おまけ3
「ただいまぁー」
なんとか家に帰ってきた。帰宅途中の記憶があまりない。ユキヒトと別れる時にものすごく寂しい気がしたけど、それ以外はフワフワと雲の上でも歩いているような気持ちだった。
「お帰りー?」
母はあいさつを返してからわたしの顔をマジマジと見つめると、すぐに納得したのか頷いて口を開く。
「今日はお赤飯で正解だったわね〜♪」
そういえば、出かける前にそんなこと言ってた気がする。
わたしの顔を見て赤飯で正解だと認識した。わたしの顔はどんな顔だ?
手洗いうがいをするために向かった洗面台で確認する。
うん、ボーッとした顔だ。これといって普通の顔だ。判断材料になるようなものはないように思えるが?
「そんな、恋してます!って顔されたら誰でも分かるわよー もう食べられるけど食べる?」
え!? そんな顔なのこれ?
とりあえず家にご飯が用意されようとしているのでダイニングに座る。
「お昼少なかったしお腹は減ってるような……」
「まあまあ気にしないの〜 食べられなくなることもあるものなのよ〜?」
歌い上げるように母が言う。とても楽しそうで嬉しそうにお赤飯の入ったお茶碗をわたしの前に置く。次いで薬味皿に入れたごま塩もお茶碗の横に置く。
「召し上がれ〜」
「はい、頂きます」
楽しそうなのを邪魔するのも悪いし、お箸を持ってお赤飯を一口食べる。
モチモチしていて美味しい。
「良かった、サクラちゃんが上手くいって。お母さんは嬉しいわ〜」
「上手くいってるって言うのかな……?」
お赤飯を口に運びながら母の考えに疑問をはさむ。
確かに嬉しい状況だけど、世間的に見て上手くいってるというのだろうか? 親としてそれで良いのだろうか?
「なぁに? ダメだったの?」
「ダメじゃないけど……母はわたしの進む道が間違ってるとは思わない?」
「思わない思わない。気持ちが本物でそれが幸せなら、お母さんはサクラちゃんを応援してるわ〜」
母はわたしを理解し応援してくれる。誰かに話が出来る方が良いこともあるだろう。たぶん問題は山積みだから。
「そう、ならまた相談するかもしれない」
「なんでも聞いてね〜 だから、どんな相手か教えてくれる?」
母が期待に満ち満ちた表情で聞いてくる。
女の人が恋話スキなのはいくつになっても変わらないのかな……?
「ユキヒトは……うん、とっても紳士的で優しい人だと思う」
「きゃー! 紳士的ですって、奥さん!」
母は隣のイスをバシバシと叩く。
母よ、自分一人しか居ないのに噂話してる主婦風なのはなぜ?
「格好いいの?」
完全に質問は女子目線なんだけど……わたしが彼女ってのは決定事項? それしかあり得ないと思ってるけど……思いたいけど……
「格好良い……とは違う気がする。格好いいと思うより、とにかく優しいと感じることが多いかな。わたしのことをよく考えてくれているというか、大事にしてくれてるというか……」
「きゃー! ステキ! ユキヒト君マジ紳士!」
マジ紳士って……恋話中の女の人はテンション高いなぁー
「ほら、やっぱり、昔からサクラちゃんのことをスキなんじゃないの! お母さん間違ってなかったわ〜」
確かに母は気付いてる風だったけど──
「そうは言ってなかったじゃーん……言ってくれれば……」
いや、言ってもらう必要はなかっただろう。
「それは自分で気付くか、本人から言ってもらうから良いのよ〜 でないと自分の素直な気持ちが分からなくなるから。第一サクラちゃんは信じないでしょ?」
「まぁね」
だから逆に、自分で確かめたことは信じられる。ユキヒトの気持ちを信じて自分の気持ちに素直になれた。
そうなるよう配慮してくれた母の行為はとてもありがたいこと。
でも、親にお礼を言うのはなんだかとても恥ずかしい気がする。でも、今を逃すと言えない気もする。
「母よ……ありがとう」
俯いて小さく、ホントに小さく告げる。
それでも母には簡単に伝わる。
「サクラちゃんは良い子ね〜 ユキヒト君と上手くいくと良いわね〜」
母に頭をワシワシと撫でられる。ユキヒトに撫でられるのとは少し違う。でも安心があって心地よい。この安心は……
親とはすごいものだな……母は最後まで味方でいてくれる気がする。
「それで、デートとかするの?」
ぼふぅっ!!
