言われるの好きじゃないですか? 友則さんだって、わたしとこうしているの嫌でしょ?」

「人をマゾみたいに言うな。あと、おまえとこうして密着するのはそんなに嫌じゃない」


 って、いかん。つい本音が出てしまった。

 ほんの一瞬、本当にほんの一瞬だが……雛子は普通の女の子みたいに顔を赤くして、照れた表情を見せる。

 ドキリと心音が高鳴ったときには、雛子はいつものニコニコ笑顔に戻っていた。


「友則さん。調子のいいことを言うのは結構ですけど、まだ残っている二人の顔を見てください」

「げっ……」


 振り向いてみると……仁美と麗佳がムッとした面持ちでこっちを睨んでいた。まるでいろんな女に手を出す最低野郎を見る目だ。俺、今からあの二人とも抱き合わなきゃいけないんだぜ?

 よいしょっ、と雛子は両手で突き放すように俺を押しのけて腕のなかから脱出する。

 ちょっとだけ目尻をゆるめると、ほがらかな笑みを浮かべた。


「実はわたしも友則さんとあぁしているの、そんなに嫌じゃなかったですよ」


 なんて、こっちの動揺を誘うようなことを言うと、ニヤリと口の端をつりあげて離れていく。

 ピコピコンと音が鳴ると、雛子の好感度が『25→27』に二つもあがった。

 いや、好感度をあげずにヒロインとの抱擁をやりすごすとか、無理だよね。これ絶対にあがっちゃうイベントだよね。


「はいはい。ほんじゃあ次はどちら様がやるんですか~?」


 うわっ、春日部がやさぐれてる。もしかして、俺と雛子のやりとりを見てイラッとしたのか?


「次はわたしが行くわ」


 麗佳が前に出てくる。さっきまでの照れはないみたいだ。というか怒りのほうが勝っているみたいで、不機嫌そうだ。

 よし、次はなるべく好感度をあげないようにしよう。

 麗佳は目の前までやってくると、腕組みをして見つめてくる。


「ほら、やるならさっさとしなさい」

「おまえ、こんなときでも偉そうだな」

「当然よ。わたしを誰だと思っているの?」


 高慢ちきで胸の大きな女だろ? なんて言えないよね。

 軽く吐息をこぼす。右手をのばして麗佳の肩に触れると、


「っ! さ、触らないで! この凡人っ!」


 麗佳は真っ赤になると、俺の腕を思いっきり払いのけてきた。

 えぇ~、なにその豹変っぷり? 精神にクリティカルダメージを叩き込まれたんですけど。


「ち、違うわ! 今のはその、恥ずかしいとかじゃなくて……とっさにあなたに触れられることが不快になっただけよ!」


 それ、面と向かって本人に言っていいことじゃないよ。


「け、けどもう平気よ。心構えができたもの」


 ふん、と鼻から息をもらすと挑むような眼差しを向けてくる。

 なんだか俺も怖くなってきた。大丈夫だよね? 反射的に斬りかかったりしないよね?


「それじゃあ、いくからな」


 もう一度、右手をのばして肩に触れると、麗佳の体がほのかな固さを帯びた。

 肩に触れたまま引き寄せ、左手を華奢な腰にまわして抱きしめる。

 んっ、と甘い声をもらすと、麗佳は赤くなった顔を俺の胸にうずめるように押しつけてきた。

 さらさらとした長い黒髪からは、希少種の花のような高級な香りが漂ってきて、頭がくらくらする。

 しなやかな肢体は温かく、ふんわりとしてて、豊満なふくらみが当たってたまらない。

 はっきり言おう。おっぱいがすごい。おっぱいが大きくて、やわらかすぎて最高だ。俺はいま、男としての幸福を噛みしめている。


「はい、じゃあちゃちゃっと片付けちゃいますから、立花先輩は能力を発動させてください」


 春日部はさっきと同じ要領で、俺と麗佳の肩に触れてくる。


「は、発動させるわよ」


 断りを入れると、麗佳は青光りする日本刀を傍らに具現して宙に浮遊させた。

 雛子のときみたいに、外部から力が流れ込んでくると、肉体に浸透して馴染んでいく。


「はい、終わりましたぁ~」


 投げやりな口調で春日部は言ってくる。散髪屋のおっちゃんみたいな喋り方だ。


「さ、さっさと離れてもらえるかしら?」


 恥らうような上目づかいをしてくる。麗佳のきれいな顔が、すぐ近くにあるのを意識すると、こっちまで体が熱くなった。

 それに……おっぱいが、おっぱいが名残惜しすぎて、離れられない。いつまでもひっついていたい。


「な、なによ? まさか、わたしと離れるのが、そんなに嫌なのかしら?」


 はっ! こ、これはヒロインからの質問だ。エロゲだったらここで選択肢が出てくる。慎重に答えないと、麗佳の好感度があがってしまう。

 ここは、「べつにそんなことねぇよ」とクールに答えて、すみやかに離れよう。


「どうなの? 正直に答えなさい」


 唇をとがらせた麗佳は、ちょっとだけ俺に体重を預けるようにして迫ってきた。

 むにょん、とダイナマイトおっぱいが炸裂する!


「べ、べ、べ、べつに、そそそそそそんなことねぇし! ぜ、ぜんぜん、そんなこと、ね、ねぇし!」


 噛みまくっちまったああああああああ! これじゃあツンデレみたいになってるぅ! 俺が離れたがってないみたいじゃん! いや、本心ではおもっクソ離れたくないけどねっ!


