恋の糸
誤字脱字を見つけ次第、直します。
これにて完結。お気に入りをして下さった方、読んで下さった方。いままでありがとうございます。
本当に――――祀と恋仲になっても、日常は変わらなかった。
いやはや、常日頃の行いって大切なんだなと思う一方、恋人みたいなスキンシップをとっていたのかと首を傾げてしまう。・・・ああうん、ここ数日はされてたけど。そして恥ずかしさから逃げたり、どついたりしてたけど。
今も抱きついてくる祀を殴って、逃げてる最中で・・・。
「なんだろう、あんまり何も変わらない」
うだうだと悩んで、変わるのが怖い。――なんて思っていた過去の自分を殴ってしまいたい気分だ。
鍵がかかっていない屋上に出て、ふいに思う。
「不用心だ」
本当、この学校って変だ。・・・今更だけど。
「1限目、さぼっちゃえ」
壁に寄り掛かって、空を仰げば見事な青天。
雲一つなくて気持ちよさそうだ。風は冷たいけど。眼を閉じて、息を吐きだす。
ずるずると座り込んで、眼を開ければ見知った顔がすぐ近くにあって・・・。
「何でいるの、幾月」
「さぁ、何ででしょうね」
にこりと笑う幾月は私の隣に腰を下ろし、空を見上げて口を噤んだ。
・・・祀と恋人関係になってから、幾月と話すのは久しぶりだ。委員活動でも会話はないし、酷い時は眼も合わない。あれ? もしかして嫌われた? とか真剣に考えていたんだけど。
この様子を見るに、そうではないようだ。ほっとする。
「西城先輩は、あんな男のどこが好きなんですか?」
「どこって・・・・・・・・・・・・・・・・・・どこだろ?」
真剣に考えたけど、首を傾げる始末。
いや、本当にどこが好きなんだろ? ・・・・・・顔?
「見た眼はよくても中身が最悪なあんな人間、好きになるのがおかしい」
それ、遠まわしに私がおかしいって言ってる?
ねぇ、言ってるよねっ!
「え、あー・・・その、ほら! ずっと私を想い続ける一途な所が好き・・・?」
「疑問形ですけど。そもそもあれは一途じゃなくて異常ですよ、異常」
「ああ・・・うん、まぁ」
否定できないのが悲しい。
「えーと、あ、ほら! 何だかんだで優しいし」
「猫を被れば誰にでも優しいですけど」
けっと嫌そうな顔をする幾月に、口を噤んだ。
これは何を言っても、幾月には通じないだろう。てか、祀の良い所って何だろう? そもそも私は祀のどこが好きになった? ・・・やっぱり、顔?
確かに美形は好きだけど、観賞用としてでしか傍にいたくないし。
恋する乙女の嫉妬が面倒だから、関わり合いになりたくないって思うし。
うーん・・・・。
「祀が好きな理由は解んないけど、傍にいられないのは嫌だ」
「一時気、縁を切りたいって言ってたのにですか?」
「祀が私じゃない女と一緒にいる姿を見たくなかったから」
さらりと答えれば、幾月が何とも言い辛い表情をした。なんでさ。
しかも溜息を吐きだし、呆れたように私を見る。感情をごちゃまぜにしたような、複雑な双眸に射抜かれて身体を小さくした。・・・私、何かした?
「自覚なしっておそろしい」
「幾月?」
「はぁ・・・今の俺じゃあ、どう頑張っても西城先輩の意識をアイツから奪うことは出来ないって、嫌でも解りましたよ。ええ、解りましたともっ」
語尾を荒げる幾月に、何と声をかければいいのやら。
「今は諦めます」
今は、とは一体どういう意味?
聞く前に幾月は立ち上がり、私に背を向けた。
「必ずアイツから奪いますから、覚悟してください」
「へ? は・・・はぁ?」
「それまで純潔は守ってくださいよ!」
「っ?! ちょっ、ちょっと幾月!!」
制止を呼びかけるが、幾月は振り返らず屋上から去って行った。
純潔って・・・え? 何がどうしてそう言うことになるの? 誰か教えてくれないかな。切実に。唖然としつつ、伸ばした右手を下ろした。
息を吐いて、視線を横に動かす。
「――――で、いつまでそこにいるの?」
扉の向こう側にいるであろう、人物に声をかけるも反応なし。
「あ、そう。ならそのままそこにいれば――――祀」
「そこは隣に来てよ、ぐらい言えないのか、冬歌」
「言うか、馬鹿」
「素直じゃないからな、冬歌は」
やれやれと、仕方なさそうに姿を現した祀に怒りを抱いたが・・・息を吐くことで鎮めた。一々相手にするだけ、無駄だ。何を言っても祀はポジティブに受け取る。
・・・素直じゃないのは事実だけど。
「それにしてもあの生意気後輩」
私の隣に座ったと思えば、何故か膝の上に乗せられた。ぎゅっとお腹に回された腕はどう足掻いてもはがせず、諦めに息をつけば頭に顎を乗せられる。
痛い。
地味に痛い。
「冬歌は俺のモノだって言うのに、略奪宣言とはいい度胸だ。・・・どうしてくれようか」
「犯罪に手を出したら嫌いになるよ。てか、嫌うし軽蔑する」
「俺は犯罪には手を出さないけど」
「その一歩手前とか、トラウマ系もなしね」
「・・・冬歌に言われたくないな、それ」
「私も祀に言われたくない」
敵となった人間にトラウマを刻んだことがあるのだから、お互い様か。
苦笑する私に擦り寄るように頬を寄せ、祀がぽつりと呟く。
「じゃあ、冬歌に抱く想いを玉砕するか」
どうやって――――なんて、聞くだけ無駄か。
乾いた笑みをもらし、幾月の言葉を思い出す。覚悟・・・覚悟ねぇ。
「何を覚悟すればいいのやら」
「解って言う冬歌って、性格悪いよな」
祀に言われるとは・・・。かなりショックだ。
「そんな所も好きだけど」
それは・・・フォローなのか?