滑らかに繋げられた母の質問に危うくお赤飯を吹き出すところだった。
「で、でーとぉ!?」
わたしは真っ赤になって驚きの声を上げる。
その言葉だけで心臓がバクバク言ってるんだけど……
鼓動を抑えるように胸元をキュッと掴む。
「カワイイ反応ー! こりゃ、ユキヒト君も惚れるわ〜」
母やっぱりたのしそー
「いや、でも! その、やっぱり、二人のことは他の人には内緒だから……」
同性の付き合いなんて、ばれて良いわけがない。
「ふぅ〜ん……デートしたくないの?」
母の直球な質問。
聞かれても具体的なシチュエーションが浮かばない。だいたい二人であそんでるわけだ……ただその言葉の不思議な魅力がわたしを混乱させるだけで。
「最初は映画とか無難なところをお母さんはお願いしたいわ〜 いきなりホテルとかはちょっと……」
「なっ!? 何、何、何言ってんの!!!!」
ホテルってなんだ!? いや、施設としては知ってるし、異性と行くなら目的は一つで、エロゲでそんな知識は充分持ってるけども! 同性と行くところではないし! だいたい、スキって言ったけどそういうのとはちょっと違うと思う! なんていうかもっと……
わたしは真っ赤になった顔を嫌悪感から急冷させて肩を落とす。
「母……なんでそんな発想なの? わたしとユキヒトはそういうのじゃないと思うんだけどな……」
「そうよ〜 そういうのではないとお母さんも思うわ〜 ただ勝手にそうなるだけで……っとと、余計な話をしてしまったわね。いずれにしても、デートは相手が必要だから、ユキヒト君に聞いてみないといけないわね。ユキヒト君がオーケーなら、行ってみたら?」
母は何を考えているのか……とにかくデートをさせたそう。
「だから、バレたくないから……」
「バレないようにすれば良いのよ。デートと言えば、オシャレでしょう? おめかしするもんでしょう? するべきよ!」
三段階で飾ることを推し進めてくる母。
「つまり……わたしにオシャレして欲しいからデートを薦めてると?」
「せいか〜い♪ カワイイ子はカワイくしたいのよ! じゃーん!!!!」
母わたしの前に紙袋を差し出す。側面にはアンティーク調でハートマークと「BABY」というロゴがあしらわれたショッパー。
結構大きいし重そうだし、何入ってるんだか……というか、どこから出した?
「お腹のポケットかな?」
違います。
「早く見せたくてウズウズしてたのよ〜」
言いながら母はショッパーから中身を取り出し、わたしの横に立って母の身体の前に広げる。
カワイイ服だ。第一印象はそれで、二つ目に思ったことは、重そうで長い服、だった。
なんと表現するのが良いのか……ワンピースであることは確かだと思う。ドレスと言っても良いぐらいだけど。
上は丸襟のブラウス風で白基調にアクセントとしてダークブラウン、ボタンのサイドにレースのラインがあしらわれている。腰の辺りがキュッと絞られた女性的なラインは、そこから下で大きく布のボリュームが異なる。スカート部分は上とは逆でダークブラウン基調に白のフリルやレースがついている。おそらく着れば大きく広がったスカートになることが想像出来るが、今はとにかく布が重なっていて、重そうと感じる原因となっている。
「秋なのでダークブラウンが良いな〜と思って選んでみました」
すっごい楽しそうですね、母よ。他に選択基準があると思うんだけどな……
「インナーもアウターもブーツもヘッドドレスも揃えてあるわよ〜 あ、帽子の方が良い? そっちもあるわよ〜」
新たなショッパーも用意され、次々に取り出される。
「えーっと……わたしが着るの? それらを?」
「もちろん! とっても似合うと思うわ」
いや、真面目な顔で言われても……
「確かにそれを着てたら誰だか分からないだろうけど……」
「しょーがないわね……百歩譲ってウィッグもつけましょう。本当は地毛を染めたいんだけど……」
そう言いながら、母は別のショッパーからハニーブラウンのウィッグを取り出す。
そこ、譲るポイントじゃないと思う!
