祈り
昼休みになり、先輩は約束通り私にスペシャルランチをおごってくれた。
トレーだけ受け取って、それじゃ、と違うテーブルにつくのはなんだか悪いような気がして、先輩の隣に座った。
「うまいか?」
ちらりと私のトレーを見て先輩が聞いてきた。
「はい。おごりだと思うとより一層おいしいです。」
「・・・そうか。」
先輩のお皿にのっているのはオムライスだった。
その顔でオムライス・・・。
うちの学食でも人気らしい。
学食のくせに、デミグラスソースがかかっていてなんとも美味しそうだった。
「先輩こそ、おいしいですか?」
「・・・ああ。」
「私、まだここのオムライス、食べたこと無いんですよ。今度、頼んでみます。」
「・・・」
先輩は、食事は黙ってしたいタイプなのかもしれない。
そう、沈黙を受け取って自分の食事に集中しようと意識を向けた時だった。
さっきまでざわざわしていた私たちのそばのテーブルから、静けさが広がっていく。
「・・・食べて、みるか?」
声につられ、顔をあげた。
私の視線はあるものに釘付けだ。
先輩がこちらを見つめている。
ちらりと、先輩に視線を向ければ、ほんのりと色づいた耳が見える。
先輩はさらにそっと、腕を私にのばす。
自然、視線はもとの位置にもどる。
明確な先輩の意思表示に、私は焦る。
「そんなことできません」
そう言えたらどんなに良いか。
言葉にできないのは、期待と不安がないまぜになった目を見てしまったからだ。
私を睨みつけているようにも見えるが、先輩が緊張しているのが私には分かった。
距離が近いからかもしれない。
先輩は本当に不思議な人だと思う。
こうして私だけでなく、食堂に居るみんなも驚かせ注目を集めてしまえるくらいに。
いや、注目を集めているのは、私も一緒だ。不本意ながら。
まず周囲が先輩の行動に驚き、視線を集め、今度は私がどう対応するのか固唾をのんで見守っている。
デジャヴ・・・いや、これは昨日体験したばかりだ。
ぞくに言う、「あーん」だ。
それも、たくさんの他人が見守る中で。
「せ、先輩?」
「食ったこと・・・ないんだろ?」
私の困惑が伝わったのか、先輩は若干腕を自分の方へ戻し、小さくつぶやきながらこちらを見た。
目がおかしくなったのかもしれない。いや、きっとそうだ。
先輩の頭にふるふると震える耳が見えたような気がした。
うっ・・・そんな目で見ないで・・・
そんな捨てられた子犬みたいな目をしても、かわいく・・・ない・・・こともない。
いえ、かわいいんですよ。
そんな大きな体で、強面のくせしてなんでかわいいの!?
結論から言いますと、学食のオムライスは大変おしかった・・・ような気がする。
ええ、あんなたくさんの他人に見つめられながら、味わって食べれるほど私は図太くない。
せっかくのスペシャルランチもどんな味だったか、良く覚えていない。
まともに覚えているのは、私がオムライスを口にした瞬間の先輩の笑顔だけかもしれない。
食事であんなに背中に汗をかくことは、二度と無いだろう。
・・・。
無いことを祈る。