「どんな冬歌でも、俺は好きだよ。愛してる」
「あー・・・・・・ありがと?」
「疑問形はやめろ。俺の気持ちを疑われるみたいで嫌だ」
拗ねられた。
や、そんなつもりはないんだけど。聞き慣れ過ぎて、どう返せばいいのか判らなくなってね。うん。なんかごめん。
謝るから拗ねるな。
そっぽをむくな。
口をとがらせるな。
可愛いな――――なんて、思っちゃうからっ。
「ところで冬歌」
「うん?」
「照れないんだな」
「はい?」
何を言い出すんだ、こいつは?
「前までなら、抱きついたりしようものなら殴ったり蹴ったりして逃げてたのに。今では大人しく俺のなすがまま」
「なんかその言葉、やだ」
「でも、その通りだろ?」
や、確かにそうだけど・・・。
溜息をついて祀を見上げれば、心底嬉しそうな笑顔がそこにある。何故笑う。
本当、祀の思考回路が解らない。
解りたくないけど。
「流石に人前だとやだけど、今ここには誰もいないし」
「つまり、恥ずかしくないと」
「いや、恥ずかしいよ?」
「人前だと駄目で、二人っきりならいいって・・・冬歌ってやらしー」
「何で?!」
何がどうしてそうなるの?!
私の何がやらしい!!
「まぁ、一番やらしーのは小母さんだけど」
「ああうん、まぁ、欲望にかられてるからね」
付き合ったことをお互いの家族に報告すれば、案の定、母さんが大感激して暴走した。
やれ今から入籍だ。結婚だ。新婚旅行はここだ。高校中退してもいいから子供をつくれ。むしろ孕め。私に孫を見せろ。抱かせろ。孫をよこせ! と暴走して・・・父さんと兄さんの二人により、強制的に沈黙させられたっけ。
小母さん達は大人しく、祝福してくれたのに。
いや、小父さんが「犯罪の臭いを嗅いだら、警察に通報していい」とか「身の危険を感じたら容赦しなくていい」や「何かなくても頼って良いから、息子を頼む」と土下座する勢いだったけど。
・・・早まったかもしれない。
「俺を好きになって、後悔してる?」
「だから心を読むな。・・・してないよ。だって私」
言葉を切って、祀から眼をそらす。
「――――祀が好きだったからね」
自覚してなかっただけで、ずっと好きだった。
「だから後悔はないよ」
はっきりと断言すれば、沈黙された。
照れたか? 照れたのか・・・。
赤いであろう祀の顔を見ようと降り変えれば、頬に柔らかい何かがぶつかった。いや、ぶつかったと言うよりは触れた? え?
「まつ・・・り?」
「冬歌、俺と恋人の縁を切って欲しい」
「は・・・い?」
それってつまり・・・。私は後悔してないけど、祀は後悔しているってことなの?
ずきりと痛む心臓を服の上から押さえ、顔を俯かせる。そうだとしたら、悲しいし辛い。てか、だったら私を好きだと言うな!
泣きたい気持ちをぐっと押さえ、唇を噛む。血の味がした。
「縁を切って、俺と夫婦になろう」
「・・・え、無理」
あ、そう言う縁切りと納得する前に、何を言ったコイツ? 無意識に拒否の言葉が出たけど、何だか可笑しな単語が聞こえたような。
耳を弄るが、異常はないようだ。
空耳? 幻聴? そうか! 気のせいか。
「今すぐじゃなくて、俺が18になったら籍をいれてくれ」
「拒否権なし?!」
「当たり前だろ?」
さも当然のように言われても・・・。
「俺は早く、冬歌と本当の意味で結ばれたいんだよ。恋人じゃあ、ちょっと弱いし」
何が弱いのか、ちょっと聞いてみたい。
「夫婦なら、離婚や別居でもしない限りずっと一緒だから」
「え・・・と」
「だから冬歌、俺と結婚して欲しい」
18なんて随分と早い! とか、つい最近に恋人関係となったばかりだよ! とか、言いたいことは色々あるけど。
真剣な声で、真摯な瞳で、私に想いを告げる祀に否は言えず。
かと言って素直に頷くことも出来ず。
私は――――。
「18になったらね」
曖昧な言葉で答えを濁すのは、卑怯だと笑いつつ続けて口にする。
「その時にまた、私に告白してよ」
「ああ、冬歌が頷くまで何度でも言うよ。耳にタコが出来るくらい」
「それはやだなぁ」
「なら、諦めて受け入れろよ」
ニヒルに笑う祀に、私も笑う。
「その時が来たらね」