「却下していいかなぁ……」
ノリノリの母に悪い気がしてわたしは弱気に告げる。
「えーっ! 30万近く使っちゃったから着てくれないとお父さんに怒られるー ブーブー」
いや、そんなカワイらしくブーイングされても……って──
「ふぁっ!? さんじゅうまん!? って単位は『円』?? 母、何言ってんの!! というか、何やってんの!!??」
あまりの高額にさすがのわたしも驚く。驚きまくる。
母は更に別の袋を取り出し、机の上に小物を並べていく。
「メイク道具も一式揃えておいたから、絶対にバレないように出来るわよ〜♪」
開いた口がふさがらない。
わたしはなぜ親に女装を勧められているのだろうか? もしかして何かしら時空の歪みでも生じてて、わたしの目に入る光だけ、自分が男の像を結んでいるんじゃないだろうか……
などと科学的な言葉で非科学的なことまで考えてしまう。いや、そんな嬉しいことが起こっているわけがない。それなら安心してユキヒトと付き合えるのに……って、なんて考え方しんてんだ、わたしは……
わたしは机に突っ伏して脱力する。
「むぅ! 何その呆れた雰囲気は! お母さんもサクラちゃんのために頑張ってるのにぃー」
いや、そんなむくれられても……
「もぅ、サクラちゃんはワガママだなぁー これならどう?」
と言いながら、母は別のショッパーを取り出す。最初のショッパーと似たような雰囲気で、アンティーク調のバラが描かれている。
それって同じようなテイストなんじゃぁ……
わたしの心配をよそに、母は新しいショッパーから服を次々に取り出して並べていく。
上から順番に、さっきに比べれば控え目な印象の丸襟白ブラウス、レース刺繍多めの茶色のベスト、茶色とベージュのタータンチェックに黒レースをあしらった起毛地のショートパンツ、そして黒ニーハイ。靴は茶皮と赤エナメルのパンプス。完全な初秋の装いだけど……
「カワイイ系ブランドしかないの……?」
「はい、近くにはそれしかありません」
絶対嘘だ!! 絶対店舗数限られてるニッチなブランドだよそれ!!
「ズボンだし良いじゃないの〜 お母さん、コレ着たサクラちゃんが見たいわ〜」
チラチラと視線を送られても……
「まあ、さっきのよりはマシだけど……」
そう言いながら、何となくわたしは喉をさする。意識して触ったわけではない。
でも、触れてから理解する。
女の子に間違われるっていう大義名分がない恰好は、さすがにこの喉では出来ないよね……
「チョーカーもマフラーも用意してあるわよ〜」
外堀を埋めるように母が理由を潰してくる。
くっ! 家の中だし最初から外堀なんかなかった……
「分かった。着てみる……」
思ったよりすんなりと答えは出た。渋ることなく答えたのは、母の行為を無下にしたくなかったからか……
わたしの答えに母は両手を挙げて喜ぶ。
「やったぁ〜 きっとユキヒト君喜ぶと思うわ〜」
わたしの疑問の答えは母の口から飛び出てきた。
そう、ユキヒトがどんな反応を返すのか見たいのだ。感想を聞きたいのだ。
ユキヒトはわたしの女の子っぽい格好をした姿が見たいと言っていたし……
きっと……
きっとカワイイって言ってくれる……
そんなシーンを夢想すると、頬が緩んでしまう。
めちゃくちゃ求めてるなぁ、わたし。
「じゃあ、サクラちゃん、お赤飯以外のおかずも食べる?」
母が微笑を浮かべて問いかけてくる。
わたしは頬を引き締めコクリと頷いた。
今のきっと母は気付いたんだろうなぁ……