「ふ、ふぅん、そう。だったらもう、くっついてなくてもいいわよね?」


 赤面したまま麗佳は目をそらすと、するりと俺の胸から抜け出した。

 ピコピコンと音が鳴り、麗佳の好感度が『29→31』へと二つあがる。

 あうふ。狙いに反して、ツンデレ効果であげてしまった。これなら素直に「おっぱいが大好きなんだよ!」と叫けばよかったな。いいわけねぇだろ。

 雛子はおかしそうにクスクス笑い、仁美は半目になっている。最悪だ。


「あとはひとみんだけだね」

「うっ……」


 雛子に名前を呼ばれると、仁美は頬を色づかせる。

 いよいよ我らがメインヒロインの出番か。こっちも気合いを入れないとな。

 おいちにさんし、と手首をまわし、足首をまわし、肩をまわして、首と腰もひねる。肉体のコンディションは万全だ。


「あの……先輩、どうして準備運動をしているんですか?」

「気にするな、意味はない」


 いかんいかん。気合いが前に出すぎて、ちょっぴり仁美を引かせてしまった。


「ひとみんの番になった途端、目が生き生きしだしましたね。気持ち悪いです」

「なにかしら、このもやもやした気持ちは? 貸した能力を奪い返したくなってきたわ」


 ぴりついた空気を発する二人に、身の危険を感じる。ごめんなさい。二人にも感謝しています。二人とも抱き心地がよくて、おっぱいも大変よろしゅうございました。


「なんでもいいから、早くしてもらえませんかね? やるのはわたしなんですから」


 はぁ~面倒くさい、と春日部が仕事に疲れたサラリーマンみたいにぼやく。こいつには、あまり感謝したいとは思えない。


「あの、先輩。よろしくお願いします」

「お、おう。任せとけ」


 仁美は顔を赤くして俺のそばまでくると、頭を下げてくる。

 うぅ、なんかこっちまで緊張してきた。


「じゃあ、やるぞ」

「は、はい……」


 手をのばして、肩に触れる。

 仁美はキュッと両目をつむって、踏み込んできた。

 すっぱりと、まるでボールがポケットに入るように仁美は胸のなかにおさまった。

 清潔な香りがした。新雪みたいに白い肌をした体は、ガラス細工のように繊細で、ちょっと腕に力を込めただけで崩れてしまいそうだ。

 おっぱいは……言わずもがなだな。特に麗佳のあとなので、差が顕著だ。無である。

 仁美は俺の胸元に額をくっつけて、息をこぼす。衣服を通して熱が伝わってくる。

 顔を火照らせた仁美は、くすりと笑った。


「こうして、先輩に抱きしめられるのは二度目ですね」

「あ、あぁ、そういや闘技場でもあったな」


 あのときは初めて好感度表示を無事にクリアできたから、テンションがおかしくなっていた。

 けど今は恥ずかしい。心臓が破裂しそうだ。たぶんこの鼓動は、仁美に聞かれている。


「それじゃ氷室さん。能力を発動して~」


 俺と仁美の肩に触れると、春日部はやっつけな感じで言ってくる。


「先輩、わたしの力を受け取ってください」


 仁美は右手にブラックメタリックの巨大なリボルバーを具現する。

 そして、雛子や麗佳よりも多くの能力を有する仁美の力が流れ込んできた。俺なんかが手にするには、あまりにも大きすぎる力だが、それでも身体に馴染み、浸透していった。


「あの、友則先輩……」


 仁美は俺の名前を呼ぶと、神妙な声で、あることをつぶやいてきた。


「いいのか?」

「はい。先輩には、勝ってほしいですから」


 シズクと仲直りしてほしいと、仁美は微笑みを浮かべる。

 その覚悟に胸を打たれる。必ず勝ってみせるという決意をこめて、うなづく。


「わかった。おまえの力、大事に使わせてもらう」


 はい、と仁美は晴れやかな笑顔を見せてくれた。

 ピコピコンと音がなって、仁美の好感度が『30→32』にあがる。

 ……これは回避のしようがなかった。選択肢が一択しかなかったからね。


「仲が良くて結構ですね。はい、じゃあもう終わったから、見つめあいながらくっつかなくてもいいですよ?」


 春日部はケッと口をとがらせると、俺と仁美から手を離す。やっかみが酷いな。


「あ、あの、先輩、もう……」

「あ、あぁ……」


 くそっ、もっと仁美を抱きしめていたい!

 血涙を流しかねないほどの悲しみに打ちのめされながら、仁美の体からゆっくりと手をどける。

 仁美はちらちらと視線を送ると、顔を赤らめたまま離れていく。かわいい。

 深呼吸をすると、熱くなっていた顔が冷えていった。気分が落ち着いたので、三人のヒロインたちに目を向ける。

 みんなの異能力が、俺のなかに宿っているのを感じ取れる。

 先日訓練でかじったとはいえ、使い手としては素人だ。実際に能力を体感するのは初めてで、本来の持ち主である彼女たちのように上手くは使えない。

 とりわけ仁美の能力は手札が多い。見慣れているものだけを使用すべきだろう。

 これから挑む勝負に、不安はある。

 けど三人のヒロインたちがついていてくれるなら、背中を押されているような心強さがあった。

 勝ってみせる。絶対に。



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