許容オーバー2(黒沢視点)
「うらやましいなら、お前もすればいいじゃねーか」
浩輔が帰り際、にやっと笑いながら言った。
「は?」
意味がよくわからず、声が漏れる。
その様子を見ていた母さんが、うふふと笑った。
「浩ちゃんはね、天もあーんってしたかったら、やきもち焼いてないで鈴木さんにしてみたら?って言ってるのよ?」
「はぁ!?そんなこと出来るか!」
思わず浩輔に怒鳴る。こえーこえーと笑いながら浩輔は帰って行った。
「天はするよりされたいのかしら?お母さん、天が頼めば鈴木さん、案外してくれると思うんだけどなぁ?」
いつもよりにこにこほほ笑みながら言う母さんは、どことなく少女のような表情をしていた。
「なんで、そんなこと思えるんだ?」
鈴木が帰ってから母さんの様子がなんとなく変だった。
「あら、だって自分の息子ながら思うけど、あなたの顔って怖いじゃない?それに、とっても大きいし。それでも、鈴木さんはまっすぐ天の顔を見てお話してたじゃない!なかなか出来ないわよ?だから結構好かれていると思うわよ?少なくとも嫌われてはいないわ!あとは・・・女の勘ね!!」
そう言うとキャンディーズの春一番を口ずさみながら、キッチンに入って行った。
自覚はしていたが、実の親に改めて言われると結構傷つく。
俺ってそんなに怖いのか。
そもそも俺は別にやきもちなんて!
そう思おうとしても、鈴木が浩輔に腰を抱かれ手ずからケーキを食べていたのを見た瞬間、自分の動きを止めるほど襲った不快感を思うと、否定しきれない自分がいて。
だいたい、やきもちってのは好きな相手がいて焼くもんであって、そうなると俺は鈴木のことが好きだということに・・・
いやいや、出会ってからも数えるほどしか会ってないのに無いだろ・・・無いよな?
え・・・俺って鈴木のことが好きなのか?いや、でも・・・
結局その夜はあまり眠れず、朝を迎えた。
自分の鈴木に対しての気持ちに悩むことで頭がいっぱいで、ここのところ通っていた鈴木のクラスへも行っていなかった。正しく言うと、行けなかった。
授業も上の空で受けていたが、休み時間になりトイレへ行こうと席を立った時だった。
出入り口に鈴木がいた。
目があった瞬間、足が動いていた。俺はまた逃げたのだ。
廊下の角を曲がり、階段にさしかかるころ、ふと後ろが騒がしいことに気がついた。
踊り場で足を止め、振り返った時だった。
今日は水色だった。
しかも、ひもだ。
ひらひらと舞うスカートの裾からちらりと見えたのは、結んでいるひもの部分と、水色の生地。
そして、鈴木の白い太ももだった。
その後は、腕の中に飛び込んできた鈴木を必死に痛くないよう受け止めたが、勢いを殺しきれず倒れてしまった。
俺にまたがるように乗っかっていることに気がついたのは、胸倉をつかまれ上から言葉が降ってきた後だった。
俺はさっき見たものが目にこびりつき、黙って鈴木の後に従った。
そう長くない休み時間のためか、鈴木はそばにあった空き教室に入り、すぐに話し始めた。
「黒沢先輩、単刀直入に聞きます。なんで私のこと避けるんですか?」
「・・・」
理由はいろいろある。だが、今一番の理由は俺が鈴木のことを好きかも知れないから、とは口が裂けても言えない。
だいたい、好きかもしれないってなんだ。中途半端すぎるだろ。
「嫌いなら、無視すれば良いじゃないですか?私先輩に何かしました?」
俺は鈴木の異変に驚いた。
鈴木は泣いていた。
表情はあまり変わっていなかったが、目からポロポロと涙がこぼれおちていく。
そして俺は今、目の前にいる彼女の様子に、自分がどうすれば良いのか全く分からずおろおろとしている。
俺が泣かした!?
完全に俺はパニックに陥っているのだ。